得意技は殴打、必殺技も殴打   作:アッパーカット

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第3話

 

 

「お茶をやろう」

「おお。ありが……なあこの茶、色が付いてないし味もしないんだが」

「沸かした水だからな……」

 

 エウーリアは少々悩み、質問をした。

 

「クロウ、一般的にお茶とはなんだ?」

「沸かしたやつ……?」

「よし、把握した」

 

 エウーリアはぐいーっと豪快にお茶を飲み干した。

 

 外は既に陽が傾いている。

 迷宮の階層は一個の世界として成立している。それは外から見れば塔のように見える禁則域においても、同じことだった。そこは内部からは無限に広がる世界にしか見えず、外界と同じく空も星も存在する。

 

 エウーリアはロクに敷物すら敷いていない地面に頓着せず座り、話を切り出した。

 

「ところでクロウ、二日前のことだけどな」

「ああ、戦っていたやつか。勝ったか?」

「ああ勝った。お前のおかげだな」

「ふむ……?」

 

 クロウは首を傾げる。

 確かにクロウも手を出したが、あれはおそらく致命傷ではない。あのサイズの魔物になると、一撃で仕留めなければ簡単に回復してしまうはずだ。

 エウーリアがクロウの疑問に答えた。

 

「クロウが魔鉱石を埋め込んでくれただろ? それを媒介にして内側から凍らせてやったよ。ああいう補助があれば楽なもんだな」

 

 物騒なことを楽しげに話すエウーリアにクロウは頷く。

 

「そうか。よかったな」

「でさ、その魔鉱石を持ってこれれば良かったんだが、ばっちいから拾う気にもならなかったんだよ。悪いけど、金での精算でいいか?」

「いや、別に金はいらない。大したものでもないからな」

 

 クロウは首を振った。

 魔鉱石などと大層な名前だが、実際のところ大した金にはならない。魔力源としては、魔物から得られる魔晶の方が遥かに効率が高いからだ。

 素材として見ても魔力を抽出し終えるまでは強度が高すぎて加工すらできないため使い道もなく、必然として安い。

 しかしエウーリアは首を横に振る。

 

「そんなことを言われても困るんだよ。私は借りは作らないのが信条なんだ。何か私にしてほしいことはあるか?」

「いや、ないな」

「即答だな……」

 

 エウーリアはふと、クロウのねぐら……もとい掘っ建て小屋に存在するものを確認する。

 布切れをかき集めたベッド。どう見ても素人手作りの囲炉裏。水瓶。吊るしてある服の替え一式。道具なのかゴミなのか不明なガラクタがちらほら。そして小屋の隅に乱雑に積まれた小銭とボロボロの紙幣の山。

 

 ……以上だ。例外として茶を沸かした鍋が転がっているが、それ以外に炊事道具などという軟弱なものは存在しない。

 ものが少ない割に整理整頓されているわけでもなく、その様子から伺えることはただ一つ、この部屋の中には何一つとしてクロウの大切にしているものなど存在していないということだけである。

 

 最後にエウーリアはクロウを見る。

 クロウはぼうっとした覇気の無い表情でエウーリアを見ているが、そこには何の意思も感じられない。良く言えば仙人のような、悪く言えば阿呆のような表情だった。なるほど、この小屋の持ち主に相応しそうな有様である。

 

 困った。クロウの欲しがりそうなものが何一つ思い浮かばない。

 頭を抱えるエウーリアにクロウが話しかける。

 

「どうしたんだエウーリア」

「クロウ、何か欲しいものは?」

「そうだな。腹が減った」

 

 エウーリアは嘆息した。

 

「……とりあえず奢るよ。クロウはどこかいい店を知ってるか?」

 

 

 

 

 

 

 

「親方ー」

「おうクロウ……と、誰だそいつは」

「なんだろうな……?」

「飲食店なのか? ここ……」

 

 エウーリアはクロウに連れられて入った店の、なんとも表現しづらい適当さに眼を見張った。

 一応は三つ四つのテーブルが並べてあるのだが、その脇には珍妙な品々……おそらくは使い道の見つからない遺物であろうガラクタが、ひどく乱雑に積まれている。それらが店の雰囲気を著しく怪しくしていた。

 

 テーブルに着いたエウーリアにクロウが説明する。

 

「ここはおれの雇い主でもあるんだ。魔鉱石をここに卸している」

「へえ、ここにね……」

「汚くて悪いな。注文は?」

 

 エウーリアはきょろきょろと店内を見回してメニューを発見した。

 

 『二本足』

 『四本足』

 『肉』

 

 ……得体が知れない。

 それ以外に説明がなにも無いことを確認してから、親方に尋ねる。

 

「『二本足』ってのはなんだ、あー……親方さん」

「二本足の獣の肉だな」

「鳥とかか? じゃあ四本足は牛や豚か?」

「四本足の獣の肉だ」

「……なんか言い方が引っかかるぞ。じゃあ『肉』ってのは?」

「二本足でも四本足でもない獣の肉だな」

 

 どうあがいても得体が知れなかった。

 悩むエウーリアを放置し、クロウが先に注文する。

 

「おれは肉を焼いたやつな」

「あいよ。嬢ちゃんは?」

「……クロウと同じもので」

「なんだエウーリア、意外といけるくちなんだな」

 

 感心したようなクロウの言葉に、エウーリアは叫んだ。

 

「待った親方、私はやっぱり二本足だ! ……おい、無視して厨房に引っ込んだぞ!?」

「二種類つくるのは面倒くさいからな。しかたがない」

「そういう問題じゃないだろ……! こういうわけのわからないところで冒険はいらないんだよ……!」

「わがままだなあ、エウーリアは」

 

 “禁足域“といえば迷宮にも外界にも馴染めないならず者が寄り集まり独自の文化を形成する魔境だ────と噂には聞いていたが、これがカルチャーギャップなのだろうか。

 エウーリアは全てを諦め、ひとまずクロウとの話の本題に入った。

 

「実のところ、私はクロウに提案をしたいんだ」

「ふむ。やっぱり奢りたくないとかそういう話か。別にいいぞ」

 

 エウーリアが微妙な表情をする。

 

「……私、そんなセコい相談をしそうに見えるのか?」

「わからん。でも、それ以外に何があるんだ」

「いろいろあるだろ」

 

 ため息をついてからエウーリアが口を開く。

 

「まず聞くが、クロウはどうして魔鉱石拾いなんてやっているんだ?」

「どうしてといわれても困る。おれはそれ以外に何もできないからな」

 

 感情の乗らないクロウの声と対照的に、エウーリアの声には熱が篭る。

 

「“禁足域“の最上階、第五階層……あんな場所で無事に過ごせる人間はそうそういないぞ」

「けっこういるんじゃないか?」

「いや。私の知る限りではせいぜい、二〜三十人……。……結構いるな」

「な?」

 

 したり顔で水を飲むクロウに、エウーリアはばんばんと机を叩いた。

 

「な? じゃなくてだな。……クロウは勿体無いと思わないのか? お前の力なら迷宮の未開拓層……最前線でも十分以上に通用する。なんでこんな場所で魔鉱石拾いなんかをするんだ?」

 

 エウーリアの言葉は世辞ではない。

 実際問題として、“禁足域”の魔物……ことに第四、第五階層の魔物は強大だ。そこらを歩く魔物ですら人の手の届かない環境で無限に成長し、理外の力を宿す。並大抵の冒険者では歯が立たない。

 

 そしてそれほどに強大な魔物に立ち向かっても、得られるものは薄い。

 禁足域の魔物は迷宮の魔物と異なり、魔晶を持たないのだ。ではもう一つの実りである迷宮の資源、遺物はといえば、探索して簡単に手に入るような場所に存在するものはとうの昔に回収され、残っていない。

 そして何より、更なる深淵を目指そうにも第五階層より先は存在しない。

 

 禁足域を『こんな場所』と言い切るにも理由があるのだ。

 まともな冒険者は深層を目指す。

 そこでは魔獣を狩ることにより魔晶という最低限のリターンが存在し、新たなる階層には手つかずの貴重な財宝や資源が存在することがほとんどだ。ただ魔獣が強大なだけの魔窟に足を踏み入れる理由が無い。

 

 エウーリアから見れば、クロウはあまりにももったいなくて思えた。

 禁足域の第五階層を一人で闊歩できるその実力は一線級、いやそれ以上。その力をこんなところで持て余しているのはあまりにも無為だ。迷宮の中でなら、同じ危険を潜り抜けるだけで全く違うものが手に入るはずだ。

 しかしクロウは、エウーリアの話に首を振る。

 

「冒険者か。聞いたことはある。でも、おれには無理だな」

「どうして? ここに愛着があるわけでもなさそうだし、一攫千金したいとは思わないのか? 男の子だろ?」

 

 その言葉にクロウは一考する様子を見せる。

 

「そうだな。もしかしたら金が唸るぐらいあれば楽しいかもしれない」

「な? 一緒に金を唸らせてみないか? きっと楽しいぞ」

「でもすまないなエウーリア。おれには無理だ」

 

 きっぱりと断るクロウに、エウーリアはむくれながら聞く。

 

「……力があるなら、使えばいいだろ?」

「……うむ」

 

 クロウは言うべきか言うまいか一瞬悩んで、まあいいかと思ってエウーリアに事情を告げた。

 

「実はな、エウーリア」

「なんだ?」

「おれは人間じゃないみたいなんだ」

「……人間じゃない?」

「ああ」

 

 エウーリアはクロウをじろじろと見回した。そして首を傾げる。

 

「……どのあたりが? 全くわからないんだが。もしかして内心、私のことを食べたいとか思ってたりするのか?」

「いや、特には」

「じゃ、いいだろ。仮にクロウが人間じゃなかったとしてもだな、人間っぽけりゃ別にいいんだよ」

「おお……」

 

 雑に言い切るエウーリアにクロウは少しよろめきそうになった。

 だが、問題はそういう精神的なところには無いのだ。

 

「ちがうぞエウーリア。おれが自分のことを人間じゃないと思っているんじゃなくてだな、()()がおれのことを人間扱いしてくれないんだ」

「……あー待て、待ってくれクロウ。……もしかしてこれの話か?」

 

 エウーリアが一枚の紙を取り出す。灰色のその紙をエウーリアが握ると、紙の色が透明感のあるスカイブルーへと変わり、じわりと文字が浮き出る。

 

【エウーリア・レーベルハント】

【種族:ヒト】

 

 エウーリアが手にしたのは感応紙だ。魔力に反応して紙の色が変化し、文面が現れる。

 それはエウーリアが自分で書き記したものではない。世界から観測されたエウーリアという存在が文字となって表示されるのだ。

 もちろん、何がどこまで表示されるのかは魔力の込め方によって変わるのだが、表示される情報そのものを偽ることは不可能。

 

 エウーリアのそれを見たクロウは首を傾げた。

 

「なんだそれ……?」

「ん? これの話じゃないのか?」

「うむ」

 

 自認がヒトでも感応紙に表示される種族がヒトでないことは、実は割とよくある。クロウがそれのことを言っているのかと思ったが、違うようだ。

 エウーリアはちょっと悩んでから、新しく一枚を差し出した。

 

「……ま、でもやったことないならやってみるか。もしコイツにヒトって出てくるならヒトだろ。クロウ、魔力を込めてみてくれ」

「ふむ。まあ構わないが」

 

 クロウは魔力とかいう特に恩恵を感じたこともない力をえいやっと込めてみる。すると……。

 

「ほらな」

「……何も出て来ない? 名前すら?」

 

 感応紙の色はくすみのない白へと変化し、魔力に反応していることは間違いない。だがしかし、文字は何一つ浮き出て来ない。

 エウーリアはクロウに問いかけた。

 

「……お前、よく考えたらどうやって魔法を使ってるんだ? コイツで『情報』を見なけりゃ、自分にどんな魔法が使えるのかすらわからないだろ?」

「そんなものは使えないぞ」

 

 エウーリアが目を見開く。

 

「ちょっと待て。じゃああの腕力は? どうやっているんだ?」

「魔法がなくても殴ることはできるからな……」

「……マジかよ。そんなことあるのか?」

 

 エウーリアは愕然と眼を見開く。

 魔法も使わずその身一つで怪物に立ち向かい勝利する────それではまるで、神話の住人のような所業ではないか。

 エウーリアはクロウから視線を逸らさないまま、その手を取った。

 

「クロウ……」

「なんだ」

「────私と来い!」

「う……ん?」

 

 エウーリアはクロウの手を興奮のままに握りしめる。

 

 クロウは困惑していた。

 大抵の人間は、クロウのことを知れば知るほどに顔を背けるのだ。だというのにこのエウーリアは、眼を輝かせてクロウを見つめる。

 

「要するに、純粋な身体能力だけであの力ってことだろ!? 意味わからないし聞いたことないぞ、そんなの! ……なあクロウ、私と一緒に来い! なっ! 冒険しようぜ!」

「……い、意味がわからないのに一緒に来て欲しいのか……?」

 

 どこか現実感の無い気分で聞くクロウに、エウーリアはきらきらとした瞳で言い切った。

 

「だからいいんだろ!」

 

 その黄金の瞳から反射的に目を逸らしながら、クロウは呟く。

 

「……怖くないのか。おれを悪鬼とか呼ぶやつだっているんだぞ」

 

 怪物の力を持つ者は怪物に違いない────このどこまでも単純ゆえに明快な論理を否定することは難しい。

 

 クロウですらもぼんやりと、自分が悪鬼などと呼ばれて他人から避けられるのは当然かもしれない、となんとなくそう思っていた。

 理由もなく迷宮を自由に闊歩できる強さを持つ人間というのは、もはや単純に気味が悪いのだ。いったいそれは、理性を持つ怪物とどう違う。

 

 だがエウーリアは、そんなクロウを一言で喝破する。

 

「お前くらい強ければそんなもんはどうでもいいッ! バカは放っておけ! いいから行くぞ、最前線だ!」

「ま、……待て!」

 

 初めてクロウの張り上げた声に、エウーリアは不思議そうにクロウを見る。

 

「なんだよ。一緒に冒険するだろ?」

「無理だ」

「事情は聞いたけど、でも特に実害は無いだろ? そんなくだらないことで冒険を諦めるって、そりゃ馬鹿げてるだろ」

「エウーリアは勘違いをしている。……おれはたぶん、()()()()人間だと思われていないんだ」

「……?」

「つまりな」

 

 クロウは非常に微妙な表情で告げる。

 

「おれはここに閉じ込められていて、迷宮に入ることができないんだ」

「……何かの言葉遊びか?」

「エウーリアは、おれの言葉を嘘だと思わなきゃいけない義務でもあるのか?」

「いや、悪い」

 

 エウーリアはバツの悪そうな表情でクロウの手を離し、席に座り込む。

 クロウはまだエウーリアの体温が残っているような気のする手のひらをぐーぱーと握りしめてみて首を傾げ、エウーリアに説明する。

 

「おれはこれでも好奇心旺盛なんだ。面白そうだと思って、下にいこうとしたことがある。だが……」

「だが?」

「入ろうとしたとたん、弾き出された」

「弾き出される?」

 

 首を傾げるエウーリアにクロウが説明する。

 

「ああ。地上に出るでかい扉があるだろう。あれが通れない。地上に出ようとすると、わけのわからない力で体が押し返されるんだ」

「……疑いはしないが、何度試してもダメだったのか?」

「ああ。暇なときを見つけて、何度もやってみた。でも、無駄だった。強くぶつかっても強い力で押し返されるだけだった。だから気がつくとおれは……」

「俺は?」

 

 エウーリアが促すと、クロウは深刻そうな表情で言葉を絞り出した。

 

「気づいたんだ。あの扉に吹き飛ばされるのは、ちょっと楽しい」

「そ、そうか……」

「自分でジャンプするのとは違う。ふむ……爽快感というやつだな」

「そっかぁ……」

 

 そういえば、とエウーリアは思い出した。一時期、禁足域から地上に魔物が侵入しようとしているという話があったのだ。多くの冒険者が危機感を持って地上階を張り込み、いつの間にか噂は消えていたのだが……

 

「クロウ。最近はそれ、やってるのか?」

「いや。おれは常識があるからな。飽きてきたしやめたんだ」

「常識というやつは難しいな……」

「エウーリアは子どもだから、まだ難しいかもしれないな」

「いや同い年くらいだろう、私とクロウは。……もうそれでいいけど」

 

 エウーリアはため息をつき、話を元に戻す。

 

「で、クロウはそもそも、迷宮に入ること自体ができないと」

「ああ、そうだな」

「なるほどな……いや待て、それじゃ冒険できないだろ!?」

「だから、そう言っているだろう」

 

 エウーリアはふてくされて机に突っ伏す。その時、親方が肉を運んできたので、クロウはエウーリアの髪をつついた。

 

「エウーリア、肉だぞ」

「ああ、来たのか。……なんだこれ」

「肉だ。うまいぞ」

「肉!? これが!? なんて動物のどの部位だ……!? 本当に食べても人体に影響無いのか、これ!?」

「焼いてるから大丈夫じゃないのか」

「それだけで大丈夫なら飢えるやつはいないんだよ!」

 

 エウーリアは気乗りしない様子で物体Xにフォークを伸ばす。

 

「……ッ!」

 

 肉を飲み込んだエウーリアは目を見開いた

 

「……美味いのが逆に腹立たしいな!」

「情緒不安定だな、エウーリアは」

「ほぼクロウのせいなわけだが」

「そうか、すまないな。おれの肉を一切れやろう」

 

 エウーリアはクロウのよこした肉を一口で食らった。

 やけ食いだった。

 

 

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