Prologue_チャラさが足りない
砂漠の中に、ぽつんと、浮島のように都市があった。
中央に大鐘楼を戴き、周囲を防壁で囲まれた円形の都市。その直径は数km程度と決して広くはないその中に、十数万もの人口がひしめいている。
この都市の名は『ヴィクシス』。歴史には、『魔法の都』と記される場所である。その呼び名の通り、この都市には史上を見渡しても極めて異常な密度で魔法使いたちが集っている。
しかし、この都市に数多存在する魔法使いたちの中に、その瞬間に起きた異常事態に気付くものは一人としていなかった。
都市の西端、薄暗い地下施設────そこに次元を繋げる『扉』が出現し、十数人の一団が踏み入ってくる。
この時代においては異物たる、彼ら『冒険者』の存在を把握するものは、現時点ではこの都市に、ただの一人もいなかった。
◇◇◇
「……人がいるぞ」
「いやそりゃ、いるだろ」
通行人を見て思わず漏れたクロウの呟きに、呆れたようにエウーリアが答える。目の前の光景に戸惑っているのはクロウ、ミュー、クーの3人だけだ。時刻は既に夕闇も深いが、それでも人がぽつぽつと歩いている。
ミューが若干の戸惑いとともに問いかけた。
「この人たちは……その、
「息をしていて思考ができて……という話なら、彼らは間違いなく生きている。私たちとそう変わらない」
答えたのはミセルである。
「だが、攻略が終われば消え去ってしまう。残念ながらな」
「消える……?」
「光の粒に分解されて、どこかに消えていってしまうんだ」
「なぜそんなことに……?」
「それを私に聞かれてもな……。分からないとしか答えようがない。そもそも、初めて到達した未攻略の階層でしか起こらないことだからな。私たちにもまだ、分からないことだらけだ」
クロウが首を傾げる。
「前のところには誰もいなかった気がするが」
「人がいないことも無いわけじゃない。けど、基本的には誰かがいるな。前の階層にも人の痕跡くらいはあっただろ? ほら、遺跡とか」
エウーリアのその言葉に、少し視線を宙に迷わせてからクロウは答えた。
「あったな」
「なら、それを作ったやつらがその場にいてもおかしなことじゃないだろ」
「そうか。……そうか?」
「というか、本当は人が居たんじゃないか? そいつら、クロウたちに関わる気がゼロだったから姿を現さなかっただけで」
「なぜだ。おれはちゃんと毎日、木を殴り倒したり魔物を殴り殺したりして森の中を歩きやすくしていたんだぞ」
「原因それだろ」
やれやれ、と肩をすくめるエウーリア。クロウはとりあえず納得することにした。よくよく考えてみれば迷宮に人がいたところで何も困らないので、別にそれでよかろう。
◇◇◇
第69層の攻略、すなわちクロウたちがあの大猿と戦い勝利してから、ひと月ほどが経過している。
その間ずっと、クロウを含めた三人は、洞窟で暮らしていた。たまたま直前の層である第68層にエウーリアがいた以上、クロウたちからしてみれば上層まで戻る意味もなかったのだ。
エウーリアやミセルが所属する集団にとっては、『攻略したその次の階層が既に攻略されていた』という事態はかなりの悶着を引き起こしたようだ。
だが、どういう話し合いの結末によるものかは定かではないが、最終的な結論としてクロウたちは、さらにその次の階層であるこの第70層に彼らと同時に踏み入ることになった。提示された条件である、『仲間ではないが必要に応じて協力する』という取り決めは、クロウたちとしても異論は無い。
新たな階層に踏み入ったことへの興奮が一通り収まると、クロウと同じくらいの年頃の茶色の髪の少年が手を叩き、全員の注目を集める。
「注目。それじゃあまずは、情報収集しようか。街中だし、いつもどおり寝床は各自確保で。次に集まるのは……二日後にここでいいかな?」
その声に了解の声があがり、十数人の面々は数人ずつ散っていく。どういう状況なのよく飲み込めずにまごつくクロウに、ミセルが声をかけた。
「こういう都市階層だと、ひとまず分散して行動するんだ。全員で固まって動くと余計な注目を集めるし、宿の確保もかえって難しい」
「ふむ……?」
「3、4人で固まって動いて、それぞれ環境を整えるようにするんだが……クロウたちもちょうど3人だな。お前たちもそれぞれ好きなように動き、またここに集合して情報を共有することとしよう。それでいいか?」
「うむ……?」
「じゃーなクロウ。探索、楽しめよ!」
快活に笑って手を振るエウーリアは、ミセル、ユーフィミアと連れ立ってどこかへ歩いていく。気づけばその場に残されたのは、クロウ、ミュー、クーの3人だけだった。
「あの、クロウさん」
「なんだ」
「エウーリアさんと別行動になりますけど、よかったんですか? ここまで来た目的はそれだったのでは?」
「……」
ミューの言葉にクロウは黙り込む。既に過ぎ去ったエウーリアの背中に向けて半端に伸ばしていた自分の手をちらりと見て、すごすごと引っ込める。そしてぽつりと口を開いた。
「……わからなかったんだ」
「はい?」
「あらためて考えてみると、エウーリアにはもう仲間がいるわけだよな。いったいおれは……どうやっていい感じに誘えばよかったんだ……?」
クロウはミューから、なにか物悲しいものを見るような目で見られているような気がした。ついでにクーからも、とんでもない雑魚を見るような目で見つめられているような気がする。
だが仕方がないではないか。わからないものはわからないのである。
クロウはふらふらと歩き出した。
冷たい空気、砂の匂い、石畳の感触。新たに踏み出した世界は、夕闇の中でも鮮やかだった。
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