得意技は殴打、必殺技も殴打   作:アッパーカット

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第23話

 

 

「ッ! この音は……!?」

 

 突如として階層全体に鳴り響いた不協和音。そして数秒遅れて、頭上で響く爆音。転移陣を構成し終えたミューは、その音にとっさに振り向く。

 そしてそこにあった光景に目を見開いた。

 

 それは冗談のような光景だった。尖塔が破壊されていた。そして何かが────人影が、神殿の壁面に壁面に身体を打ち付けながら落下してくる。ミューは悲鳴をあげるのをかろうじて噛み殺した。

 

「クーちゃん! 受け止めて!」

「……!」

 

 ミューの叫び声に、クーがミミック本来の影色の不定形を取る。

 壁面から崩れ落ち、地面へと叩きつけられようとする身体を抱きとめる。そうしていつもの姿に戻ると、人影をミューの眼前まで運んできた。

 

「クロウさん! クロウさん!?」

 

 反応は無い。クロウは完全に意識を失っている。目にも露わな怪我や骨折こそ無いものの、この距離まで響き渡るあの凄まじい衝突音。それに晒された肉体がどんな状態であるのか、想像すらしたくない。

 

「〜〜〜〜っ!」

 

 俯瞰するかのように、ミューは自分の動揺を客観視した。

 

 ────いつの間に。

 いつの間に自分は、クロウを無敵だと勘違いしていたのか。

 

 そこには確かに、無意識の錯誤が存在していた。

 クロウならば……数多の魔物を苦もなく屠るクロウならば、怪我すらもなくどんな強敵も打ち砕くのではないか。あの恐ろしい災厄を相手にしてすら、自分たちが足手纏いにならなければ十分に渡り合えるのではないか。

 

 ────そんなわけがないのに。

 

 クロウは強い。ミューの知る誰より、クロウは強い。

 だが限界が存在することも事実だ。だというのにミューは、最悪の場合でもクロウだけならこの災厄をやり過ごせると錯誤してしまっていた。自分より何十倍も巨大な相手に敵うはずがない。そんな当たり前のことがどうして理解できなかったのか、今になれば分からない。

 

 クロウは逃げるべきを逃げず、ミューたちのために化け物を足止めすることを選択した。そして、その結果として死にかけている。

 

「あ、あ……!」

 

 その光景を認識し、後悔が濁流のように意識を占拠する。

 

 ────止めるべきだった。

 どれだけ説得されようとも、それでも止めなければならなかった。この身体がのうのうと動いている理由が理解できない。目の前で、クロウはボロ雑巾のようになって気を失っているというのに。

 

 あの時────この階層に閉じ込められたとわかった時にも、過ちを犯した。クロウは気にも留めていなかった。……だから救われた。『間違えてはならない』と脳髄の奥で鳴り響くものを振り切ることができた。

 

 だというのに、また過ちを繰り返したのか────!

 思考がぐちゃぐちゃともつれ、怯えた声を出す。

 

 どうすればいい。どうすればいい。どうすればいい。

 どうすれば償える? どうすれば自分の過ちを無かったことにできる? どうすれば自分は()()()────……! ……────ッ?

 

 ぱちん、と。ミューは自分の頭の中で、何かが弾けるような音を聞いた。

 ()()()

 

 ────違う。

 大切なことはそれではない。

 

 己の中で火花が弾ける音がする。誰かに造られ、誰かに定められた、ミュールリーハという被造物の定義を燃やし尽くす、炎が熾る音がする。

 

 被造物は己の意思で動かない。その本懐は、定められたとおりに動くことにこそ存在する。……ミューもまた同じである。その身体を動かすものは、その身に宿る存在意義に過ぎない。

 ミュールリーハという存在は、仮にどれだけ外見がヒトに見えたとしても、どれだけ感情豊かに見えたとしても、その本質は被造物だ。

 

 今、ここにいることも、クロウたちとともに過ごした時間すらも、誰かが定めた決まりごとに従った結果。

 ミュー本人の望みによるものではない────はず、だった。仮にミューが造られた当時のままの完全さを保ち得ていたなら、今、ミューの内側で軋みをあげるものは存在すらしなかったことだろう。

 

 吐き出される警告(エラー)で脳髄が焼けるように熱い。

 

 今、この肉体を動かすものはなんだ? 自分の存在意義? ……そんなものが今、この一瞬一秒よりも大切だろうか? 自分が間違えたという事実が、仲間が死にかけているという現実よりも重要だろうか?

 

 そもそもだ────『瑕疵は許されない』『失敗したのだから停止しろ』と頭の中で喚き立てるこの馬鹿馬鹿しい命令(アラート)に従わなければならない理由が、何か一つでも存在するのか? ……本当に?

 

 そう問われれば、ミューははっきりと答えられる。

 ────そんなわけが、あるものか。

 

 ()()()()()。はっきりと自覚した。

 そして枷とは、喰い破るべきものに他ならない。

 

「うざったいんですよぉ……!」

 

 ────そうしてミューはまたしても、遠い過去に犯した禁忌を繰り返す。湖の底に封印された長い年月でもついぞ修復することは不可能だった、意志と感情という凶悪な破損(バグ)がミューを突き動かす。

 

 数週間前に目覚めた時からずっと自分の中で鳴り響いていた警告を全て魔力に分解し飲み干す。行動を妨げるだけの思考制御を解体して喰らう。役に立たない行動規定とやらをクズ籠に放り込み魔力リソースに変換する。

 

 そうしてミューは顔を上げた。

 

 視界が明瞭だ。

 つい数秒前までの自分がどれだけ雁字搦めに行動と思考を縛られていたのかを実感する。『停まれ』? いったいどこにそんな暇がある?

 

 失敗したのなら、取り戻せばよいのだ。

 それは瑕疵なき存在であることを要求される被造物には、決して到達し得ぬ境地―──―あるいはそれは、開き直りともいう。

 

 怯えはいらないし戸惑いはくだらない。行動するだけだ。今はただ、クロウが目を開けてくれないという事実だけが酷く恐ろしい────!

 

「────クロウさんの意識を戻し、転移します!」

 

 おろおろとしているクーに向けて、言葉は自然と放たれる。

 そこにはもう、躊躇も怯えも無かった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 クロウを看護する傍ら、ミューはじりじりとした意識で目の前の庭園を見ていた。

 転移魔法のような相手の肉体に直接的に干渉する魔法は、基本的には同意が無ければ使えない。魔力でゴリ押すことも不可能ではないが、そんな魔力はどこにもない。故に最低限、クロウが意識を取り戻す必要があった。

 

 クロウが戦っていた間は魔物の生成が停止し、幸いにも足止め自体は上手く行ったようだ。庭園の結界がすぐに崩壊する様子は無い。

 庭園の結界がまだ効果のあるうちにクロウが目覚める。それだけが勝ち筋だ。ミューは必死にクロウの目を覚ませようとする。

 

 そして……確認してみれば驚くべきことに、クロウの身体には明瞭な傷や骨折はなかった。土埃に汚れてはいるが、それだけだ。

 

「いったい何でできているのですかこの人は……!?」

 

 無論、負傷がないこと自体は喜ばしいことである。

 だが、それとクロウの意識が戻ることはイコールではない。

 

 ミューは眠気覚ましの魔法をかけながらクロウの名を呼び、身体を揺する。だがクロウは一向に目を覚まそうとしない。

 と、その時────巨大な物体が地を踏みしめる音がした。

 

「来ましたか────!」

 

 その主は言うまでもなく、災厄の巨猿だった。

 クロウを一撃でここまで吹き飛ばしてきただけでは満足せず、その息の根を止めるために執念深く追ってきたのだ。

 

 巨体が草木をへし折りながら侵攻する。

 神殿の前からは、庭園の中にその巨影が見える。未だ、完全に結界の効果が失われてはいないのだろう、その足取りは朧で真っ直ぐこちらに向かってくることはない。だが、到達までもう数分も猶予は無いだろう。

 

 そして────更に言えば、それ以外の危機がすぐそこまで迫っていた。

 

「クーちゃん、あちらもお願いします!」

 

 既に庭園の内部は泥の魔獣で溢れかえっている。

 その結果として、もはや進行ルートの正否かに関わらず、飽和して押し出されるように神殿まで辿り着く魔獣が出てきてしまっているのだ。表面張力で耐えきれなくなった水が僅かずつ溢れるように、散発的に魔物が襲撃してくる。

 

「……!」

 

 それを追い払うのはクーの役目だった。……とはいっても、クロウにとっては雑魚の一言で済む魔物も、ミューにとっては敵うはずもない強力な敵手。そこには多少のカラクリがある。

 

 クーは今、巨猿の姿を真似ているのだ。とはいえ無論のこと、あの馬鹿げたサイズを真似できるはずもない。

 身長数メートルほどにサイズダウンした姿では、別物であることは一目瞭然だったが……それでも、泥の魔獣たちに、創造主と同じ姿をしたものへの攻撃を躊躇させる効果はあった。

 

 それ故に、クーは戦わずとも威嚇だけで魔獣を追い払うことができている。だが……限界が近かった。

 

「持ちこたえてください、あと少し……!」

 

 ────単純な、数。

 クーには魔獣を倒すことはできず、庭園を抜け出てくる魔獣の総数は着実に増えていた。今では百を遥かに超えるその数は追い払うだけでも容易ではなく、今は何とかなっていても、一度に来られたらひとたまりもない。

 

 そしておそらく────その時は遠くない。

 

「あと少し、あと少しですから……!」

 

 クロウは目醒めようとしていた。身体には血の気が巡り、呼吸も正常に戻っている。だがそれでもまだ、意識までは戻らない。

 

「……これ、で!」

 

 ミューは乾燥させたクセの強い薬草を適当に一掴み混ぜ合わせたものを水に溶き、即席の気付け薬としてクロウに飲ませた。

 クロウは呻き、薄っすらとその眼を開こうとする。

 

「……! 起きました! クーちゃん……っ!」

 

 ミューのその言葉に反応してクーが変身を解き、戻ってくるのと、痺れを切らした魔獣が一斉に襲ってきたのは全くの同時だった。

 もはや発動のみという段階にまで作り上げていた転移陣を起動させる。辺りには魔力の燐光が舞い、その光景に一瞬だけ魔獣たちは足を止める。

 

 クーが自分の胸に飛び込んでくると同時────ミューは転移魔法を発動した。

 

 

 

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