得意技は殴打、必殺技も殴打   作:アッパーカット

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ワンチャンいけると思いました

 

 

 朝である。

 一時期はひたすらに惰眠を貪っていたクロウだが、ここ最近は日中の行動も増え、朝には自分で目を覚ますようになっている。

 意識がだんだんとはっきりとして、むくりと身体を起こす。と、同時、首に感じる違和感。横を見たクロウはある異常に気づいた。

 

「む……これは……」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ミュー」

「あ、おはようございますクロウさん。顔を洗って席に────……?」

 

 挨拶を返すミューの声が困惑に途切れる。スープを飲んでいたシュラは何事かと横目でクロウの方を向き、そして咽せた。

 

「ひっついて離れないんだ」

 

 少年の首には小柄な少女がぶら下がっていた。無表情のその少女は言うまでもなくクーである。クーがクロウにしがみついている光景はよく見かけるのだが、しかしこの状況は明らかに普通では無い。

 クロウへのしがみつき方が明らかにおかしい。

 

「……なぜ、噛みついて……?」

「なんでだろうな」

 

 クーはクロウの首に噛みついてぶら下がっていた。クロウが歩くと、その首に噛みついたままのクーも何かのアクセサリーのごとくぶら下がったまま動く。奇怪な光景だった。

 

「どうすればいいんだろうか」

「……ちょっと、見せてみろ」

 

 シュラはクロウの首すじに噛みついてぶら下がっているクーに恐る恐る近づいた。こちらには噛みついてこないことを確認して、いくつかの箇所……目や口元などを確認する。

 

 少し考え込んでから、食器棚から銀製の菜箸を持ってくる。少女にそうっと近づけると、クーはぱっとクロウから離れて、その背後に隠れた。

 

「お、離れて……またもとに戻ったな」

 

 その様子を確認したシュラが菜箸を戸棚に戻して振り返ると、先ほどのことは何も無かったかのように、クーは再びクロウの首に噛みついてぶら下がっていた。

 

「シュ、シュラさん。これは……?」

「……吸血鬼になっているな」

 

 答えるとミューは『えぇ……?』という表情でクーを見た。

 シュラとしても信じがたいが、そうとしか思えない。真紅の瞳や伸びた牙、銀への忌避は吸血鬼の典型的な特徴である。

 

 そしてなにより、噛み付くという行為。クロウの首から血が流れていないから一見してわからなかったが、紛れもない吸血未遂である。

 クーはときおり、顎を動かして噛み噛みしようとしている。だが吸血しようにも、そもそもクロウの強靭な皮膚を破ることができないのだろう。

 

「げ、原因は?」

「クー以外は感染していないようだし……クーは最近、一人で外に出たか?」

「そういえば最近、暇な時間はお外で遊んできなさいと一人で外に出していますが……」

「それだろうな」

「ど、どうすれば治るのですか!? このままではクロウさんも……!」

「おれは大丈夫だな」

「……大丈夫ですね。あれ? 実はそんなに困らないです?」

 

 吸血被害に遭っている当のクロウが全く動揺していないのを見て落ち着きを取り戻したミューの疑問に、シュラはクーの様子を観察しながら答える。

 

「……症状はごく軽い。実際に吸血できていなくとも理性を失っていないところを見ると……」

「理性あるんですか? この状態」

 

 シュラとミューはクーを見た。

 クーは無表情のまま『OK!』と親指を立てた。

 

「噛みついても問題のない相手だからクロウを噛んでいるんだろう。むしろ理性の働いた結果だ。太陽への耐性なんかは不明だが、そのうち自然に治るんじゃないか?」

「そうですか……」

 

 ミューはほっと胸を撫で下ろしたようだ。

 安心した様子でクロウとクーを見つめる。まじまじと見つめる。

 そして何かに気づいたようにそわそわとし始める。

 

 最終的に、ぽつりと小声で呟いた。

 

「……私に代わってくれませんかね、クロウさん……」

「……!?」

 

 シュラはミューを凝視した。……言動以外に異常な振る舞いは無い。つまりは恐ろしいことに正気である。慄いていると、聞かれたことに勘づいたミューが弁解するように口を開く。

 

「べ、別に変な意味ではありませんよ!? ただ、クーちゃんに噛まれるのは『あり』ではないですか……!? なんかこう、仔犬とかに甘噛みされるみたいな感じで……!」

「そうか……?」

 

 シュラには分からなかった。ぼうっとした少年の首に無表情な少女が噛み付いてぶら下がっている異常な絵面にしか見えない。

 いつの間にやらクロウは席につき、ミューの用意していたスープを啜っている。首に装着しているクーのことはそれはそれとして割り切り、特に気にしていないようだ。

 

「ミュー、おかわりくれ」

「あっ、はいはい……」

 

 差し出されたお椀におかわりを注いだミューがクロウにそれを渡すとともに、いそいそと二人のそばに座る。

 そしてどこかそわそわとした様子で二人を見つめ……迷ってから、クーの前にスッ……と右腕を差し出した。

 

「……?」

 

 困惑するクーに、ミューが優しく話しかけた。

 

「クーちゃん、私も噛んで大丈夫ですよ……?」

 

 数秒、時が止まる。慈愛の表情を浮かべるミューに、クーはどうしていいのか明らかに困惑していた。

 そして最終的に、ふいっと視線を逸らす。『いえ……結構ですので……』と言わんばかりの気のない返答に、ミューは崩れ落ちた。

 

「ど、どうして……? 私よりもクロウさんの方がいいのですか……!?」

 

 クーにそっぽを向かれ茫然自失するミュー。そんな姿を見て、フゥ……とばかりに大きなため息をつきこれ見よがしに足を組む者がいた。

 優越感を滲ませるクロウである。

 

「まあまて……ここはおれにまかせろ。ミューには向いてない」

「こ、この……っ! 自分が選ばれたからといって得意げに……!」

 

 悔しげな視線を向けてくるミューの姿に何を刺激されたのやら、クロウはやれやれ……とばかりに煽り散らかしながら口を開いた。

 

「やれやれ……むりをしなくていい。クーも嫌がってる。だってミューには血も涙も流れてないからな……」

「はぁ〜〜〜??? 自分が有機生物だからってちょっと調子に乗っていませんか??? 私だって血と涙くらい流そうと思えば流せますが???」

 

 ミューがキレた。収納魔法から取り出した魔晶を数個、一緒くたに噛み砕き飲み込む。キュィィィィン、とミューの身体から謎の音が響き、そのうえ無闇に光り出した。

 

「……何をしているんだ、これは?」

「光っているな……かなり光っている……」

 

 ミューの意味不明な行動にこそこそと話す男二人を尻目に、ミューはクーをクロウからべりっと剥がし、目線を合わせて自信満々で話しかけた。

 

「ほらほらクーちゃん、クロウさんの血液なんかより私の純魔力(エーテル)の方がいいですよねー?」

 

 目の前に差し出された謎に光る腕にクーはふらふらと誘引されて、衝動的に噛みつきそうになる。

 けれどもその寸前で止まり……困ったような表情でミューとクロウの顔を交互に見た。そして最終的にミューの腕から視線を振り切って、自分自身の腕にかぷっと噛みついた。

 

「クーちゃん!?」

 

 その様子にミューは慌てる。だがクーは自分の腕に噛み付くのを止めようとしない。クロウがクーの首根っこを持ち上げて自分の首に噛みつかせると、クーは落ち着いたように一息ついた。

 

「どうして自分を……」

「噛みつきたくなかったんだろう、お前には」

「な、なぜ」

「痛い思いをさせたくないからだろうが」

 

 動揺するミューに呆れた様子でシュラが答える。

 ミューは謎に光るのをやめ、クーに視線を合わせた。

 

「そ、そうなのですか? ごめんなさい、クーちゃん……」

 

 しょんぼりとするミューに、クーは『OK!』と親指を立てた。

 クーの腕を診ていたシュラが言う。

 

「自分で噛んだだけだ。傷も残っていない」

「それならいいのですが……」

 

 まだ気が気でない様子のミューに、慰めるようにシュラが言う。

 

「気に病むな。誰のせいでもない………はずだ」

「なんですかその煮え切らない言葉は」

 

 ミューの問いかけに、シュラは慌てて答える。

 

「別にお前の行動の異常さを揶揄しているわけじゃない。本当だ。……いや正直、呆れてはいるが……」

「なにが言いたいんですかね?」

 

 ジト目のミューから目を背けながらシュラは答えた。

 

「吸血鬼化は病気の一種だ。勝手に感染して拡大するものではある。だがこれは少しばかり特殊だ」

「なにがです?」

「症状が弱すぎる。クーの様子を見ろ、吸血ができなくとも噛むだけの代替行為で済むレベルだし、本人の意思で吸血衝動を抑えることもできた」

 

 その言葉にクロウが横から口を挟んだ。

 

「おれは噛まれているんだが」

「被害無いだろ。……ともかく、まともに理性があれば吸血衝動を抑えられる程度の弱い症状なのに感染するというのはおかしな話だろう。感染の最大の原因がほぼ抑制された状態なんだからな」

「クーは誰に噛まれたんだ?」

 

 クロウが聞くと、クーははてなと首を傾げる。覚えが無いようだ。

 その様子を見てシュラが言う。

 

「こうなると感染経路が気になってくるな。場合によっては誰かが故意に、吸血以外の方法で感染させた可能性が考えられる」

「誰かが、故意に?」

 

 シュラの言葉にゆらりと立ち上がる影がある。

 ミューである。

 

「聞き捨てなりませんね。クーちゃんが痛い思いをした落とし前をつけなければ……!」

「……いや、どちらかと言えばやはりお前にも多少は悪いところが」

「クーちゃんを傷つけた輩を許しはしません……! クロウさん、シュラさん、行きますよ! 下手人を後悔させてやりましょう……!」

 

 そういうことになった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「お、なんだその子も吸血鬼になったのか?」

 

 患者たちを氷の魔法で鎮圧しながら、クロウの首筋に噛みついてぶらんと揺れるクーの姿に目を止めたエウーリアはそう言った。

 

「治るだろうか」

「ユフィに頼めばなんとかなるだろ。とりあえず列に並んどけ」

 

 列の最後尾に並んで大人しく順番を待つ。

 

 吸血鬼症を広めた輩を成敗すると息巻いてシュラの家から出てきたミューだったが、特に手がかりはない。

 クーが太陽の下に出てもなんともないことが判明したこともあり、4人はあてどなくうろうろと街を彷徨うことになったのだが、収穫はあった。

 街のそこかしこで吸血鬼が発生していたのだ。と同時、それを治療してくれる魔法使いがいるという噂も耳にする。いつぞやの広場にたどり着くと、そこには治療を求め列を作る人々と、エウーリアたちの姿があった。

 

「……とんでもない魔法の使い手だな」

 

 列の先に座り、魔法で吸血鬼化を治療する少女。

 その桃色の髪を物珍しげに眺めながらシュラが呟く。

 クロウが問いかけた。

 

「シュラには同じことはできないのか」

「こういうケースは単純な外傷よりも厄介だ」

 

 シュラは肩を竦めた。

 

「具体的にどういう因子が働いていてどこを改善すれば治療できるのか、という部分まで理解できていれば俺にもやれるだろうが……」

「なにがむずかしいんだ?」

「解析には時間も手間もかかる。少なくとも一瞬でこなせるものじゃない。確かあの娘はユーフィミアといったか? いったいどういう論理で治療しているのか見当もつかない。神業めいた使い手だぞ」

「ふむ……」

 

 クロウがユーフィミアを見る。

 

「あまり強そうじゃないけどな」

「クロウ。忠告だが、強いかどうかは実のところ、人生においてさほど重要なことじゃないんだ」

「……そうなのか?」

「今までの人生、そうじゃなかったんだな……」

 

 パワーと暴力で構成されていそうなクロウのこれまでの人生にシュラが思いを馳せているうちに、治療の順番が来る。だがそれに従って前に進み出ると、クーを一瞥したユーフィミアは微妙な表情をした。

 

「……えー、こんにちは。……その、言いにくいんですけど。その子の治療はちょっと無理かもです」

「な、なぜですか!?」

 

 動揺するミューに引きながらユーフィミアが答える。

 

「治療のやり方にもいくつかありますけど、今回の場合は【破邪】による治療になります。要するに、人の体に潜む悪きものを滅ぼすという発想の治療なんですが……その子は……その……」

「ク、クーちゃんはいい子ですよ!? とっても可愛いですし、よく私のお手伝いをしてくれるんです!」

「いえ、そういう次元の問題じゃなくてですね……」

 

 困った表情をしたユーフィミアはクロウにちょいちょいと手招きをする。

 近寄ったクロウの耳元で囁いた。

 

「……その子、魔物でしたよね? 私が治療すると、『悪きもの』と判定される可能性が高いのですが……」

「なにか起こるんだろうか」

「最悪、ボンって感じに消滅すると思います」

 

 クロウは視線でクーに『いけるか?』と尋ねた。

 クーは両手で大きくバッテンを作った。

 クロウは視線でクーに『でも頑張ればいけるんじゃないか?』と尋ねた。

 クーは両手で作ったバッテンを必死でアピールした。

 

「やめておくか……」

「その方がいいと思います。おそらくそんなに時間もかからず自然治癒するはずなので。……とりあえずこれどうぞ」

「……?」

「おしゃぶりです」

「そうか。うむ……?」

 

 クロウは受け取ったおしゃぶりを見つめる。

 手の中でいじり回し、悩んでから、首を捻った。

 

「なんだこれは……?」

「クーさんにはそれを噛んでもらっては?」

「なるほど、賢いな。ありがとう」

 

 首に付着しているクーをべりっとひっぺがして、口におしゃぶりを突っ込む。クーは口を動かしておしゃぶりの噛み心地を確かめ、最終的に納得したようにきりっとした顔つきをした。

 

 おだいじに、と言うユーフィミアに礼を言ってその場を離れようとし、疑問が湧いたクロウは振り返って声をかけた。

 

「なあ」

「なんです?」

「このおしゃぶりで済むなら、別にユーフィミアが治さなくてもいいんじゃないのか」

「まあ、そうなんですけどね……。一応は団長からの要望ですから」

「団長?」

 

 ユーフィミアは苦笑して、広場の一角を指差した。

 

「あっちにいますので話を聞いてみてください」

「そうするか……」

「ではでは」

 

 ひらひらと手を振ってくるのでこちらも振り返し、クーの手を引っ張って列から抜ける。心配そうな表情のミューが問いかけた。

 

「クーちゃんは大丈夫なのですか? 治療できるのならした方がいいと思いますが」

「うむ……クーが爆発してしまうからな。今回はやめておいた」

 

 えぇ……? という表情をするミューだったが、クーが視線で『ゆるしてください』と哀願したので納得した。クーのミューからの信用度は、クロウのそれよりも高い。

 クロウはそのやりとりを放っておいて、ユーフィミアの指差したあたりを見渡した。すると、いる。この階層に侵入した初日……皆の前で指示を出していた人物だ。その姿はギリギリでクロウの記憶に残っていた。

 

「なあ」

「うん?」

 

 近づいて声をかけると、少年はこちらを振り向く。年のころはクロウよりも少し上、シュラよりも少し下……といったところか。

 見た目はどこにでもいそうな少年だ。だがじっと見ていると不安になってくるような感覚に陥るのは、眼のせいだろうか。一見して人懐っこい柔らかい笑顔の中で、眼の奥底がどこか澱んで見える。

 

「団長……ええと……団長か?」

「そうだけど。……ああ、どうせなら自己紹介させてもらおうか」

 

 こちらに歩いてくるミューとシュラに目をやりながら、少年は口を開いた。

 

「僕の名前はフィルバード。『ギルド』の団長を務めている。フィルでもなんでも、どう呼んでくれても構わない。……ま、とりあえずは仲良くしてくれると助かるよ」

 

 

 

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