得意技は殴打、必殺技も殴打   作:アッパーカット

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災厄滅ぼすべし

 

 

 水の中に囚われ、溺れるようにもがくクロウの姿を決然とした眼で見つめながら、クーは一人、前へと足を進めた。

 

 目の前に迫り来る、岩をも砕く破壊力の水腕。その数は膨大である。クローの小さな身体を見逃す気など、欠片もないことが見て取れた。

 

 衝突する。

 皆が小さな身体の叩き潰される光景を想像し、息を呑む。そして次の瞬間────水腕に叩き潰されたクーは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……どうなっている……?」

 

 その光景にシュラが瞠目する。

 目の前で起こったことが信じられないのだ。

 

 小さな少女の身体が水腕に触れ、溶けるように消えたその瞬間────その身体があろうことか、()()したのだ。あり得ない光景に、シュラは我が目を疑うことしかできない。

 

 その一方、クーがミミックであることを知るミューには、何が起こったのか理解できた。衝突の瞬間、クーは身体の構造を変えたのだ。

 ()に。

 

 無論、そうなれば物理攻撃など効くはずもない。

 だがミューには分かった。それは、言葉で言うほどに簡単なことではない。身体を水と化せば、おそらく感覚器官は機能しない。クロウに近づくためには再び少女の姿を取る必要がある。

 しかしだからと言って、人間の姿で打撃を受けてしまえば即死する……その繰り返しをこなし、クロウのもとまで辿り着くにはどれほどの勇気がいることか。……ましてや、あの臆病なクーが。

 

 ミューは思わず祈るように囁いた。

 

「クーちゃん……!」

 

 

 

 そうしてゆっくりと、だが臆することなく、クーは水球の最表面まで近づいた。内部に囚われたクロウを見上げる。

 今もまだ、もがいているようだ。

 

 一瞬、二人の視線が交差した。クーの目には、クロウがこちらを案じているようにも見えた。……そうだ。自分だけではない。クロウもまた自分を思っている。その事実がクーに勇気を与えてくれる。

 

 クーは弱い。それは自分自身でも理解している。

 だが、それでも仲間から頼られているのなら────助けてみせる。

 絶対に。

 

 覚悟こそが人を成長させる。魔物もまた然り。

 少女の意志は、この場に集う誰よりも硬かった。

 

 クーは目の前の大質量を見つめた。

 怖い。けれど。震えそうになった足をそれでも踏み出す。

 

 そして────

 

 

 

 ────こっちまで普通に泳いで戻ってきて水面から抜け出したクロウに、クーはひょいと抱き抱えられた。

 

「クー、どうしたんだ」

「……」

 

 クーは何も応えなかった。

 だが、その常にも増して無の表情に何かを感じ取ったのか、クロウはクーを抱っこして水腕を避けながら皆のもとに戻りつつ、言い訳を始めた。

 

「そろそろだんだん息が苦しかったような気がするからな。うむ。クーが迎えにきてくれてちょうどよかった」

「……」

 

 クーがスッ……と呼吸用の魔道具を差し出した。

 クロウはそれを一瞥する。

 

「む、これは……おれは知っているぞ。おしゃぶりだ。クーとお揃いだな。おれはいらないが……」

「……」

「……。……よくわからないが。なにか、すまないな?」

 

 クロウから空気を読んだ謝罪を引き出すという偉業が達成されたところで、二人は皆のもとに辿り着いた。

 微妙に引き攣った苦々しい笑顔で二人は迎えられた。

 

「まあ、無事でよかった」

「まあ、怪我とかないならね。それで……」

「まあ、……うん、まあ……いやいいんだが……うん」

 

 『別にお前が悪いわけじゃないのはそれはそうなんだけどさ……』という空気を醸し出しながら、異様に歯切れ悪く帰還を祝う面々。だが、この場に漂う微妙な空気感を理解することは、未だクロウには不可能だった。

 

 特に気にせず、水球を殴ってきた感想を話し始める。

 

「とりあえず、あれはただの水だな。殴ってもむなしい」

「えらく簡単に出てきたけど、水流に拘束されてたわけじゃないのかな」

 

 フィルバードが質問した。

 

「あれ以上は進めなかったんだ。真ん中に近づくほど水が硬くなってな。それだけなら別にいいんだが……」

「別にいいんだ……」

「おれの後ろのほうの水は硬くならないんだ。だから進めない」

「ああ、なるほど」

 

 フィルバードはクロウの言っていることをなんとなく理解した。

 単純に全身が拘束されるだけならば、クロウの膂力であればこじ開けて進むための障害にはならない。だが、進行方向に向けて水圧が変わるのなら話は別だ。足元がゼリーになって崩れていくようなもの。腕力以前の問題だ。

 

「おれにはあれ以上は無理だな」

「そっか。うーん……」

 

 であれば。現状、有効打が無い。

 フィルバードは思案した。

 魔法が効かないことは自明。物理で突破するほかない。だがあの分厚い水膜を突破することは難しい。

 

 フィルバードがこれからの行動を天秤にかけはじめたとき、横からこそこそと、クロウとザクスが話しているのが聞こえた。

 

「……お前があれだけできるなら……」

「……でもわりとすぐにな……」

「……だから同時に俺を……」

 

 おそらく、いや十中八九、特攻の相談だ。

 そしてそれが『なんとなくいけんじゃね?』という極めて雑な判断により突拍子もなく実行に移されるであろうことが、フィルバードには容易に予見できた。ため息をつきながら声をかける。

 

「……ザクス、何かするなら事前に頼むよ」

「え? ああー、まあ……」

 

 ザクスの目は泳いでいた。

 もう一度問い詰めると、ザクスはしぶしぶと自分の考えを明かした。

 話を聞いてみれば、そこには作戦もクソもない。ただの力押しであり、反撃を大して気にしなくて良い状況だからこそデカブツに対して思いっきり攻撃をブチ込んでみたいというザクスの我儘であり、そしてその割に……。

 

「割といけそうじゃないか」

「お? そうか? ……やるか!?」

「いや、どうせならもっと足そう。ミセル! こっちに来てくれ」

 

 説明すると、女剣士はため息をついた。

 

「まあいい、いいがな……もっとスマートな解決方法は無いのか」

「力押しで解決できるならそれはそれでスマートでしょ」

 

 特攻3人組を送り出したフィルバードは派手な見せ物を見るような気分で、見物する態勢に入った。まるで緊張感のないその姿にエウーリアが聞く。

 

「あいつら、何するつもりだ?」

 

 フィルバードは笑って言葉を返した。

 

「まあ見てようよ。成功するどうかはともかく、面白そうだし」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 クロウ、ザクス、ミセルの三人は事前の打ち合わせ通りに進んだ。

 敵が近寄って来たことを感知した水球(ゴーレム)は、脅威を排除するためにその触腕を延ばそうとする。だが、その攻撃は敵へと到達する前に妨げられた。

 

 水球の本体に走った莫大な衝撃がその原因である。

 最も近くに陣取っている、水球からすれば羽虫に等しい大きさしかない生き物……クロウが、先ほどの焼き直しのように拳を握り、叩きつける。

 水面に巨大なクレーターが生じ、元に戻ろうとするそれをクロウの拳の連打が押し留める。クレーターは徐々に深くなるが、水球(ゴーレム)がクロウの打撃に対応してその強度を変動させるに従い、クロウの打撃は阻まれる。

 

 そしてある一点で、クロウの拳と水球の水流圧は完全に拮抗した。

 

 

 

「さっきと同じ流れですか……!」

「ここまではね」

 

 することもないのでクーを慰めながら観戦していたミューの独り言にフィルバードが答えると同時、状況が変わった。

 水球に、巨大な十字の切れ込みが入ったのだ。

 

「え……?」

 

 驚愕にミューは言葉を失う。

 あれほどクロウが拳を振るっても小揺るぎもしなくなっていた水面が、クロウと入れ替わって剣戟を振るうミセルによっていとも容易く切り裂かれている。そんな様子を見たフィルバードが手を叩いて笑った。

 

「おおー、ザクスの読みが当たってる。これならいけるんじゃないかな」

「ど、どういうことですか……?」

 

 状況を飲み込めないミューが聞くと、フィルバードは戦闘が起こっている方を指差して解説した。

 

「さっきの攻撃でもそうなんだけど、最初の一撃は効いてるんだよね。でも、後から対応されて突破ができなくなる」

「あ……そう言えばクロウさんのときも……」

「途中までは押し込んでても、後から拮抗されるって感じだ」

 

 その言葉にミューが気づいた。

 

「ということはつまり……」

「うん。殴るのが通用しなくなっても、斬ることはできるんじゃないかなって話。それが正しいなら、そこまで難しいことじゃない」

 

 ミセルの斬撃で水が切断され、より球体の近くまで迫る様子を見ながらフィルバードが言葉を続ける。

 

「対応されるたびにこちらの攻撃の種類を変えていけばいい。そのまま掘り進めて球体まで到達できれば、それで勝ちだ」

「……あの三人ならそれができると?」

 

 驚きを隠せないまま口を挟むシュラに、フィルバードがどこか自慢げに言った。

 

「君の仲間は凄いけど、でも僕の仲間も舐めないでほしいな。暴力で解決できることなら大抵なんとかできるヤツらが揃ってるんだ」

 

 シュラが最前線を見やる。ミセルの斬撃は水膜を斬り進め、だが水球に対応され、拮抗し初めている。

 つまり次はザクスの攻撃の出番……と、そこまではシュラにも理解できた。だが、次の瞬間に目に入ってきた光景は、すぐに飲み込むことができなかった。シュラの脳は本能的に理解を拒絶した。

 

「……は?」

「いや、あれは僕も賛成してない。でもザクスがやりたいって言うからさ」

 

 フィルバードがその言葉とは裏腹に楽しそうに言う。

 

「成功するのかな、本当に」

 

 

 

 まさにそのタイミングで、3人は攻撃をスイッチしようとしていた。

 

「ザクス、まだか!?」

「あと5秒だ!」

 

 ミセルの斬撃は水球を切り裂き続けているが、水球(ゴーレム)は急速に斬撃耐性を高めている。クロウが進めた分も合わせ、核となる『球体』まではおよそ十メートル。

 比嘉の距離は今や完全に均衡し……否、徐々に押し込まれる。

 

 だがザクスは表情に笑みを浮かべていた。

 デカブツに最大の一撃をお見舞いするという美味しい役目。クロウが掘り進め、ミセルが切り裂き、最後にザクスが穿つ。

 

 水球が耐性を獲得するまでの間隙を縫うというだけの力押し。特に言うこともない単純な作戦だが、しかし簡単なことではない。

 大事なのはタイミングだ。前準備を要するザクス自身の技もそうだが、今回はそれ以上に、クロウとの噛み合いが重要である。

 

「クロウ、準備はいいか!?」

 

 ザクスは投槍の構えを取り、槍に己の内在魔力を最大限まで充填している。隙だらけではあるが、ともかく最大威力を叩き出すための構えであり、それ自体におかしい点はない。

 だが、状況が異常だった。構えを取るザクスは()()()()()()()

 

「ああ、投げつければいいんだよな」

「頼むぞ!」

 

 ────否。浮いているのではない。

 クロウが右腕でザクスを()()()()()()()のだ。

 

 それは異様な光景だった。

 

 人の身の丈を超える長大な槍を投擲する姿勢に入ったザクスを、さらにクロウが片手で掲げている。

 ザクスの身体は足首をクロウの腕に掴まれて中空に固定され、発射される時を待っていた。槍に最大限まで魔力をチャージしたザクスが叫ぶ。

 

「……いける! ミセル、退け!」

「よし!」

 

 ミセルは引き際に、水面を一際大きく切り裂いた。

 水流と魔力の流れを観察し、その狭間を狙って切り裂く絶技。たった一撃、繰り出された最高速の斬撃は、水球に大きな一文字の亀裂を刻む。

 

 無論、相手は水。すぐに修復される。

 だがそれを許さない速度で、その亀裂へと次の一撃が放たれる。

 

「いくぞ」

 

 クロウの人外の膂力は、当然のことながら殴打だけに使えるものではない。やりようにやっては投擲も必殺の攻撃となる。その辺の石ころでさえ、クロウの膂力で投擲されれば、そこらの魔物など屠る威力を持つだろう。

 

 ────であれば当然、投擲するものが生きた人間ともなれば、その威力の凄絶たるや自明である。

 

「オオオオオオッッッ!!!」

 

 クロウという発射台から投擲されたザクスは宙を疾駆しながら、それでも姿勢を保っていた。宙に高速で投げ出されるという異常事態にあっても、不自然なほど動きには乱れがない。

 

 魔法によって制御されるザクスの肉体が、その力強く精密な動作に狂いを生じることはなかった。クロウに投擲された速度に加え、さらに己の膂力を乗せて槍を撃ち出す。

 二段階加速した槍は物理的投擲と魔力的斥力によって凄まじい推力を得て、莫大なエネルギーの塊となって水球に突き刺さった。

 

「行け……ッ!」

 

 それは狙い通りに水流を穿った。槍は内在する魔力を消費しながらさらなる推力を得て、赫い魔力を纏う『球体』を刺突により喰い破ろうとする。

 

 その拮抗は時間にすれば僅か。だが、破壊的な力と力のぶつかり合いは、見るものに時間が遅くなるような錯覚をもたらす。

 幾層もの水流を突破し、球体に肉薄する槍の切先は水中でありながら莫大な圧力と摩擦によって紅に燃え、その先端に『球体』を捉えた。

 

 あと幾許もなく球体は破壊される。

 そう、誰もが勝利を確信した瞬間────水球の内部で、閃光が奔った。

 

 魔力の奔流する光。その光の持つ性質は、魔力砲(ブレス)に近かった。だがそれは、誰一人として見たことのない形で発現する。

 

 それを見たものは、『光で網が編まれている』と思った。

 それは例えるならば毛細血管。水中のあらゆる箇所に細かく繊細に張り巡らされ、ひどく生物的な蠢きを見せている。水球の巨体も相まって、水と光の天体が揺動しているような、どこか神々しい光景だった。

 

 しかし次の瞬間に気づく。

 災厄は無害に、ただ光っているだけではない────水中に広がるその光の奔流は、あらゆるものを消失させる破滅の光糸によって編まれていた。

 細かな立体的な網目として現出したそれは、水の中に侵入したものを硬軟問わず細大漏らさず消滅させる。

 

 その威力は絶対的だった。

 球体まで肉薄していた槍があっけなく焼き切れる。その焼き切れた破片すらもまた、光の網に触れるや否や音も立てずに焼却される。

 

 水中の異物は全て焼き尽くされ、僅か数秒で光が収まったのち……そこには元通りの災厄と、静謐なまでの静けさだけが残っていた。

 

 

 

 

 

 

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