「さて、それじゃあいつも通り情報収集に移るわけだけど……」
フィルバードの視線がクロウたちを捉えた。
「きみたちはどうする? できるなら協力をお願いしたいけど」
「あれ? 前の階層ではなんというか、そういう前置きも無しに『はい解散!』くらいのノリだったと思いますけど……」
ミューが疑問を呈すると、フィルバードは頭を掻いた。
「正直言えば、そもそも前の階層ではきみたちに関わり合いになりたくなかったんだよね。考え方も素性も戦力も分かんなかったし……。直前の階層の攻略者だったから、一緒に潜るってことにはなったけど」
「しょ、正直ですね……。では、今回は?」
「前の階層の攻略を通して、きみたちのスタンスをある程度は理解したつもりだ。で、たぶん協力し合えるかなと思って。きみらそもそも、階層の攻略には大して興味が無いよね? なんというかこう……迷宮をエンジョイするのが目的というか」
フィルバードの言葉に、ミューは居心地悪げに言葉を返した。
「その……迷惑です?」
「いや、そんなことはない。別に僕らにも崇高な目的があるわけじゃないし、それぞれ攻略に向かう理由は違う。戦闘狂とか冒険狂とか歴史大好きとか、そういう動機のヤツらはこっちにもいるし」
「あ、そうですか……」
「むしろ、きみらが僕らとは違うスタンスで迷宮に挑んでいるからこそ一緒に協力したい。実際、前の階層ではきみらがいなければもっと大変だっただろうし。もちろん、こちらからも情報を共有する。……どうかな?」
ミューがチラリとクロウを見遣る。特に意見が無さそうというか、ありていに言えば興味の無さそうな表情をしていたので、そのまま話を進めることにした。
「具体的にはどうするんですか?」
「とりあえずこちらから誰か一人、きみたちと行動させてくれない? 連絡役と、あとはきみらの行動とその結果を、こっちの人間の眼から見たい」
「あっ、それはむしろお願いしたいくらいです。正直、私たち、迷宮のルールというか法則的な部分を良く知らないので……。迷宮に慣れている人がいれば助かります」
「そっか。じゃあ迷宮探索のベテランだし、ザクスあたりを」
「待つんだ」
「ッ!?」
突如、決然として放たれたクロウの一言に、まとまりかけていた会話の流れが断ち切られる。フィルバードは慎重に言葉を紡いだ。
「……なにか気になることがあったかな? 希望には沿うつもりだけど」
「いや、ぜんぜん駄目じゃない。駄目じゃないんだが……」
「……? ええと……?」
困惑するフィルバードに、クロウは虚空を見つめながら言葉を続けた。
「……うむ。よく考えれば、ザクスがどうしたいのかが重要だと思うんだ……」
「え? いやまあ、そうだけど……ザクス、いいよね?」
「そりゃまあ……ッ!?」
なにか得体の知れないプレッシャーがザクスを襲う。
ザクスはその大元へと目を向け、瞠目した。
────そこには、必死に視線で懇願するクロウの姿があった。
表情は虚無だ。言葉も何もない。
だが分かる。明らかだ。お前、そんなに必死になれたの? というほどの真剣さでクロウがこちらを見つめている。
そして少年の視線が意図してか意図せずか、ほんの一秒にも満たない時間、ザクスから逸れる。……その視線を追い、ザクスは理解した。
「……いや、悪いが俺は、ガキの面倒を見てやるほど暇じゃない」
「ザクスッ!?」
驚愕するフィルバードにやれやれと内心、溜息をつく。頭は回るくせに……いや、だからこそ、少しばかりこの少年は合理性に寄りすぎている。やっぱりガキはガキだよなーと思いつつ、ザクスは言葉を続けた。
「クロウもそうだろ? こんなオッサンがついてくるよりは、歳が近いヤツと一緒の方がいいよな?」
「うむ。そうだな。ザクスの言うとおりだ」
「そうかそうか。……で、それじゃあクロウは誰がいいんだぁ〜?」
「……ッ」
ニヤけヅラで問いかけてくる
クロウはぼそぼそと答えた。
「……エウーリアが」
「ええ? なんだって? 小さな声じゃ聞こえないなぁ〜?」
……なんだろうか、この湧き上がる衝動は。
新たなる感情『殺意』を獲得しながら、クロウは答えた。
「……おれは、エウーリアといっしょに冒険がしたい」
「お、私か?」
少女はクロウに近づき、その背中をばしばしと叩いて屈託なく笑った。
「なんだなんだ、ザクスより私を選ぶとは見る目があるなあクロウ!」
その輝く笑顔から目を逸らしたクロウは、言い訳するように言った。
「……だっておれを迷宮に誘ったのは、エウーリアだからな」
「ん、そうだな。よし、冒険者のイロハってヤツを存分に教えてやろう。……おいフィル、私が行くけどいいよな!」
「え、うん……。いいよ……?」
狐につままれたような表情のフィルバードだったが、一度話がまとまってからの判断は早かった。
この階層において推定される大きな勢力は二つ。黒竜を擁する亜人と、それに対して惨敗を喫する予定のヒトである。
情報収集とはいっても行動できる範囲は広く、無制限に手を広げるわけにもいかない。故に、調査対象には割り切りが必要となる。
フィルバードは人員の大部分を亜人の調査に振り分け、情報収集することとした。
理由は言うまでもない。黒竜を操るのが亜人である以上、その情報は亜人が多く持っている可能性が高く、重要度が高くなる。
一方、クロウたちの調査対象はヒトだ。
理由は単純に、亜人の調査がクロウたちには不向きだったからだ。
亜人の集団に人族が違和感なく混じるのは難しい。フィルバードたちはこういった事態に備え、偽装用の魔道具を持って来ている。だがそれですら所詮は外見だけの擬態に過ぎず、どこまで誤魔化せるかは未知数。準備すらしてきていないクロウたちには、まずこなせない。
人員の三分の二ほどが分かれて、フィルバードたちは亜人の領域である、遠目に見える山脈の向こう側へと進んだ。
その場にはクロウたちと数人だけがその場に残されるが、他のものたちは自分の判断で何処かへと消えていく。
最終的には、クロウ、ミュー、クー、シュラ、エウーリアの五人だけがその場に残された。クロウは山脈の方を振り返り、シュラに問いかける。
「シュラはおれたちといっしょに来るんだよな?」
「少し悩んだ。フィルバードたちについて行って、亜人というのを見てみるというのも選択肢にはあったが……正直なところ」
シュラは視界の端に、遠目からもなお巨大な黒竜の姿を収めて呟く。
「……何もわからない状態であのバケモノに近づきたくない。はっきり言って正気じゃないぞ。戦いに行くわけではないにしても、自分からあんなのに接近しに行くとは……いや、相手は飛ぶわけだから、そもそも距離は問題じゃないのか……? いや、でもな……」
その呟きに、エウーリアが言葉を返す。
「時間が無限にあるわけでもない。多少の危険は込みで動くもんだ。無謀に見えるかもしれないが、慣れたほうがいいぜ。冒険者ってのは大なり小なり、正気じゃないからな」
「自覚があるのか……」
「もちろん。というか、人のことは言えないんじゃないか? アンタも私たちの同類だ。好奇心に負けて足を踏み出した考え無しの側だろ」
ぐうの音も出なかった。
エウーリアがパン、と手を叩く。
「さて、ここは先輩ってことで私が仕切らせてもらう。とりあえずだらだらしてても仕方がないし、あの煙の方……たぶんヒトが住んでるんだろうな。あっちにでも行ってみるか」
華奢な指が指し示す先には確かに、細く煙が立ち上っている。そこにいるはずの階層の住人たちへの接触を目指し、五人は歩き出した。