「さて、これでたぶん、いくつかの方法については望みが無くなったわけだけど……どうしようか」
冒険者たちはクロウを除き、全員が顔を揃えていた。
各々が適当に地面や石に座るなかフィルバードが口火を切ると、それに真っ先に答えたのは、不満そうな表情で腕組みをした女騎士だった。
「そもそも私は、クロウは災厄ではないと考えているがな」
「そろそろ諦めてよ、ミセル……」
途方に暮れるフィルバードの傍ら、シュラがこそこそとミューに話しかける。
「そういえばずっと、彼女を見てなかった気がするが……」
「ミセルさんは『何かの間違いだ』と言って、この一週間、ずっと次の階層への扉を探し回っていたんです……」
「な、なるほど……」
愚直なまでの猪突ぶりである。
……だが。シュラは少し考えて口を開いた。
「……ちょっといいか。ミセルとしても何か根拠があって行動していたわけだよな? できればそれを俺にも教えてほしい」
シュラがそう聞くと、ミセルは憤懣やるかたなしという雰囲気で言った。
「言うまでもなく、クロウはそもそも、災厄となるべき条件を満たしていない」
「……条件?」
「二つある」
ミセルは指を2本立てた。
「一つ目。『災厄と呼び称されるほどの畏れを集めている』……これはまあ、いい。その時のクロウは、この階層のものたちからそれほどに畏れられていたのだろう。私は実際にその場面を見てはいないが、ありえない話ではない」
ミセルはそこで一度息を吐き、話を進めた。
「だがもう一つ、『もともとその階層に存在していたものであること』。これは明確に違うはずだ。ならば、クロウが災厄だという判断自体がなにかの間違いだと考えるのがスジだ」
自信満々のミセルに対して、フィルバードがため息をつく。
「……ただの経験則だよね。これまでに攻略した階層の数は100に満たない。たったそれだけの回数で、『これまでに一度も起こらなかったことだからこれからも起こるはずもない』って判断するのは無理がない?」
「これまでに起こったことのないことが起きている。あるいは、いつもと同じ現象が起こっているが、何かの理由で違う見え方をしている。この二つなら、私は後者の方が納得できる」
「その考え方自体には僕も賛成できるんだけど、そうだと仮定しても解決策に発展性が無いっていうか……これからどうするの?」
そう問い返されると、ミセルは微妙に顔をしかめた。
「……もちろん、どこかにあるはずの扉を探し出す」
「何をやってもダメなら、最終手段はそれだと思うよ。でも、これまで一週間使って探して駄目だったんだから、いったんはそれは横に置いといて、別の方向にリソースを割くべきだと思う」
「くっ……!」
ミセルは不満そうだったが、実際に階層の中を駆けずり回った末に何も見つからなかったという事実は大きかった。渋々と意見を引っ込める。
そのやりとりを聞き、ぽつりとミューが呟いた。
「でも、ミセルさんの言うとおり、クロウさんが実は『災厄』じゃないというのは、実際にありそうな話だとも思うのですが……」
「……そうなの?」
拍子抜けたようなフィルバードに、ミューはこくりと頷いた。
「なんというか、今のクロウさん……普段と何も変わらないので」
「そりゃ、外見上の違いなんて……」
「精神面でも、です。……私、『災厄』を目にしたのはまだ2回ですけど……でも、『災厄』って怒りに呑まれるとか、とりあえず凶暴化するとか、そういう傾向がありませんか? クロウさん、全然そんな感じがなくて」
フィルバードたちは顔を見合わせた。
確かにその視点では、クロウは冒険者たちのよく知る『災厄』の姿とかけ離れていた。憤怒に全てを破壊しようとするでもなく、錯乱して魔力を暴走させるでもなく、いまもただただ、作り直された氷の塔の中でダラダラしている。
エウーリアがとりあえず思いつきを口にした。
「アイツが頭抜けて図太いだけじゃないか?」
「……。……ぜ、全然否定できない……っ!」
あまりにも端的な意見だったが、ミューは反論を持たなかった。クロウが頭抜けて図太いことだけは間違いなく確かだったからだ。
だが、そこでシュラが口を挟む。
「俺も少し、気になっている部分がある────」
……そこで問いかけられた疑問は、はっきりとした答えを返せるようなものではなかった。
だが、シュラは頷く。
「参考になった。……俺は俺でやり方を考える」
「何か勝算があるならそれに賭けても……」
「いや、いい。別に今、はっきりとした方策を出せるわけじゃないんだ。……お前には優先順位の高い策があるんだろう?」
「……そうだね」
フィルバードは咳払いをし、改めて仲間たちに向かい合った。
「それじゃ、話し合おうか。『災厄』を────クロウを、殺す方法について」
◇◇◇
「クロウさんを殺す方法、ですか」
空気が冷たく張り詰める。
ミューという少女は普段は明るい笑顔を見せている。だからこそ、こうも冷えた表情をされると恐ろしい。
フィルバードは慎重に言葉を紡いだ。
「激昂されると思ったけど、冷静だね」
「フィルバードさんの人格とやり口は、なんとなくですが理解できています。頑なな相手には、ひとまず動揺させてからつけ込む。そうでしょう?」
「……まあ。そういうところはあるかな」
「そういうのは結構です。私は反応を切断することができますし、それに私たちは仲間です。……いいですから早く、腹案を教えてください。あるんでしょう?」
────あ、この女。
これ以上怒らせたらマズい。
本能でそう悟ったフィルバードは、駆け引きをかなぐり捨てた。
「もちろん。僕の提示する方法はシンプルだ。クロウを殺し、『災厄』を終わらせ、そのあとで甦らせる。……それだけだ。本当にそれだけの計画だよ」
「どうやってですか?」
「ユーフェミアがいる。生命魔法のスペシャリストだ」
「分かりました。それで、蘇生に伴うリスクは?」
フィルバードは僅かに逡巡したが、包み隠さずに話した。
「二つある。一つ目は、確率だ。死体の損壊状態や時間の経過によって蘇生の確率は下がる。絶対確実に蘇生が成功するとは、言い切ることができない」
「もう一つは?」
「時間だ。彼が死亡してから直ぐに、『災厄』の討伐が成功したという確信を持つことができればいい。けど、そうはいかない可能性もある……つまり、まだ『災厄』として討伐されていないのに、復活させてしまう場合だ。これが本当に起こると収拾がつかなくなるから、クロウを復活させるまでには判断のタイムラグができる。つまり必然的に、蘇生できないリスクが上がる」
「つまり……どうあがいても、クロウさんが死んでしまう可能性が付き纏うということですね?」
「そうだ。もちろん、その可能性は決して高く無い……と、そう思っているけどね」
フィルバードが頷くと、ミューは僅かに雰囲気を和らげた。
ため息をついて話し出す。
「お話は分かりました。確かに、『災厄』を倒してクロウさんを助けるには最良の方法だと思います。リスクをゼロにはできなくとも、ゼロに近づける努力はするということですよね」
「なら……」
「────ですが、私は反対です」
柔らかく微笑みながらそう言いきったミューに、フィルバードは動揺せず、静かに聞き直した。
「……そっか。なんで?」
「そもそもリスクを取る必要がありません」
ミューはにこやかに言った。
「先ほども言ったように、クロウさんの肉体も精神も、『災厄』になったことで影響を受けた様子はありません。つまり、そもそも脅威ではないわけですよね? 少なくとも現時点で。そして幸いなことにこの階層は広く、資源も豊富です。時間を稼ぐことは決して、難しくありません……
「……おいおいおい。ちょっと待て、ミュー?」
頭を抱えたエウーリアが話に割って入った。
「お前、まさか……」
「ええ、そうです────ここに、理想郷を作ります」
ミューは明らかに表情筋かなにかの回路を切った無表情で、しかし声とその瞳には隠しきれない興奮をダダ漏れさせながら宣言する。
「待っていましたよ私は……こういうシチュエーションを……ッ!」
ドン引きする周囲に構わず、ミューは無駄にキラキラとした瞳で鼻息荒く話した。
「……ええ、ええ。ご心配は一切無用です。この場所こそが冒険の終着点、安寧の園、終の庵……ッ! こうなればクロウさんだけではありません、もちろん皆様も……私の持てる全能力を駆使して、永遠に幸福にお世話して差し上げましょう────ッ!」
のちに、エウーリアは証言する。
あのときのミューの瞳は、極めてピュアでどこまでも個人的な欲望に満ち溢れ────暗黒星の如く濁り輝いていた、と。