得意技は殴打、必殺技も殴打   作:アッパーカット

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致命の一撃

 

 

 

 クロウは闘技場の中央、砂地の中に着地した。

 もうもうと巻き上がる砂塵。観衆は一瞬だけ静まり返り、そして新たな挑戦者に熱狂した。

 

「お前は……確か」

 

 その声に振り返る。肩にメイスを担ぐ長身の男は、訝しげにクロウへと話しかけた。

 

「クロウ……だったか? どうした急に」

「エウーリアに連れてこられたんだ」

「ええ? あー……」

 

 男の目がそそり立つ氷柱に留まる。親指を立てて楽しげな笑顔を浮かべる少女の姿があった。それが紛れもなく仲間の姿であることを認識し、男はクロウに労わりの眼を向けて言う。

 

「おい、無理矢理やらされてないか? 別にアイツに無茶を言われたからって従わなくてもいいんだぜ? ……それともなんだ、お前もエウーリアと同じ、戦闘狂のたぐいか?」

「む……。おれは戦うのが好きなわけじゃないぞ。だって強いやつと戦ったら疲れるし痛いからな。そういうのは賢くない。あくまでも仕事や暇潰しでいろんなものを殴ったりするだけだ」

「ほぼ初対面のガキから特に理由なく暇潰しに殴っていい相手として認定されたのか、俺は……?」

 

 男は奇怪なものを見る目でクロウを見た。

 クロウはふるふると首を振った。

 

「いや、そうじゃない。誤解はよくないな。おれはだれかを意味もなく殴るなんて理不尽なことはしない。おれが何かを殴るのは、そいつが邪魔だったり気に入らなかったりするときくらいだぞ」

「クソ理不尽じゃねーか……。じゃあなんで俺と闘ろうとする? 俺が気に喰わないのか?」

 

 男の問いにクロウは答えた。

 

「いや、違う。……うむ。なんで戦おうとしているんだろうな……?」

「おいおい……」

 

 呆れる男に、独り言のようにクロウは呟く。

 

「でもなんか、エウーリアが楽しそうにしていたしな……」

「へえ? なんだお前、そのためなら戦るのか?」

「そうでもないな……でも、こう……楽しそうにしているということは、おそらく、おれに惚れる可能性も高いのでは……?」

 

 クロウがそう答えると、男は面白そうに笑った。

 

「……うん、そうか。いやー、よく分かった。はっきり言ってお前、女の趣味は早いとこどうにかした方がいいが、でもまあガキが戦う理由としては上等だ。闘ろうじゃねーか」

「ありがとうな……。……。……うむ!」

「おいお前、俺の名前を覚えてないな?」

 

 クロウが頷くと、男は嘆息した。

 

「やれやれ礼儀がなっちゃいない。……聞けぇ!」

 

 男が大音声を放つと、一瞬、闘技場は静まり返った。

 

「此度の挑戦者の名はクロウ! この俺を叩きのめすとほざく、傲慢極まりないクソガキだ! ではそれを迎え討つものは! 力を以って退けるものは誰だ!?」

 

 そう叫び、メイスを頭上に掲げる。

 鋼色が陽光に鈍く光る。

 

 地鳴りのような音の連なりが闘技場を揺らした。観客が皆、彼の名を叫ぶと同時、その場で足を踏み拍子を取っているのだ。

 

 男は満足げに笑った。

 

「初めまして────俺の名前はザクスだ。よろしくなあ」

 

 クロウは熱狂する観客たちを不思議なものを見る目で眺めながら応えた。

 

「いい名前だな」

「だろう? では────」

「じゃあ────」

 

 そこから先、言葉は無かった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 不意にごうん、と鈍い音が鳴り響いた。

 予備動作もなく撃ち下ろされたメイスをクロウが前腕で受け止めた音だ。周囲には砂埃が撒き散り、その衝撃の凄まじさを物語る。

 

「らァッ!」

 

 ザクスの雄叫びとともに、連撃が小さな背丈に襲いかかる。斬ろうというのではない、刺そうというのでもない、叩き潰そうとする動き。純然たる質量がクロウに打ち付けられ、その様子は大人が子どもを滅多撃ちにしているようにしか見えない。

 

 シュラは思わず駆け出そうとした。

 だが、それをエウーリアの氷魔法が拘束する。

 

「待て待て。何するつもりだ?」

「あれが見えないのか!?」

 

 鈍い鋼色の軌跡は一向に止まろうとしない。

 この僅か十数秒ですでに数十撃が撃ち込まれている。あまりにも一方的なその様子に、沸き立っていた観衆の声援もいつしか鳴りを潜め、空恐ろしいような、張り詰めた空気に変わろうとしていた。

 

 しかしそれも意に介さず、エウーリアは言った。

 

「そりゃ見た目は酷いが、武器で受けるか身体で受けるかの違いだ。クロウは武器なんて持ってないんだからしょうがないだろ」

「何を呑気な……! いいから離せ!」

「だから待てって。クロウにも考えが……ほら」

 

 エウーリアがにやりと笑って闘技場を見る。シュラも釣られて目をやると、そこには目を疑う光景があった。

 

「なんだあれは……?」

 

 誰かの口から溢れた言葉がシュラの内心を代弁する。

 連撃が止まっていた。

 だがそれは決して、クロウが退いたためでも、屈したためではない。

 

 人が宙に浮かんでいた。

 それを成すのは、ただの腕力。メイスの穂先を雑に掴み取ったクロウがくいっと手首を持ち上げると、ザクスの身体はメイスを握る手そのままに、いとも容易く持ち上げられた。

 

 そしてそのまま、クロウはすいっと腕を持ち上げて振りかぶり、地面に適当に叩きつける。だが、その勢いは凄まじい。地面が振動し、恐ろしい音と共にクレーターが出来上がる。

 

 ザクスの判断は迅速だった。

 宙に持ち上げられるや否や自失から一瞬で立ち直り、クロウとの腕力勝負になると全く敵わないことを理解する。

 自分の武器であるメイスから手を離し吹き飛ばされると同時、受け身を取って着地し、コンマ秒以内に予備のメイスを召喚した。

 

 その様子を見たクロウは、自分の手に残る持ち主のいなくなったメイスをまじまじと見つめ、その次には興味なさげに投げ捨てた。

 

 異様な光景だった。誰の目にも理解できる。

 ただの動体視力で連撃を見切り、ただの反射神経でそれを掴み、ただの腕力で相手を圧倒する。それはこれまでに歓声をあげながら眺めていた、技量を駆使した超人の戦いとは全く異なる。明らかにバケモノのたぐいに寄った戦い方だ。

 

 だが、次の瞬間には歓声が戻った。

 まるで怪物のように戦う? それがなんだ、戦い方がどうした。強いものを見に来たのだ。ならば戦い方がどうであれ、構ったことではない。

 

 なおも歓声を上げる観客たちに戸惑いを見せるクロウをよそに、ザクスは行動を開始していた。

 動きの方法論を数秒前とは完全に転換する。接近して力で叩き潰すのではなく、メイスという武器の間合いを活かしながら技を振るい、確実に敵を削る戦い方……つまり、対人を想定した動きだ。

 

 その効果は顕著だった。

 攻撃が僅かに、だが確実に、クロウに被弾する。

 足運び、重心の移動、姿勢制御。それら一つ一つにこれまでには存在していなかったフェイントが混在する。対魔物の戦闘経験に秀でるクロウだが、その反面、対人戦の経験は少ない。人体構造から最適解となる肉体の動きをあえて逸脱するザクスの動きは、クロウにとっては全く未知のものだった。

 

 再び一方的にザクスがクロウを攻め立てる。

 肉体のスペックそのものはザクスに遥かに勝るクロウだが、反応が一瞬遅れる。いかに反応速度や動体視力に優れようとも……否、それらに優れるからこそ、その機能を利用する『武術』に対して、対抗策を持てない。

 圧倒的に攻め立てられる状況に対して、クロウの選択肢は2つに絞られる。捨て身で接近しさらなる暴力で叩き潰すか、或いは攻撃を見切るまで受け続けるか────。

 

 クロウは後者を選んだ。

 反撃しようとしない。いや、それどころか────

 

「……コイツ……ッ!」

 

 それは言うなれば、実験だった。

 あるタイミングで、クロウはザクスの攻撃を避けようともしなくなった。

 五感を総動員してその攻撃を追い、自分の肉を以ってそれを受け、質と強度を確かめる。そしてその理解度を試すように次のザクスの攻撃を受け、あるいは避ける。その精度は明らかに、『実験』を経るごとに向上していく。

 

 そしてあるとき、何かに気づいたように、クロウはぽつりと口を開いた。

 

「なあ、おまえ……」

「……なんだ!?」

「なんだかおれと動きかたが違うな。こう、なんというか、……同じ動きが多いな?」

「……ッ!?」

 

 ザクスは一際大きくメイスを薙ぎ、クロウとの距離を空ける。そして言葉の意味を吟味した。

 結論は簡単に出る。ザクスは問いかけた。

 

「クロウ、一つ質問だが」

「なんだ?」

「お前、魔法は使ってないのか?」

「おれはそういうのを使えないからな。ザクスもそうじゃないのか」

 

 クロウの返答にザクスは笑った。

 そして内心で呟いた。

 いったい何を連れてきた、エウーリア────と。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 前衛にて接近戦をする『戦士』が戦闘において魔力を使わないというのは、割とありがちな勘違いである。

 が、現実はむしろ逆だ。前衛戦闘をこなすためには、動きの一挙手一投足まで魔力の運用が関係してくる。戦士としての能力が魔法の運用と思考の反射速度に依存することは、冒険者たちの間ではもはや常識と言ってもよい。

 

 遥かに昔の時代において、戦士とは魔法使いのために時間稼ぎをする存在でしかなかった。それは、魔力による肉体強化が不可能だったためではない。肉体を魔力で強化した状態で戦闘を行うことが不可能だったためだ。

 

 仮に、生まれた頃から慣れ親しんだ肉体性能が数十倍になったとして、それを操って敵に攻撃することができるだろうか? 攻撃を防ぐことができるだろうか?

 答えは『No』だ。倍率で言えば5倍以上の身体強化となると、もはや戦闘行為はままならない。

 魔物に対して単騎で立ち向かうために要求される身体強化倍率は、最低でも10倍以上。その領域ともなれば、数ミリメートル単位の僅かな感覚の誤りが、最終的には数メートル単位の誤差として出力されうる。もはや人間の正常な五感で操れるものではない。

 

 しかし、人類は諦めが悪かった。欠点を克服し、膨大に膨れ上がった身体能力を使いこなすための手法を編み出したのだ。

 

 冒険者たちは考えた。『なぜ肉体強化を行いながら戦闘することが難しいのか?』と。その答えは簡単である。人間の処理能力では、増幅された身体能力に知覚が追いつかないからだ。

 

 では、その解決方法は? その答えもまた簡単だった。

 自分で制御しきれないものは、他の何かに制御して貰えばよい。

 

 人体の動作制御を感覚ではなく、魔法で行う。戦闘にて使用する動きを細分化し、魔法により己の肉体を制御(プログラム)することで戦闘のための操り人形と化す。

 この方法論が確立してしまえばあとは簡単だ。肉体を動かすことではなく、魔法を使う組み合わせとタイミングだけに注力すればいい。

 

 魔法により肉体を強化し、魔法により肉体を操る。

 後衛とは別種の、しかし熟達した魔法使い────それこそが近接戦闘に特化した、『戦士』という存在の正体だ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 それに対して────。

 ザクスはクロウの動きを見た。

 

 正中線に打ち込まれた一撃の避け方を一瞬迷い、右に避け出してから考えを翻し、やっぱり左に避ける。

 体勢が崩れて避けることができない攻撃に対して、攻撃が当たる部位の筋肉に力を入れて我慢するという根性論で防御する。挙げ句の果てには高速で動くメイスの穂先を目で追い、あわよくば掴み取ろうとする。

 

 その全てがその場しのぎのアドリブであり、魔法に制御された動きでは決して成し得ない戦闘挙動。

 それはあまりにも地味で、しかしながら彼我の戦闘ロジックを明確に分ける決定的な相違だった。生まれつきか、あるいは鍛錬の果てか────クロウがその能力を身につけた経緯はザクスには分からない。だが、判明していることが一つ。

 

 身体能力を魔法ではなく、己の意志で支配する。それは単に、動き方が異なるということだけを意味しない。

 言ってしまえば、冒険者たちはある意味、決まった動きしかできないのだ。無論、動きを細分化し、組み合わせることで柔軟性を確保してはいる。だがそれでも、戦闘の最中に全く新たな動きを取り入れることは────成長することは、原理的に不可能。

 

 クロウは違う。

 ザクスたち、現代の冒険者たちが敢えて戦闘から廃することを選択した、その場その場での『適応能力』────それをクロウは持っている。

 

 ある一点を越えたとき、その差異は明らかとなった。

 ザクスの刺突が空を切る。そこにあるはずの肉体は既にぬるりと逃れ、反撃の態勢を取ろうとしていた。クロウが前に進む。まっすぐに進むように見えるその肉体に、しかしザクスの攻撃は一撃すら当たらない。

 クロウはザクスの攻撃を見切ると同時、そこに使われる技術をさらに応用して自分の身体の重心や移動速度を誤魔化し、目測を誤らせているのだ。そしていつの間にか目の前まで接近し、ゆったりと構えられた拳は、滑るようにザクスへと吸い込まれた。

 

「ぐっ……!」

 

 防御が間に合ったのは幸運だったと言っていい。だが、完全に防ぎきれているとはとても言いがたい。

 クロウの拳を受け止めたメイスごと、ザクスの身体が吹き飛ばされる。

 インパクトした部分がびいいん、と震え熱を持つ。

 

 たかが一発。しかも明らかに手加減されている。だが人外の膂力とヒトの技術で放たれたそれは、常人を一撃で再起不能に至らしめる威力だった。

 

「それ、折れると思ったんだけどな。すごいな」

 

 クロウが呑気にそんなことを言いながら、こちらに近づいてくる。ザクスはまだ痺れる腕を抱えながら、即座に態勢を整えた。

 

「……すごいのはこのメイスじゃないぞ? 俺だ」

「確かにそうだな。おれにはできないからすごいと思う」

「わかってるじゃねーか」

 

 ザクスは笑い、そして防御の構えを取るのをやめた。

 クロウは首を傾げる。

 

「……続けていいのか?」

「さっきので理解した。お前の拳を防ぐのは無理だ」

 

 ザクスはクロウを見る。

 動きはひどく素直で読みやすい。しかしそれでも、クロウから攻撃されてしまえば避けられる気がしないし、受けられる気もしなかった。

 

「だが……」

 

 ザクスは犬歯を剥き出しにした。

 

「だからって負けるのはありえねぇ……!」

 

 それは単なる意地である。

 ザクスは構えを取った。それは本来、仲間の援護がなければまず使わない、己の最大威力の一撃を出す構え。防御などなにもありはしない、ある意味でクロウの拳と同じく、己の全力を出すためだけの構えだ。

 負け惜しみのような言葉とは裏腹に、凄まじい威圧感を放つその気配は、クロウの足を止めさせた。

 

 その次の瞬間、同時にいくつものことが起こった。

 

 初速から最大速度で動き出すザクス。

 迎撃すべく拳を構えるクロウ。

 固唾を飲む観衆。

 

 そして────地面から現れる、のたくる巨体。

 

「────ッ!? チィッ!」

 

 最も素早い反応を見せたのはザクスだった。

 既に動き始めていたのにも関わらずその動作を別の魔法で上書きし、クロウへの攻撃を中断する。そして突進の勢いも崩れた体勢もそのままに、攻撃の軌道を強引に修正した。

 ミリ秒単位の選択判断を要求される神業により、ザクスの攻撃はその対象をクロウから変えた。莫大な威力を持つその一撃は、砂地より現れた巨大な管虫……この階層にただ一種族だけ存在する魔物へと叩き込まれる。

 

 断末魔すらも無かった。直径が人の身長ほどもある胴体は断裂し、二、三度痙攣して命を潰えさせる。

 

 蛇がその身を地上に現してからおよそ0.1秒、討伐は完遂された。

 

「……?」

「……?」

 

 残心の姿勢のまま、何が起こったのかよくわかっていないザクスが、『なんだったんだコイツ?』とアイコンタクトでクロウに尋ねる。

 クロウもわざわざ出現しておきながら神速で命を散らした魔物に困惑しつつ、アイコンタクトで『おれにはわからない……』と答える。

 

 二人の想いは通じ合っていた。

 見よ、言葉などなくとも人と人は分かりあえるのだ。

 

 だが、その一種異様な沈黙も数秒で途切れる。

 観客たちがざわざわと騒ぎ出したのだ。だがそれは、熱狂によるものではない。明らかにそこには、恐慌の色が見て取れた。

 

 

 

 

 

 

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