得意技は殴打、必殺技も殴打   作:アッパーカット

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感染源

 

 

 

 

 フィルバードについて行き、広場の中央に移動する。そこには街の地図が掲げられており、様々な場所に数十本の針が刺さっていた。

 

「これは?」

「感染者に家の場所を聞いてるんだ。分布から分かることがないかなって」

 

 シュラが聞くと、フィルバードは答える傍らまた新たに地図へと針を刺す。地図の針はまだらのような模様を描いており、それは一見して何を示すのか判然としなかった。

 

 フィルバードがクロウたちに問いかける。

 

「さて……君らはその子を吸血鬼にした犯人を探しているということで間違いなかった? 僕も同じようなことをしているから、協力できると思うよ」

「ええ。……いえその、私たちでは全然手がかりが見つからなかったのですけど。何かわかりましたか?」

「ユフィに頼み込んで情報を集めたはいいものの、なんにもわかんない。なんだろうね、これ」

 

 フィルバードが指先でとんとん、と地図を叩く。

 針が集まって描く模様は今ひとつ規則性がなく、一見して何を示すものか判然としない。だが、それは意味を持たないというわけでもない。針の分布には明らかな疎と密が存在しているのだ。

 近寄って興味深げに眺めるシュラが呟いた。

 

「住宅街……でもないな。むしろ……」

「シュラさんには何か心当たりはないかな?」

「ああ、これは……」

 

 フィルバードからの問いに答えようとしたシュラが口籠る。数秒空いて、警戒しながら言葉を返した。

 

「……すまない、どこかで会ったことがあったか? 俺から自己紹介したことは無いように思うが」

「ああ、ごめん。僕の仲間があなたのことを話していたから、たまたま知っていたんだ」

「仲間?」

「ザクスやエウーリアとは知り合いだよね?」

「……そうか」

 

 嘘ではなさそうな説明に、シュラは警戒を解いて説明に戻った。

 

「この地図の分布についてだが、針の刺さっている場所は一般的な住宅街じゃない」

 

 シュラの言葉にフィルバードが首を傾げる。

 

「これは治療者の住宅の位置なんだけど……」

「ああ、そうだな。それも間違っていない」

「……本来は家ではないはずの場所?」

「その認識でいい。平たく言えば棄民街(スラム)だ」

 

 治療の列に並ぶ人々に改めて目を遣る。

 注意して見れば、彼らの服装はどれも似たようなもので、着古したように擦り切れている。衣服に注意を払う余裕が無いことが明らかだ。

 

「そうか、そっちには足を伸ばしてなかったな……どういう場所だろう」

 

 フィルバードの独り言にシュラが答える。

 

「別に治安は悪くない。仮住居も衣服も食料も水も都市から全て支給されるから、最低限の生活はできる。ただ……そうだな、活気の無い場所だ」

「裏社会の入り口、みたいなイメージじゃないんだ?」

 

 シュラは首を振った。

 

「そんな元気のある奴はあそこにはいない。無気力感が蔓延しているというか……まあ、都市の役に立たない、魔力の少ない人間が寄せ集まってるわけだ。そういう空気になるのも仕方がない」

「シュラは詳しいな?」

 

 どことなく感傷的なシュラにクロウが聞くと、シュラは少し逡巡してから答えた。

 

「……俺も棄民街の出身だからな」

「え? でも……」

 

 驚いたようにミューがあげた声に、シュラはひらひらと手を振った。

 

「言ったろ、あれは師匠の家だ。ガキの頃に拾われたんだよ」

 

 それ以上の質問をシャットアウトするようにシュラが話を戻す。

 

「ともかく、感染したのは棄民街のやつがほとんどだ」

「……そういう話なら、確かめるべきことは絞られてくる」

 

 フィルバードは数十秒黙って考える。

 そして不意に、パンッ! と手を打ち鳴らした。

 

「……?」

 

 何も起きない。

 奇行への皆の疑問符にもめげず、フィルバードは無表情を保ちながら、手を数度打ち鳴らした。

 都合六度目。黒い人影が一行の近くに降り立った。

 

「お呼びですか?」

「……何度かスルーしたよね?」

「暑かったので……」

「そう……まあいいや、この地図のこの三箇所で、食べ物や水を集めてきてくれない?」

「お腹空いてるんですか? お昼ごはん行きます?」

「あとでね。とにかくよろしく」

「了解です」

 

 再び黒い人影が消える。

 静寂が戻った。

 一同の困惑を代表し、シュラが質問した。

 

「……なんだ今の。顔年齢性別全てが不詳だったぞ」

「うちの隠密諜報担当でね……優秀なんだけど」

「隠密……? この場所この炎天下であの黒ずくめは逆に目立つだろ……?」

「ポリシーなんだってさ……あ、“影”って呼んでほしいらしいから、そうしてあげてくれないかな」

「そ、そうか……」

 

 疲れたようなフィルバードの声にそれ以上のツッコミは憚られた。

 十分後、影が戻ってくる。片手に提げた場違いにピクニック感溢れる籠には、食料と瓶に入った水が3セット入っていた。

 

「お待たせしました。……今さらですけど、私、人前に姿を現して良かったんですかね」

「ほんとに今更だね……別に気にしなくていいよ。君がそれでいいなら」

「冷静に考えるとちょっとよくなかった気がします。隠れていいです?」

「好きにしてよ」

 

 投げやりなフィルバードの言葉に再びシュンッと消えようとした人影に、ミューが声をかけた。

 

「待ってください………!」

「……我に用か。この“影”、闇の眷属に何を……」

「急にどうしました?」

「……我に! 何ぞ用か!」

「人見知りな子なんだ。二、三回会えば慣れるよ」

「雪解け早いのですね、割と……」

 

 フィルバードのフォローに頷いたミューは、“影”へと射竦めるような視線を向けた。

 

「隠しているつもりかもしれませんが……私の目は誤魔化せませんよ」

「……な、何ぞ……」

「あなた、忍者……! 忍者ですね……!?」

「ッ!」

 

 影はゆっくりとこちらを振り返り、両手で印を結ぶ。

 そして固唾を飲むミューに厳かな口調で言った。

 

「……にんにん」

 

 そしてシュンッと消えた。

 

「に、忍者だ……! ほわあぁぁー! 忍者ですよ! 忍者! ほわあぁぁー!」

 

 興奮するミューの声をBGMに、シュラとフィルバードは検証に移っていた。

 

「一般的な再生産食料(ブロック)だ。見た目に妙な部分は無いな」

「売られてるものと正直、そんなに違わないな……」

「基本的な作り方はこれも店売りのものも変わらない」

 

 フィルバードが問いかけた。

 

「どっちからにしようか?」

「……食料だ」

「じゃあそうしよう」

 

 合意は素早い。周囲が止める間もなく、シュラとフィルバードは影の用意した食料の欠片を口に放り込んだ。

 それに気づいたクロウがそばに寄ってくる。

 

「なんだ、おれも食べていいのか」

「やめてくれ。お前が吸血鬼化したら止めようがない」

「む……シュラやフィルバードは大丈夫なのか」

「少なくとも僕は理性を失ったところでたかが知れてる。そもそも戦闘とかするタイプじゃないし」

 

 そう言い放ったフィルバードをクロウがまじまじと見つめる。

 

「……強くないのに団長なのか?」

「強い方がそりゃいいだろうけど。でも、迷宮(ここ)は戦闘能力だけでなんとかなるわけでもないからねぇ」

「そうか……? なんとかなるのでは……?」

「時と場合によるかな。……ま、要はバランスだよバランス。僕は弱いけどかわりに仲間が強いから、僕自身が魔物を倒せなかろうが問題ないんだ」

 

 クロウは不思議なものを見る目をした。

 フィルバードは微笑んでいる。……クロウはミューやクーのことを考えて、確かにそんなもんかと納得した。

 

「まあこの場合は、ユフィが近くにいるからだけどね。吸血鬼になったところですぐ治せるし」

 

 フィルバードの視線の先を見ると、ユーフィミアは治療を捌き切ったのか、こちらの方へと歩いてきていた。

 

「終わりましたよ……」

「すまない。でも助かったよ。おかげで手掛かりを掴めそうだ」

「はぁ……どんな状況です?」

「今、僕と彼が元凶っぽい食料を口にしたとこ」

「そうですか……えぇ!?」

 

 ユーフィミアが慌てた様子でフィルバードを診察する。だがすぐに落ち着いた。全く兆候が見えないのだ。ユーフィミアは一息ついて、フィルバードに懐疑的な視線を向けた。

 

「……なんか騙そうとしてます?」

「いや、してないしてない」

 

 フィルバードに疑惑の目を向けるユーフィミアに、シュラが口を挟む。

 

「嘘でも悪ふざけでもない。俺もフィルバードと同じものを口にした。これはあくまでも検証だ」

「そうですか……まあ、あなたにも吸血鬼化の兆候は無いですし、それなら予想が外れただけですね」

「僕よりも初対面の人の言葉の方が信頼されるの、ちょっとおかしいと思うんだよなあ……」

「信頼される行動をしてくださいよ、ぺっ。……しばらくはそこにいるので、必要でしたら呼んでください」

 

 ユーフィミアはそう言って少し離れた日陰で涼んでいるエウーリアたちのもとへと戻っていった。

 微妙な空気が残る。空元気のようにフィルバードが言った。

 

「ユフィの言うとおり、食料が原因じゃないみたいだ」

「……そうだな。まあ、飯を食わないクーが感染している時点で、食料が原因の可能性は薄かったが」

 

 シュラは“影“の持ってきた籠の中に目を遣る。

 

「水は……水はなぁ。たぶん違うと思うんだが」

「どうしてです?」

 

 忍者への興奮からようやく脱却したミューが口を挟む。シュラは籠の中から瓶の一つを手に取って、顔の前で掲げて覗き込んだ。

 

「水は感染症の媒体としてはありがちだ。だが今回は……そうだな、吸血鬼の弱点を知っているか?」

「え? ええと……太陽とか、にんにくとか、十字架とか、銀とか、杭とかですっけ? 正直、杭とかはどんな生き物でも弱点だと思いますけど」

「概ね合っている。だが、さらに付け加えるなら」

「『流水』か」

 

 フィルバードが口を挟む。シュラは頷いた。

 

「そうだ。清浄な水は吸血鬼の弱点の一つ。それを媒体として感染が広まるとは、正直思えない。あり得るとするならば……」

 

 シュラはそこで口を噤み、何かを考え込んだ。

 

「シュラさん?」

「……まあ、飲んでみればはっきりする」

 

 シュラはそう言い、水を口に含んだ。次いで、別の瓶を開けたフィルバードもまた一口飲む。

 十数分間は変化が無かった。だが、ある瞬間を境に、変異が起こる。

 

「……これは」

「なってるねぇ……吸血鬼」

 

 傍目には特に大きな変化は無いように見える。

 だが吸血衝動を抑えているのか、シュラもフィルバードも眉間に皺を寄せ、赤く染まった瞳も伸びた牙も、明らかな吸血鬼の特徴を示していた。

 

「ユ、ユーフィミアさん、ヘルプ!」

 

 ミューの大声に、ユーフィミアが近寄ってくる。そして二人の様子を一瞥し、ドン引きしながら言った。

 

「……えぇ、本当に吸血鬼になってる……馬鹿なんじゃないですか?」

「あの……悪いんだけど治療を……」

 

 ユーフィミアは面倒くさそうに二人に手を当て、『破ァッ!』と気合を込める。二人の身体が淡い緑色に光り、吸血鬼の特徴は消え失せた。

 

「……うん、ありがとう。助かった」

「ああ……すまない、ありがとう」

「もうやりませんから……」

 

 ユーフィミアは仕事は終わりだと言わんばかりにその場を離れ、エウーリアたちとともに広場の外に消えた。

 

「……すごいものだな、彼女の治癒魔法は」

「まあね。彼女は特別だよ」

 

 シュラとフィルバードは一息つき、そして真面目な表情で向き合った。

 

「……これはちょっと、マズい事態だ」

「うん。吸血鬼化の方法としてありえないのもそうだけど……それ以前に」

「水が汚染されているとなるとな……」

 

 フィルバードが頷く。

 話についていけていないクロウが質問した。

 

「なにがまずいんだ?」

「そうだな……単純な印象でいいんだが、クロウはこの都市で水が簡単に手に入ると思うか?」

 

 その問いに、クロウは少し考えて言った。

 

「違うんじゃないだろうか。なんか乾いてるしな」

 

 シュラが頷く。

 

「そうだ。湧き水も雨も無いわけじゃないが、それだけで暮らしを賄うことは不可能だ。だから水の再利用を前提とした循環システムが組まれている」

「……?」

「つまりは、管理されているんだ。どの集水施設も都市の管轄で厳重に監視されているし、警備もされている。それを、どんなやつならこれほど大規模に汚染できる?」

 

 吐き捨てるようにシュラが言うと、フィルバードも首肯する。

 

「ま、この都市は極端な例だろうけどね。でも単純な話、水が飲めなけりゃ人は死ぬ。大抵の場合、まともな都市では何においても確保されるべき資源が水だ。それが汚染されるとなると、単なる悪戯じゃない」

「実害の無さからはピンとこないかもしれないが、やろうと思えば毒を流すこともできたということだからな」

 

 フィルバードはシュラに問いかけた。

 

「被害が棄民街に偏ってるってことは、そこだけ水が違うってことだよね。具体的にどう違うの?」

「水の再生元が違う。もちろん最終的な品質には違いがないんだが、口にするものだけあって、どこからきた水かという部分にも価値が生まれてくる。棄民街の場合は……まあ、最下級の水だな」

「……ある意味、手をかけて浄化されている水でもあるってことだよね?」

「そういう見方もできる。管理が疎かということはないだろう」

「ふぅん……」

 

 フィルバードは腕を組んで考え込む。

 

「……それなりに立場のある人物が犯人のような気がするけど、そういうところに干渉するツテは今のところ無いなあ……」

「俺にも手に余る。……だが、事態に気づいたからには警告くらいはするべきだろうな」

「誰に?」

 

 シュラは何かを思い出すように自分のこめかみを指で叩いた。

 

「……最近は顔を合わせていないが、師匠の関係でそっちの方面に顔の効く人がいる。会いに行ってみるか」

 

 

 

 

 

 

 

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