得意技は殴打、必殺技も殴打   作:アッパーカット

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夜遊び

 

 

 

 

「ここか? ここだよな?」

 

 賑わう雑踏を掻き分けて氷の宮殿を目の前にしたジャックは、そこに鎮座する建造物の放つ、周囲と隔絶した圧倒的な唐突感に動揺を隠せなかった。

 

 つい最近、同僚から噂話は聞いてはいたのだ。街の端に、何かひときわ妙な建物が一夜にして生えてきた、と。

 話半分に聞いていたのだが、実際に自分がこんな珍妙な建物に入って行かなければならないということになってみれば、尻込みせざるを得ない。

 

「シリウスは……もう中か……?」

 

 周囲を見渡すが黒狼の獣人の姿は無い。

 ジャックは意を決して、氷の扉を開けた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 クロウが力尽くで森を破壊し、三人の周囲が迷おうにも迷いようのない蹂躙の痕跡のみで満たされた時点で、森擬きは逃げ去っていった。

 

 当然、人的被害は皆無だった。

 シリウスに聞くところによれば、そもそも森擬きと共生している森の破壊は、脱出方法として一般的らしい。森の再生速度を上回る速度で破壊を実行できるのならば、十分に有効な手法のようだった。……もっとも、通常は人海戦術を用いるか、最悪の場合は森ごと燃やして対応するらしいのだが。

 

 ジャックの脳裏には棒切れを振り回すような気楽さで巨木を振り回すクロウの姿が浮かび、思わず身震いする。

 問答無用で理解できる、あまりにも分かりやすい暴力。

 あんな力を持つ相手を素性不明のまま放置することは、リスク以外の何ものでもない。少なくとも、この街では。

 

 だがそれでも、クロウに現状、悪意が見られないのも事実だった。暴力を無為に振るう様子は無いし、先ほどは助けられたばかりだ。過度な干渉や余計な刺激を与えるべき状況とも思えない。

 ジャックは帰りの道すがら、密かにシリウスと相談し、ひとまず自分たちだけでクロウの素性を探ることを決めた。

 

 そのためにクロウから滞在している場所を聞き出し、そこが噂の珍妙な酒場であることを突き止めた。

 約束を取り付け、警戒を募らせながらこうして訪ねてきたのだが……中に入ってみれば、店内の様子は存外に穏やかなものだった。

 

 店内には柔らかい音色が響く。客はヒトの兵士と亜人商人が半々ほどで、談笑の声は賑やかではあるが騒がしくはない。

 どこにクロウがいるのか分からずにまごついていると、ぱたぱたと動き回って料理を運んでいた少女が、ふと目の前で立ち止まる。

 

「その…… 人と待ち合わせているんだが」

 

 少女は無表情のまま、無言でじいっとジャックの顔を見上げた。

 

「ここに、クロウはいるか? あと、もしかしたらシリウスという亜人も一緒にいるかもしれない。良ければ案内して欲しいが」

 

 ジャックがそう聞くと、少女は『私に任せろ』と言わんばかりにふんすと頷き、ちっちゃなおててでジャックの服の裾を引っ張り始めた。

 そのまま連れ込まれたのは少し奥まった席である。だが、そこに座っている二人のうち、一人には見覚えが無い。少し早かったかと思っていると、声をかけられた。

 

「昼間の…………うむ、そうだ。ジャックだったな」

 

 そう言いながらクロウはテーブルの上の果実に手を伸ばし、自分の口に放り込んだ。全くの平常心でこちらを見つめながら果物を食べている。

 ……ここで働いているという話ではなかったのだろうか。

 

「……。……?」

「連れてきてくれてありがとうな、クー。ジャックはそこに座るといい。特別さーびすで最初の一杯はおれがおごってやろう」

 

 何も分からないまま同じテーブルに座らせられる。よく分からないままに酒を注がれ、ひとまず飲み干し、旨さに驚き、そこでようやく同じテーブルに知らない人が座っていることに頭が回った。

 静かに杯を傾ける亜人の貴婦人に、緊張しながら声をかける。

 

「あー……その、申し訳ない。急にお邪魔をしてしまった。私は人と待ち合わせをしてますので、ひとまずお暇し、て……」

「どうした?」

 

 ジャックは固まった。怪訝な表情をする貴婦人が、よく見てみると知り合いの黒狼の亜人となんか似ている気がしたからである。

 目を擦り、ここまで連れてきてくれた少女に酒をもう一杯頼んでからこめかみを揉み、改めてまじまじと貴婦人を見つめる。

 

「なんだ貴様」

「……シリウス……だな……?」

「当たり前だろう。見て分からんのか。鼻どころか目も効かないとはな。まったく、ヒトはこれだから……」

「服ぅ……お似合いですね……」

「えっ、どうした? 本当に何か調子が悪いのか?」

 

 見下しを通り越し、心配の領域に入り始めたシリウスにうわごとのような返事をしながら、冷や汗をだらだらと流す。

 改めてシリウスの姿を見てみる。少し場にそぐわないほどに上品なイブニングドレスに身を包んだその姿は、貴婦人以外のなにものでもない。いつもこちらを睨みつける表情からは険が取れ、柔らかい女性らしさを感じる。

 

 まさかドレスではなく鎧を身につけていたからといって、これを男と見間違えるバカなどこの世にいるものだろうか。

 

「俺……だけか……?」

「……少し来い」

 

 苛立ったシリウスが立ち上がり、強引にジャックの手を引く。人気の無い廊下の壁にジャックを追い込み、側に片手をついて詰め寄った。

 

「何だ、何が言いたい? はっきりと言ってみろ」

「何も言えねぇ……」

「あのな……」

 

 シリウスはため息をついた。

 自分のドレスを摘んでジャックを睨む。

 

「……この服が気に障ったのか? 私はヒトの趣味は知らん。貴様にとっては見苦しいのかもしれんが、ひとまず集中しろ。そんな場合ではなかろう」

 

 そう諭され、ジャックは正気を取り戻した。

 

「……そうだな。すまない。俺が悪かった」

「落ち着いたか?」

「大丈夫だ」

「よし。それなら……」

「一つだけ、いいか」

「なんだ」

「服は似合ってる。マジでな」

「……くだらんことを言っていないで行くぞ」

 

 シリウスの後に続いて席に戻ると、相変わらずクロウは果物を頬張っていた。ジャックはシリウスに目配せしてから声をかける。

 

「悪い悪い。……今日は改めて礼を言いたくてな。昼間はクロウがいなければ大変なことになるところだった。おかげで助かった。ありがとう」

「む……」

 

 クロウは果物を食べる手を停止する。そして不思議なものを見るような目でジャックたちを見た。

 

「おれはお前たちを助けたのか……?」

「あ、ああ。そうだが……?」

「そうか。ふむ……なるほどな」

 

 クロウは少しぼうっとしてから、自分の前にある果物の皿を差し出す。

 

「これはおいしいからな。お前たちにも分けてやろう」

 

 どうやら並んでいた皿はシリウスが注文したものではなく、単にクロウが夕飯として食べていたもののようだ。

 礼を言って摘むと、確かに美味い。だがその果実が何であるのかはさっぱりと分からず、隣のシリウスを見ればしきりに首を傾げている。どうやら同じように、知らない果物のようだった。

 

 どんな魔法で存在しているのかも分からない建物、見たことのない酒や食料、そして明らかに異常な力を持つ目の前の少年。募る不信感をできる限り漏らさないよう努力しながら、ジャックはクロウに質問した。

 

「ところでクロウ、お前はどこの出身なんだ? この街で生まれたわけじゃないだろ?」

「どこ……? 上から来たが」

 

 要領を得ない返答にジャックは困惑する。

 

「上……? ……あー、そこはどんなところだ?」

「魔物が多いな。とても多い」

「……そこにはどんな人が、どのくらい住んでいるんだ?」

「チンピラがたくさん住んでいるぞ。数はたぶんだいたい無限だ」

「住みづらそうな場所だなぁ……」

 

 何を聞けば良いのかすらよくわからなくなってきたその時、先ほど案内してくれた少女が酒のおかわりを持ってきた。

 少女は杯をテーブルに置いたあと、クロウの横にちょこんと座る。そして何らかの器具をクロウの耳へと取り付けると、颯爽と去って行った。

 

「何だそれ……?」

「ふむ、少し待つんだ。……もう一度さっきと同じ質問をしてくれ」

「さっきの質問? ……クロウはどこの出身なんだ?」

 

 質問を繰り返してみると、今度は無駄にすらすらとクロウが答え始めた。

 

「クロウさんは天竜山脈の頂上付近にある村が出身で、そこには無限のならずものたちが身を寄せ合って暮らしているということで……だ。なるほどな……そうだったのか」

「誤魔化す気があるのかないのかはっきりしろよ……!」

「ほかに質問は無いのか?」

 

 呻くように漏らしたジャックの言葉をまるっと無視したクロウの問いかけに、鋭い目で見返しながらシリウスが質問を口にする。

 

「この街には何をしに来た? なぜこの……なんだこの建物」

「うむ、……ヒトと亜人と、どちらとも関係を持つにはこの街が最適です。……あとそうだな、建物はエウーリアがつくってくれたんだ」

「……エウーリア?」

「ああ、その辺にいるぞ」

 

 クロウが店内をきょろきょろと探し、呼びかけると、こちらを見つけた金髪の少女が寄ってくる。

 

「なんだよクロウ、私も忙しいんだぞ」

「……彼女がエウーリアか」

「ん? なんだ、私に客か?」

 

 不敵に笑った少女はクロウの隣にどかりと腰掛けると、手に持つ氷の盆をその辺に投げ捨てる。と、地面に到達する前にその氷の盆は消失した。

 

「……っ」

「いいぜ、少し話すか?」

 

 氷の宮殿。これだけの巨大な質量をこれだけの精緻さで操り、しかも長時間持続させる魔法など、ジャックたちの常識ではあり得ない。

 クロウと同様、このエウーリアもまた人外の力を持っている。

 

 ジャックはどう探りを入れようか、少しの間逡巡した。だがすぐに、自分には駆け引きのノウハウなど無いことに気付いた。腹を括る。

 

「もう面倒くさいんで率直に聞くんだが、あんたらはどういう集団なんだ? これからどうするつもりだ? 返答によっては……」

「返答によっては?」

「……いや俺、ただの兵士だしな。特にできることは無いな……」

「何を弱気なことを。お前たちが私たちにとって害になるなら、相応の対応を取らせてもらう」

「ふーん……」

 

 エウーリアは面白そうにジャックとシリウスを見て、口を開いた。

 

「じゃあ、例えばだ。私たちの目的が空を飛び回ってるあの黒竜を倒すことだと言ったら……あんたたちは、私たちをどうする?」

 

 数秒、沈黙する。

 たおす。タオス、……倒す?

 言葉の意味を理解したジャックは思わず、ぽつりと呟いた。

 

「いや無理だろ……」

 

 無意識に出た言葉だったが、シリウスも頷き言葉を添える。

 

「……不敬は許せんが、幼子の妄言を罰するほど、竜神は狭量ではない。今は聞き逃してやる」

「なるほどな。そういう反応になるわけか……」

 

 エウーリアは興味深そうにこちらを見ている。ジャックは慌てて周囲を見回しながら、声を潜めてエウーリアに注意した。

 

「あまり不用意なことを言うのはやめろ……!」

「タブーなのか? こういう話は」

「当たり前だ! 特にあんたらは、実際のところはどうだか知らないが、少なくとも外見はヒトに見える。迷惑なんだよ、本当に」

「ま、そうか。悪かったな。さっきのは冗談だと捉えてくれ」

 

 厳しい表情のシリウスに、エウーリアは問いかける。

 

「でも正直なところ、ヒトと亜人が終戦するにはこういう話題は避けて通れないわけだろ? だってあの竜、無視もできないだろうし。そのあたり、アンタたちはどう考えてるんだ?」

「……いったいお前はどういう立場で聞いているんだ?」

「あー、……クロウ、私たちのことをなんて説明してるんだ?」

「チンピラの村出身だな」

「じゃあ私たちもチンピラじゃないか!? ……まあいいや、一介のチンピラとして特に含意なく質問してると思ってくれ」

 

 軽い口調のエウーリアに、シリウスはため息をついてから答えた。

 

「……竜神は我々亜人の守り神であり信仰対象だ。だが、ヒトがその偉大さに服し、信仰することまでは我々も否定しない」

「あー……なるほどな。で、ヒトもある程度は納得してると。ま、寄らば大樹の影だ。どうせ勝てないなら穏便に従った方がいいよな」

「誤解するな。ヒトが我々の信仰を共有するというだけの話だ」

「勝つも勝たないも、意識しちゃ駄目な部分なわけか。論点をずらしただけじゃないか? ……ああいや、悪い。ケチをつけるつもりは無いんだ」

「……理解したなら、不用意な言動は控えることだな」

 

 納得したように頷くエウーリアに対して、シリウスは頭痛を堪えるようにこめかみを抑えた。噛み付くような口調で聞く。

 

「いいから、私たちの質問に答えろ。……結局、お前たちは何者だ? 目的はなんだ? その異常な力はなんなんだ?」

「いやぁ、言えることと言えないことがあるんだよな……。……そうだな」

 

 エウーリアが何処からか、小さなカードの束を取り出す。見慣れないそれに首を傾げるジャックとシリウスに、エウーリアは不敵に笑った。

 

「こいつで決めようか」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 真夜中を過ぎたころ、街はそろそろ静寂へと向かう。

 

 道行く人の中には肩を組んで道を行く、ヒトと亜人の組み合わせの姿もあった。とはいえその二人組からは、親しさや陽気さは感じ取れない。

 それはむしろどちらかといえば、おぼつかない足取りを支え合いながらよろめき進む、敗北した戦士たちの歩みだった。

 

 傍目にはヒトの兵士と亜人の貴婦人という珍しい組み合わせだが、当の二人は周囲からの視線に気づけない。思い思いに怨念を吐き出し合っていた。

 焦点の定まらない怪しい目つきでシリウスが呻く。

 

「……あいつらは酷すぎる。ジャック貴様、お前はあいつらの同族として申し訳ないとは思わないのか」

「知らねえよ……たぶん同族じゃねえし。悪魔だよあいつらは……」

 

 同じく間延びした口調ながらもシリウスよりは意識に明瞭さを残したジャックは、しかしぐだぐだと呟く。

 

「あの手癖の悪さ、なんなの? 平気でイカサマするじゃん……」

「エウーリア、特にアイツだ。氷の魔法で二枚のカードをくっつけて一枚に見せるだの、氷で作った鏡でこちらの手札を覗くだの、もはや詐術だ……」

「一度見破ったイカサマはしなくなるから、それだけはマシだったけどな……負けた時に注文させられる酒も美味いし、ただ単に奇術を見たと思えばそんなに損した気もしないんだが、全体的に釈然としない……」

「エウーリアだけではない。クロウも酷かった。特にアレ……」

「いや、俺はアレ、逆にもうなんか好きだった。クロウの手札がいつのまにか消えていってるヤツだろ?」

「そうだ。いったいどんな手管かと思えば……」

「やたらガッツポーズをしてると思ったら、手の中で物理的にカードを握り潰してるって気づいた時は笑ったな。よく見たらクロウの周りに米粒みたいになったカードの塊がいくつも転がってるし。しかもそのせいでペアが揃わなくてあいつがビリだし……」

 

 無限に出てくる愚痴の中、ふとシリウスが呟く。

 

「だが結局、ほとんど何も聞き出せていない。今夜の私は、賢い狼ではなかった……」

 

 ぺたん、と狼耳を伏せて項垂れるその様子に、途中からはただただゲームに興じていただけのジャックは、ようやく自分たちの来訪目的を思い出す。

 

「そういや、あいつらを調べに来たんだったな……」

「むぅ……ジャック、貴様のせいでもあるんだぞ」

「わ、分かってる。行けばいいだろ……」

 

 ……また今度、と言おうとして口淀んだ。言い淀んだ理由は自分でもよくわからない。そんなジャックの目を、シリウスは座った視線で射竦める。

 

「逃げられると思うなよ。貴様には奴らの秘密を暴くまで付き合ってもらう……」

「……俺でいいなら構わないが」

「勘違いするなよ。お前はよく事情を知っているから、ただそれだけの……」

「……シリウス? おい、シリウス?」

 

 返答は無かった。

 警戒しながらぺちぺちと頬を叩いてみる。起きない。

 

 仕方が無いのでとりあえずシリウスの家まで送ろうとするも、そんなものは知らない。自分の駐屯地まで連れて行くことはありえない。

 行き場に困り、もう眠かったし面倒くさくなったのでシリウスをその辺の連れ込み宿の部屋に放り込み、その扉の前で座って寝ることにした。

 

 眠りから目覚めて混乱したシリウスに胸ぐらを掴まれて起こされ、宿屋の親父からは好奇の目で見られるのは、その6時間後のことだった。

 

 

 

 

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