一夜明け、クロウはシュラの居室を訪れていた。
「シュラ、来たぞ」
「よく来たな。……?」
読んでいた文献から目を上げてクロウを迎えたシュラだが、その隣にメイド服の少女が一緒に佇んでいることに気づいた。
「ミューも一緒か? 別に構わないが……」
「……シュラさん」
「お、おお?」
「うちの子の教育を任せてもよいか、参観させていただきます」
ミューはそう言って、どこからか調達してきた伊達メガネをきらりと光らせた。
「お前にとってクロウってなんなの?」
「うちの子であり愛玩対象であり
なにか? と答える少女に何を言っても無駄であることを悟り、シュラはとりあえずミューを放っておくことにした。
クロウたちの座るスペースを指差す。部屋の片隅から古ぼけた黒板を持ってきて、こほんと咳をした。
「さて、それじゃあ始めよう。まずは質問だ……クロウは何を学びたい?」
「む、何を……学ぶ……? モテ方……?」
「具体的にクロウに今、何が必要なのかを改めて言語化してみてほしい」
シュラがそう言葉を返すと、クロウはちょっとのあいだ黙り込み、やがて返答した。
「……そうだな。おれはエウーリアにモテなければならないが、どうすればいいのかわからない」
「いいだろう。それじゃあ『対エウーリアモテモテ
「うむ」
「いやちょっと待ってください。なんですそれ?」
話を進めようとした二人に、伊達メガネをスッ……と外したミューが困惑した様子で問いかけた。
「私はクロウさんがお勉強を始めると聞いたのですが」
「何が不満なんだ。『対エウーリアモテモテ学』……アカデミックな響きじゃないか」
「その……いえ、いいです」
ミューは頭痛を抑えるように手を頭に当てた。
「……ただ一応、言っておきたいのですが。モテるためにいろいろとテクニックを考えてみるのも否定はしません。別に悪いことではないと思います。でも正直、クロウさんには早くありませんか?」
『それ以前に必要なものがあるのでは?』といわんばかりのミューの視線に、シュラは目を逸らさなかった。
「人を育てるのは『自分で思考した』という経験だ。常識だのなんだのと正解のないものを教え込もうとするよりも、なんであれ真剣になれる題材に取り組む方がよほど成長できる。俺はそう思うが」
「む……それはそうかもしれません」
シュラの言葉からお遊びのつもりではないと感じ取ったミューは、大人しく頷いた。シュラが言葉を続けた。
「さて……最初に宣言しておくが、この授業では俺が何かを教えるつもりはない」
「モテ方を教えてくれるんじゃなかったのか?」
不満げなクロウをシュラが宥めた。
「俺がクロウよりもエウーリアに詳しかったらそうする。だが、どうだ? 昨日エウーリアに会ったばかりの俺が、クロウよりもエウーリアに詳しいと思うか?」
「いや……たぶんおれのほうが詳しいな」
「だろう? 学ぶとは教わることじゃない。考えることだ。だから、俺のことはクロウが考えるための材料を提供するだけの補助輪だと思ってくれればいい」
ふむふむ、と頷いたクロウにシュラが問いを続けた。
「じゃあ、エウーリアにモテるための方法を考えていこう。まずはそうだな……エウーリアはどんな相手を好きになると思う?」
クロウは考えた。これまでのエウーリアの行動を思い出し、それをまとめて一言に直した。
「強いやつだな。エウーリアは強いやつが好きだ」
「なるほど」
シュラは頷いた。
「なら次のステップは、『どうすればエウーリアに強いと認めてもらえるか』だな。考えてみてくれ」
「む……強いやつ……魔物を倒す? いやでも、エウーリアも魔物を倒せるからな……」
悩む。そしてハッと気づいた。
「エウーリアを倒せばエウーリアより強い……?」
「合理的な考え方だ。それでいこう」
「ええ……?」
困惑するミューは捨て置かれた。
シュラが次の問いを提示する。
「じゃあどう勝てばいいかを考えるとしよう。どんな状況なら勝ったと言える?」
「ふむ……」
クロウは少し考え、呟いた。
「ぼこぼこ……?」
ドン引きするミューを尻目に話は続く。
「そうだな。……なら、どうやってその状況に持っていく? 行き当たりばったりじゃ無理だよな?」
「そうだな……」
考え込んだクロウにシュラが話しかける。
「考え方はいくつかある。相手の強みを潰す。こちらの強みを押し付ける。あるいはそもそも、こちらが勝利に近い状況を作り上げてからスタートする。……それぞれ案はあるか?」
「エウーリアの強いところは……魔法だな。うむ。でも魔法の避け方は分からないから……そうだな」
悩みながらクロウは話した。
「……撃たせない?」
「素晴らしい。じゃあこっちの強みはなんだ?」
「おれの方が力が強い」
「じゃあ最後に、それらを活かせる状況は?」
クロウは考えた。
モテるため、これまでになく深く考えた。そして一つの結論に至った。
「……戦う前に殴り倒せばいいのか……?」
シュラは頷き、そして補足した。
「それは一つの正解だ。だが、気づかれてしまえば凍らされる可能性がある。それはどうする?」
「そうだな。おれが近づいたら凍ってしまうから……」
クロウはハッ! と顔を上げた。
「……石とかを投げればいいのでは……!?」
「そうだな、その通りだ」
シュラは頷き、話を纏めた。
「つまり、エウーリアにモテる方法は……不意打ちで投石によって仕留める。これで間違いない」
「なるほどな……」
クロウは深く頷いた。
頷いて、何かがおかしいと気づいた。隣に座る少女に意見を求める。
「なあ、ミュー」
「なんですかクロウさん」
「これは、嫌われるのでは……?」
「当たり前でしょうが────ッ!」
ツッコミを堪えていたミューが爆発した。
「もはや恋愛講座ではなく暗殺計画なんですよ! なぜ、どうしてそうなるのです!? 一から十まで間違ってますよ明らかに!」
「いや、でもな、これは必要な……」
「どうして本人と戦って勝つ必要があるのですか!? なんかこう絶体絶命のピンチに陥っているところを助けてアピールするとかいろいろやりようはあるでしょう!? そもそも前提が狂ってるんですよ!」
シュラが適当に制止した。
「待てミュー、クロウが必死に考えた結果だ。そう頭ごなしに否定するものでも……」
「シュラさんの差金でしょうが! 誘導してましたよね、どう見ても!?」
「まあそうだが」
フーッ! フーッ! という感じに荒ぶるミュー。
そのミューを横目に、シュラは言った。
「残念ながら、今回導き出した結論は間違っていたようだ」
「せっかく考えたのにな……」
「学問は試行錯誤の繰り返しだ。考えたこと全てが無駄になるわけじゃない。今回はただ少し、考慮できていない部分があっただけだ。クロウ、今回の結論、どうして駄目だと気づいた?」
「そうだな……」
クロウは考え込み、答えた。
「おれの想像なんだが……不意打ちで石を投げて勝つのは、もしかして卑怯なんじゃないだろうか」
ミューの『何言ってんだコイツ』という視線を完全に無視して、シュラは頷いた。
「卑怯だと嫌われてしまうわけだな?」
「そうだと思う」
「なら、正々堂々と戦いを挑んで勝つ方法を考えればいい。それでも駄目なら前提を変えて、また考え始めればいい。その繰り返しにより『対エウーリアモテ
「モテ師匠……!」
感銘を受けたクロウはシュラの手をガッ! と強く握った。
それを呆れた眼で見つめるミューは、「……やっぱりうちの子の教育には良くない気がします」と呟いた。