「……で、事情はきちんと説明するんだろうな?」
「もちろんだよ、そのためにこうして集まってるんだし」
エウーリアの猜疑心に満ちた声に、フィルバードが静かに答える。
月が高くなったころ。いつもならば客でごった返している店内は、僅か十数人の貸切となっていた。
エウーリアやフィルバード、ザクスやミセルといった『ギルド』のメンバーは当然として、クロウたちも協力者ということで参加している。この階層の攻略に参加するほぼ全員が、この場に集っていた。
ミセルが口火を切る。
「まず確認だ。『黒竜が死んだ』……これは文字通りの意味でいいんだな?」
「どういう意味?」
「『死んだも同然』とか『もう死んだようなもの』とか、そういう言葉遊びじゃないんだな?」
「ああ、うん。文字通り死んでるよ。まだこの階層の人たちには知られてないみたいだけど、死体がそのままになってるから、何なら見に行くといい」
「……そうか。じゃあ説明しろ。何がどうなってそうなったのか」
「オーケー」
フィルバードは皆を見回してから口を開く。
「まず結論から。黒竜の死因は自殺だ。交渉して死んでもらった」
「じ……自殺? 交渉?」
「うん」
「いや……言葉、通じたのか? そもそも」
「饒舌だったよ、結構」
「そ、そうか……」
フィルバードは指折り数えて言葉を続ける。
「五日間ぶっ続けの交渉でさ。その間は連絡することができなかった。心配かけて悪かったね」
「そういう事情なら仕方がない……のか? ……いやしかし、交渉で自殺というのはどういうことだ?」
「どういうことって?」
「……いいか、頼む。分かるように説明しろ。死んでくれと言って死んでくれる馬鹿者がどこにいる?」
「ミセル、あまりそういうふうに言うもんじゃないよ。実際そうなったんだから。……まあでも、順を追って話そうか」
フィルバードは滔々と話し始めた。
「僕の仕事を簡単に整理すると、災厄の正体を確かめること、その対策を立てること、そして対策実行までのお膳立てをすること。このうち災厄の正体の確認は、今回は不要だった」
「まあ、一目で分かるわな……」
エウーリアの呟き声にフィルバードは肩を竦めた。
「君は知ってるだろうけど、意外と珍しいよ、こういうパターンは。災厄があからさまに目に見える形で存在しているなら、そもそもその時代において災厄を回避したり、解決できてたりする可能性も高いわけだし」
フィルバードの視線がちらりとシュラを通過し、離れた。
「……で、僕は黒竜への対策を考えた。少なくとも最初の方針はみんなに説明してた通りだ。黒竜を行動を制御する『何か』を見つけ出して、それを利用して黒竜を弱体化……あるいは、可能であれば排除する」
「で、『何か』ってのは何だったんだ?」
「そんなものは無かった」
「んん?」
「無かったんだよ。黒竜の行動を強制的に縛るものなんて、黒竜を従わせる方法なんて、探してみてもこの階層にはただの一つも無かった」
皆が顔を見合わせた。エウーリアが突っかかるように言う。
「いや、ウルがいるだろ。お前が攫った」
「保護した」
「……お前が保護した【竜の巫女】。ウルが黒竜を縛る『何か』だったんじゃないのか?」
「【竜の巫女】が重要であることは間違いない。けど、彼女に黒竜を従える力なんてものは無いよ」
「いやでもアイツ、確かに音楽で亜人たちを熱狂させて」
「黒竜は亜人じゃなくて竜でしょ」
……そうですね、としか言いようのない言い草に、エウーリアは言葉に詰まった。
ミセルが口を挟む。
「だが実際、亜人は黒竜を従えてきたわけだ。その事実はどう考える?」
「まさに僕もそう思った。でも、黒竜を従わせる力なんて存在しない、これもまた事実だ。だから、こう考えるしかなかった。……黒竜は、自分の意思で亜人に従っていた、と」
「なぜ?」
「そこはいったん置いとこう。重要なのは、黒竜が自分の意思で動いているということだ。つまり、こちらが十分なメリットを提示することができるなら……」
「……交渉ができる、と?」
「その通り」
誰もが懐疑的な視線をフィルバードに向けた。
信じられないのだ。あの竜という生き物が、取引や交渉という、ある意味で卑近な……人間的な発想に縁のあるようなものには、到底思えなかった。
「ええと、それで結局のところ、何を交渉材料にしたのですか?」
ミューが問いかけると、フィルバードは微笑んだ。
「何だと思う?」
「相手に、それさえ叶うなら死んでもいい、と思わせるような条件ですよね?」
ミューはしばし考え、そして結論を出した。
「無いんじゃないですかね、そんなの。思いつかないです」
「おいおい、それじゃ話が進まんだろ……で、何だったんだフィル?」
「実は正直なところ、彼女の言うとおりだ。もし、黒竜に死にたくないという気持ちが少しでもあれば、何を材料にしても無理だったと思うよ」
「は?」
エウーリアの上げた疑問の声はさておき、フィルバードは話を続ける。
「ただ幸いにも、黒竜にはその下地があった。だから僕は、『死ぬことをお願いする』んじゃなくて、『黒竜が理想的な死に方をするのを手助けする』という、比較的難易度の低い交渉ができたわけだね」
「おい、説明しろ。黒竜が死にたがってた? なんでだ?」
エウーリアの問いにフィルバードは言葉を濁した。
「……そこは実のところ、僕も理由を掴みきれてないんだよ。でもおそらく、黒竜は何もなくとも百年後に自殺してるわけだし……」
「お前確か、それは寿命だとか言っていなかったか?」
「公式な記録ではね。……でもさエウーリア、本当に寿命なんて理由で死ぬと思う? あの生き物がさ」
「いや、これから百年後のことだろ? ありえるだろ」
「……まあ、そうか。でも僕には、あれがあとたった百年で寿命を迎える生き物には到底思えなかった。千年でも生きそうじゃない?」
「根拠は?」
「無いよ。直感だね」
ミセルが問いかける。
「……寿命でなければ自殺だと?」
「事実は分からない。けど、黒竜に聞いてみても『そうなんじゃない?』って反応だったから、たぶんそういうことだと思うよ」
「……まあ、直接そう言われたのならそれが正しいのだろうな」
ミセルは大きく息をついた。
「分かった。いや、理解しがたいのだが、話の前提は分かった。……それで結局、お前はどういう交渉をして、どういう結論になったんだ?」
「見てもらった方が早いかな」
「?」
「そろそろ起きてよ、アルマ」
直ぐには何も起きなかった。だが、徐々に、周囲の気配が変化する。空気が濃密さを増していくような、生々しい質感を帯びるような、そんな感覚。
そしてある瞬間、それは唐突に、何も無いはずの中空へと現れた。
「……ふむ。これがお前の仲間か、フィルバードよ」
黒水晶の角に漆黒の翼、そして身長よりも長い蜥蜴の尾────異形を身に纏う少女が中空に静止し、その深青の瞳で周囲を睥睨する。
それは魔法である。
それは生ける現象である。
それは何よりもあやふやな存在で、けれど確かに、存在している。
誰かがぽつりと呟いた。
「……精霊」
フィルバードは頷いた。
「紹介するよ。彼女の名はアルマ。……生まれたばかりの、竜の精霊だ」