「……お前らの話が正しいとするとだ」
風の吹き抜ける、崖からは少し離れた木陰。
地面にあぐらをかいて座るジャックは、自分のこめかみをぐりぐりと押した。
「お前らは世界の歪みを正すための特別部隊で。この時間、この場所で黒竜が歪み……『災厄』になることが予言されていて。で、それはなんとか防ぐことができたものの、なぜか黒竜の代わりにクロウが『災厄』になったと」
「そういうことだね」
淡々としたフィルバードの返答に、ジャックはため息をついた。
「……訳がわからん」
「どの辺りが?」
「全部だ! 災厄も予言も、常識的に考えてそんなもんあるか」
「おかしなことを言わないでよ。白々しいなぁ」
「何だと?」
表情を顰めるジャックに、フィルバードは呆れたように言う。
「信じるべき常識なんて、どこにあるのかな。黒竜は不死の絶対者じゃないし、友人だったはずの相手に自分でも説明のつけられない恐怖を抱いている。僕らの説明は確かに信じられないかもしれないけど、でもそれ以上に納得のいく、信じられるものが他に見つからない。……自分でもそう分かってるでしょ」
「……っ」
痛いところだった。
何か尋常ならざる現象が起こっている────その実感は、確かにジャックにもあるのだ。『そんな与太話を信じられるか』というつい先ほどに吐いた言葉が、自分自身にも欺瞞に思えてならない。
ジャックはしぶしぶ納得した。
「……そうだな。確かに、今ここで常識を語る意味は無い」
「分かってくれて嬉しい。で、その上で相談したいんだけど……今、あなたはクロウを怖いと思っている。それは間違いないよね」
「……まあ、そうだな」
認めがたい。だが、認めざるを得ない。
頷くと、フィルバードは問いかけてきた。
「じゃあ、考えてみてほしい。……どうすれば、クロウが怖くなくなるかな」
「……?」
ジャックは首を傾げた。自分に何を求められているのかがよく分からない。
その様子を見てフィルバードは補足した。
「あ、ごめん。僕の説明不足だ。……実のところ、僕らはクロウが怖くない。あの氷の塔の中にいるクロウを見ても、全然ね」
「……そうなのか? 俺の精神力が弱いってことか?」
「いや。精神構造の違いを強い弱いで語るなんてナンセンスだ。っていうか多分、どちらかといえば構造が逆になってるんだと思うんだよね」
「逆?」
聞き返すと、フィルバードは頷いた。
「
「……クロウは『災厄』じゃなくなるってことか!」
感嘆の声をあげたジャックに、フィルバードは力強く頷いた。
「うん。そうだといいなあ、と思ってる」
「分かっ……いやおい、自信は無いのか?」
口調とは裏腹にあまりにも弱気でしかないその言葉に思わず聞き返すと、フィルバードは眼を逸らした。
「いや……その、僕にしてみても初めてだからさ。仲間が『災厄』になるのって。とりあえず試してみるしかないっていうか……この状況で自信を持って行動できるヤツは、もうそれただの蛮勇じゃない?」
「お、おう……そうかもな……?」
ため息をつくフィルバードに頷き返しながら、ジャックは考えてみた。
どうすれば恐怖心を克服できるのか?
「……」
そして数十秒考えて思った。
分かんねーよ、と。
そもそもこの数日間、動機こそ違えどまさしくその方法についてジャックは考え続けていたのである。それだけ悩んで答えの出ないものは、少なくともジャックの発想ではどう頑張ってもどうにもなるまい。
ジャックは早々に白旗を上げた。
「……悪い、考えつかない。理性の問題じゃない。身体が芯から拒絶するってのかな」
「ま、そうだよね」
「納得してくれるのか?」
あまりにもあっさりとした反応に思わず聞くと、フィルバードは首を傾げた。
「自分で言ってたでしょ、理性じゃどうしようもないって。どうしようもないことをどうにかしてくれだなんて、そんなことは言わないよ」
「……そうか」
「でも、だからこそ、こっちに意見が欲しい」
「こっち……?」
差し出された紙切れを見る。そこには箇条書きでずらっと文章が並び、表題にはこう書いてあった。
『吊り橋効果で差を付けろ! 〜ギャップを狙え〜』
「……。……?」
◇◇◇
「で、次は……何だコレ!? 『攻めのウサ耳メイド服! ねこねこダンスでキュート&パッションをアピール!』!? バカか!? クロウがコレやったからどうなるってんだよ!? つーか意味わからなさ過ぎて怖いんだよ!」
「言ったなジャック……それは私とミューの連名で出した案だぞ……!?」
「だからなんなんだ……!? 真面目にやってんのかお前、エウーリア?」
「はぁーー!? 滅茶苦茶に真面目だろうが!? いけるだろ!?」
「真面目でコレなのか……」
ジャックはため息をついた。
渡された紙切れに書いてあったのは、言わばクロウのイメージアップ作戦の数々である。
なるほど恐怖心を薄れさせるには、親しませ慣れさせるのが手っ取り早い。その発想自体は理解できるものだったのだが……。
「悪いが話にならんだろ、これじゃ。まともにいけそうなものが一つもない」
「なんだと、私たちは本当に真面目に……!」
「そういう次元の話じゃなくてだな……いやお前はこれで本当に真面目なつもりならそれはそれで生き方を考え直したほうがいいと思うが……そうじゃなくて、ここにある案のほとんどが、クロウと顔を合わせるのが前提だろ。そりゃ無理だ」
「……むぅ」
エウーリアは不満そうだったが引き下がった。普通に正論だったからだ。
ジャックはもう一度、紙切れに目を落とす。
挙げられた案はなにも、おかしな内容ばかりというわけではない。ジャックの視点からも、普通に考えれば効果的に思えるものがいくつかある。
だがそこに『顔も合わせず近寄らず』という条件を加えると、ほぼ全ての案が途端に破綻してしまう。
顔を合わせたり近づいたりすれば、クロウに対する認識を改善させるだとかそれ以前に、思考が恐怖に占領されるだろう。それはジャック自身が一番理解している。
それも込みで考えてみると、挙げられた案の中で実行可能で、かつ効果のありそうなものは皆無と言えた。
フィルバードが思案する。
「そうか。そうだよねえ……」
「否定するばかりですまないが……」
「そうして欲しいって頼んだのはこっちだ。要求通りのことをしてもらってるわけだから、気に病まないで欲しい。でも、どうしたものかな……」
「このなんだ、イメージアップって方向性以外には、何か方法は無いのか?」
「いや、あるにはあるんだけどね。王道中の王道のやり方が」
「はぁ? あるのか?」
思わずジャックは聞き返した。他に道があるのなら、そうすればよいだけだ。
だが、フィルバードは首を振る。
「できればやりたくないんだよね。僕らのモチベーションとしても、単純に戦力的な意味でも」
「……戦力? おい、まさか……」
フィルバードは頷いた。
「そもそも討ち祓うべきものだからね、『災厄』は。当然、選択肢の一つだ」
ジャックは手汗で掌が湿るのを感じた。
……それはおそらく、実行可能なことなのだろう。クロウはジャックから見れば明らかに逸脱した強者だが、おそらくそれは、目の前の少年が率いるこの一団も同じことなのだ。その強弱をジャックには測ることができない。
だが、問題はそこではなかった。
「それも選択肢に入ってるのか? 仲間なんだろ?」
「もちろん。彼は僕らの仲間だ」
「だったら、それでいいのかよ?」
「良くない。だから今、他の方法を探してる」
冷徹なまでに冷静なその声に、ジャックも強制的に思考を冷やされた。
「……そうか。そうだよな。すまない。辛いのはお前らだ」
「いや彼、付き合い浅いしそんなでも……あ、いや。一緒に過ごした時間の長さとかそんなもの、友情には関係ないよね。だって仲間だし」
「お前……」
滑らせた口を強引に言い繕うフィルバードにジャックが呆れ返ると同時、間隙を縫うように声が上がった。
「少し、いいか?」
ずっと話を聞きながら黙っていたシュラだ。
「もちろん。意見ならどんどん言ってよ」
「案というか……もはやただの他人頼りになるんだが」
「問題を解決できそうならなんでもいいよ」
「……そうだな」
シュラはジャックを見て、次に視線を別の人物と……ちんまりした三角座りで話を聞いていた桃色の髪の少女へと目をやった。気づいた少女……ユーフェミアが反応する。
「……え、私? なんか用です?」
「ああ、君への依頼だ。……ジャックを治すことはできないのか?」
「……へ?」
「俺の見立てでは、ジャックはあの赫い魔力によって精神汚染を受けている。俺がそれを解析しようとしてもかなりの時間がかかる。だが君なら、理屈はともかくとして魔法で浄化……治療できるんじゃないのか?」
反応は無く、沈黙が続いた。
シュラはその空気に気付き、慌てて口を開く。
「いや、すまない。無理なことを言ったとしたら聞き流して欲しい。だが、前に俺やフィルバードの吸血鬼症を治してくれたことを思い出して……」
「……できるかも」
シュラの言葉を遮り、ユーフェミアがぽつりと口を開いた。
独り言のように呟く。
「いえ、たぶん、できます。なんで気づかなかったんだろう……そういう風に認識していいなら、私、できます。……やれます」
そう言い切ったユーフェミアに視線が集まる。
次いで、その視線は一方向に向かった。
視線の先にいた男────ジャックは困惑した。
「……え? 何されるの、俺?」