得意技は殴打、必殺技も殴打   作:アッパーカット

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説明不能

 

 

 

 

「結局、ありゃなんだ? 教えてくれよ」

 

 三十後、シュラは酒場にて冒険者たち一行に囲まれていた。ザクスがワームを討伐した直後、成り行きを眺めているとエウーリアに荷物ごと氷の魔法で拘束され、首根っこを引っ掴まれるように連れ込まれたのだ。

 

 連れ込まれた酒場には、さっさと闘技場から抜け出して飯を喰らうクロウやザクス、そしてその仲間の冒険者たちが揃っていた。

 居心地の悪さにたじろぐシュラは呻くように言う。

 

「なぜ俺に聞くんだ……」

「私から見て、あの場でおにーさんだけがしらっとして、大して驚いた様子もなさそうだったからな。なにか知ってるのか?」

「あー、シュラっつーのか? あんたはなんか冷静そうだし、頼むぜ」

 

 答えに窮する。なにが起こったかをなんとなく理解しているシュラだが、この野蛮人どもにどこまで開示していいのか判断がつかない。

 とりあえずは無難に情報共有することにした。

 

「……確認だが、あんたたちは大鐘楼を基点としてこの街に張ってある結界のことは知っているんだよな?」

「一応はな。だから街中には魔物が出ないって話だったか」

 

 ザクスが答える。クロウも真偽はともかく『もちろん覚えている』とばかりに重々しく頷くのを確認し、シュラは話を進めた。

 

「それなのに魔物が現れた、だから市民たちは恐ろしいと感じた。いったいなにが妙なんだ?」

「そうだな……なんというか」

 

 ザクスが少々考えながら応えた。

 

「……過剰反応めいたものを感じる。正直、あの魔物は雑魚だった。図体はともかく、動きが鈍いし鱗も柔らかい、再生すらしない。まともに魔力を扱えるヤツの脅威にはならないはずだ」

 

 ザクスは酒を飲み、唇を湿らせてから言葉を続ける。

 

「この都市にはそれなりの数、魔法使いがいるんだろ? ならあんなのが一匹現れたからって、あんなに凍りついたような空気にはならんだろ」

 

 シュラは内心で同意した。

 確かに、今日現れたアレが相手であれば、シュラのように魔法使いとしては弱い部類でも、準備さえしていれば対抗できるだろう。と同時に、ザクスたちとの認識の違いも理解する。

 言葉選びに注意しながら話した。

 

「過剰反応でもなんでもない。おそらく誤解が二つある。まず、魔物がこの街中に現れるのは『珍しい』という範疇の出来事じゃない。『ありえない』出来事だ」

「魔物避けの効果なんてたかが知れて……」

 

 思わずそう言ったエウーリアに首を振る。

 

「その認識が間違っている。大鐘楼の結界が機能し続けて以来、あの蛇の侵入を許したことは、少なくとも記録上、ただの一度も無い」

「これまでって一体、どのくらいの期間だ?」

「正確には知らない。だが、およそ千年だ」

 

 シュラの返答にザクスたちがざわついた。

 

「待て……そんなことがあり得るのか?」

「ちょっとそりゃ、眉唾入ってないか?」

「その効力とこの範囲をそのレベルで維持できるってのは普通、ありえないが……」

 

 それを遮るようにエウーリアが口を出した。

 

「いや、現実にあるんなら疑ってもしょうがないだろ。で、今回は初めて前例が破られて、だからあんな空気になったと。それはいい。……で、それならなんでアンタはそんなに冷静なんだ? 要するに今は、危機的状況ってヤツじゃないのか?」

 

 シュラはつまみを一つ口に放り込んだ。

 

「それが誤解の二つ目だ。今日現れた蛇は、本来の厄介さとは程遠い。普通なら腹を割かれれば2匹に分裂するくらいの生命力はある。今回はおそらく、相当に弱っていたんじゃないか? それこそ結界に侵入を制限されなくなるレベルまで……」

 

 シュラがそう言うと、ザクスは納得したようだった。

 

「ある一定以上の強度の相手だけ、侵入を制限するわけか。そういうタイプの結界は確かに見たことがある。ここのもそういう……」

「いや待て、おかしいだろ」

 

 エウーリアからツッコミが入る。

 

「要するに衰弱してれば結界を抜けられるんだろ? そんな簡単な条件で侵入できるなら、今回が初めてってのはありえなくないか?」

 

 シュラは首肯した。

 

「確かにそれもそうだ……が、正直、これ以上にはわからない。そうだな……例えば実はこれまでも侵入の実績があったが、ここまで派手じゃなかったから、混乱を起こさないように隠蔽されてきたとか……」

「ふーん……?」

 

 エウーリアが訝しげにこちらを見つめてくるが、シュラは目を逸らす必要を感じなかった。別段、自分が間違ったことを言っているとも思わなかったからだ。

 数秒経って、エウーリアは屈託なく笑った。

 

「そっか。答えてくれてありがとな。……よし、お礼だ、飲め飲め! 今日は奢るぞ! ザクスが!」

「俺がか……」

 

 空気が宴会のそれに変わる。

 シュラは初めて自分の気が張り詰めていたことに気づいた。ここに集う誰もが、おそらく異常な力を持っている。それに気圧されていたのだ。

 

 シュラは大きく息を吐いた。

 どうせなので、この場を楽しむことにした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「あいつら食い過ぎだし食わせすぎだろ……」

「シュラが食べなさすぎるだけじゃないのか」

「お前もそっち側か……」

 

 シュラは恨めしそうにクロウを見た。

 背中に大量の荷物を背負う少年は、しかし歩みに淀みはない。明らかにシュラよりも多量の食料を口にしていたというのに。

 

 しばらく無言で歩く。

 夜風は存外に冷たい。日光がなければ途端に寒冷となるのだ。

 シュラはふと言った。

 

「……今日は楽しめたか?」

「うむ。おもしろかったと思う」

 

 そう答えるクロウは無表情だが、気配は明るい。

 ……まあいいか、と息を吐いたシュラに、クロウが唐突に話しかけた。

 

「なあ」

「うん?」

「結局、あの魔物はなんだったんだ?」

「……うん?」

 

 よく意味が理解できずに聞き返すと、クロウは考えながら言った。

 

「……あの魔物は……弱かった、よな?」

「ああ、そうだと思うが」

「なんで弱いのに、あんなところに出てきたんだ?」

「……ん?」

「おれもザクスもいるのに、なんでだ」

 

 シュラは足を止めた。クロウの疑問が、シュラには思いもよらない視点からのものだったからだ。

 

 人間の視点から理屈をつければ、ザクスやエウーリアに語った通りだ。だが、仮に魔物の立場に立ってみるとするなら? それは確かに、クロウの言うとおりではないのか。あの場に出てくる意味が分からない。

 

 しばし考え込むが、これといった確たる理由は見当たらない。いくつか思いついたことを口にした。

 

「いくつか仮説は立てられるな。一つ、とりあえず食料となる人間の密集している場所を狙った。二つ、そもそもあの蛇は敵の強さを感知する能力なんて持っていなかった。三つ、蛇の執着する何かがあの場に存在した。四つ、ただの偶然」

「ふーむ……?」

 

 首を傾げるクロウに言い訳をする。

 

「いや、はっきり言って適当だが」

「そうか……」

 

 クロウは納得した様子だった。それ以上は質問してこようとしない。

 

「……」

 

 シュラは思わず声をかけようとして、口を閉じた。

 今、どういう意図でクロウに声をかけようとしたのか。数秒してシュラは、それが『もったいない』という感情であると気づいた。

 

 今日、一緒に行動してなんとなく理解した。

 クロウは思考を放棄しているわけではなく、怠惰なわけでもない。少なくともシュラは、クロウを愚者だとは思わない。

 ただ、あまりにも探求や懐疑の姿勢に欠けている。だがそれは、本人の資質の問題ではない。考えるという行為への習熟が足りていないだけであり、言ってしまえば環境の問題だ。

 

 酒に酔っているからだろうか、それとも生きることだけに精一杯で、考えることを知らなかった過去の自分を想起させるためだろうか。

 せっかくの問いに対して回答を得ずとも満足してしまうクロウの様子に、どこか歯痒いと感じてしまう。視点が違えば思考も異なる。シュラに導き出せない答えも、クロウであれば導き出せるかもしれないのに。

 

「……クロウ」

 

 やや悩みながらもシュラが声をかけると、クロウは振り返った。

 

「明日から少し、俺に付き合わないか?」

「荷物持ちか?」

「いや違う。そうだな……研究だ」

 

 そう言うと、クロウは不思議そうな顔をする。

 

「……おれがか? なにをだ?」

「なんでもいい。そうだな……」

 

 シュラは天を仰ぎ、適当な言葉を吐いた。

 

「エウーリアにモテる方法とか……」

 

 シュラの惹句に、先を歩いていたクロウはビタッ! と足を止めた。

 

「ほんとうか……?」

「ああ、間違いない。恋愛は学問だ。俺についてくればお前をモテモテにしてやる」

 

 恋愛経験ゼロの青年は、まるで素面のようにそう言い放った。

 クロウはわなわなと震えて、そして真剣な口調で言葉を返した。

 

「たのむ。おれにモテ方を教えてくれ……!」

 

 

 

 

 

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