得意技は殴打、必殺技も殴打   作:アッパーカット

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計画

 

 

 

 

 

「しかしどうして、フィルバードさんはこの吸血鬼化の件に注目しているのですか? 仲間には被害者はいなかったのですよね?」

「まあそうだけど」

 

 シュラの先導で進む道中、ミューがフィルバードに話しかける。フィルバードは少しだけ声をひそめて答えた。

 

「『災厄』と関係しそうな案件だったからね」

「なるほど……では今回のこれも」

「うん。吸血鬼なんて物騒なものは、そのくらいの脅威でもおかしくない。とはいえ記録上では、そんな文言は残ってないんだけどね……」

「記録……?」

 

 不審げにミューが聞き返すと、フィルバードは少し驚いたような表情を浮かべ、次いで脱力したように言葉を返した。

 

「……できる準備はしてくるものでしょ。『過去から学べる』ってのは間違いなく、僕らの持ってる最大の強みなんだから。もちろん限度はあるし、それが役立つかは時の運だけどね」

 

 その話に聞き耳を立てていたシュラが問いかける。

 

「……さっきからなんの話だ?」

「ごめん、内緒話」

「そ、そうか……」

 

 あまりにも堂々とした言葉に、シュラは追求を諦めた。

 

 一方、ミューはようやく認識が追いついていた。ここが過去のどこか、世界のどこかで起きた『災厄』を再現した場所であるのなら。そこで何が起き、どのように収束したのか────その記録が残っていることは必然。

 であれば、事前に関連しそうな知識を網羅しておくのはセオリーなのだ。全くのゼロから災厄に向き合うよりも、不完全であったとしても予備情報があった方がいいに決まっている。

 

 フィルバードの様子をちらりと盗み見た。

 この都市の『歴史』。それはいったいどんなもので、どんな災厄が現れるのだろうか? だがフィルバードに詰め寄っても、少なくとも今この場、シュラの前でその内容を口にすることはないだろう。

 

「……というか、私たちが行き当たりばったりすぎるだけですね、これは」

「なんでおれを見るんだ、ミュー」

 

 そのうちに目的地へと辿り着いた。

 シュラが説明する。

 

「ここは魔道生物学の権威、アラモス教授の家だ。一応は知り合いだが……最後に顔を合わせたのは数年前だ。向こうは俺のことなんて覚えてくれているかどうか」

「大きな家ですねぇ……」

 

 ほへーっ、という感じのミューにシュラが注意した。

 

「アラモス教授は賢人会議のメンバーでもある。失礼の無いように注意してくれよ?」

「え、いや……賢人会議ってなんです?」

 

 ミューの困惑をよそに、シュラが深呼吸をして呼び鈴を鳴らした。

 一度では反応が無かったが、もう一度呼び鈴を鳴らすと数分してから扉が開く。痩せぎすで神経質そうな中年の男は、シュラの姿を見てピクリと眉を動かし、表情を強張らせた。

 

「……すまない、どなただったかな」

「シュラです。お久しぶりで……」

 

 シュラが話しかける。するとアラモスは静止するように腕を突き出した。

 

「あー、シュラくん? ……すまない、君のことは全く覚えていない。もし要件があるならすまないが、また今度にしてくれるかな。今は忙しいんだ」

「す、すみません。失礼しました。しかし、お伝えしたい重要な話が」

 

 シュラがなんとか会話を続けようとするも、態度は変わらなかった。

 

「私の方からは用事はない。お引き取り願えるかな」

「いえ、ですから」

「とにかくまた今度だ。悪いが失礼するよ」

「ちょっ……」

 

 シュラの静止も虚しく扉が閉まる。後には呆然とするシュラ、そしてクロウたちが残された。

 

「……すまない。忘れられてしまっていたようだ。だがそれでも、こんなに聞く耳のない人ではないはずなんだが」

 

 玄関先から離れ、面目なさそうにシュラが謝罪する。その表情には悔しさと疑問符が浮かんでいた。ミューが声をかける。

 

「いえ、シュラさんのせいでは……」

「────いや、あなたのせいだろうな」

「フィルバードさん!?」

 

 断定的な口調に、ミューが驚いてフィルバードを見る。シュラも動揺しながら問いかけた。

 

「……な、何故? 俺が何を」

「知らないけど、でも、明らかにあの教授は挙動が不審だったわけで」

 

 フィルバードが呆れたように言う。

 

「客観的に考えてみてほしい。こっちにはこんな気候でメイド服のイカれた女が二人だよ? そいつらにひとつも反応しないであなただけを凝視してるのが挙動不審じゃなくてなんなのかな」

「誰がイカれた女ですか!?」

 

 シュラはイカれた女が抗議しているのを横目に見ながら、ミューとの初対面での動揺をありありと思い出した。そしてフィルバードの意見が正しいことを理解する。異常に対してただただ無視を貫くというのも、それはそれで異常に違いないのだ。

 フィルバードが一つ柏手を叩く。その辺の建物から”影“が降り立った。

 

「なんですかね」

「この家の中、忍び込めるかな。不審なものがあったら教えてほしい」

「了解です」

 

 シュンッと消える。

 そして数分後、また現れた。

 

「どうだった?」

「家主の人の貧乏揺すりがうるさいですね……」

「怪しいもの……そうだな、特に水に関係するようなものはあったかな」

「そうですねえ……」

 

 フィルバードの問いに、”影“はゆるっと答える。

 

「大きな水槽がありましたよ。別に魚とか泳いでいるわけでもなくて、ただ水が入ってるだけの」

「水だけ?」

「いえ、なんか浮いてました。こう、丸っこい、その割に機械的なような生物的なような……色が赤黒くて、なんていうかどことなく……」

 

 ジェスチャーで“影”はその大きさを示す。握り拳と同程度の大きさだ。

 

「……ちょっと雰囲気が、魔晶に似てるやつ」

 

 その言葉に、シュラが大きく目を見開いた。

 目の前の邸宅を眺め、首を振り、もう一度見る。

 そして数十秒間、悩んだ末に声を発した。

 

「……クロウ」

「なんだ」

 

 話題に置いて行かれて暇だったクロウにシュラが声をかける。

 

「この扉、壊せるか。責任は俺が取る」

「いいのか」

「構わん」

 

 クロウが扉を蹴り飛ばす。

 おぉぉん、と鈍い破砕音がした。一般邸宅の扉が魔物を屠る膂力に抗えようはずもなく、金属製の扉は中程から完全にひしゃげて破損する。

 クロウが大きな破片を摘んで外に放り出すと、目の前には風通しを意識した涼やかな造りへと生まれ変わった、開放的な玄関の姿があった。

 

「なっ、んだ、これは……」

 

 轟音に慌てて飛び出してきた教授はあまりにも大胆なリフォームに絶句して立ち尽くす。その身体を押し除けて、シュラは中へと踏み入った。

 

「あっ、まっ、……っ!」

「すみません教授。離してください」

 

 反応の遅れた教授はシュラに追いすがり、その足に組みついて止めようとする。シュラはそれを足蹴にして振り払い中へと進んだ。

 

 そしてシュラは、水槽の中を見る。そこには”影“の言葉のとおりのものが浮かんでいて、それは予想通り、シュラのよく知るものだった。

 

 踵を返す。

 冷や汗をかいて硬直する教授の胸ぐらを掴み、立ち上がらせた。

 

「な、なにをする!? 離せ! 私を誰だと思っている!? 都市最高の頭脳、賢人会議の……!」

「知ってるよ、ただのオッサンだろ。質問に答えろ」

 

 茫然自失から立ち直った教授が喚くが、シュラは一顧だにしない。

 膂力に優れる……どころか一般人にも劣る腕力しか持たないシュラの手から、しかしさらに貧弱な教授は逃れることができなかった。

 

「アレはなんだ?」

「あ、アレとは?」

「とぼけるな。あの水槽に浮かんでいる『球体(スフィア)』だ。なぜアンタがアレを持っている?」

「……。……何を言っているのかわからない」

 

 シュラが教授の頬を張った。教授は黙った。

 

「アレは俺が創り出したものだ。誤魔化すんじゃない。アンタはどうやってアレを……『球体』を知った?」

 

 教授は沈黙する。冷や汗をかいたまま数十秒、俯く。そして次に顔をあげてシュラを見た時には、その表情には狂気が宿っていた。

 

「……鈍いなぁシュラくん。私がどうやって君の研究成果を奪ったのか、想像すれば分かるだろう?」

「……」

「あの女は脅せばいくらでも話してくれたよ。私の野望を叶えるための最後のピースを簡単に教えてくれた」

 

 教授はシュラの手を振り払った。

 

「君はこの都市の未来を考えたことがあるか? 周囲を蛇に囲まれ、狭い壁の中に閉じ込められ、いつか来る崩壊と終わりを待つだけの日々。こんな脆い平穏が千年続いたことこそが奇跡だ」

「何を言いたい?」

「私の邪魔をするな、ということだよ」

 

 教授は大きく息を吐き、シュラを見下した。

 

「アレは確かに君の創りあげたものかもしれないが、君はその使い方をまるで理解していない。その代わりに私が利用し、使いこなし、世界を未来へと導く。光栄に思ってくれていい。この私の踏み台になれることをな」

「……すまない、何を言っているんだ?」

 

 本当に分からないという様子のシュラを、教授は笑った。

 

「私の実験の成果……太陽に耐性を持ち、理性を保ち、弱点を持たない吸血鬼。……素晴らしいだろう?」

「あれがか?」

 

 呆れたようなシュラの返答に、教授は態度を崩そうとはしなかった。

 

「いずれこの私の手によって、ヒトは高次なる種族へと進化を果たし、膨れ上がった不死の兵は魔物を駆逐し、この都市は死都として栄光へのきざはしとなる。……君の創り上げたものは本当に素晴らしい」

「……本当に何を言っているんだ? アンタ、いったいどうした? そんな、馬鹿馬鹿しいことを────」

「馬鹿馬鹿しいものかァ!」

 

 教授は激昂した。

 

「やはり君自身が最も、自分の創り出したものの価値を理解していない! 君の『球体(スフィア)』は未来を築く礎となる! ……そう、この私が吸血鬼の王として君臨する闇の王国、その礎となァ!」

「なんなんだ本当に……もういい。一つだけ聞く。師匠はどこだ?」

 

 教授はシュラを見た。悪意に表情を歪める。

 

「心配か、あの女のことが。……なあに、今頃は蛇の腹の中だ。……しかし今考えれば惜しい気もする、あれはあれで陰気だが見てくれだけはいい女だ。殺すのではなく他に……」

 

 シュラが教授を殴った。教授は沈黙した。

 

「とりあえず警邏に突き出す。もういいから、とりあえずそこで全部話してくれ」

「……そうもいかないな」

 

 教授は笑った。唇の端から黒い血が流れる。

 

「……ちょっと待て」

「法で私を裁けるものか。……後悔するがいい、お前たちの未来は……」

 

 そう言い残して教授は昏倒し、意識を失った。

 

「……クソ! フィルバード、ユーフィミアは!?」

「今、”影“が呼びに行ってる。このオッサンが黒幕か……なんだかねえ」

 

 フィルバードは教授をしげしげと眺めた。

 

「いろいろと聞きたいんだけど、いい? さっき話してた『球体』とか、その他もろもろについて」

 

 シュラはフィルバードを見た。表情はにこやかだが、目の奥が笑ってはいない。シュラはため息をついた。

 

「……構わない」

 

 

 

 

 

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