いくつもの魔法に蹂躙される戦場。
膨張する魔力光、明滅する熱源、大気を震わせる波濤。
一人一人がこの時代で言うところの儀式級魔法を操る魔法使いたちが、戦場を動き回る小さな影を狙い撃つ。
もはや視界など効かない。クロウはただ己の勘だけを頼りに魔法の発動を感じ取り、回避に徹する。
襲いくる魔法の全てが致死性。一度喰らえばもはやその後を回避する術はなく、ただ討ち滅ぼされるだけだ。
クロウは脚に全力を込めてその場を脱出し、ようやく一瞬、魔法が襲って来ない時間を手に入れ、ため息をつく。
「うむ、間一髪だった、な……ッ!」
無論、それは狙い撃たれる隙にしかならない。
横っ飛びに魔法を避け、本能のままに回避を続ける。
身体中の産毛が逆立ち、生命の危機にあることを否応なく実感する。心臓が熱く鼓動し、血潮の巡る音まで聞こえる。
少年の口角は、それと言わねば分からぬほど小さく、けれど確かに吊り上っていた。
別にこの状況が楽しいわけではない。この状況を望んだわけでもない。だがそれでも、今この瞬間を捧げ、一瞬の生を勝ち取ること……やはりそれは、酷く愉しい。
そして降り注ぐ魔法の合間に斬撃を放ちながらクロウの様子を観察するミセルは、内心でツッコんだ。
────いや、全部普通に当たっとるやんけ。
◇◇◇
ミセルの目からも、クロウの危機回避が神業めいていることは間違いなかった。
最も危険の大きい場所から抜け出し、より安全に近い場所に身を寄せる。その判断の全てが的確であり、戦闘者として文句のつけどころがない。
だが────それでも回避できないのが、魔法なのだ。
斬撃のような線の攻撃ではなく、面の攻撃。襲い来る全てが範囲攻撃であり、どれだけ素早く動かれたところで、回避先も含めて攻撃してしまえば関係ない。
無論、それは言葉ほど簡単なことではない。広範囲を狙う魔法であればそれだけ発動にも時間がかかり、クロウほどの動きの速度であれば、それを捉える魔法使いにも相応の熟練が必要となる。
だが当然、この場に集う魔法使いたちはその全てが一騎当千。魔法が正常に発動した時点で、もはや避けるという選択肢を成立させないレベルの魔法の使い手たちである。
故に、今の状況は必然だった。
クロウは最善の回避をし、安全地帯に歩を進めるが、そこも当然ながら火力範囲に含まれる。
間一髪もクソもない。明らかに致命の魔法が何十発も入っている。にも関わらず、クロウは平然と宣った。
「やれやれ、危なかったな……紙ひ……ひと……? ……。……うむ、危なかった」
ミセルは引き攣った表情でクロウを見た。
全てとは言わない。だが放たれた魔法の、そのほとんどが────紙一重で、どう見ても命中している。
痩せ我慢しているのか、それとも被弾に気づいてすらいないのか……明らかに避けきれていない。それなのになぜ、この少年は怯みすらせず動き続ける。
そんなミセルの動揺を知ってか知らずか、クロウは嘯く。
「ふむ、そろそろ慣れてきたな」
ミセルは笑えない。
幾度も被弾し、殺意極まる魔法の奥義をその身に受け続け、なお────当然のように、無傷。
何ならこの少年を殺せるのか、もう分からない。
「手は無いのか、フィルバード……ッ!」
◇◇◇
「……やめよっか」
静かなその声は、周囲の幾人かにしか聞こえなかった。
フィルバードを不思議そうにアルマが見つめる。
「やめる? 攻撃を? ……これだけの攻撃だ、まだ効かないと決まったわけでもあるまい」
「いや、このまま彼を殺すのは無理でしょ。たぶん」
フィルバードは魔法の坩堝と化した戦場へと目をやった。
「だって彼、燃えないし凍らないし、電撃も毒もなんでか知らないけど効かないじゃん。一瞬ビクって硬直するけど、そのあと普通に動き続けるじゃん。もうなんか効いてるっていうよりびっくりしただけじゃない? アレ」
「ま……まあ」
「周りを真空にするのは流石にイケると思ってたけど、それも効いてないし。よく考えたら彼、土の中で寝てたわけだし効かなくて当然か。……いや当然なわけないでしょ。彼の生態、もう人類じゃなくない? 呼吸くらいしてよ」
だんだんキレ気味になってきたフィルバードに、魔法爆撃に参加せず手持ち無沙汰なザクスが横から声をかけた。
「だが、攻撃をやめてどうする?」
「当然、別の攻撃をするんだよ」
「別ぅ? 別って言っても手札が無いだろ。“影”に暗殺でも頼んでみるか? 嫌がるだろうけど」
「いや、ミセルが無理なんだから、流石に彼でも無理だと思うよ。嫌がるだろうし」
「まあそうだよな。……じゃあどうすんだよ」
ダルそうに言ったザクスに、フィルバードは静かな声で答えた。
「最大火力を使うしかないでしょ」
「……? ……んっ?」
何それ俺も知らねぇんだけど、という表情をしたザクスにフィルバードは一言で説明した。
「魔力核撃だよ」
ザクスの表情は目まぐるしく変わった。
「おま……それはお前……えっ、マジで?」
「本気だよ。他に方法があればそれでもいいけど」
「いや……思いつかん、けどよ。でもお前、……それはさあ」
ザクスには珍しく頭を悩ませるその様子に、不思議そうにジャックが問いかけた。
「その魔力核撃ってヤツ、使えばいいんじゃないのか? もうそれしか無いだろ?」
「無いんだが……いや、でもな」
「何か懸念があるのですか?」
問いかけるウルに、ザクスが渋面で答えた。
「使ったのがバレたら処刑される」
「しょっ……!?」
「誰にだよ!?」
「いやそれ自体は別に、バレなきゃいいっちゃいいんだが……でもお前、やっていいことと悪いことがあるだろ」
「法律上の話なら……」
「いやそれ以前の問題で」
ザクスはため息をつき、ジャックとウルに説明した。
「いいか? コイツがやろうって言ってんのは、魔法の禁忌中の禁忌だ。複数人で魔力を重合させて、ぶっ放すんだよ」
「それは、儀式魔法じゃないのか?」
ジャックが疑問を呈する。ザクスは首を振った。
「
「何かよく分からんが……」
「そのくらいの理解でいい。『これ』に関しちゃ使うのはもちろん試すのも研究するのも禁止。バレたら一発で処刑だ」
「な……何だそりゃ? なんでそうなる?」
「発動に失敗して何も起きないならそれはそれでいい。厄介なのが、成功したうえで制御できないパターン────最悪、半径数十kmが丸ごと吹っ飛ぶことになる」
冗談だと思い笑おうとしたジャックは、ザクスの全く笑ってない顔を見て声を引っ込めた。
ザクスはため息をつく。
「いや、失敗の可能性が高いわけじゃないぜ? 基本的に参加する人数が増えれば増えるほど制御が難しくなるから、ウチみたいに一人一人のレベルが高い魔法使いが揃ってるならまあ、十中八九は上手くいくだろ。でも成功は絶対じゃねぇし、失敗したら全滅なのはどうよ?」
「最悪に備えて、ユフィには最初から僕ら全員に蘇生魔法を使い続けてもらう。何秒間か……何十秒間、最悪だと何分間か死んで生き返るのを繰り返すけど、そのくらいなら大して問題ないっていうか、許容範囲じゃない?」
その説明にザクスは驚いた表情をし、やや考え込む。
そしてぽつりと言った。
「……考えてもみなかったが、それなら……確かに、やってみてもいいか……?」
「いいのか!?」
驚愕するジャックにザクスは手を振る。
「普通、ありえねぇ判断だがな。蘇生もリスクが無いわけじゃない。単純に失敗する可能性もあるし、繰り返せば寿命も削れてくる。……だが確かに、今は他に手も思いつかない。なら、やってみる価値はある」
「……あの、一つ質問ですが」
ウルが迷いながら疑問を投げかける。
「……その蘇生魔法、何人までが対象ですか?」
「君は入るよ。大丈夫」
フィルバードのその言葉を、ウルは聞き流せなかった。
横で話を聞いていたジャックもまた、表情を青褪めさせる。
「つまり、私たち以外、ここにいる人たちは全員死ぬかもしれないということですか?」
「んっ……、まあ、そうか。……そういうことになるわな」
困ったようにザクスが頭を掻く。
失念していた。
自分達の認識ではここは過去の残響でしかなく、周囲への被害を無視できるからこそ『使える』と判断したが────ウルやジャックにとっては、まさしく今、この瞬間こそが現実なのだ。
言葉に悩むザクスを差し置いて、フィルバードが平坦な声で言った。
「そうだね。もしそうなってしまったら残念だ」
「……!」
「……お前……ッ!」
「ウル、ジャック。悪いけど交渉も譲歩もしない。優先順位がある。……分かるね、アルマ?」
ウルから視線を背けてそう声をかけると、アルマはため息をついてフィルバードに向き直った。
「分かるとも。だが、だからといって貴様の言っていることが受け入れ難いことも分かるだろう」
「もちろん。だからこれについては、相談ではなくて、決定だ。受け入れてくれなくていいし、怒ってもいい。けど、邪魔はさせない。失敗したくないんだ」
アルマはフィルバードの予想に反し、激昂しなかった。
ただ、静かに問いかける。
「分かった。では、もう一つ聞きたい」
「何かな」
「手伝うのは勿論、構わないな?」
フィルバードは笑った。
「……ふぅん?」