得意技は殴打、必殺技も殴打   作:アッパーカット

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第21話

 

 

 

「……あれ、どう見ても“災厄”ってやつですよね」

「ああ。そんな感じに見えるな」

「なんで呼んでもないのに勝手に出てきてるんでしょうか」

「暇だったんじゃないか」

「そんな気ままな感じで出現していいものではないでしょうボスって……! せめて理由くらい無いんですか」

「怒られても困る。おれのせいじゃないぞ」

「私のせいでもないですよ」

 

 クロウとミューはそんな軽口を叩いていた。だがそこで会話が途切れ、クロウもミューも差し迫った脅威に目を向けざるを得ない。

 

 ちなみにもう一人、クーはひしっとクロウの背にしがみつき、絶対に離れない構えで怯えていた。

 その様子を見るに、どうやらクーの場合、単純に魔物としての野生的な鋭敏さを失ってしまったがために、災厄の出現に気づけなかっただけのようである。……吠えない番犬に意味はあるのだろうか。

 

 それはともかくとして敵の観察に戻ると、巨猿の身の丈はヒトの数十倍。比べるのも馬鹿馬鹿しくなる体躯の差。戦闘など専門外のミューにも、その威容を見ただけで理解できる。

 あれは、生身の人間が立ち向かっていいようなものではない。

 

「どうする?」

「逃げの一手です。ちょっとお話になりません」

「おれもそう思う。だけどな……なんかあれ、こっちに向かってきてないか?」

 

 ミューは言葉に詰まる。

 クロウの言葉通り、巨猿は周囲の破壊を一顧だにせず移動し、庭園へ向かってきていた。そしてその巨体に見合った移動速度により、僅かな時間で庭園の近縁部まで到達する。

 

「だ、大丈夫です……! あの大猿にこの庭園の結界を抜けられるとは思えません!」

「確かに止まってるな……でもなんか、あいつの周りに何体も魔物が出てきてるぞ」

「え……?」

 

 目を凝らして見てみればクロウの言う通りだった。庭園の前に陣取った巨猿が唸りながら足を踏み鳴らす。すると地面がボコボコと隆起し、土塊は魔物の肉体を形作った。一度に数体も生成されるそれはまるで本物の魔物のように動き、庭園に侵入してくる。

 

「それでも、こちらに到達する道は分かっていないままで……っ!?」

 

 続々と庭園に侵入する魔物の似姿。それらは庭園を荒らし、侵攻し、行き先も理解しないままただそこを彷徨い続ける。そこには何の意味も無いようで、けれどミューの目からは明らかな異変が見て取れた。

 

「結界が、融けて……」

 

 ミューは呆然とした声を漏らす。魔力を観るその目は、はっきりと捉えていた。庭園に形成された結界が侵入してくる魔力の群れによって踏み荒らされ、その存在意義を散らされる様子を。

 ただ存在し続けるだけで庭園の景観を乱す魔力を纏う土塊は、それそのものが結界の破綻因子である。群れを成して地を覆うそれは、移動するもう一つの結界に等しい。物量と魔力の飽和によって庭園の結界が中和されようとするその様子は、ミューに怖気を覚えさせた。

 

「い、今すぐこの場所から逃げ……!」

「逃げるのは無理だと思うぞ」

「……え?」

 

 その妙に冷静な言葉に、ミューは言葉を無くした。

 クロウは淡々と言葉を続ける。

 

「なんとなくだけどな、たぶんあいつは逃がしてくれない」

「な、なぜそんなことがわかるのですか……?」

 

 クロウはじっと巨猿を見つめる。つられてミューも見る。

 

「ひっ……!?」

 

 ────睨み返された。

 ミューの錯覚でなければ、間違いなく灼眼がこちらを睨め付けている。

 

「な? あの目は知ってる。おれを殺したいと思ってるやつの目だな」

「……!」

 

 それは直感でしかない。だが、クロウの言うことが間違いであるとミューにはとても思えなかった。

 

 逃げ出す? ……そこに生存の希望はあるだろうか。

 庭園の前の陣取られ、既に包囲されているも同然の状況。しかも敵は無数の魔物、つまりは無数の感覚器官を生み出す能力を持つ。気取られず逃げ切れるとはとてもではないが思えない。

 

 つまり、単なる逃走に意味は無い。故に今、取るべき行動は────。

 

「転移です」「転移だ」

 

 ミューの声とクロウの声が重なった。

 

「すぐに転移します。行き先が多少危険だろうと、あのどう見ても強そうなゴリラと戦うより何倍もマシです。準備が整い次第、すぐに転移を。いいですね?」

「おれもそう思う。だけどなミュー、転移って結構時間がかかるんじゃないのか」

「それは……」

 

 ミューは必要な時間を考える。魔晶を配置する時間、魔法陣を描く時間……転移は大魔法である。それなりの準備を行わなければ、そもそも発動すらしない。

 ……どう考えても時間が足りない。現在のペースから考えると、結界が全て中和されて遮るものがなくなり、災厄がこちらを蹂躙に取りかかる方が明らかに早い。

 

 焦燥に駆られるミューを見て、クロウはぼんやりと考えていた。

 

 たとえばあの猿がこちらにやってきたとして。

 自分たちはどうなるだろうか。

 

 想像を巡らせる必要は無かった。

 クロウは知っている。魔物……いや、それ以前に生物であれば当然のように備え持っている酷薄さ。そこには容赦も慈悲もなく、ただ邪魔なものを排除する意思だけが存在するはずだ。

 

 どうなる? どうする?

 

 考えることに慣れていない頭では、具体的な策はなにも浮かばない。

 ただ漠然と脳裏をよぎるのは、この階層にやってきてからの時間。生まれて初めて他人と一緒に過ごした、大した意味も印象的な思い出もなく、ただ流れ去った────けれど今まで経験したこともなかった、心地よい時間。

 

「……」

 

 それが、なくなる。失われてしまう。

 そう実感したとき、クロウの口は勝手に言葉を呟いていた。

 

「それは、いやだな」

 

 唐突に聞こえてきたクロウの声に、ミューの思考が中断する。

 慌てて顔を上げると、自分の横を通り過ぎようとする人影。

 クロウは背中にしがみついていたクーを引き剥がし、歩き出していた。

 

「……な、何を考えているのですか!?」

「だって、時間がないなら稼ぐしかないだろう」

「ちょ、……ちょっと待ってください!」

 

 ミューはクロウの前に回り込み、立ち塞がった。

 

「……確かに状況は良くありません。けれど、短絡的に動くのは最悪です! わかりますよね!?」

「別に死なないと思うけどな。おれは魔物と戦うのは慣れてるぞ」

「狩りと戦いは違うはずです! ……たぶんクロウさんは、私よりもそれに詳しいのですよね?」

「そうだな」

 

 クロウは構わずミューに近づき、ミューの目の前で止まった。

 

「駄目です」

「なんでそんなに反対するんだ?」

「正直なことを言いましょう。おそらくクロウさん一人でしたら、あの猿から逃れ続けることは難しくないはずです。……仮に私やクーちゃんという足手纏いがいなければ、という話ですが。違いますか?」

「逃げることはできると思う。けど、どう考えてもあいつはおれを追いかける前に、お前たちを踏み潰したがるような気がする」

「それは……っ!」

「どうもな。それ、おれは嫌みたいなんだ」

 

 クロウはミューに手を伸ばす。改めて見てみれば、ミューの身長は自分よりも低い。そのまま、その黒絹のような髪を触ってみる。

 

「な、何を……」

「最近わかったんだけどな……おれは意外と、好きなものが多いんだ。食べるのも寝るのも遊ぶのも好きだ。働くのも嫌いじゃない。ここに来るまで知らなかったんだけどな……」

「……はい?」

「だから、行ってくる」

 

 クロウはミューの頭を触るのをやめて、するりと横を抜けて前へ進む。

 ふらりと庭園に踏み入って、ぽつんと呟く。

 

「おれは、おれのためには命を懸けたことなんてなかったんだけどな……」

 

 たったの二度……それが、クロウが自分よりも強いと分かりきっている相手に挑んだ回数だ。一度は一ヶ月前にエウーリアと、そして二度目は今。

 今回はクロウが単独で立ち向かわなければならない。だが足取りは思いのほか軽かった。守りたいものができた自分が、存外、嫌いではない。

 

 少年は拳を握り締めた。

 

「うむ。……悪くない」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 そして────現在。

 

「でかいな、お前」

 

 庭園を抜け、泥の魔物を拳の一振りで消し飛ばしながらここまでやって来た。感心して発せられたクロウの声に返答は無い。

 

 それも当然、相手は獣だ。

 クロウを視認した巨猿は雄叫びをあげる。

 咆哮はビリビリと大気を叩きつけ、物理的な圧すら伴う。

 

「……っ!」

 

 巻き上げられた土埃を突き破り出現した巨影が地を蹴り、コマ飛びしたかのようにクロウの眼前へと……否、頭上へと迫る。

 

 ────疾い。

 

 目の前に迫る巨大な体躯は恐ろしい速度と質量を伴い、狂った距離感は空気すらも歪めるようだ。()()()()()に正面から相対する馬鹿など────たった一人、ここにいた。

 

 クロウは硬く固く握り締めたその拳を、突進の勢いそのままにこちらへと突き出されるその巨大な拳に、真正面から打ち付ける。

 

 衝突、轟音。

 

 巨大な二つの暴力の接触が、その衝突面より爆風を生む。

 ────それが、戦いの始まりを告げる狼煙だった。

 

 

 

 

 

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