「このスペースは自由に使ってくれて構わない。……本当に外でいいんだな? いや、どっちにしろ家の中に入れるつもりは無いが」
「もちろんです。それで十分に助かります」
結局、公道で泊まってもらっても困るというシュラの言葉に従った三人は、一度テントを解体することにした。移動先はシュラの自宅の庭である。『宿暮らしを長く続けるお金も無いので、もらったお金が尽きたらまたこの辺りで路上生活しますよ?』というミューの脅迫にシュラが屈したのだ。
「じゃあ早速テントを……」
「砂地はやめとけ。そっちの雑草で覆われている辺りの方がいい」
「了解です」
ミューが手を一つ叩くと、魔法でミューの影へと収納されていたテントがそのまま現れる。地面に固定すれば、それだけで拠点が完成した。
「どういう魔法だ……?」
「メイドの必須技能です」
そのデタラメな光景にシュラは驚きを隠せない。ミューの操る魔法は、とてもではないが人間に実行可能なものに見えないのだ。
「よし、これでいいですね」
満足げな表情のミューにシュラが話しかける。
「どのくらい居座るつもりだ? 別にすぐに出て行けとは言わないが」
「え? ……一ヶ月くらいですかね?」
「……まあ、そのくらいならいいか。だが、お前たちの振る舞いによっては出て行ってもらうことになるぞ」
「何かやっちゃいけないこととかありますか?」
その問いにシュラは考え込んだ。
「……いや、それは特に無いが。あまりうるさくしすぎなければそれでいい。……ああ、だが一つ」
シュラは思い出したように付け加えた。
「ここは俺の師匠の家だ。今は外出中でしばらく帰ってこないから、それまでは好きにしていい。だが、師匠が駄目と言うなら、悪いが追い出す」
「そう言いそうな人なんですか?」
「いや。だが、仮に師匠が反対するなら、俺はそれに従う」
それから少しの間、ミューとシュラで細々としたことを相談する。飽きてきたクロウとクーがこそこそと丸バツゲームを始めたころ、ミューが振り返った。
「では二人とも。シュラさんに案内して貰って、この都市の見物に行きましょうか」
「ふむ。それは助かるな」
クロウは期待の視線でシュラを見上げた。しかしシュラは、胡散臭そうに目を細めた。
「……ミューの説明だと、お前たちは田舎の出で、このあたりは初めてで、どこに何があるのかもよく知らないらしいな」
「そうだな」
「もし本当にそうなら、案内してやるくらいは構わない。買い出しのついでだ。ついてくるといい」
シュラはそこで言葉を切り、歩き出す。
そして背後を歩く三人には聞こえないように、ぼそりと呟いた。
「……有り得ないんだがな、そんなことは」
◇◇◇
時刻は昼時で、太陽の光が燦々と降り注ぐ。
賑わう市場には乾いた風とともに食物を煮炊きする匂いが流れ、周囲は人のざわめきに満ちている。
そんな通りの一角で、クロウは感慨深そうに言った。
「これが……人間の街……」
「人里に現れたバケモノのセリフみたいだな……」
「特殊な事情があるんです」
ミューは半笑いで誤魔化した。
クロウの暮らしていた禁足域の特産品は悪徳と混沌であり、街と呼ぶにはあまりに秩序がない。整然とした街並みと、あの場所に生息するチンピラどもと比べれば清楚で上品とすら形容できる人々は、確かにクロウにとっては新鮮だろう。
……というか。
そんなことを考えながら、遅まきながらにミューは気づいた。
よく考えれば、クーがここにいるのはバレたらまずいのだろうか。ほけーっとした表情を見ている分には全くそうとは思えないが、クーは普通に魔物である。ミューもまた人間の街をよく知らないのでなんとも言えないが、もしかすると気軽に雑踏へと紛れ込んでいい存在ではないのかもしれない。
シュラにこっそりと聞く。
「あの、この階層って……」
「階層……?」
「あ、いえ。えっと、魔物って……ペット? にしてOKでしたっけ?」
その質問に、シュラは驚いた表情をする。
「魔物を? ……。……いや、それを禁じる決まりは無いはずだ」
「あ、そうですか」
「……そんなことが可能なら、だが」
信じ難いというシュラの表情に、ミューは何か認識の違いを感じ取った。
「あの、シュラさんの言っている魔物ってどんなのですか……?」
そう聞くとシュラは指でその辺の屋台を指し示した。
香ばしい香りがする。近寄って見てみれば、そこで売っているのは串に突き刺さった、何か細長い焼き物だった。
「これは……?」
「魔物の蒲焼だ」
背後から追いついたシュラがそう告げる。
屋台の店主は嫌そうな顔をした。
「……違う言い方してくれねぇかな」
「悪かった。4本貰おう」
「毎度ありぃ!」
途端にほくほくとした表情になった店主から串焼きを4本受け取り、そのうちの一本をシュラが食べてみる。ざくりとした皮の食感と、旨みが染み出してくるような肉の味。久しぶりに口にしたが悪くなかった。
「ほら、奢りだ」
そう言って残りの三本を差し出す。
だが、受け取ったのはクロウだけだった。
「……食べて害のあるようなものじゃないんだが」
「ああいえ、そうではなくてですね……」
シュラがちょっと悲しくなりながらそう言うと、ミューが恥ずかしげに言う。
「私たち、経口摂取はしない派というか……」
「……ん?」
「その……なんというか、無いので……。消化器官……」
初めて聞くタイプの断り文句だった。
もじもじと恥じらいながら訳のわからないことを言い放つミューになんと返していいか分からない。その手からもう一本、クロウが串をくすねた。
「ふむ。うまいな、これ。二人は魔晶しか食べないんだ。おいしくないのになんでだろうな……? だからおれとシュラで食べるぞ」
「……まあいいか」
シュラは思考放棄した。
なんとなくだが、クロウは嘘はつかない……というかつけない気がする。
串にかぶりつく。うまい。
「で、結局なんなんですか、それ」
黙々と食べるシュラにミューが問いかける。
最後の一口を食べ切り、困惑とともに答えた。
「だから、魔物だ。壁の外にいる蛇だよ」
「蛇……? ……ええと、他の魔物は?」
「他……?」
シュラは怪訝な表情を浮かべた。
「家畜のことか? 確かに元は魔物かもしれないが」
「……あの、もしかして。人類と敵対している魔物って、その蛇だけだったりしますか?」
「その通りだが。お前は何を言っているんだ」
驚いた表情をするミューに、シュラはますます疑念を募らせる。
この三人はいったい、どこから来た?
「現存する魔物はこの一種だけだ。外にはこいつらしかいない……というか、こいつらで溢れかえっている。だから人類は、この都市の中だけで生きるしかない。誰かにそう教わっていないのか?」
冷や汗をかきながらミューは話を続けた。
「こんなにちっちゃいのに本当に脅威なのですか?」
「最大だとこの何十倍になる。人なんて一口で呑むぞ」
もちろん知ってるよな? という視線が痛い。
ミューは思案した。これまでの話を総合すると、とりあえずクーが魔物だと思われることは無いのだろう。
ならばそれはそれでいいのだが、しかしどうせ既に怪しまれているのだから、とついでに気になっていることを聞いてみることにした。
「あの。なぜ、この蛇しか魔物がいないのですか?」
「……本当に何も知らないらしいな」
シュラはため息をついた。
「昔……まだ周りが砂漠じゃなかった、千年前までは他の種も存在したらしい。だが、蛇が全部喰った」
「絶滅させたと? たった一種類の魔物が、全てを?」
信じられない思いでミューは言葉を返した。
だが、シュラは首を振る。
「魔物だけじゃない」
「え?」
「ヒトもだ」
唖然とするミューをよそに、シュラは歩き出した。
ついてくるよう促しながら言葉を続ける。
「ヒトは滅びる寸前だ。この都市だけを残された生存域にして、行き止まっている。この千年、ずっとな」
◇◇◇
シュラはどんどんと足を進める。そしてある一角で立ち止まり、街の中央部にそびえ立つ周囲から抜きん出た高さの大鐘楼を指差した。
「ほら、あの鐘だ」
「あれは……」
それを見たミューの表情は驚きに変わった。
一緒に見ているクロウとクーはシンクロしたように首を傾げているが、ミューには分かるのだ。あの鐘がどれほど異常なものなのか。
「……魔導具。いえ、神器ですか」
「?」
「ああ、こういう言い方はしないのですね」
シュラは眉を顰めた。
「説明は不要か?」
「いえ、お願いします」
何であるかは判っても、その効力までは分からない。
シュラは大鐘楼を指差した。
「簡単に言えば、あの鐘の音が蛇から都市を守る結界になっている。蛇が壁を越えることも地面を掘り進めて侵入してくることも、あの鐘の音が止まらない限り不可能だ」
「なるほど……」
「あの大鐘楼を中心に壁までが効果範囲になる。つまり、この都市はあの鐘に依存して存在し続けて来たわけだ」
その言葉にクロウが首を傾げた。
「なあ」
「なんだ?」
「じゃあシュラたちは、壁から出られずにこの中で暮らしているのか?」
「そうだが」
その返答にちょっとクロウは考え、ぽつりと呟いた。
「そんなことしなくても、魔物なんて全部殺せばいいと思うが……だってその方がすっきりするもんな」
あまりにも明け透けな言い方だった。
シュラは一瞬呆気にとられ、そして笑った。
「シュラさん?」
これまでずっと、どこか警戒心を露わにしていたシュラの笑みに、ミューが遠慮がちに問いかける。シュラは少しばかり楽しそうに答えた。
「すまない。……いや、そりゃそうだよな。正論だ」
「でも、それができないから都市の中に籠っているのですよね?」
「ま、それもそうだ。現実にはな」
シュラは軽い口調で答えた。
「いろんな事情があるんだが……主には物量だ。今のこの都市の総力で正面からぶつかったって、間違いなくこっちがやられる。どうにかする手段が手に入るまで、なんとか時間を稼いでるってところだな」
軽い口調に相反するように絶望的な内容である。その状態が千年続いているのならば、それはもはや詰んでいるのではないか?
ミューは周囲を見渡した。
「そんな状況で、よく耐えられますね……」
騒がしいとまでは言わないがにぎやかな喧騒。
人類最後の砦と言ってしまえば暗い雰囲気ばかりが想像されるが、しかし周囲を行き交う人々からはそんな暗さは感じない。だがシュラは首を振る。
「別に耐えているわけじゃない。慣れだ。不安はある。だがそんなもの、どの時代にもある。たまたまこの時代は、少しだけ恐怖が見えやすいだけだ」
「そんなものですか……」
賑やかな街の様子が少しだけ違って見える。
そんなミューにシュラが声をかけた。
「で、お前たちはなぜ、それを知らない?」
「うっ……」
「もう分かっただろうが、外の世界に人間の居場所は無い。それなのにこの都市に初めて来たのなら、お前たちはいったいどこから来た?」
ミューは完全に返答に窮して黙り込み、クーはおろおろと心配し、クロウは3本目の串を食べていた。
その様子にシュラはため息をついた。
「……と、聞きたいところだが別に答えなくていい」
「へっ?」
「そんな約束まではしていない。だから無理に聞き出すつもりはない。……まあ、話してくれるのなら、それはそれで俺としては喜ばしいが」
シュラはそのまま歩き出した。
立ち止まったままの三人に声をかける。
「来ないのか? 見たいものや欲しいものがあるなら案内してやろう。旨い店も紹介できる。約束だからな」
「あ、行きます行きます!」
「ふむ。うまいもの、か……」
砂漠に差し込む激しい日差しが少しずつ傾き始める。四人の姿はいつしか、雑踏に紛れた。