得意技は殴打、必殺技も殴打   作:アッパーカット

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クロウ(2)

 

 

 

「……殴り殺すって、アレをですか?」

「殴れば殺せるんじゃないだろうか」

「はい? ……はい!?」

「うむ。あいつから逃げるとかより、殺した方が安心できるからな。たぶんそれが一番頭のいい解決方法だと思うんだ」

「あっこれいつものクロウさんですねー……。……あれ? なんか余計に安心できない気がしますよ、あれぇー……?」

 

 頭を抱えるミューに、クロウがやれやれと肩をすくめる。

 

「まったく、あいつさえいなければ全て解決するじゃないか。こんな簡単なことがわからないなんてミューもまだまだだな」

「いえ、勝つ見込みがあるのならそれでも良いですけれど……」

「なんだか勝てる気がするんだ」

「クロウさんなにか悪化していませんか!? なにがとは言いませんが!」

 

 喚くミューをひとまず放っておいて、クロウは考える。

 あのデカい猿を殴り殺すにはどうすればいいか。

 まず、あの音砲をどうやり過ごすか。……これに関しては、なんとなくなんとかなる気がする。問題は後の部分、つまり────

 

「あの光線をどうにかするのと、どのくらい殴れば殺せるかだな……」

「一応、考えてはいるのですね……」

 

 考え込むクロウの様子に、疑わしげながらも協力しようとするミューだったが、次の瞬間にその表情は凍り付いた。

 

 ────咆哮。

 その轟音にクロウとミューは思わず振り返る。

 

 そこには全身から魔力を立ち上らせる、『災厄』の姿があった。

 

 肉体に刻まれた裂傷は既にほとんどが消え失せ、出血は止まっている。流石に大きな損傷……自分で灼き尽くした右手まではこの短時間では回復し切っていないが、それでも再生は始まっているようだ。

 肩から盛り上がった肉が形成されようとし、放っておけば十数分で完全に回復することだろう。潰された右目も煙をあげながら修復し、真っ赤に染まったままぎょろりとこちらを睨め付けた。

 

 つい数分前までの、全身から血を流した無残な姿の影はそこにはない。そこにいるのは、堂々たる威容に異様な生命力と精気を満たして怒り狂う荒神だった。

 

「たったこれだけの時間で治り始めているのですか……!?」

「ああ、デカいやつは回復も早いよな」

「どうしてそんなに呑気なのですか!」

「だってどうしようもないからな……」

「ああ、もう……!」

 

 その時、巨猿がその巨大な眼をこちらへと向ける。

 明らかに怒りに燃え、クロウを睨め付けている。クロウたちが逃げようとしたところで、捕まることは目に見えていた。

 

「ほら、あいつも逃がしてくれなさそうだ」

「それは絶対に逃げられないという意味ではありません!」

「そうだな。……うむ、悪いミュー。おれがあいつから逃げたくないだけかもしれない」

 

 クロウがそう言うと、ミューは言葉に詰まった。そしてほんの僅かの時間だけ逡巡し、真剣な表情でクロウに問いかける。

 

「……勝算はあるのですか?」

「ないわけじゃないと思う」

「そう、ですか……。……わかりました。クロウさんが腹を決めたのでしたら、私はそれを全力で手伝います。できる限りのことを。なにか私にできることはありますか?」

「うーむ……」

 

 そう聞かれるとクロウは答えに窮した。

 正直なところ、クロウにはまだ、どうやって勝つのかという具体的な案は無いのだ。それなのに指示など出せるわけもない。

 

 というよりも……。クロウは自身の拳を見つめる。

 少なくとも現状、クロウがどれだけ強靭な肉体を持っていても、結局のところ絶対的な巨大さではまるで勝負にならない。

 

 力が必要なのだ────とクロウは思った。

 

 (つよ)さが必要だ。(つよ)さが必要だ。

 巨大(つよ)さが、(つよ)さが、強靭(つよ)さが────その全てが必要だ。

 

 だがクロウは、拳以外にはなにも持たない。

 魔法も持たず、敵に真正面から襲いかかることしかできない。クロウには、己に欠ける強さを埋める方法など────

 

「あ……」

 

 クロウの口の端から、思わず言葉が漏れた。

 

 ────ある、かもしれない。

 存在する。自分に足りないものを補う方法が。

 

「クロウさん……?」

「……あいつに勝つ方法が、見つかったと思うんだ」

「……ッ! 本当ですか!? それはどんな……」

「うむ。まずはクーを連れてく」

 

 黙ってやり取りを聞いていたクーが首を傾げるので、クロウは頷いてみせる。そしてミューに向き直って、真摯な口調で言った。

 

「でもそれだけじゃたぶん、あいつには勝てない」

「……はい」

「だからおれに────ミューの手を貸して欲しい。そうすればきっと、あいつにも勝てる」

「はい! ……もちろんです! 何を────「そうか、ありがとうな。じゃあ行ってくる」……へ?」

 

 ミューは一瞬、思考を停止させた。クロウは既に駆け出してしまっていた。クーを小脇に抱え、巨猿のもとへと向かって走っている。

 

 一人ぽつねんと立ち尽くし、動揺したミューは追いすがるようにクロウの背へと手を伸ばして叫んだ。

 

「ちょっと……ちょっと!? 何をすればいいのですか私!? お前が俺を想う心が力になるとかそういうアレなのですか!? ここで一人祈りながらクロウさんの戦いを見守って、要所要所で『勝ってクロウ……!』とかいい感じに呟いていればよいのですか……!?」

 

 ……。

 そこまで叫んでから、ミューは気付く。

 

 そしてクロウの意図を理解し、もう一度叫んだ。

 

「……()()()()()()ですか!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 駆け出し、こちらへと向かってくる、己よりも遥かに小さい『敵』の姿。……それを見た巨猿は、その凶悪な相貌を歪める。

 手酷い傷を負わされ、そのまま何も無かったことにするなどありえない。当初の目的……『墓所』の奪還のことは忘れておらずとも、今やその意識は敵にのみ向けられていた。

 

 近寄ろうとする敵に向けて、巨猿はその口蓋を開いた。

 魔力砲(ブレス)ではない。魔力砲は絶大な威力を持つが、あのわけのわからない動きと速力を放棄した敵相手にならば、より有効な方法がある。

 

 吼える────咆哮が大気を弾く。

 高周波で震える大気がギィィン、と響く。

 

 実際のところ、それは人という種に絶対的な効力を持つ攻撃だった。人の大きさで人の形をした人の構造を持つ、そんな生物の動きを奪うことに最適化された、“音”という攻撃。

 

 だが、こちらに迫り来る“敵”は、その動きを鈍らせなかった。

 

 ────!?

 

 巨猿は動揺する。

 こちらに向かってきている敵は、人間だ。あのデタラメで破滅的な動きではない、間違いなくヒトの動きでこちらに向かってくる。

 

 人に対して絶対的な効力を持つはずの音砲が続けざまに放たれる。“敵”の周囲の空気が続けざまの振動に揺らめき、ギギギギィィィンッ! とガラスを引っ掻くような不協和音をがなりたてる。

 

 だが、それでも敵は止まらない。

 

 と、同時、気付く。

 ────敵を守るあの黒い靄は、何だ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「……」

「……そんな目で見られても困るぞ、クー」

 

 背中に負った少女の形をした魔物から注がれる、なんとも言いようのない視線をクロウは感じていた。クーは無言である。だが無言であるだけ、なんだか弁解しなければならないような気分にクロウはなってきていた。

 

「だっておれはアレを喰らうと、動けなくなるんだ。だから……」

「……!」

「────頼む」

 

 一瞬後、咆哮により産み出された音の氾濫がクロウに押し寄せる。爆音は空気をビリビリと震わせ、もはやそれは音というよりもただ振動現象と表現した方が真実に近い。

 

 実際、耳に詰め物をしたとしても、この魔力と音が混成した波は皮膚から浸透し人体を揺らし、行動不能を引き起こす。

 それはクロウにしても同じ。いかに頑強な体もまるで役に立たない。

 だが────。

 

 音の氾濫が一時的に収まると同時、クロウはクーの姿を脳裏に思い描く。……背に小さな重みが戻る。クーの無言の抗議にクロウは反論する。

 

「違う。仲間を盾にするんじゃない」

「……」

「役割分担だ。うむ。いい響きの言葉だ」

 

 はぁ……、と。背後から溜息のようなものをクロウは感じ取った。

 一応は了承したようだ。

 巨猿がその巨大な口を開いた瞬間、クロウはイメージする。

 

 ────クーではない、『ミミック』の姿を。

 

 次の瞬間、クーが黒い靄のような姿に変わり、繭のようにすっぽりとクロウを包み込む。そして、音速で飛来した振動がその表面を打った。

 

「……ッ!」

 

 無論、音が聞こえなくなるわけではない。クー程度の体積でクロウを覆ったところで、そう大きな遮音効果があるわけではない。

 だが────魔力を伴う音の振動は、直撃しない。

 

 音そのものが物理的な破壊力を持つわけではない。言ってしまえば、魔力干渉による催眠のようなものである。ならばその音量に反して意外なほどに繊細なその攻撃を凌ぐためには、直撃さえしなければ十分だ。

 

「ありがとな。……そうだな、アレを倒したら、魔晶を食べていいぞ」

「!」

「あ、全部じゃないぞ。ミューが怒らないくらいの量な」

 

 災厄の魔晶を喰らうという提案にクーの中に眠る野生の火がついたのかは定かではないが、再び少女の姿に戻ってクロウの首筋に抱きつくクーは、目をギラギラとさせていた。

 再び放たれた音砲にも嬉々として対応する。

 

 巨猿の攻撃が人にしか効かない、ということをクロウは知っていた。

 

 ミューもクーも────人ではないミューも、人を模してはいても魔物のクーも────音響攻撃に気を失ってなどいない。

 人を包み込み、窒息死させるミミックが、クロウ一人をすっぽりと覆うことなど造作もない。そして音砲に影響を受けるわけもない。耳などそもそも存在せず、平衡感覚を司る器官も人間とは異なる。

 

 普段は戦力と言うにも躊躇を覚えるクソ雑魚魔物であるクーだが……この瞬間のみ、巨猿へと対抗するためには最高の切り札だった。

 

 だが、それも数十秒で終わりを迎える。

 

 クロウの背にしがみつくクーは、びくりと身を竦める。その理由は一目瞭然────巨猿がその巨大な口蓋を再び開き、その内側に目も眩むほどに莫大な魔力を蓄え、圧縮しだしたからだった。

 

 

 

 

 

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