「いるじゃん、亜人……」
「めっちゃいましたね……」
ここはヒトの領域という話ではなかったのか。
思わず漏れたエウーリアの声に、ミューが同意する。街から少し離れて木陰で息をつきながら、街に入り込んだ感想を話し合う。
「というか、人間の兵士と亜人の商人で商売してましたね」
「まあ、正式なものじゃないんだろ。ちゃんとした街ってよりは、亜人の行商が寄り集まって作ったバザールって感じだしな……」
エウーリアは街の方を見遣る。
街の中は決して広くはなく、歩いて見回って十数分ほどの面積だ。しかし街の中には無数の屋台が乱立しており、自然と人が通るための道ができ、簡易的な建物もちらほらと見られる。
周囲には外壁すらもなく、あれでは街中に出入りしても見咎められることはないだろう。事実、五人がぬるっと出入りしていても誰からも何も言われなかった。
……とはいえ流石に、ミューとクーのメイド服は目立っていたが。すれ違うヒトや亜人が例外なく瞠目する様子には、流石にエウーリアも、『こいつら潜入に向いてないな』という感想を抱かざるを得なかった。
シュラが街の中の様子を思い出しながら言う。
「てっきり俺は、亜人は『亜人』という単一の種族だと思い込んでいた。例えばツノが生えているだとか、人間とは何か一つ異なる特徴を持つ種族だろうと。だが実際に見てみると、どうやらいろんな種類の亜人がいるようだな。……犬とか猫とか熊とか……あと、よく分からないのも」
「シュラは亜人を初めて見るって言ってたよな。確かに、あそこには人間しかいなかったし……そうだな、少し説明するか」
エウーリアはこほんと咳払いをして喋り出した。
「そもそも、亜人って括りはかなり適当なんだよな」
「文字通り、種族が異なるヒトじゃないのか?」
「まあそうなんだけど、亜人はヒトと子どもを作れるんだ。じゃあどこからどこまでが亜人だって話になるだろ?」
「ヒトと生殖可能なのか? それなら、亜人とヒトは外見と能力が異なるだけの同種のような気もするが……」
「実際、そういう話もある」
シュラの疑問にエウーリアが頷く。
「……結構複雑なんだよ、この手の話は。そもそも、亜人にも外見に差が出やすいタイプと出にくいタイプがいるからなぁ。この街に多かった獣混じりの亜人なんかは明らかにヒトと見た目が違うからわかりやすいけど、魔物混じりとかだと外見上、ほとんど変わらなかったりもする。だから地上じゃ、『自分を亜人だと認識してるやつが亜人』ってことになってるな」
「それだと定義も何も無いな……。地上では亜人の血筋を引いていること自体は珍しくないのか?」
エウーリアは少し悩みながら答えた。
「そういう意味じゃ、ほとんどみんな亜人だよ。何代も遡れば、大抵は亜人の血が入ってるわけだし。実際、私もうさぎの亜人の血が入ってる」
「エウーリアの耳とかは人間だと思うが……」
クロウの視線がエウーリアの頭から下の方に移る。
「探しても尻尾は見つからないぞ。人として暮らす分には結局のとこ、人でない部分ってあんまり役に立たないから、外見的な亜人の特徴はヒトと混じると簡単に薄れるんだよな」
「ふぅむ。なるほどな、そういうものか……」
「逆に言えば、いかにも亜人らしい特徴的な容姿を持つ亜人は、血筋を保ってきた純血種だってことになる。大抵の場合、わざわざ亜人を自称するのはそういう奴らだし……まあ、割と絶滅危惧種かもな」
エウーリアの説明が終わると、ミューが手を挙げて言った。
「街にいた彼らは、どちらかと言えば『亜人らしい』亜人でしたよね?」
「そうだな。たぶん、みんな純血種に近いんじゃないか?」
「そうなるとやっぱり、彼らは亜人の領域からやってきたわけですよね? ヒトの集団の中で血筋を保つのは容易ではないわけですし」
「そうだろうな」
「……小競り合いならともかく、大きな戦いなんて本当に起きるのですか? これから百年、亜人がヒトを支配することになるのですよね? 私には、とてもそんな雰囲気には見えませんでした」
ミューの言葉に、エウーリアは困ったように頭を掻いた。
「やっぱり、別に仲は悪くなさそうに見えたよな……?」
「戦争というのはたぶん、殺し合いのことだよな?」
「んぁっ? ……まあ、そうだな」
唐突に質問をしたクロウに、エウーリアは怪訝な顔をしながら答える。
クロウはじっと街の方を見ながら言った。
「そのわりになんというか、静かだったな……叫び声とか悲鳴とかが聞こえてこないし、それに殴りかかってくる
その意見にエウーリアは頷いた。
「そうなんだよなー。今は戦争中か、あるいは戦争間近なわけだろ? 推定敵同士が一緒に過ごしている割には治安が良すぎる。……私たちはなにか、考え違いをしてるのか?」
「クロウの言っていることは平和とか以前に当たり前のことじゃないか……?」
「シュラは世間知らずだなあ。ふつうは道を歩いていたら三人くらいは相手するのがあたりまえなんだぞ」
「クロウさんの地元がおかしいだけだと思いますけどね」
エウーリアは考え込んだ後、パンと手を叩いて注目を集めた。
「事前の予想と違う状況だ。潜入調査の重要性はさらに増したと言っていいだろう」
「何か提案でもあるのか?」
シュラが聞くと、エウーリアは待ってましたとばかりにニヤリと笑って答えた。
「聞いてくれ。私にいい考えがある……!」
◇◇◇
数日後、ミセルはひとり、クロウたちのもとへと赴いていた。
エウーリアからは通信用の魔道具で、定期的に無難な報告を受けている。
だがミセルは心配だったのだ。クロウたちと一緒に過ごしているこの期間、エウーリアは本当に問題なく過ごせているのだろうか?
声だけでは分からないこともある。そのため仲間に断ってから、実際にエウーリアの様子を確かめるため、ミセルはひとりここまで駆けてきた。
「確か、街の端っことか言っていたか……?」
時刻は夕闇迫る黄昏時。
目立たないことを心がけながら雑踏に紛れ込むミセルだったが、その配慮は不要だとすぐに理解した。少なくとも周囲からは、警戒を全く感じない。
確かにエウーリアの言う通り、この街の中でならよほど突飛な格好や行動をしていない限り、注目されることもないだろう。そういう場所なのだ。
だがその一方で、心の中の不安は晴れない。人工的な灯りでほのかに照らされる街の中を、嫌な予感を抱えながらミセルは進む。
酔い始めたヒトの兵士や、客を招き入れるために声を張り上げる亜人の商人たちが群れをなし、浮き立つような雰囲気の中にあっても、ミセルの気分は重く沈み込むようだった。
そして街を歩き回り、少し夕闇が深まったころ。
ついにミセルはそれを見つけた。
そこは街のメインストリートからは少し外れた場所。
しかしながらその場所は、街の中心部よりもむしろ賑わいが増しているようにも感じられる。周囲の誰もが目の前に現れた光景に驚きと興奮の表情を浮かべる中、ただ一人、ミセルは地面に崩れ落ちた。
「エウーリア……! お前……!」
うめくような声が漏れる。
不安は的中していた。
ミセルが心配していたのは、エウーリアが元気に過ごしているか……などということではない。そんな心配はするだけ無駄だ。
クロウたちの中に一人放り込まれ、馴染めずに孤独を感じたりあるいは萎縮していたり────仮にあの少女がその程度に大人しければ、いったいどれほど楽だっただろうか。
ミセルが心配していたのはむしろ逆だ。
自分というお目付役から解き放たれたエウーリアが探索にかこつけて何をやらかすか、それが心配で堪らなかったのだ。
「お前、潜入調査という言葉の意味を本当に理解しているのか……!?」
目の前には、夜の光に煌めくクソ派手な氷の宮殿が、周囲の雰囲気を完膚なきまでに破壊しながら、あまりにも場違いにそびえ立っていた────。