僅か十数秒で周囲全て切り刻まれ、地形すらも変わっていく。
その原因は幾重にも重なる音越えの剣閃。
数百mにも及ぶ長射程のそれは魔力消費に見合わない凄まじい威力を発揮し、全てを両断する。
────実のところ、ミセルがこの技をこうも連発しなければならない状況に遭遇したのは、初めてのことだった。
はっきりと言ってしまえば、この技の特性を最大限に活かす使い方は、こちらを認識していない敵を不意に斬撃する暗殺である。
対象を斬り伏せるまで音も姿も発生せず、しかもその攻撃速度からして魔力の展開に気づかれる可能性もほぼ無い。
相手が何も気づかないうちに一方的に超威力の斬撃を浴びせ、最強の初見殺しを押し付ける。そういう技だ。
正面から敵に向き合い、それなのに斬り伏せることができない────という、そもそも想定すらしていない状況。ミセルはまだ、この技が抱える構造的な欠陥に気づいていない。
既に数十もの斬撃を放ち、しかし手応えはない。再び斬撃を放つそのさなか、ミセルの耳に声が聞こえる。
「なあ、ミセル」
反射的にその声のもとへと剣を振るうが、その斬撃が相手を捉えることはない。
クロウはひょいと雑に斬撃を避け、続いて後方から鳴り響く爆音に微妙に嫌そうな顔をしながら言った。
「すごいな、そのなんか……技? でも……おれには効かないんじゃないか、それ」
「……ッ」
ミセルはもう一閃、斬撃を放った。
だが、簡単に避けられてしまう。
クロウは訥々と語った。
「たしかに遠くから斬ることができるのは強いと思う。でも結局は、ミセルが攻撃しているわけだからな……。だったら、おれに当たることはないと思うが」
「……この、バケモノ、がッ!」
続けて斬撃を放つが、やはりそれらが当たることもない。
完全に見切られている。
ミセルは自分の呼吸が知らず知らずのうちに早くなっていることを自覚し、大きく深呼吸をした。
…… 思考をまとめる。ここに至り、ミセルはこの技の欠陥を理解した。否、理解させられた。
クロウに問いかける。
「……問題は射程や威力ではない、か」
「たぶんそうだな」
ミセルは大きく息を吐いた。
自覚もしていなかった弱点に歪みそうになる表情を抑え、何とか平静を保つ。
遠距離を斬ることができる。斬撃の威力が上がる。どちらも剣という武器において反則的なメリットには違いない。
だがそれらは全て、クロウには通用しない。
何故か?
答えは簡単だ。
相手は
クロウからしてみればミセルの『魔術』は見た目が派手なだけで、避ける労力は先ほどと大して変わらないのだ。
斬撃の速度が跳ね上がるとは言っても、それはクロウから遥か後方、魔力刃の先端の話。ミセルの動きが疾くなったわけではない以上、避けるタイミングは変わらない。
であればミセルの斬撃の延長線上を避ければよいだけで、そもそも当たらないのであれば威力の増加も関係ない。
「……」
ミセルは溜息をついた。
────無論、こんなものは暴論だ。
斬撃が伸びる以上、対剣士において最も安牌となる退避先の『後方』が安全地帯ではなくなる。であればそれだけ選択肢は少なくなり、斬撃の回避は不可能となる。
それがミセルの認識だったが、しかし現実はどうだ。
思い返せば、そもそもクロウはミセルとの戦闘開始時こそ後方に回避する動きを見せていたものの、今ではミセルの動きを見切り、その場だけで回避を繰り返し続けているのだ。
一歩も後方へと下がらずに斬撃を避けることができる相手に対して、伸びる斬撃など何の役にも立たない。
チャンスがあったとすれば、おそらくは最初の一太刀だけ。それを勘で避けられ仕組みを見破られた以上、このままクロウを斬り伏せる望みはない。
……自分から後方へと下がる。
その選択肢がちらと脳裏をよぎった。
だが、やや迷って否定した。
それは剣士としての矜持だとか誇りだとか、そういった理由では……ないこともないが、しかしより実際的な理由だ。
自分からクロウとの距離を取り、遠距離斬撃に徹する。
確かに論理のうえではより一撃の威力と速度が上がり、また付随する衝撃波や音によりクロウを撹乱することもできる。
だが実際のところ、遠距離を正確に斬るという行為は不可能に近い。点にしか見えない相手をどう狙えというのだ、という話である。はっきり言えばそれはもはや、剣術ではない。米粒に筆で絵を描こうとするといった、ほとんど曲芸の類だ。
故にミセルがこの技を実際に使ってきたのは、狙わずとも当てることのできる巨大な魔物を相手にする場合がほとんど。
等身大の敵にこの技を使うのならば、まず遠距離から斬撃を飛ばして衝撃波で相手の動きを制限し、その間に距離を詰めて中距離で斬り伏せればよい。
遠距離から斬撃に微調整が効かないことは確かに弱点ではあるものの、普通は問題にならない。距離を詰めてもミセルが斬れない相手など、そもそも想定していないのだ。
これまで、いかに巨大な魔獣であろうともこの斬撃のもとに斬り伏せてきた。その天敵が、こんなに小さな少年になるとは────そんなミセルの思いを知ってか知らずか、クロウは存外に穏やかな口調で問いかけてきた。
「どうする? このまま続けてもいいが、でもな……」
ちょっと言いづらそうにしているクロウに対して、ミセルは長く息を吐き、犬歯を剥き出して応えた。
「────何を言っている? 続行だ」
「……む」
微妙な表情をする少年に、ミセルは剣を突き付ける。
「忘れたのか。私は貴様を殺しにきたんだ。お前に選択権があると思っているのか?」
「なるほどな……」
不意打ちで放った斬撃を、しかしクロウは難なく避けた。そのままミセルは斬撃を続け、しかし掠る気配すら無い。
ミセルはクロウの眼を見た。そこに浮かぶのは僅かな退屈だ。
目の前の少年にとって、これはもはや戦いではない。噛み付いてくる相手を攻撃もせずひたすら避け続ける、そんな
おそらくは内心、呆れているのだろう。通用しないと分かりきっているのに攻撃を続けるミセルに対して、やれやれとばかりにあの腹の立つ動作で肩を竦めたいに違いない。
仲間たちからもきっと、今の自分は暴走しているように見えるだろう。勝ちの目は絶たれ、それでも半狂乱で攻撃を繰り返す。剣聖という名には相応しくない無様な姿だ。
だが構わない。それでいい。
無駄であるからこそ、それが布石となる。
ミセルは外見だけは逆上しているように見せながら、その内側には冷静さを保っていた。
自分の手札はもう晒した。
『魔術』以上の切り札は無い。
だが────勝ち目は、ある。