「迷宮って感じがしますねえ……」
ミューはクロウの服の裾を掴みながら恐る恐る進む。
対照的に、クロウは全く気負うことなく歩を進めていった。
場所はクロウたちの住居とはまた別の、入り組んだ洞窟である。
長く細い道の中を生ぬるい風が通り抜け、洞窟の奥からは水の流れる微かな音が聞こえてくる。ミューの言う通り、『迷宮』という言葉にまさしく相応しい様相ではあったが、はっきりと言えばただの自然洞窟である。
「で、ここで何を探すのですか?」
「宝箱だ」
「宝箱?」
ミューは妙な表情をした。
迷宮とお宝……その二つの親和性が高いのは分かる。しかし二人が今、足を踏み入れているこの場所にそんな仕組みはない。なにしろ実際に存在した過去の世界である。宝を隠すなら洞窟よりも他にいい場所があるだろう。
もし宝箱があったとしても、その中に入っているのはおそらく、金銀財宝や貴重なアイテムではなく、遭難者の生活用品か何かである可能性が高い。
「……魔力を視るための何かが出てくるのを期待しているのですか?」
「そうだが」
「それはちょっと安易では? そんな簡単に狙い通りの……」
「あったぞ」
「早っ!? えっ、なんで!?」
クロウが指す方向にあったのは、確かに宝箱風の木箱である。いかにも何か、中に貴重なものが入っていますよという風情だ。
クロウが特に感慨もなく木箱を開ける。
そして中から出てきたのは、いかにも魔導具らしい眼鏡だった。
「……えっ? 本当に? えっ?」
あまりにも都合の良すぎる事態に自分の目を疑うミュー。だがクロウはそれに頓着せず、取り出した眼鏡を何故か、地面に置いた。
「……? どうしたのです? せっかく手に入ったのなら……」
「ちょっと待っててくれ」
クロウはミューの言葉を遮って、じいっと眼鏡を見つめる。
ミューも釣られて、じいっと眼鏡を見つめる。
何も起きない。
「あの、クロウさん……。……!?」
わけがわからず、眼鏡から視線を逸らした瞬間である。視界の端で、何かが
再び地面に置かれた凝視する。動いてはいない。
だが心なしか……なんとなく、輪郭がへにゃってきたような気がする。
「……。あの、これ。もしかして、眼鏡じゃなくて────」
ミューの言葉は遮られた。
それが正体を現したからだ。
眼鏡がぶるぶると震えたかと思うと、形どころか質感すらも変わり果てて膨張した。伸び上がるそれは質量を持つ影のような姿である。
体積を大幅に増大させたそれは洞窟の天井に届きそうなほどに伸長し、クロウへと覆い被さるように襲いかかった。
クロウの姿は一瞬にして、それに呑み込まれる。
「クロウさん!?」
ミミック。
宝物に化けて油断した人間を襲う魔物である。不定形生物であるが故に何にでも精巧に化けられるその肉体は、獲物を取り込めば決して逃さずに軟体の網のように絡みつき、窒息させてしまう。
ミューはクロウに駆け寄り、それをクロウから引き剥がそうとする。……が、その瞬間、ミューは気づく。
────なんか、痙攣してない?
そして次の瞬間、ずぽん、座布団がばたばたと振り回されるようなそんな乱雑な動きで、ミミックは収縮しながら宙を舞った。
「うむ。いきがいいな」
目を丸くするミューとは対照的に、クロウはミミックの首根っこ(?)を掴み、力なく震える様子を観察しながらそんなことを呟いていた。
「あ、あの……それ、どうなっているんですか?」
「この部分を摘むと大人しくなるんだ」
「どの部分!? ……というかクロウさんは最初から、宝箱の中身がミミックだと分かっていたのですか?」
「む? そうだが。ミューは分からなかったか。……まあ、慣れないと見わけるのはむずかしいかもな。簡単な見わけ方もあるんだが」
クロウが手を揺らすと、吊り下げられるミミックはぷるぷると揺れる。
「簡単な見分け方?」
「ああ。殴ってみて、壊れたら本物で死んだら魔物だ」
「破壊試験!?」
ミューはミミックを見つめた。
影色の軟体がふるふると震えている。
……その姿には危険性というよりも、哀れみしか感じられない。
きっと長年、誰も立ち寄らない洞窟の中で人間を騙くらかすのを心待ちにしていたのだ。そしてついに自分の本領を発揮する時がやってきたと思ったら、出くわしたのはよりにもよってクロウ。
シンプルに運が最悪である。
「……あの、その子どうするんですか? お目当てのものではなかったのですよね?」
ミューはクロウに尋ねた。
おそらくこのミミック、そもそも害意がほぼ無いのだ。
眼鏡に擬態してやり過ごし、隙を見て逃げようとしていた。クロウに襲いかかってきたのも、どう見てもバレたのを悟った破れかぶれだ。
クロウにとってはもちろん、呼吸の必要がないミューにとっても脅威ですらない。逃がしてやってもいいのではないかと思ったのだ。
だがクロウは首を捻った。
「いや、こいつを探していたわけだが」
「へ?」
「だって、ミューの代わりに魔晶を探してくれるやつが必要だもんな」
「クロウさん……?」
怪訝な声をあげるミューをよそに、クロウは行動に移った。
べちん、と音が響く。……クロウがミミックの頬(?)をシバいた音だ。そしてそのまま連続でミミックの頬らしき箇所を左右にシバき回しながら、クロウがミミックの耳元で呟く。
「このまま退治されるのと、おれたちの役に立つの、どっちがいい? どっちを選んでもいいぞ。おまえが嫌ならほかのを探すしな……」
ベチベチベチという音が洞窟内で反響した。軟体故に物理攻撃がほぼ効かないとはいえ、文字通りクロウの手に命を握られているミミックはぷるぷると力なく震えることしかできない。
一瞬遅れて事態を把握したミューは、慌ててクロウの腕に縋った。
「脅迫じゃないですか!? ……というか、その子をどうしようとしているのですか!?」
「ミューに変身させて、魔晶をさがしてもらおうと思っているわけだが」
「そんなことができるのですか? ミミックに?」
そう思わず聞き返すと、クロウは首を傾げた。
「できないのか?」
「……いえ、分かりませんけど」
「ふうむ、できないなら退治するか」
感情の無い瞳がミミックを捉える。
ミミックは必死でぷるぷると震えた。
「ちょ、ちょっとクロウさん!? 流石に可哀想では……!?」
「だってこいつ、魔物だぞ」
「ですけど! ですけどね!?」
ミューがクロウの手からミミックを奪って背後に庇うと、庇われたミミックは完全に戦意を喪失してプルプルガッタガタと震えていた。
その哀れな様子に、ミューはクロウに売り飛ばされかけた少し前の自分の姿を幻視した。思わずクロウの説得を試みる。
「さ、流石にどうかと思います! いくら魔物相手とはいえ……!」
「でも、これって結構よくやることじゃないか? ほら、あるだろう。なんかちょっとその辺で売ってるものが欲しくなったけど金がないとき。そういうときはな、その辺のミミックに言い聞かせてかわりにするんだ」
「そんなことをしているのはクロウさんだけでは!?」
慄然としてそう言うと、クロウは不本意だと言わんばかりに首を振る。
「親方とかは、客に魔導具とかなんとか言って、本物のふりをして変身させたミミックを売ったりしていたぞ」
「あの場所、良心の麻痺した人間しかいないのですか……!?」
「うーむ……」
クロウは首を傾げ、少し悩んでから、ミューに聞く。
「ミューは、そいつを仲間にするのはいやなのか」
「いえ、嫌なのではなく。できないことを強要するのは、ちょっと」
ミューが慎重にそう言うと、クロウは穏やかに言った。
「じゃあ殺そう」
「躊躇ないですねぇ……!?」
「だってそいつ、魔物だろう」
ミューは言葉に詰まった。
普通に正論だからである。
「魔物ですけど、魔物だってクロウさんに殺されるために生まれてきているわけではないのですよ!?」
「……その可能性も、あったか……?」
「今、初めて思い至った可能性なんですか……?」
ミューは冷や汗をかく。……実際、クロウの言っていることは間違っていない。どちらかと言えば、これはミューの我儘である。
けれど……。振り返ってみると、ミミックはクロウの発する無垢で透明な殺意に充てられたのだろう、未だにガタガタプルプルと震えている。
抵抗や反骨心を見せているならまだしも、そのいっそ小動物じみた、魔物どころか野生生物としての誇りすらも捨て去ったとしかいいようのない様子を見れば、とてもではないが退治するのを座視する気分にはなれない。
となれば────できることはただ一つ。
ミューはミミックの肩(?)をガッ! と掴んだ。
「……私を参考にして変身するのです! あなたはやれる子のはずです! 私たちの仲間になるしか生き残る道は無いのですから……!」
そう、実利が全てである。
「いいですか、私への仕打ちなどから考えて、クロウさんは殺ると言わなくてもいつのまにか殺っちゃってるタイプの人間なのですよ!? 今、ここで! あなたの潜在能力を全て発揮するしかないのです……!」
「……」
なぜ自分が悪い感じになっているのか今ひとつ納得いかない。
そんな心境のクロウを置き去りに、ミューの言葉にゆらゆらと波打ちながら、ミミックは耳(?)を傾ける。
「頑張れ、頑張りなさい……! なんかいい感じに!」
「ミューはな、時々投げやりだと思うんだ」
そんなクロウの言葉は聞き流して、ミューはミミックの変身に注目した。
ミミックには近くの人間の望みを読み取る力がある。だからこそ、人間が思い描く『財宝』のイメージ通りに化けられるというのだが……。
不定形だったミミックはすう、と伸び上がり、人型を形成する。
影色だった表面は肌色になり────気がつけばそこには、ミューよりも頭一つ小さな少女が立っていた。
身体にはミューの姿を参考にしたのだろうメイド服を纏い、しかしミューの黒髪とは異なる銀色の髪を揺らし、紺碧の瞳で二人を上目遣いに見上げている。が、ミューのメイド服にしがみつき、無表情で震える様子を見るに、クロウへの怯えは解消されていないようだった。
「……おまえは」
「はい?」
クロウの呟きに聞き返すと、クロウはじい、とミミックを見つめて言う。ミミックはますます怯えて、ミューにしがみついた。
クロウはそれを観察して、ふと呟く。
「……違うな。うむ、おまえは違う」
「あの、クーちゃんと誰が違うんですか?」
ミューのそう問われて、クロウは首を捻った。
「んん? ……ミューでもエウーリアでもないし、言われてみれば誰と見間違えそうになったんだろうな。親方とかだろうか」
「親方じゃないことは確かです」
「ところで、クーってなんだ?」
そう聞くと、ミューは得意げに胸を張った。
「クーちゃんはこの子の名前ですよ。ミミックのクを取ってクーちゃんです。ミーちゃんでもいいのですけれど私と紛らわしいので」
「そうか」
「名前を付けたからには仲間です。もしこの子が私と同じように魔力を視ることができるならそれでいいですし、それが無理なら私の従魔としてお手伝いをしてもらいます。それでどうですか?」
「……」
流石にクロウも、人型の相手を退治する気はない。無意識の戦闘スイッチが切れると、ミューは安堵のため息を漏らした。
「ふむ……」
クロウはクーをじーっと見つめる。どう接して良いかわからないのだ。
それはクーもまた同じなのだろう。クロウをじーっと見つめる。
無言だった。
そして数分が経過し、クロウはふと思いついた。
クーの入っていた宝箱を持ち上げ、クーに手渡す。クーはおずおずと手を差し出し、自分の身体にはやや大きいそれをぎゅうっと抱きしめた。長年をともに過ごした箱である。愛着があるのだろうか。
「……」
「……うむ」
クーが頷き、クロウも頷く。
言葉は無くとも、そこには何かしらのコミュニケーションがあった。
その様子を見計らって、おずおずとミューが聞く。
「え、ええと……よくわかりませんが問題ないんですよね?」
「ああ、そうだな」
クロウが頷く。
とりあえず、仲間が増えた。