得意技は殴打、必殺技も殴打   作:アッパーカット

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第9話

 

 

 

 

「おうクロウ。どうだった……誰だその子」

「ああ親方。こいつは……」

 

 クロウはそこで一旦言葉を切り、手を引く少女を見た。

 

「うむ。なんかよくわからんが湖で見つけたんでな。連れてきたんだ」

「……そうか」

 

 親方はクロウの言葉を精査しかけて、どうせ無意味だとすぐに理解を放棄した。席につくクロウに注文を取る。

 

「で? 何を食う?」

「おれはいい。えーと……」

 

 目を向けたクロウに少女は答える。

 

「ミュールリーハ。ミューで大丈夫です」

「そうだったな。ミューは何かを食べるか?」

「いえ、私は食事をとらないので」

「そうか」

 

 本人がそう言うからにはそうなのだろう。クロウが場所だけ貸してくれと言うと、親方は呆れながらのしのしと厨房の方へと引っ込む。

 人心地ついたクロウはぼやっとした眼をミューに向け、聞きたいことがあったことを思い出し、ストレートに口にした。

 

「そういえば、結局ミューはなんなんだ?」

「道中何度か説明したんですが……。私はあれです、平たく言えばロボですロボ。或いはアンドロイドとか……だいたいそんな感じです」

 

 ミューは雑多な店内が物珍しいのか、きょろきょろとあたりを見回しながらそう答えた。クロウは頷く。

 

「要するにミューは人間じゃないのか」

「そうですね。厳密には生物ですけど人間ではないです。例えば……」

 

 ミューは細かな刺繍の施された長手袋を取り、右手をクロウに差し出す。

 改めて見ればそれは華奢な腕だった。細く、小枝のように頼りなく見える。真っ白く、仕事もしたことがなさそうなすべすべとした肌をしていた。

 クロウは差し出されたそれをまじまじと見つめ、握った。

 

「ミューの手は冷たいな」

「低活動状態なので。……とりあえずクロウさん。そのまま握っておいてくださいね?」

「……?」

「えいっ」

「……っ!?」

 

 可愛らしい掛け声とともに、きゅぽん、とそんな歯切れの良い音を立てて、ミューの手首から先が抜けた。クロウは眼を丸くする。

 

「そんな……」

「おわかりいただけましたか? 私の身体は極めて生体的に設計されていながらも同時にロボ的ロマンを追求した……」

「手首をひっこぬいて血が噴き出なかったのは初めてだ」

「そうでしょうそうでしょう。つまりそれこそが……。……人の手首を引っこ抜くのこれが初めてじゃないんですか!?」

 

 慄くミューにクロウは首を振る。

 

「ミューは何を言っているんだ。魔物はともかく人の手首を引っこ抜いたことなんて……」

「あ、これは早とちりを。魔物……そう、魔物ですよね……」

「……なかった、ような……? 気が、する?」

「自信無いのですか……!?」

 

 あ、この人ヤバいかもしれない。

 ミューは今更ながらにそんなことを思いながらクロウに説明する。

 

「と、ともかくですね。これで私が人間じゃないことはわかってもらえましたか? ほら、人間の手首は引っこ抜いたら血が出ますから。血が出ない私は人間じゃないです。……いいですか? 理解してますか?」

「うむ。とてもわかりやすい説明だ。ミューは説明が上手だな」

「ど、どうも……」

 

 おかしい。わかりやすい説明と褒められているのに不安感が拭えない。

 ミューはとりあえずクロウから右手を受け取って手首に嵌め直し、クロウに向き直った。感心したように頷いたクロウは、もう一つ質問を重ねる。

 

「ところでミューは、なんであんなところにいたんだ」

「実のところ、私にもよくわからないといいますか……封印されていたということはつまり、危険とみなされていた、ということではありませんか? けれど私は見ての通り、ただの可愛いメイドです」

「メイド?」

「はい。あえて明言しますが私ほどに可憐かつ淑やかなメイドは存在しません。そしてだからこそ、封印される理由がわからないのですよ。だってこの上なく無害ですからね。いったい誰が何を考えていたのでしょうか」

 

 ねえ? とばかりにミューがクロウに同意を求めてくる。

 クロウはメイドなるものがそもそも何であるのかよく分からなかったが、とりあえず頷いておいた。

 

「うむ。おそらく、何者かが何も考えていなかったんだろうな。ミューはなにも憶えてないのか?」

「いえその、最低限の機能維持のための魔力を捻出するためだと思うのですが……プリインストールの機能を除いて私の魔核に刻まれた記録の90%ほどが破損しているようなのですよ。……ぶっちゃけて言いますと、封印前のことがまるで記憶に残っていないといいますか」

 

 クロウが頷く。

 

「ふむ。こわれてるのか」

「いえいえそんなことはありません。確かに脳内でなんか意味わかんないアラームとかエラーとか警告とか出まくってますけど、ひとまず無視すれば問題ないのでOKだと思います。たぶん魔力とかいい感じに補給できれば、そのうち自然になくなるんじゃないでしょうか」

「そうか。なんだか知らないが大変そうだな」

 

 『じゃ、頑張って』とばかりに他人事感を満載したクロウの返答に、ミューはここぞとばかり、身を乗り出した。

 

「ええ、大変なのです。このままだと魔力切れを起こしてしまいます。……それでクロウさん。ものは相談なのですが」

「なんだ」

「私のご主人様(マスター)になりませんか?」

「んん?」

 

 疑問符を浮かべるクロウに、ミューは説明する。

 

「クロウさんの干渉で封印が解けたということはおそらく、クロウさんなら私のマスター権限を取得できるということだと思うのですよ。……いえ、正直なところを言えば本当にクロウさんで大丈夫か若干の不安が出てきましたが、しかし私の魔力残量的にも迷っていられません。契約しましょう」

「おれがそれになると、ミューには何かいいことがあるのか?」

 

 問いかけると、ミューは眼を輝かせた。

 

「それはもう! ご主人様のいないメイドをメイドと呼べますか? いいえ、呼べません……ご主人様の存在と合わさって初めてメイドはメイドたり得るのです。 ……もちろん、クロウさんにもメリットがありますよ?」

「ほう。たとえば」

「もちろん、この私が四六時中お側に仕えることです。衣食住、全ての面においてクロウさんを支えることを約束しましょう。健やかなる時も病める時も、おはようからおやすみまで、いやいやお休みの最中も一瞬の隙間もなくパーフェクトにお世話いたします」

「……」

 

 想像してみる。

 邪魔そうだな、とクロウは思った。

 が、とりあえず聞いてみる。

 

「ふむ。おれは迷宮に行きたいんだが……ミューは戦えるのか?」

「戦えるのか……ですか? ……フフフ、舐めていただいては困ります。私は超汎用型全環境対応メイド。魔力と戦闘用換装パーツさえあればできないことなどありません」

「ほう」

「ですがまあ、すぐには無理ですけど。魔力はともかく換装パーツはありませんし。あ、でもでもメイド服のフォルムチェンジならすぐにでも100以上可能ですよ? 戦うメイドを否定はしませんけれどもやはりそれはどちらかといえばイロモノ。あくまでも優雅に淑やかにご主人様(マスター)へとお仕えすることが本懐ですからねえ。私のご主人様になれば好きなように着せ替えていただけますし、完全なるあなた色に染まって見せましょう。ほらほらどうですクロウさん。私を着替えさせてみたいとは思いませんかー?」

 

 ミューはそう言って、自分のスカートをチラチラと摘んで見せる。

 

 この気持ちをどう表現すればよいのだろう。

 現在の心境を100%表現してくれる『うざってぇ』という言葉に思い至らないクロウは、形容し難い表情をする。

 そんなクロウの手を取り、ミューは真摯な表情で言った。

 

「クロウさん。この出会いはもはや必然です。……私のマスターになりませんか?」

 

 クロウは五秒くらい悩んで結論を出した。

 

「そうだな……」

 

 

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