得意技は殴打、必殺技も殴打   作:アッパーカット

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第16話

 

 

 

 

「クー。頼んだぞ」

 

 いつも通り魔物をぶん殴ったクロウが背後に声をかけると、メイド服姿の小さな少女がぱたぱたと近寄ってきて、生物だったものから手際よく魔晶を取り出し、背中に背負っている宝箱にちまちまと入れていく。

 

 既にこの階層に転移してきてから、二週間ほどが経過している。

 その間、クロウはひたすら階層の境界を探しつつ魔物の撲殺に勤しんでいた。食料や魔力の確保という意味合いもあるのだが、それ以前に歩いているだけでやたらと襲いかかられるのである。

 この階層にはやはりもともと人がいないのか、それともいなくなってから随分と時が経ったのか、魔物たちは人馴れしていない。

 

 森を歩く爪も牙もない柔らかい肌の生き物は彼らからは大層なカモに見えるようで、どこを歩いていても節操なく襲撃が繰り返される。

 クロウの身体に染みついた同族の血臭から脅威を察知する魔物もいないわけではなかったが、魔物の中では少数派だった。

 

 懸念だった魔晶の採集もうまくいっている。

 クーが予想以上に適正を持っていたためだ。どうやらミューの魔力を視る能力をコピーできているわけではないようだが、相手を真似るミミックの特性から、目の前の魔物の身体の構造を一瞬で把握できるようなのだ。

 クロウは魔物を倒してクーを守ることだけに集中し、クーが魔晶を回収する。分業化することで作業がスムーズに進み、凄まじいペースで魔物の亡骸と魔晶が積み上がり、1日の捜索範囲も稼げるようになっていた。

 

「……。……!」

「お、済んだのか。めしにするか」

「……」

「うむ、そうだな」

 

 クーは喋らないのか喋れないのか、言葉を発そうとしない。

 が、もともと言語に頼り切らない生活をしていた……悪く言えばほぼ誰とも喋らず拳で語る生活を送っていたクロウのこと、クーが言葉を話せずとも正直あまり意思疎通の程度は変わらなかった。

 むしろクロウの感覚的には、気配だけで直感的に判断するぶん、言葉よりも伝わっているような気すらする。

 

 クロウがとん、と地を蹴り側の樹の枝に着地し腰掛けると、クーは跳躍するのではなくよじよじと樹を登り、クロウの横にちょこんと腰掛ける。

 そして、背負った宝箱からミューに持たされているクロウ用の昼ごはんを取り出し、差し出した。

 

「ん、ありがとうな」

「……」

 

 表情を動かすでもないが、僅かにクーの雰囲気が柔らかくなる。初対面の剣呑さとは裏腹に、この一人と一匹の交流はそれなりに良好だった。

 枝をさわさわと揺らしながら吹き抜ける風が心地よい。クロウはミューの用意した肉を挟んだパンのようなものを頬張りながら、クーの食事の様子を見てポツリと呟く。

 

「……うまいか?」

「……」

「そうか」

 

 無表情で頷くクーにクロウも無表情で頷く。

 うまいらしかった。

 

 クーの食事はミューと同じように、魔鉱石や魔晶から魔力を吸収する方式のようだった。どうやら水と魔力さえあれば生きていけるらしい。

 本来であれば体内に取り込んだ生き餌から魔力を吸収する生態らしいのだが、魔晶を与えてみたところ眼を輝かせて食べ始めたので、まあクー的にもこれでいいのだろう。

 

 なんにせよクロウからしてみれば自分以外の少女二人は食事時間にぽりぽりときらきらした石をかじっているわけで、その味に興味が向くのも仕方のないことだった。

 そこで一度口にしてみたのだが、味のしない飴玉、つまりは石ころに過ぎない。クロウにはまだ早かった。……ミューに聞くところによると、『魔鉱石は味が薄くて、魔晶は味が濃い』らしい。

 

 昼ごはんを食べ終わると、しばらく枝に腰かけたまま、クーと二人でぼうっとしていた。葉の隙間から溢れてくる木漏れ日はじんわりとした暖かさで身体を包む。ざわざわと葉の擦れる音が遠く近く揺れていた。

 

 これはこれで悪くない。

 クロウはぼんやりとそう思った。

 

 ずっと一人で生きてきたから知らなかったのだが、気がつけば隣に誰かがいるという生活は、悪くないのだ。退屈することがない。

 人生にこういった形で満足感と充実感を抱くのは、クロウにとっては初めてのことだった。これがエウーリアの言うような冒険かと言えばそうではないような気もするのだが、それでも今の生活も悪くない。それは確かだ。

 

 昼過ぎまで気を抜いたままぼんやりとしていて、ようやく微睡みから醒めたクロウは枝の上に立ち、クーに声をかける。

 

「おれはちょっと、天辺から景色を見てくる。クーは待っててくれ」

 

 こくりと頷いたクーをそこに残して、クロウは枝を跳びながら樹の梢までたどり着く。クーも外見に反してなかなか機敏なのだが、流石にクロウにはついていけない。薄暗い洞窟の中で箱の中に引きこもっていた生物なので仕方がないといえば仕方のないことかもしれなかった。

 

 クロウは後方を見渡す。

 これまで進んできた道無き道の跡にはところどころ木が薙ぎ倒され、空気が血臭に淀み、全てを暴力で乗り越えてきた痕跡が轍のように残っている。

 次いで、反対側に目をやる。もうそろそろ森の切れ目が近いようだった。けれどそこには、なにかが建っている。それはまるで、自然に存在しているのではなく、何かが明白な目的を持って創り上げられたような……。

 

「……ん?」

 

 澄んだ空気は遠くまでの視界を確保し、未だ到達せざる場所の様子をクロウの目に届ける。ソレを確認したクロウは、今度は一息に地面まで飛び降りる。僅かに地面の木の葉が舞うが、柔らかな着地だった。

 

 幹を伝ってよじよじと地面に降り立とうとするクーをひょいと持ち上げ、地面に軟着陸させてから、クロウは告げた。

 

「向こうにあるやつ。……もしかしてあそこに、おれたちが探してる『扉』があるところじゃないか?」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「で、今はその建造物に向かっているのですね?」

「ああ。もうそんなに遠くないぞ」

 

 クロウの背から声をかけるのはミューである。歩くならばともかく、それなりの速度で移動したいならミューは足手まといなので、クロウが背負って移動していた。

 

「しかしクロウさん、よく我慢しましたね。『それらしき場所を見つけたらひとまず、侵入する前にみんなで相談する』……約束の守れるマスターは素敵ですよ」

「ああ。おれはミューの言ったことを完全に覚えていたからな」

「えらいっ!」

 

 ミューは手放しで褒めた。

 このクロウという少年は割と、まっすぐな言葉には素直なのだ。ミューは最近それを発見して、褒めて伸ばすという教育方針を固めていた。

 

 そしてその脇ではクーが、しらーっとした無表情で荷物を背負ったまま並走している。その深淵なる胸の内は窺い知れないが、きっともし喋れたなら、『私が止めなかったら一人で突っ込もうとしてたんだけどなー……』と独り言を呟いていたに違いない。

 

「でもなミュー、なんで入ったらいけなかったんだ?」

「ああ、説明していませんでしたっけ。もちろん、そこがボス部屋やトラップの類だったらという懸念もあるのですが……それが『扉』だったとしても、最悪の場合は私やクーちゃんがこの階層に取り残されてしまうかもしれないではないですか」

「?」

 

 首を捻るクロウには、ミューが説明を捕捉する。

 

「私が一人では階層が移動できない可能性は全然あると思っています。だって根本的に人間ではありませんし。クロウさんと一緒に行かなければ、この階層に取り残されてしまってもおかしくありません」

「はー……そうなのか。クーはどうなんだ?」

「クーちゃんはですねぇ……」

 

 ミューは考え込んだ。

 

「……クーちゃんは正直、またよくわからないです。私の従魔ですし、私が階層を移動するときには一緒に移動できると思うのですが。それ以外の場合となると、本当に未知数です」

「……なるほど」

 

 クロウは重々しく頷いた。

 ……最近、頷くときには少し間を作った方が理解した感が出ることを学んだクロウである。日々成長しているのだ。

 

 そうこうするうちに目的の場所が近づいてくる。

 森の切れ目の端に立ち、そこには……

 

「わあ……」

 

 ミューが思わずといった様子で感嘆の声をあげる。

 目の前には花々の咲き乱れる、広大な庭園が広がっていた。

 

 

 

 

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