「次は、どうする?」
遠巻きに戦いを見つめるほかないものたちがいた。
ヒトや亜人の兵士たちだ。
その全員の耳に、『災厄』の声は余さず届いた。
その問いへと答えるものはいない。勇気が足りないわけでも、胆力が足りないわけでもない。しかし彼らはただただ圧倒的に、この戦いの舞台へと上がるための能力が不足している。
『災厄』と、女剣士。
正体不明の暴威二人。判明していることは、どちらも隔絶した戦力を持つこと、それだけ。
状況など誰一人も把握していない。
だが、うずくまる女剣士へと向ける想いは一致している。
『立て』。
無言の期待が集中する。
理解不明の異能を見せるこの女剣士ですら、『災厄』には敵わなかった。全力の刃を振るい、なおも皮一枚斬れないのなら、勝ち目がないことなど分かりきっている。
だが、それでも期待した。
それは祈りである。
己が弱者であると理解するものたちは、一心に祈る。
『どうか、どうか、諦めないでくれ』と。
お前しかいない。
他の誰も立ち向かえない。
脅威を、畏ろしいものを、どうか討ち果たしてくれ。
縋り付くような無数の視線の中────剣聖は、立った。
◇◇◇
卑怯な手を使う。
自分の力では討ち果たせない相手を、他人の力を頼って叩く。
相手が巨大で凶悪な化け物ならばそれもよかろう。だが相手はその辺にいそうな少年で、困ったことに自分自身もそう認識してしまっている。だからこそ、不甲斐なさがじりじりと身を焦がす。
だが、道化なれど、舞台では本気で踊ることこそが礼儀。
ゆえに、その瞳を微かにすらも揺るがすことなく、ミセルはクロウに正面から対峙する。
「……決まっているだろう」
砕けた肩に、緑色の魔力の光が灯った。
癒えた手に再び剣を携えながら、ミセルは口を開く。
「お前を殺す。そのため私は、ここにいる」
同時────遥か頭上に浮かび上がる、七色の魔力光。
揺らめく巨大な魔力の渦の下で、刃を頭上に掲げる。
もはや剣聖ではなく、冒険者として。
ミセルは静かな声で宣言した。
「────総力戦だ」
◇◇◇
意思が渦巻く、不気味なまでの沈黙と熱気。
目は戦場を捉え、舌は詠唱を唱え、魔力が踊る。
冒険者たちは、己の持てる最大の集中力で戦場に対峙していた。
「……あれは、ミセルさんではなく」
「もちろん、僕らだ。まあ、僕は何もしてないけど」
崖下に向ける視線。
その先に咲き乱れるは、極彩色の魔力光。
一発一発が生半可な災厄を滅するだけの威力を持つ極級魔法。
秒と開けずにそれらが凄まじい密度で着弾し続け、魔力の干渉により着弾点には虹の燐光が煌めく。
炎、光、毒、冷気、雷、真空────およそヒトにとって致命傷となりうる全てが、ただ一人を標的として乱舞していた。
その殺意と脅威の密度は、戦場から十分な距離を保ち、魔法が直接は届かないこの場所に位置するウルにすら、空間が歪み、五感が狂っていくような錯覚をもたらす。
フィルバードが淡々と話した。
「魔法のメリットは、基本的には長距離から広範囲を一掃できることだからね。そもそも、のこのこと彼の前に姿を表す必要なんてないんだよ。この場所からで十分だ」
そう言いながら、フィルバードはウルの横に腰を下ろした。どこか軽い言葉で説明を続ける。
「ま、心配しなくても大丈夫だよ。最初からこういう状況は想定していたし、準備もしていた。ある意味予定通りだよ、予定通り。何も問題ない。じき片が付く」
「あの、戦闘の指揮を取らなくていいのですか?」
「彼らはプロだ。戦闘そのものについて僕が口を出せることなんて無いよ。参加しないで見てるだけなのは、まあほら、僕って一応、団長だから。特権だね」
その様子を見たアルマが、フンと鼻を鳴らした。
「口数が多いな、フィルバード」
「……いつもこんなもんでしょ」
「ふむ? 貴様、本当に何の意味もない無駄口を自分から叩くことは案外と少ない気がするが」
「ただの気分だよ」
「そうか。ならば聞かせてほしいのだが……ミセルが負けて、どういう気分なのだ?」
アルマがそう問いかけると、フィルバードは半眼でアルマを睨んだ。
「……君さあ、性格悪くない?」
「そうか? そうかもしれないが、なにしろ私は、まだお子様なのだ。他人から影響を受けやすいお年頃だ。私に散々説教してきた誰かの性格が移ったのかもしれない」
アルマが取り澄ましてそう言うと、フィルバードは眉をひそめた。
「僕、そんなに君をいじめたっけ?」
「そのつもりでなかったのかもしれないが、しかしそれはそれとして貴様との会話で随分と抉られたぞ、私は」
「必要だったからね」
フィルバードの返答にアルマは頷いた。
「それは否定しない。……すまない。確かにさっきのは、意地の悪い質問だったな。答える必要のある問いではない」
「……答えるよ。別に大したことじゃない」
フィルバードは戦場を見つめながら淡々と話した。
「そうだね……ショックだよ。混乱してる。正直」
その表情からは、戸惑いが拭いきれていない。
それはこの少年にしては珍しく、一つも虚飾のない本音だった。
「僕がミセルの強さを信じてるのは本当だし、彼女が最強だっていう信頼は揺るがない。だからなんだろ、これ……凄い納得いかないっていうか……相手が悪すぎるっていうか……なんなの、彼? ホントに。なんかもう……ジャンルが違わない? そもそも対人戦闘の括りで考えるのが間違ってるみたいな……」
だんだんと自分で話しながら腑に落ちてきたのだろうか。
フィルバードは頷く。
「うん。……いや、なんとなく分かってきた。僕は今、不条理に憤っているわけだ」
「何を他人事のような」
呆れるアルマに、フィルバードは嘯く。
「他人事だよ。判断にはただの邪魔だからね。意識しないようにしてる。……あーでも、駄目だ。なんかだんだん腹が立ってきた。敵にするもんじゃないね、ああいう理不尽な相手は」
「別に敵ではなかろう。殺さなければならないだけで」
アルマがそう言うと、フィルバードは頷く。
「実際、それが救いだ。彼が敵で、本気で抵抗して、それを殺さなければならない、なんて状況は想像したくもない。こっちの被害がどうこうって話じゃなくて、そもそも……。……っ?」
そう言いかけて、フィルバードは目を見開いた。
ようやくはっきりと頭が回転し始めたのか、魔力の燐光に歪む極彩色の戦場へと、真剣な視線を向ける。
「……。いや、流石に。それは想定すらしてないんだけど……」
「何をだ?」
「僕ら全員に対して、彼は一人だ。勝てるとか勝てないとかそれ以前だ。勝負にすらなってない。普通に考えて……だって、
「そう……では、ないのか?」
フィルバードは返答しない。
ぽつりと、独り言のように疑問を口にした。
それはあまりに端的で、根本的な疑問。
「……冷静になって考えてみると、こんな理不尽な奴が、人間なら確実に死ぬ程度でしかない状況で死ぬのかな……」