得意技は殴打、必殺技も殴打   作:アッパーカット

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deep fall in nightmare

 

 

 

「……あっ、クロウさん、たちは」

「戻ってきてるね」

 

 水のゴーレムが発光を終えてから十数秒後。

 ミューが呆然から立ち直った頃には、こと戦闘に関する判断の早い三人は即座に失敗を判断し、こちらへと戻ってきていた。

 

「どうだった?」

「……あれは無理だわ」

 

 他に何も言えねーや、という感じで絞り出されたザクスの言葉が間近で見ていた3人の感想を物語る。

 特にザクスなどは、タイミングが少し狂っていれば、水中で焼き尽くされるところだった。そうなっていれば、今頃は骨も残っていまい。

 

 フィルバードは苦笑した。

 

「となると、やっぱり正攻法は無理か」

 

 フィルバードはしばし宙に視線を彷徨わせる。

 シュラが声をかけた。

 

「何か策があるのか?」

「うん。ただ、どちらかと言えば取りたくない手段なんだよね。……でも他に手もないし……やろうか」

 

 フィルバードは独り言のようにそう言い、向き直る。

 静かな声で指示を出し始めた。

 

「ひとまず、今この場で、あいつを倒し切るのは放棄する。各自にそれぞれ目標を伝えるから、それをこなした後でまた戻ってきてほしい」

「なんだ、バラバラに動くのか?」

 

 触腕に対応しながら話を聞くエウーリアに、フィルバードが頷く。

 

「うん。そっちの方が効率がいいからね。なにしろ回らなきゃならないところが多い」

「ふーん。で、何をするんだ?」

「この街の水源を全て潰そうと思う」

 

 フィルバードの言葉に沈黙が落ちた。

 シュラが絞り出すように聞いた。

 

「それは……どういう意味で」

「文字通りだよ。あの水球が怖いのって結局、魔力だの云々じゃなくてデカいからなんだよね。『球体』だけにしてやれば無力化できる。身体を構成する水の供給元を絶ってやれば、あとは削るだけで勝てるよ」

 

 いけしゃあしゃあと語るフィルバードに、呆然とするシュラが聞く。

 

「……な、何をするつもりだ」

「アレが出現場所としてこの場所を選んだことから、この都市の水の循環機構にただ乗りする形で水を補充しているのは間違いないと思う。でも、水路を潰すだけじゃ心許ないかな。水が生成される場所から直接、転送して水を補充している可能性もあるわけだし。だから確実なのは、水の循環機構自体を完全に破壊すること。浄水の精製施設を重点的に狙って破壊すれば……」

 

 フィルバードの言葉の続きは押し留められた。

 動揺したシュラがフィルバードの胸ぐらを掴む。

 

「……正気か……!? この都市ごと滅ぼす気か!? この都市で送水網を破壊すればどうなるのか、それくらいわかるだろうが!?」

「うん。でも、必要ならそうするよ」

 

 フィルバードは胸ぐらを掴まれたまま言葉を続ける。

 

「僕の目的は、この都市に現れる『災厄』を打ち滅ぼすことだ。その過程でこの都市が滅んだって、悪いけど知ったことじゃない」

「本末転倒だろうが……ッ!」

 

 吠えるシュラに淡々と言葉を返す。

 

「僕にとってはこの都市より、僕の仲間の損害の少なさの方が大切なんだ。これ以外の方法だと、攻略の過程で僕の仲間が負傷したり死んだりするかもしれない。なら、それは許容できないよ。確実な方法があるなら、僕はそっちを選ぶ」

 

 シュラがフィルバードを放した。シュラの表情は呆然としている。フィルバードを理解できないものとして見ているのではない。フィルバードの言葉にはフィルバードなりの論理が通っていて、それを覆す論理を自分が持たないことを理解したからこそ、シュラは動揺していた。

 

「……それしか方法が無いのか?」

 

 今、この場でフィルバード達を押し留められるだけの論理も力もシュラには無い。だからこそ、妥協点を探した。

 フィルバードは静かに言葉を返す。

 

「もっといい方法があればそっちに従うよ。何か対案はある?」

「そんなものは……!」

「────あるだろ?」

 

 シュラは自分が覗き込まれていることに気づいた。フィルバードの目は深く深く探るように、シュラの目の奥を覗き込む。

 

「嘘をつくのは駄目だね」

「嘘……?」

「論理立てて考えれば簡単に気付けるはずの事実から目を背けて、自分の理性に嘘をついている。そのことに気づきたくないから気づいていない」

 

 何を言われているのか。シュラには分からない。

 フィルバードの瞳に揺らぎはなかった。

 

「僕には自覚があるんだ。今回、僕は本筋に絡めていない。目星をつけたものはことごとく外れて、こうして今、結果だけに立ち会っている。だから起こっていることの全てを説明することはできないし、さっきのやり方以外は思いつけない。でも、あなたはそうじゃないだろ」

「……どういうことだ」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って言ってるんだよ。僕の言っていることの意味が分からないかな」

 

 シュラは言葉を返せなかった。

 

「そんな言い方はねぇだろ? お前は何様で……」

「口を出さないでくれ、ザクス。必要なんだ」

 

 フィルバードはそう言葉を返しながら、しかし表情にはやや気まずさを浮かべた。

 

「僕はあなたの味方じゃないけど、後悔してほしいとは思っていない。だからこれは忠告のつもりだ」

 

 フィルバードの視線が再びシュラを覗き込んだ。

 

「自分の聖域を穢したくないという気持ちはわかる。なによりも尊くて、だから疑いたくすらないんだろ? ────でも、現実逃避するなよ」

 

 言葉が毒のようにシュラの脳髄に染み込んだ。

 

「自分で考えたくないからという理由で他人に思考を押し付けるな。あなたのそれは情報不足だとか能力不足だとかの次元じゃなくて、ただの怠慢だ。……あなたなら、僕が何を言っているのか理解できるはずだ」

 

 沈黙が降りる。

 フィルバードはそこで話を切り上げた。

 

「じゃあそれぞれ、指示する場所に向かってくれ。まずは────」

 

 

 

「……アイツの言ってたことは気にすんな。時々、わけのわからんことを口走るんだよあのガキ」

 

 指示された場所に向かう直前、ザクスはシュラに話しかけた。だが、言葉は返ってこない。

 

「おい、大丈夫か……?」

 

 ザクスはシュラの顔を覗き込む。

 無言だった。

 だが、ザクスはなんの戦闘能力もないはずのその男の気配に圧された。

 

 目の前の男の雰囲気は、まるで別人だった。

 それは希望的観測を廃した事実認識と、冷徹な思考と、今宵初めて考えることからの逃避をやめて答えを得た、蒼ざめた修羅の貌。

 

 ────眼だけが異様に、爛々と輝いていた。

 

 自分の慰めが的外れであることを理解したザクスは、それ以上は何も言わず、ただその場を立ち去る。

 シュラはまだ、その場に立ち尽くしていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 冷たい夜風の中で、脳髄だけが熱い。

 シュラは思考を反芻していた。

 

 一度意識すればそれは自明のことだ。

 この『災厄』においてシュラは傍観者ではない。脇役でもなく、巻き込まれたわけでもない。おそらくは、最初からその中心に立っている。

 ならば、成すべきことは明白だった。

 

「考えは纏まったのかな」

「……おかげさまでな」

 

 ほとんどの冒険者達が出払い、周囲には水球の進行を妨げるものはいない。触腕を伸ばしながらゆっくりとこちらへと進んでくる水球を横目に問いかけてきたフィルバードに、シュラは吐きそうな気分で答えた。

 

「戦力が必要なら呼び戻すけど、どうする?」

「……クロウ」

「なんだ」

 

 他の冒険者とは違いフィルバードからの指示があるわけでもなく、触腕を暇そうに殴って爆散させていたクロウがシュラの声に反応する。

 

「手伝ってほしい。一緒に来てくれ」

「いいぞ」

 

 シュラはフィルバードに向き直った。

 

「申し出はありがたい。だが、アイツと一緒に行く」

「そっか。まあ、君にとっては戦う必要もない相手だろうし、僕の仲間まで連れて行くのは余計かもね」

 

 目の前の少年を、シュラはほとんど恐怖の眼で見た。

 

「……どこまで把握しているんだ?」

「残念だけど、たぶん、君の想像を遥かに下回ってる。僕、他所者だし。横から見てると大雑把な形を把握しやすいってだけだよ」

 

 フィルバードがひらひらと手を振った。

 

「君たちの仲間の安全は僕らで確保しとく。好きにやってくるといいよ」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 夜闇を駆ける。

 この辺りはまだ騒ぎが伝わっていないのか、誰もが寝静まっている。夜の冷たく張り詰めた空気の中を、月明かりを頼りに二人は移動していた。

 

「なあ、どこに向かっているんだ?」

「……今、考えている」

 

 行き先も分からないのでクロウが聞くと、シュラは胡乱な答えを返した。

 

「誰を止めなければならないかは分かっている。だが、どこに行けばいいか分からない。……手がかりがないものは仕方がないし、悩んでいるだけ時間の無駄だ。それらしい場所を手当たり次第に回ろうと思っている」

「ふむ……たぶんだが、目的地がないと辿りつかないと思うんだが」

 

 クロウが問いかけた。

 

「シュラはそいつのいそうな場所はわかっているのか」

「ああ……何ヶ所か。おそらくは状況を目視できる場所……例えば高所、あるいはゴーレムに水を介して直接干渉できる場所。そのどちらかにいるはずだ。だがその条件を満たす場所はこの都市内にいくつも」

 

 シュラの言葉を遮り、再びクロウが問いかけた。

 

「そこはそいつにとってはどういう場所なんだ」

「……どういう、場所?」

 

 困惑するシュラに、クロウは訥々と話す。

 

「おれは暇になるとよく、魔物を殴りにいくんだが」

「あ、ああ……?」

「でも魔物もあいつら、意外と賢いからな。おれの行かないところに逃げるんだ。そうなると見つけるのが難しかったりする」

 

 クロウの言わんとすることが、シュラにもわかった。

 

「シュラはそいつのことを知ってるんだよな」

「ああ」

「そいつはシュラに会いたくないんだよな」

「……ああ」

「ならそいつは、いつもならいないはずのところにいるんじゃないのか」

 

 それは、シュラが無意識に除外していた視点だった。

 忌避するはずの場所にこそ潜む。なぜなら、その場所に行く必要がないとシュラが判断することを、相手もまた理解しているのだから。

 

 シュラにも理解できる発想だ。……当たり前に思いつけたはずだ。なぜ、それが思考の端にも登らなかったのか? 考えるまでもない。

 

 シュラは自嘲した。

 この状況に陥ってもまだ、思い込んでいたのか。本気で会いたくないとは思われていないはずだ────と。

 

「俺は確かに甘ったれているな……」

 

 シュラは自分の頬を張った。

 

「……目的地が決まった。大鐘楼だ」

 

 シュラが足の向け先を変えると、クロウが聞く。

 

「あの、一番高い建物だよな?」

「そうだ」

「そうか……急ぐのか?」

「ああ。走るぞ」

「そうだな。行くか」

 

 クロウはそう応えるとシュラの上着の首根っこを持ち、走り始めた。

 風に舞う布切れのようにシュラの身体が空中に浮いた。シュラは衣服が脱げて振り捨てられないよう、必死に身を縮めながら叫ぶ。

 

「ク、クロウ……ッ!?」

「シュラは足が遅いからな。連れて行ってやろう」

「いやこれは……! ……ッ、頼む!」

 

 怖いのでやめてくれ、と言おうとしたシュラは言葉を飲み込んだ。

 ここでのんびりとしている暇など無い。それは確かだったからだ。

 

 さらに言えば、慣れてくるとそれは思ったよりも楽な移動方法だった。

 下手におんぶなどされるよりも、手で持たれた方が揺れない。揺れだけでも吐いてしまう一般人のシュラにとっては、こちらの方がよい。

 

 風の無い日の凧揚げの凧のような雑さで運ばれ、耳元でごうごうと風を切る音に怯えながら、しかしシュラはクロウに呼びかけた。

 

「クロウ! ……お前がいてくれて助かった。ありがとう」

「どうしたんだ、急に」

 

 当惑するクロウにシュラが答える。

 

「礼くらいは言う。当然だろ」

「……? ……まだなにもしてないが」

「いや。というか正直、一緒に来てくれただけで心強い」

「そうか。……うむ。ついてきたかいがあった」

 

 納得したように言うクロウに、ふとシュラは聞いた。

 

「……むしろ、よく一緒に来てくれたな? よく考えたら、俺は何の説明もしてなかったと思うんだが……」

「そうだな……」

 

 クロウは少し考えて答えを返した。

 

「最近、よく考えたら何も殴り殺していなかったからな……」

「……?」

「……?」

「……おい待て、今のは理由か!? まさかお前、一緒に来てくれた理由は殺戮()衝動()なのか……!?」

「着いたぞ」

 

 唐突に匂い始める圧倒的な人選ミスの気配に後悔するシュラをよそに、目的地に到着したクロウは止まった。

 

 それは間近から見上げれば、天を衝くかの如き摩天楼。

 都市のほぼ中心に位置する大鐘楼には真夜中にも関わらず、煌々と灯りが灯っていた。その頂上からは澄んだ鐘の音が鳴り響き、この都市を見渡す。

 

「どうするんだ?」

「……無理矢理にでも侵入する」

 

 目標を前に雑念を振り払ったシュラが答える。ともかく今は、目的地まで辿り着かなければならない。

 都市の重要施設だ。この時間帯でも中には人がいる。一般市民でしかない自分たちを容易に通してくれるはずもなく、力尽くで侵入するほかない……と。シュラがそう言おうとしたところで、クロウが口を開いた。

 

「なあ」

「なんだ?」

「この塔の、どこに行くんだ?」

「最上階……というか、屋上だ」

「そうか。じゃあ悩む必要はないな」

 

 クロウは再び、シュラの首元を掴んだ。

 嫌な予感がよぎったシュラは、クロウに恐々と聞く。

 

「何を、するつもりだ?」

「外から行けば早いからな。登るぞ」

「待っ……ああぁぁあ!?」

 

 クロウが塔の壁面を垂直に駆けた。

 魔法ではない。技術ですらない。純粋な脚力で壁面を踏み砕きながら、地を走るのと変わらないスピードで宙を駆ける。

 

 命綱も無しに自分の身体が地を離れ、理不尽にも上昇して行く感覚に、シュラは本気の悲鳴をあげた。混乱の極地にいるシュラに、クロウは場違いに能天気な口調で言葉をかける。

 

「もうすぐだな」

「……ッ! ああ!」

 

 シュラは遠くなりそうな意識を繋ぎ止めながら文句を飲み込み、答える。確かに速いことは間違いないのだ。速いことだけは。

 

 だんだん空が近くなる。

 壁を踏み砕き、宙を駆け、一際大きく跳躍したクロウとシュラは、この都市で最も高い夜闇の中へとその身を投げ出した。

 

 

 

 

 

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