「……シュラか?」
「文句があるのか?」
「いや、別に無いが……ほう。そうか、なるほどな……」
「納得をするな。俺も好きでこんな格好をしているんじゃない」
吐き捨てるようにそう言ったシュラは同じテーブルに腰掛け、溜息をついた。ミセルはシュラの格好をまじまじと見つめる。
灰色の髪は長く伸ばされ、背中に垂らされている。細身を包む衣装は薄布を幾重にも重ねて波打ち、散りばめられた貴石はちろちろと輝く。
端的に言えば、妖しい占い師か宴席の踊り子のような格好である。ベールに半分だけ隠された表情は憂いを帯び、妙な艶を纏っていた。
「シュラは演奏は上手いんだが……」
「ああ、さっきの演奏はシュラだったのか」
ミセルは得心する。改めて見てみれば確かにその格好は、先ほどまでステージの上にいた演奏者のものだった。
「上手いものだな」
「師匠に仕込まれただけだ。……ともかく、エウーリアを説得してくれないか。演奏するのは構わないが、それに衣装はいらないだろうが」
うんざりしたようにシュラがそう言うと、エウーリアは首を振る。
「いや、いるに決まってるだろ。シュラは愛想が無さすぎるんだよ。いくら演奏が上手くても、ステージの上で陰気臭い顔してちゃ駄目だよな?」
「いや、衣装を替えても愛想は変わらんだろ」
「この格好にしてからおひねりが5倍になったんだ。期待している観客たちのためにも、やらないわけにはいかないだろ!?」
ミセルはエウーリアの目を見た。真摯だったが、瞳孔が$マークになっていた。シュラの方を向き直ってアドバイスする。
「そんなに真剣に聞かなくていいぞ、この小娘の言っていることは」
「ありがたい」
「……そんなに嫌ならいいけどさあ。才能は活かすべきだと思うぞ、私は」
ふてくされるエウーリアの頬を引っ張りながら、ミセルは問いかける。
「で、クロウはどこだ? 正直、一番心配していたが……騒ぎは起こしていないようだな。外に出ているのか?」
そう問いかけたミセルに、エウーリアの目に爛々とした輝きが宿った。
「……ミセル。あれを見ろ……ッ!」
「何?」
エウーリアの指さす先を見てミセルは瞠目する。
「あれがクロウか……ほう、小綺麗になると……いや何か雑だな……!?」
そこに居たのは、絶妙にやる気なく客と駄弁るクロウだった。
まるで自身も客であるかのような自然さで着席し、ミューや周囲の客から差し入れられる食料をもそもそと食べ、酔っ払った客とただただだらだらと話をするという有様である。
いつもと態度や口調を変えるわけでもなく周囲に溶け込む、その圧倒的な親戚のガキ感。明らかに素材の味を活かしすぎていた。
「いいのかアレで? いや駄目とは言わんが。こう……なんというか……もう少しなんとかなるのが素人目からも分かるぞ」
「浅い。浅いなミセル。きちっとしてりゃいいってもんじゃないぞ」
思わず真面目に指摘したミセルに、エウーリアが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「芋っぽさもそれはそれで武器だ。あれは私とミューの綿密なプロファイリングにより導き出した、クロウに最適のスタイルなんだよ。聞いて驚け、この店の指名No.1はクロウだぞ!」
「そうなのか!?」
「この店で指名制なのがクロウだけだからな」
シュラの呆れた口調のネタばらしに、ミセルは半眼でエウーリアを見る。
「……エウーリア。クロウを仲間だというなら、おもちゃにするんじゃない」
「ま、まあ指名No.1はともかく……別にふざけてはいないぞ、私は」
「ほう?」
疑いの目を向けるミセルに、エウーリアは真面目な口調で話をする。
「クロウは情報収集役だ」
「情報収集? クロウが?」
ミセルは信じられないという目でエウーリアを見る。
そしてちょっとクロウの方を向いて、少し考え、しみじみと言った。
「いや、無理だろうクロウには……」
「もう少しオブラートに包めよ。ミセルの言いたいことも分かるが、クロウならできると思ったから頼んだんだ」
「情報収集ということは客と会話をするんだろう? 無理だろう」
「自分の物差しで考えすぎだぞ、ミセル」
エウーリアはクロウの方に視線をやった。
「ミセルとクロウが相性悪いのは分かるけど、でも実際、今は周りの客とうまくやってるだろ?」
「……確かに。いやだが、何故だ?」
「本気で不思議そうに……ミセルは本当に、こういうとこがな」
「何が言いたい?」
「融通、効かないんだもんなー……」
エウーリアは溜息をついて説明した。
「別に情報屋と取引しようってわけじゃないんだ。こういう場所なら、客に気持ちよく喋らせるのがまず第一だろ?」
「だからそれに不安があるのでは……」
「いやミセル、そういう会話はクロウ、別に下手じゃないぜ?」
「そうか……?」
「確かにクロウは、論理的に話を伝えたり、内容を察しよく汲み取るのは苦手だ。けど、意味をあんまり理解できなくてもとりあえず話を聞くし、無闇に相手の話を遮らないし、自分なりに噛み砕いて返事をする。それに、これはまあ良し悪しだが、反応や言葉に裏がない」
「それは……まあ、そうだな」
「要するにだな。飲み屋で出来上がったオッサンと毒にも薬にもならない話をする分には、クロウの方がミセルより上手いぞ」
「なっ……!?」
愕然としたミセルはクロウの方を改めて見た。
「私がクロウに会話力で負ける……ッ!?︎」
「いや、会話力ってのもなんか違うけどな。ただ単に、クロウは酔っ払いの要領を得ない話にイラついたりしないし、やたら矛盾点を追求したりもしないから、少なくともこの場ではミセルより適性あるぜってだけの話で」
現実を受け入れられないミセルは唸っていたが、なんとか気持ちを切り替える。
「……ま、まあいい。結局なんの話だったか?」
「え? あー……とにかく、クロウはあれでいいんだよ。クロウのコミュニケーションの取り方だと、客もあのくらい素朴な方が話しやすいと思うぜ」
「そういうものか……? なんだか結局のところ、お前の趣味で二人に衣装を着せているだけのような気もするが……」
「ウッ」
核心を突かれたエウーリアはふいっと顔を逸らす。
「……いや、そういうとこも無いわけじゃないけどさぁ」
「まったく……まあ、客が満足しているならいいのか?」
「俺は良くないんだが……?」
「シュラ。エウーリアが強引に勧めたんだとは思うが、そこまで嫌がるのなら、いったい何故その服を着てしまったんだ……?」
「選択肢が無かったんだよ……」
「?」
哀愁を漂わせるシュラを尻目に杯を傾けながら、ミセルはふと、あることに気づく。
「……いや待て、でも問題が無いか?」
「何がだ?」
「結局のところ、クロウが客の話の内容をあまり理解できていないなら破綻しているだろう。情報収集としては」
「なんだ、そんなことか」
エウーリアはひらひらと手を振って答える。
「大丈夫だ、クロウの言動はミューが盗聴しているからな。方法は知らんが」
「あいつらはいったいどういう関係なんだ……ッ!?」
疑問は残りつつも、ミセルは安堵していた。
適当極まる発想で適当なことをやらかしていると心配していたエウーリアだが、ミセルの考えていたよりは思慮深かったようだ。少なくとも最低限の言い訳ができる程度には分別を持って行動している。
これならば、そこまでおかしなことにはなるまい。胸を撫で下ろしたミセルはちょうど酒も飲み終わり、退散することにした。
「邪魔したな、シュラ、エウーリア。私はそろそろ持ち場に帰って……」
「あっ、待て待てミセル。ちょっと頼みたいことがあるんだ。……クー、こっちに来てくれ!」
エウーリアの呼びかけに答え、ちょこまかと働き回っていたクーが寄ってくる。なんです? という感じで小首を傾げる少女に、エウーリアはこそこそと何かを耳打ちした。
クーは何か難しいことを悩んでいるような表情をしていたが、最終的にはきっぱりと決断したように頷いた。
「なんだ……?」
演奏に戻るシュラを見送る傍ら、エウーリアはクーを引き連れ、困惑するミセルを手招きする。店の裏側まで回ると、エウーリアが合図を出した。
「クー、やってくれ!」
「……!」
「ッ!?」
一瞬、クーの姿が消え失せる。そして次の瞬間には、目の前にもう一人のミセルが立っていた。
「おー、いい感じじゃないか!」
────何故か、バニーガール姿で。
そのうえ始末の悪いことに、ミセルそのままの姿ではない。体型など、色々な部分に魔改造が加えられている。
「……エウーリア、これは?」
状況を理解できないミセルが放心状態で聞くと、エウーリアは意気揚々と答えた。
「分からないのか? カジノといえばバニーガールだ」
当たり前だろ? とばかりに答えるエウーリアに、未だ理解が及ばないミセルは眉間を押さえながら聞く。
「……待て。待つんだ。……カジノ? カジノと言ったか。一応聞くが、何をするところだ、それは?」
「いや、賭けに決まってるだろ。で、そのためには必要だろ……バニーガールが。だからこうして、クーに協力してもらうわけだ」
「なぜ……?」
「私も着てはみたんだ。けど、やっぱバニーガールはエロくないとダメだろ? どうも私じゃガキっぽすぎてな。シュラに着せようとしても逃げられたし。まったく、たまたま代わりの衣装があったから良かったものの……」
何の答えにもなっていない。
「なぜ、カジノを……?」
「え? いやだってそりゃ、飲むに加えて打つまで制覇すればこの街の闇は私たちが牛耳ったも同然だろ? だったらやるしかないよな!」
「……」
「お、もしかしてミセルも一枚噛みたいのか? なんだよ最初からそう言ってくれればいいのに、水臭いやつだな。報酬はもちろん弾むぜ? バニーガールが二人体勢になればますます────」
目の前のミセルが醸し出す殺気に気づかないのか、エウーリアは得意げに計画の話を進める。その様子からはおそらく、クーが危険を察知し、変身を解いて脱兎の如く逃げ去ったことにも気づいてはいないのだろう。
「エウーリア」
「だからその後は私たちの好きなように……ん、なんだミセル」
「再教育だ」
「……ん?」
「いい子になるんだ。今度こそな……!」
夜を切り裂く微かな悲鳴。それは闇に溶け、ただ消えていくのみだった────。