「どうなってんだ……」
上空のスクリーンを眺めながら呆然と呟くのはザクスだ。ミセルの実力を誰よりもよく知っている。
だからこそ、その本気の攻撃すらもクロウに通用しないという現実を受け入れられない。
「……想定以上だね」
そう呟くのはフィルバードだったが、しかし平静を装ったその声からも動揺は隠せない。
「お前ら、そんな感想を言っている場合か? 要するに作戦失敗なんだろこれは!?」
そう言ったのはジャックだ。
戦いが始まった当初から驚きっぱなしであり、今さら動揺が更新されることもないのだ。
その声にハッとしたフィルバードが答えた。
「いや、まだ分からない」
「……そうなのか? だがあれは……ヤケクソだろ?」
そう懐疑するジャック。
確かにスクリーンへと映し出されるミセルの姿には、その表現が相応しく見える。もはやなりふり構わず、ただひたすらに広域斬撃を連打するその姿は、数打ちゃ当たるを体現しようとしているとしか思えない。
だが、フィルバードは首を振った。
「そう見えるけど……でも、それだけじゃないはずだ」
「何を根拠にだ」
「根拠は無いけど。まあ……信頼ってやつだよ」
「信頼ィ……?」
……お前が? 誰に? という表情のジャックに対し、フィルバードは飄々と言った。
「僕もミセルとは意見の合わないことがあったりするけどね。でも、こと一点、戦闘に関してだけは、僕は誰よりも彼女を信頼している」
フィルバードはミセルに視線を向けた。そこに滲むのは、己の仲間が────『英雄』が破れることはあり得ないという、ほとんど信仰じみた感情。だがきっと、フィルバード自身にすら、その想いは理解できていなかった。
「だって彼女は、僕らの『最強』だからね」
◇◇◇
「まだやるのか?」
「まだ、だ────ッ!」
「そうか」
間断ない連撃。
だがそれを避けるクロウは疲れの様子すら見せない。
斬撃を放つミセルと斬撃に対応して動き続けなければならないクロウ。その疲労度は普通に考えればクロウの方が大きいが、しかし現実にはその兆しすら無い。
元来の体力もさることながら、ミセルの危惧していたことが現実となっているのだ。ミセルの斬撃を避ければ避けるほどその動きは洗練されていき、無駄が少なくなっていく。
動きから無駄がなくなればその分だけ疲労も無くなる。魔力消費が少ないとはいえ、0ではない。間断なく斬撃を撃ち続けるミセルの方が、おそらくは先に魔力面での限界が来るだろう。
勝負の時は迫っていた。
ミセルの仕掛けはたったの一つ。それもたったの一度しか通じる見込みのないやり方だ。
故にミセルは布石を怠らなかった。呆れられようと侮られようとひたすらに斬撃を放ちつづけ、クロウの意識を斬撃を避けることだけに集中させる。
いつしかその攻防は、ある種のリズムを取るようになっていた。ミセルが最速で斬撃を放ち続ける限り、自然とある一定のリズムに収斂することになるのだ。
時たま敢えて間を外すように斬撃を放つが、しかしそれは難なく避けられる。単なる反射神経で斬撃を避けることができるクロウにとっては、遅いタイミングでの攻撃などカモでしかない。
故に狙うべきは、さらなる高速斬撃。クロウが想定すらしていない、最速を超えた一撃こそが活路となる。
だが、既にミセルの動きは自身に実現可能な最速を叩き出している。最高速度を見切られているからこそ、クロウは余裕すら持ってそれを避けることができるのだ。
では────どうするか。
ミセルは賭けるしかなかった。
クロウが気付かないことに。
ミセルの『魔術』の性質にクロウが気付かないことに、賭けるほかない。
タイミングは一瞬。
ミセルは遂に、仕込み続けた攻撃を繰り出した。
クロウが避けた隙に斬撃を叩き込む。
凄まじい射程を誇る魔力の刃は、しかし目の前にいる少年だけは捉えられない。隙のように見えた少年の動きは、実際には十分に攻撃を避けられるだけの猶予を持っていた
だが。そんなことは理解している。
避けられることは想定済。
重要なのは────この次。
クロウは斬撃を避けた直後、何か凄まじい違和感を感じ取った。それはうなじが逆立つような、生死に直結するちりちりとした違和感。
だがその違和感が言語化される前に、ミセルの暗剣が牙を剥いた。
それはこれまでにクロウが対応してきたリズムを完全に逸脱して唐突に出現した、あり得るはずのない斬撃。
その一撃はクロウの時間を縫い止めた。
いかにクロウであろうと対応できない、本当の隙を突く。
喉元に迫るそれを目の前にして、クロウは対応することができない。思わず呟いた。
「……ちょっとズルくないか、それは」
────喉元に迫るは魔力刃ではなく、鋼の刃。
クロウは知らなかった。想像できなかった。
目の前でただひたすらに、無為な愚行の如く繰り返された斬撃。それにより気づかぬうち、認識を刷り込まれていたのだ。
『必ずしも魔力刃に、剣は必要ではない』
その事実に気付けないように。
先ほどの魔力刃に目をやる。それは剣から伸びていたのではなく、
クロウは悟った────嵌められた。
囮の魔力刃と、本命の鋼剣。二刀によりたったの一度だけ成立する、最速を凌駕する斬撃。
それは完璧な軌跡を描いてクロウに迫る。
もはやクロウにできることは何もない。
鈍く揺らめく鋼の輝きが、災厄の首を断ち切った。
断ち切ったと。
確かに、それを見る誰もがそう思った。
────だが。
「……すまない、ミセル」
肩を抑えるミセルに、クロウが話しかけた。
「ミセルが弱いわけじゃ、ないと思う。おまえは強いし、すごい。……でも、薄々とわかってはいたんだが」
訥々と話すその声には、どこか後ろめたさのような感情が滲んでいた。……自分のせいで正当な勝負をぶち壊しにしてしまったと、そう言わんばかりの。
普段のミセルであれば、それを傲慢と捉え、憤慨したことだろう。……しかし今この場では、そんな感情は露とも湧かない。
今、目の前にいる相手を傲慢と呼ぶべきではない。何故ならば目の前にいるこの少年は、
「やっぱり、ミセルがおれを殺すのは無理だと思う」
「何、を……した?」
「なにも」
思わず問いかけたミセルだったが、クロウの返答を聞かずとも理解していた。……そう、真実、クロウは何もしていない。
たった一つ、事実が顕在化しただけだ。
無防備なクロウの首元に完璧な一撃を繰り出したところで、ミセルの斬撃ではその皮膚すら斬ることができない────そのどうしようもない理不尽が、浮き彫りになっただけのことなのだから。
ミセルは唐突に思い出した。
確か作戦会議のとき。
────いえ別に、そんなことはないと思うのですけれども。クロウさんが相手なら、勝ち筋はいくつもあるはずです。
あれはそうだ、ミューだ。
ミューが言っていた。
────あれで結構、苦戦しているはずです。本当に強い相手には決定打がなくて泥試合になりがちですし、戦いの最中に気絶させられたこともありましたし。
そこで誰かが、問いかけた。
────え、負傷ですか? これまでの戦いでクロウさんがどんな傷を負ったのか、具体的に? うーん、そうですねぇ。んん〜〜……。……。……あれっ?
少女は何かひどく不合理なことを思い出したかのようにこめかみを抑えながら、小さな声で、だが確かに呟いたのだ。
────
目の前で災厄が口を開いた。
「次は、どうする?」