得意技は殴打、必殺技も殴打   作:アッパーカット

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第2話

 

  “迷宮(ダンジョン)”。

 

 その存在が知られるようになって数百年が経過した現在も、その存在は未知と驚異を以って語られる。

 

 そもそも『それ』がなぜ存在するのか、その本質がどういったものか、誰も理解していない。

 迷宮という呼び名も通称に過ぎず、他の呼び方をするものも多い。()()を『史物書庫』や『世界の脳髄』と呼ぶものもあれば、口さがないものからはより単純に、『地獄』と呼ばれることもある。

 

 迷宮という呼び名はその本質ではなく、一端を表しているに過ぎない。

 仮に大迷宮に初めて侵入するものがあるとして、おそらくはまず、拍子抜けすることだろう。なぜならそこには迷路も罠も無く、一目では外界と何ら変わらない世界にしか見えないのだから。

 

 だが迷宮の深くまで潜ろうとすれば、その異常性は身に染みて感じられるはずだ。なにしろその内部に存在するものは、法則性もなく連なった『いつかどこかに存在した過去の世界』。

 

 無数に世界を内包する神秘。

 現世にありえぬ資源や恵み。

 失われて久しい真実の再演。

 

 迷宮の再現する無数の『過去の世界』からもたらされるものはあまりにも理不尽で、故に人はその存在に畏れを抱きながらも惹きつけられてしまう。

 迷宮だけに存在する財宝や資源の数々は好奇心と欲望を刺激し、人を無謀な冒険へと駆り立てる────すなわち、深く。より深く、さらに深く。

 存在するとも知れぬ、果てなき深奥へ。

 

 富と栄誉、あるいは真実と智慧。足を踏み入れる理由はそれぞれに、人は迷宮に冒険を求める。

 攻略開始から数百年が経過した現在もなお、全容は不明。

 全ては未だ、途上にある。

 

 

 

 

 

 

 

 ……以上が、“迷宮”の一般認識である。

 

 が、それはそれとして“迷宮”の上部に鎮座する地上部分が、いわゆる迷宮とは区別された別の区画────普通の冒険者であれば足を踏み入れない、“禁足域”と呼ばれていることは、意外と知られていない。

 

 全5階層から成るその領域は、外から見ればまるで天を衝く巨塔。

 事情をよく知らない人間であれば、或いは“禁足域”こそが迷宮であると勘違いするのも無理はないだろう。

 しかし実のところ迷宮と禁足域は明確に区別されており、“禁足域”に足を踏み入れるまともな冒険者は少ない。

 

 その理由は主に二つ。

 一つは迷宮と比較して、諸々の事情で実入りが少ないこと。そしてもう一つは地上に根付く信仰が、“禁足域”への侵入を禁じていること。

 

 明文化された法があるわけではない。しかし禁じられた地に、儲ける目算もなく侵入するまともな冒険者は少ない。有力な冒険者であればあるほど、禁足域になど目もくれないのが普通だ。

 なぜなら彼らの最前線は常に、頭上ではなくその足元深くに存在しているのだから。

 

 そんな“禁足域”の中でも人間の住める環境の上端……はっきりと言えば地上で行き場を無くした無法者どもの集まる第三階層にて、その住人であるクロウは二日ぶりに、少女と再会していた。

 

「見つけた! なあ、そこの黒髪のぬぼーっとした雰囲気のお前だ!」

「それはおれのことを言っているのか」

「あの後、探してたんだ。話してみたかったからな!」

 

 少女が屈託無く手を振るので、クロウはそちらの方へと向かっていく。

 が、その途中に少女を囲んでいたチンピラどもが立ち塞がった。

 自分たちを舐めた態度の少女と、チンピラ達の頭越しに会話するクロウの両方が気に入らないのだろう。実にチンピラ的な理由で、チンピラ達は反生産的(チンピラ)活動に勤しんでいた。

 

「おうガキ。テメエに用はねえんだよ。さっさと視界から消えろや」

「やっか? お? テメー俺らに逆らうんか? あ?」

 

 拳をバキバキと鳴らし、下品にニヤニヤと笑いながらクロウに詰め寄る男達。クロウはその言葉に、ゆるゆると頭を振った。

 

「いや。そんなつもりはないぞ」

「お? なんだ素直じゃねーか。なら特別に有り金全部で許してやるよ」

 

 ならず者として極めて洗練度の高いその返答に、クロウは首を傾げる。

 

「なにを言っているんだお前たちは」

「あ? んだテメーこら、あ?」

「お前たちがおれに用がないように、おれもお前たちに用がない。だからお前たちが勝手にどこかに行けば、お互いになんだっけ……そう、うぃんうぃんじゃないのか」

「なっ……!」

 

 目を剥くチンピラに、クロウはやれやれとばかりにため息をつきながら言う。

 

「まったく、これだからかしこく考えられないやつらは困る。特別におれが頭のいい解決策を教えてやったんだぞ。感謝してどこかに行くんだな」

「こ、このクソガキ……!」

 

 背丈が自分よりも頭一つ低い少年から挑発じみた言葉を返された男たちは殺気立つ。

 チンピラA、チンピラB、チンピラCがその拳を振り上げる。クロウはぼうっとした表情でそれを見ているだけだ。奥からは少女が面白そうにこっちを眺めている。

 

 振り上げた拳がクロウに振り下ろされようとする、まさにその瞬間だった。唐突に響き渡ったチンピラDの声が仲間を静止する。

 

「……っ!? おい、待て!」

「あぁ……!? んだコラ!? 止めんのか、あぁ!?」

「馬鹿か!? この階層で黒髪で、頭の緩そうなガキといえば────! ……お前らも聞いたことぐらいあるだろ!?」

 

 チンピラたちが目を剥いた。

 

「……お、おい」

「……いやそれは……お前……!」

「……“悪鬼”……!?」

 

 その声に一瞬、周囲の喧騒が止まる。

 

「こ、こんなガキが……!?」

「マジでか……!?」

 

 周囲から視線が集まる。それは恐怖と怖いもの見たさが半々に混合されたような、酷く居心地の悪い視線。

 チンピラたちは互いに顔を見合わせ、徐々に後退りした。そしてある一線でチンピラDが声をあげた。

 

「……俺は知らねえ! お前らで勝手にやってろ!」

「ま、待て! 俺も……!」

「クソ! ……調子に乗るなよ、クソガキが!」

 

 捨て台詞を吐いてその場を去ったチンピラたちの後には、憮然とするクロウと、不思議そうな表情をした少女が残される。

 少女はクロウに近づいてぽんぽん、と肩を叩いた。

 

「なあ。お前の名前、悪鬼っていうのか?」

「違う。おれの名前はクロウだ」

 

 クロウが足を踏み出すと、人垣がざあっと割れて道ができる。

 少女を引き連れて歩きながら、クロウは尋ねた。

 

「そういうおまえは誰なんだ」

「ん? ……あ、名乗ってなかったか。私の名前はエウーリア」

 

 少女は屈託の無い笑みを浮かべた。

 

「エウーリア・レーベルハントだ。よろしくな、クロウ」

 

 

 

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