いやこれ無理だな、とクロウが気づいたのは、割とすぐのことだった。
「むぅ……」
足元に転がっているのは、あまりにも理不尽な暴力に苦悶の絶叫をあげながら、恐怖に満ちた表情でクロウを見つめる兵士。
せっかく助かったわけだし喜べばいいのではないだろうか……とクロウ的には思うのだが、それはまあいい。考え方は人それぞれだ。
つつがなくレスキュー完了した足元の兵士に興味を無くし、周囲を見渡す。戦闘は未だ、終わる気配を見せなかった。
クロウが倒してきた跡だけは苦悶しながら這いずりもがく兵士が折り重なり、まるで邪教の苦悶像結界の如く戦闘の気配を寄せ付けなかったが、これでは駄目だ。
ものの数分もかからずにクロウは既に十数人を助けた(※クロウの認識に限る)が、逆に言えばこのやり方では、何時間もかかってようやく全員を救うことができる計算になる。
そこまで具体的に考えられたわけではないにしても、クロウにもなんとなく分かった。このやり方で全員を助けるのは無理だ。おそらくクロウが救助して回っている間に、何人も何人も死んでしまう。
それでは駄目なのだ。
別にクロウも、一人残らず助けられるなどと思ってはいない。既に死人は出ている。多少の救い漏らしはしょうがないと割り切れる。
だが救えないのが大多数となれば、それはそれで意味がない。
クロウは少しばかり頭を悩ませた。
「ふむ、どうするか……なあ、おまえはどう思う?」
足元に聞いてみると、兵士は涙と鼻水で表情をぐちゃぐちゃにしながら半狂乱で這いずり、なんとかクロウから距離を取ろうともがいているところだった。
そんなに逃げようとしなくてもいいのに……と一抹のわびしさを感じながらも、その姿を見てクロウは名案を思い浮かんだ。
そう、問題はこれと同じだ。
クロウは兵士の動きに気づけていなかった。なぜか?
答えは単純である。
視界に入っていなかったからだ。
そしていつまでも戦闘が終わらないのも同じ理由だ。ここにクロウがいることを、その意思を、誰も理解していない。だって見えていないのだから。
ではどうすればよいのか────話は単純である。
無理矢理、視界に入れてやればいいのだ。
クロウは逃げようとする兵士の首根っこに手をやり、引きずり起こした。
そしてそのまま、ひょいっと投げる。
兵士の身体は棒切れのように吹き飛んだ。そしてそのままクロウの狙い通り、ジャックとシリウスがいるあたりに落下する。
ただの人間ならそれだけで死にかねない所業だが、この戦場で兵士として戦えている時点で肉体の耐久性は常人の範疇にはない。その証拠に、落下地点からは元気で新鮮な絶叫がここまで聞こえてきた。
「うむ、このまま積み上げるか」
周囲に転がっている兵士の身体を引きずり起こし、問答無用で同じところに放り投げる。倒れている兵士を全員投げ込むと、それだけでもう、織り重なった兵士たちはそこそこの高さと体積になった。幾重にも重なる苦悶の声は共鳴し、増幅し、怨嗟の滝となって周囲へと恐怖の霧を広げる。
……だってこのまま地面に放置していると、誰かにとどめを刺されてしまう危険もあるわけだし。うむ。
自己正当化したクロウはその辺にいた新たな兵士の手足をデコピンで折り、塔に向かって文字通りにぶん投げ、その高さを増していく。
「だって、デカければ遠くからも見えるもんな」
どんどん高く、もっと高く。
積み上げよう。
この戦場の誰からも、どこからでも見えるように。
クロウは死に頻した兵士たちを救うため、再びとことこと歩き出した。
既に伝染は始まっている。
戦場の完全なる恐怖支配まで、あと十五分。
◇◇◇
「えぇ……」
誰からともなく漏れ出た絶句。
眼下の光景に対して、それ以上の声を挙げるものはいなかった。
シュラ、フィルバード、アルマ、ウル、戦場を見張る幾人かの冒険者たち……およそ十数人が見守る中、クロウは顔色ひとつ変えずに戦場を練り歩き、その度に塔が高くなっていく。
既に兵士たちの折り重なってできた塔は数mの高さに達し、戦場で最も目を引く存在となりつつあった。
「……。……うん。まあ。結果オーライかな……」
絞り出すようにそう口にしたのはフィルバードだった。
シュラの方を見るも、『いやあ大変なことが起こっていますね……』とでも言いたげな沈痛な表情で黙っている。
絶大な他人事感を醸し出すシュラの態度に追求を諦め、フィルバードは咳払いをしてアルマに話しかけた。
「で、君の要望通りに戦争が終わりそうなわけだけど……」
「……えっ、私!? 私か!? コレ、私の要望扱いなのか!?」
驚愕するアルマに、フィルバードは少し目線を逸らして言葉を続けた。
「いやまあ別にそうは言わないけど、でも君もこんな感じに戦争を終わらせたがってたわけだし……もうほとんど実質的に君が望んだ状況みたいなものっていうか……」
「違うと思うが!? もっとこう、もっと……へ、平和、的に!? ……少なくとも私は『こんな感じ』を望んでいたわけではないが!?」
そうだね、としか流石にフィルバードも答えようがなかった。
……現実を直視しよう。
もう少しなにかやりようがあるんじゃないかとか、なんでアイツ人間なのに竜より暴力的なんだよとか、言いたいことは沢山ある。
だが決して、現状は悪いものではなかった。
見るに堪えない所業が繰り広げられていることは確かだが、それはそれとして死人は出ていない。皆が公平に、平等に半殺しにされている。
そして恐怖は拡大し、伝染し、死を恐れぬ兵士すらクロウを恐れ、じきに戦いは終わるだろう。それも竜の巫女なんぞ1mmも関与していないことが誰の目にも明らかな、個人による集団への暴虐という形で。
悪くないどころか、理想形だった。……目の前の光景から目を逸らせば。
ちら、とウルの様子に目を遣る。
呆気に取られたように、けれど食い入るように戦場を見つめていた。その様子からは、先ほどまでの痛ましさは感じ取れない。だが、ぎらぎらと輝くその眼には、なにか変な目醒めの気配すら感じる。
天を仰ぐ。
……やってられない。
それがフィルバードの正直な感想だった。
自分の論理も策謀もまるで関係のないところで全てが終わっていく。
それでいいのだと思えるほど、フィルバードは大人ではない。だがそれをしぶしぶ受け入れられる程度には、フィルバードは大人だった。
爽やかな風が森林を駆け抜け、頬を撫でる。
この階層の攻略が完了したことを、フィルバードは確信した。
小さな小さな独り言を呟く。
「まあ、いいさ。……次に活かすよ」
……どう活かせばいいのかは知らんけど、と心の中でそう付け足した。
眼下では高く高く積み上げた兵士の塔の頂にひょいとクロウが飛び乗り、今まさに終戦を宣言しようとするところだった。