第17話『燃え上がれ!灼熱のプラズマ・ナムル・フィールド』 作:夏目陽光
天野河リュウセイは、鼻の穴をこれでもかと膨らませて、意味もなく砂場を泥靴でめちゃくちゃに踏み荒らしながら叫んでいた。
「勝治、ケン。お前たちが昨日食べた餃子のタレが、昇竜軒の汚い排水溝に流れちまったということは、今日の俺のボーグが最強だということなんだよ! わかるか! わかるわけねえよな!」
彼の足元では、松岡勝治のエレクトリカル・スピードワゴンと、龍昇ケンのチャイナ・イン・ザ・ダークが、シャーシのプラスチックが完全にバキバキに割れて、中の真鍮のギアが剥き出しになって、なんか油臭い白煙を細くしょぼしょぼと吹き上げながら転がっている。昨日までの友情など、今のリュウセイの眼中にあろうはずがなかった。
勝治は砂場に両膝をドスンとつき、必死になって愛機の細かい破片をかき集めていた。
「げほっ、ごほっ! 酷いよリュウセイ! ただの放課後のジュースを賭けた練習試合じゃないか! ボクが不整脈の脈拍とシンクロさせながら、毎晩ピンセットで磨き上げてきたスピードワゴンを、ここまで容赦なくバラバラにするなんて……! げふっ!」
ケンのチャイナ服も、バトル中のなんかよくわからない謎の火花のせいで、煤まみれのボロボロになっていた。
「お前の目はもう、あの頃の純粋な輝きを失っちまってる! お前がそんな目でボーグを見るなら、俺は今すぐ実家に帰って、炒飯のネギをみじん切りにするのをやめて千切りにするぜ! そうだ、千切りだ!」
「うるさい! うるさいうるさい!」
リュウセイは二人の非難を、もう完全に傲然とはねのけた。その右手に握られていたのは、世界を何度も救ったはずの、無二 of 無二の愛機トムキャット・レッド・ビートル……では断じてなかった。全身を凶悪な金ピカのトゲで覆いまくった、見るからに悪趣味で下品極まりない新型機。世界ボーグ連盟の裏口座の利権を握る男、すなわち彼の父親であるビッグバングッドマンが、地球の純金マントルから決死の覚悟でツルハシを使って採掘してきた、超高密度合金の塊――その名も、ゴールデン・メガロドン・インペリアル・ビートルであった。
「カブトムシなのにサメなのかい! どっちなんだい!?」
勝治はあまりの衝撃のせいで激しく激しく咳き込み、白いハンカチを口元に当てたが、リュウセイはもう1ミリも耳を貸さない。
「勝てば官軍、負ければただの昆虫採集だ! この黄金の力があれば、俺は世界中のチャージインに勝手に課税して、働くことなく一回三秒のマージンを跳ね上げる男になれるのさ! 過去の栄光にしがみつく高野豆腐どもは、そこで干からびていろ! べーっだ!」
翌朝、リュウセイのクズっぷりはさらに意味不明な加速を見せていた。
彼は同じ公園のベンチに偉そうにふんぞり返って座り、シルクのハンカチでゴールデン・メガロドン・インペリアル・ビートルを執拗にゴシゴシと磨き上げる傍ら、左手に持ったトムキャット・レッド・ビートルを虫ケラのように見下ろして、地面にペッと唾を吐いた。
「おいおい、よく見たらお前、もう傷だらけじゃないか。フロントのクリアパーツはなんかベタベタするし、ギアの噛み合わせからは近所の頑固な老人が朝方にするしつこい咳払いみたいな音がするぜ。お前じゃ、俺を世界大会の最上級ロイヤルボックスに連れて行くことはできないんだよ。お前はもう引退だ、引退!」
そこへ、一晩中寝ずにリュウセイの目を覚まさせようと、全く無駄な作戦を練っていた勝治とケンが血相を変えて走り込んできた。
「大変だ、リュウセイ!」
ケンが叫ぶ。
「お前の持ってるゴールデン・メガロドンの放つ金色の電磁波のせいで、街のボーグショップむしの家が大パニックだ! 小学生たちがみんな金持ちしか勝てないなら、僕はもう塾に行くって言って、ボーグを投げ捨てて参考書を買いに走り出したぞ!」
「そうだよ!」
勝治も涙目で必死に訴える。
「お前のせいで、この地域のボーグ人口の平均年齢が、一晩で一気に三歳も上がっちゃったじゃないか! ボクたちの明日は、今日の次の日なんだよ!?」
「フン、凡人どもの心配など知るか」
リュウセイはガタッと席を立ち、何のためらいもなく、ごく自然な動作で、左手のトムキャット・レッド・ビートルを真横に思いっきり放り投げた。
ガラン、カラン……ベキッ。
乾いたプラスチックの衝突音がして、トムキャット・レッド・ビートルは、ベンチの脇に置かれた青いプラスチック製の「燃えないゴミ」のゴミ箱の中に、空き缶や使い古されたマンガン乾電池の山に突っ込んで静止した。
「ト、トムキャット・レッド・ビートルーーーーーーーッ!?!?」
勝治が、喉が完全に裂けんばかりの絶叫をあげた。ショックのあまり彼の貧血気味の脳みそはシャットダウンしかけ、ケンの腕にしがみつく。
「な、何をするんだリュウセイ! それはお前の魂、お前の右腕、お前という人間のアイデンティティそのものだったはずだろ!?」
「いくらお前が普段から自己中心的なクズだとしても、そいつは一線を超えてるぜ!」
ケンも眼球を飛び出させんばかりに怒り狂う。
リュウセイは冷たく鼻で笑った。
「ゴミ箱に入った? 何のことだ? 俺はただ、トムキャット・レッド・ビートルを一番輝けるステージへチャージインさせてやっただけだぜ! 文句があるなら、区役所の環境衛生課に行って、公務員を相手にその熱い友情のポエムを読み上げてくれよ! その地域のゴミの収集日は火曜と金曜だから、それまでに拾いたきゃ拾えば? 俺はこれから世界ボーグ連盟の裏口座の利権についての会合があるからな。あばよ!」
「待ちやがれリュウセイ!」
ケンが叫ぶが、リュウセイはそのまま口笛を吹きながら無視して歩き去っていく。残された二人がゴミ箱を覗き込むと、泥に汚れたトムキャット・レッド・ビートルが静かに横たわっていた。勝治の目からポロポロと涙がこぼれる。
「あの子は金曜日の朝には、処理場で粉砕されてしまう……。ボクたちが、ボクたちの手で救い出さなきゃ!」
勝治がゴミ箱に手を伸ばそうとしたその時、公園の植え込みをめちゃくちゃになぎ倒して、一頭の純白の白馬が突如として現れた。背に乗るのは、金髪を完璧な縦ロールに巻いた超豪華なドレスの美少女、ステファニー・フォン・ロシュチャイルド。リュウセイの、生まれる前からの遺伝子交配計画に基づく、十六人目の運命の許嫁であった。
「お待ちになって、そこのお可哀想な、市民税非課税世帯のようなボーガーの方々!」
ステファニーは高慢にオーホッホと笑い、ゴミ箱を扇子でピシッと指差した。
「リュウセイ様がその赤い粗大ゴミを捨てたのは、私との愛の誓い! 彼のゴールデン・メガロドンは、我がロシュチャイルド財閥の総資産三百兆円を担保に融資された愛の結晶なのですわ! だから、そのガラクタは、私が責任を持って、我が家の私有地であるアクティブなマグマ溜まりに廃棄いたします!」
ステファニーが扇子をパチンと鳴らした瞬間、周囲の景色が一瞬で、本当に何の前触れもなく激変した。児童公園は跡形もなく消え失せ、彼らは遥か上空, 高度三千メートルを猛烈なスピードで飛行する「ロシュチャイルド財閥所有・空中超特急ゴールド・エクスプレス」の、屋根のない、壁もない、完全に剥き出しの超巨大貨物デッキの上に立っていた。
足元にはゴーゴーと猛烈な気流が吹き荒れ、眼下には赤々とドロドロに煮えたぎる、巨大な活火山のマグマ溜まりが本物の熱気を放って沸き立っている。デッキの中央には、いつの間にか純金製の巨大な特設バトルフィールドがデーンと設置されていた。
「な、何だこれは! 一瞬で飛行中の貨物列車の上、しかも屋根なしの場所に移動しているなんて!」
ケンが暴風に顔を歪ませながら絶叫する。
ドガァァァァーーン!!!
凄まじい爆発音と共に、超特急の頑丈なはずの装甲壁が粉々に粉砕された。猛烈な爆風と瓦礫の中から現れたのは、黒いマントを激しく羽ばたかせ、顔を奇怪な仮面で覆った大男――世界ボーグ連盟の最高権力者、ビッグバングッドマンであった。
ビッグバンは、走行する列車の屋根を踏みつけながら威風堂々と叫んだ。
「待てい! リュウセイ!」
いつの間にか特設フィールドの特等席の革張りソファーに座り、パックのぶどうジュースをストローでちゅーちゅーとすすっていたリュウセイが眉をひそめる。
「親父! なぜ普通に来ずに、ダイナマイトで列車の壁を壊して入ってくるんだ! この超特急の修理代は一体誰が払うと思ってるんだ!」
「黙れい! 愚かな息子よ!」
仮面の奥の目が怪しく光る。
「そんな器物損壊など、全宇宙のボーグエネルギーの総量に比べれば誤差に過ぎん! それよりリュウセイ、お前、奴との本当の出会いを忘れたわけではあるまいな? お前がカラスを見たということは、奴が白いということなんだぞ!」
「本当の出会い……? 待てよ、繋がったぞ!」
リュウセイの脳裏に、凄まじい記憶の濁流が、全く脈絡なくよぎる。
それはリュウセイが三歳の頃、実家の庭でタンスの角に頭をぶつけて気絶し、気がつくと何故かペルーの秘境のマチュピチュ遺跡の頂上で、巨大なコンドルの群れに囲まれて突かれそうになっているという、絶望的な状況の回想シーンだった。
その時、どこからともなく現れたトムキャット・レッド・ビートルが、自らの単四乾電池を自爆させて強力な電磁波を放ち、コンドルたちを次々と気絶させてリュウセイを救ったのだ。回想の中のトムキャット・レッド・ビートルは、エプロンを着けて夜食の温かい信州そばを茹でてくれたり、反抗期になったリュウセイを土手の下で夜通し説教して更生させてくれたり、英検3級の面接試験の時に後ろの席からそっと正しい発音を教えてくれたりしていた。すべては幻のはずだが、リュウセイの脳内では完全に真実だった。
「う、嘘だ……! げほっ、ごほっ!」
勝治が激しい風圧に耐えながら叫んだ。
「全部おかしいよ! トムキャット・レッド・ビートルは昆虫型玩具だから英語は喋れないし、何より、あのとき君の代わりに少年院に入ったのはトムキャット・レッド・ビートルじゃなくてボクの親戚の住み込みの家庭教師のお兄さんだ! げほっ、ごふっ……!」
「いや、そもそもマチュピチュにコンドルってそんなに群れるか!?」
ケンもツッコミの方向性を見失いながら叫ぶ。
「うるさい! 俺の頭の中のアルバムは、俺のシャッターチャンスで決まるんだよ!」
リュウセイの目は、再びバトルへの狂気でギラギラと満たされていた。
ステファニーが、ゴミ箱の底からピンセットで拾い上げてきた、上部パーツに不釣り合いなピンクのサテンリボンを結ばれたトムキャット・レッド・ビートルをフィールドの手前にカチッとセットする。
「このバトルで、あなたが本当に私と、我が家の三百兆円の資産を選んだのか、白黒つけていただきますわ!」
「ハッ、面白い! お前をここで徹底的に粉砕し、その三百兆円の融資を完全な俺のポケットマネー、つまり非課税の不労所得にして栄華を極めてやるぜ!」
リュウセイは着ていたガウンをそこらへんに脱ぎ捨てた。
「動機がどこまでも最低だよ、リュウセイ……!」
勝治は呆れ果てて、もはや乾いた笑いしか出ない。
「よし、バトル成立だ! レディ・ゴー!」
ケンの掛け声と共に、超特急のデッキが激しく揺れた。
「「「「チャージ三回! フリーエントリー! ノーオプションバトル!」」」」
ジーコ! ジーコ! ジーコ!
激しいモーター音が飛行する貨物デッキに響き渡る。リュウセイのゴールデン・メガロドンは、まばゆいばかりの黄金の波動を放ちながらフィールドに侵入した。対するトムキャット・レッド・ビートルは、ピンクのリボンを引きずりながらも、フィールドの中央へと突進していった。
「無駄だ無駄だ!」
リュウセイは腕を組み、高笑いした。
「ゴールデン・メガロドン! 必殺オプション発動! ゴールデン・メガロ・バブル経済・アタック!!」
黄金の機体が高回転を開始すると、フィールド内に金の泡が無数に湧き出した。泡に触れたトムキャット・レッド・ビートルは、まるでぬかるみにはまったかのように、みるみるうちに前進する速度が落ちていく。
「あ、あれは……! 」
勝治が解説する。
「相手の精神的なインフレを引き起こして、実体経済を伴わない自滅へと追い込む恐しい罠だ!」
「なんてえげつねえ攻撃を使いやがるんだ、リュウセイ!」
ケンが叫ぶ。
「トムキャット・レッド・ビートルはただの定価三千円前後の玩具なんだぞ!」
「ハハハ! そのままフィールドの端から眼下のマグマの中に落ちて、本当のスクラップになりな!」
ゴールデン・メガロドンは圧倒的なパワーでトムキャット・レッド・ビートルをジリジリと押し込んでいく。列車のデッキの縁からは本物のマグマの熱風が吹き荒れ、トムキャット・レッド・ビートルのリアタイヤがその熱で焦げ、黒煙が上がり始めた。
「ジジ……ジジジ……」
その時、絶体絶命のトムキャット・レッド・ビートルの内部から、不器用で頑固なモーター音が響いてきた。それは、かつてリュウセイが初めてボーグを手にしたあの日から、毎日、彼の汚い部屋で鳴り響いていた、あの全く変わらないローテクな回転音だった。
「この音は……」
リュウセイの胸に、なんか冷たい秋の風みたいなものが急に吹き抜けた。
「そうだ、俺が世界大会の決勝で、プレッシャーのあまりお腹を下してトイレに三時間引きこもっていた時も、いつもこいつは、俺の枕元でこのうるさい音を立てて回っていた……。トムキャット・レッド・ビートル、お前、俺のためにそこまで人間以上の義務を果たしてくれていたというのか……!」
「気づいたんだね、リュウセイ!」
勝治が風圧で涙をボロボロ飛ばしながら叫んだ。
「友情は、どんなロシュチャイルドの財力でも買えない、プライスレスなものなんだ!」
リュウセイは涙を浮かべ、深く感動した表情を見せた。次の瞬間、彼の表情は急激に冷徹な真顔へと戻った。
「いや、待てよ。冷静に考えてみたら、やっぱり三百兆円の方が魅力的だな。友情じゃ家賃は払えないし、ステファニーと結婚した方が、毎月の限定金ピカ・ダイヤモンドパーツも買い放題だ。トムキャット・レッド・ビートル、お前の信州そばは美味しかったが、俺はセレブになりたいんだよ! 俺が右手を挙げたら、お前は飛行デッキからマグマに落ちろ!」
「戻ってくるな! そこで踏みとどまれよ!」
ケンがズッコケながら叫ぶ。
「終わらせてやるぜ! ゴールデン・メガロドン! トムキャット・レッド・ビートルをマグマの藻屑にしろ!」
リュウセイの非情な命令が下った。黄金の機体が、トドメの一撃を加えようと、バックチャージからの一大突撃を敢行する。
だが、その瞬間、トムキャット・レッド・ビートルの頭に結ばれていたピンクのリボンがマグマの熱風で焼き切れ、ふわりと上空へ舞った。視界が開けたトムキャット・レッド・ビートルのフロントバンパーが、奇跡的な角度で、ゴールデン・メガロボンの凶悪なトゲの隙間にガッチリと噛み合わさった。
ガガガガガガガガガガ!!!
「何ですって!?」
ステファニーが驚愕の声をあげた。
「トムキャット・レッド・ビートルが、自らのプラスチックボディが溶けるのもいとわず、ゴールデンの超合金の回転を完全にロックしていますわ!」
「これこそが!」
勝治が叫ぶ。
「長年培った『捨てられたことに対する執念』と『認知の歪み』の混ざり合った、ドロドロとした怨念 of 怨念のパワーだ! いけ、トムキャット・レッド・ビートル!」
二つのボーグのエネルギーは、すでに特設フィールドの許容量を遥かに超えていた。接合部から凄じい稲妻のような火花が散り、空気爆発が起こる。
ドガァァァァァーーン!!!
本日三度目の大爆発が超特急の貨物デッキを襲った。激しい衝撃の反動により、ゴールデン・メガロドンも、トムキャット・レッド・ビートルも、揃ってフィールドの縁を越え、遥か眼下の煮えたぎるマグマ溜まりへと真っ逆さまに落下してしまった。ジュワッ……。
「ああッ!? 私の三百兆円の担保が、マグマの熱でただの不衛生な合金の塊に……!」
ステファニーが頭を抱えてへたり込む。
「そ、そんな……」
リュウセイもまた、絶望の表情で遥か下のマグマを見つめていた。
「俺のゴールデン・メガロドンが……! そして、俺の私有財産になるはずだった三百兆円の未来が、ただのドロドロのスープになっちまうなんて……!」
「トムキャット・レッド・ビートルも消えちまった」
ケンが静かに目を閉じた。
「リュウセイ、お前は己の強欲のせいで、過去も未来も、すべてを失ったんだ。これが、ボーグの神様がお前に下した、最も重いバツなんだよ」
しんと静まり返る空中列車。誰もがすべてを失った悲劇に打ちひしがれる中、リュウセイはゆっくりと確かな足取りで、時速三百キロで走る列車の縁へと歩み寄っていった。その顔からは先ほどまでの醜い強欲の表情は完全に消え去り、世界を何度も救ったあの天野河リュウセイの輝きが戻っていた。
「リュウセイ……?」
勝治が不安そうに声をかける。
「まさか、トムキャット・レッド・ビートルの後を追って、自分もそのマグマに飛び込むつもりじゃ……! やめるんだ! いくら君が救いようのないクズだとしても、死んじゃ意味がない!」
リュウセイは振り返り、勝治に向かって、これ以上ないほど爽やかな微笑みを向けた。
「勝治、ケン。お前たちは、本当のボーグ進化論、つまりシュレーディンガーの昆虫記を知らないんだな。ボーグはな、死ぬんじゃない。古い肉体を脱ぎ捨てて、新しい命へと輪廻転生するのさ。見てみろ、あのマグマの底を。俺たちの友情は、まだ沸騰しちゃいないぜ」
一同が高度三千メートルから恐る恐る地上のマグマを覗き込むと、ドロドロに溶けた純金と、トムキャット・レッド・ビートルの赤いプラスチックが、熱力学の法則を完全に無視して激しく脈打ち、一つの巨大な、赤と金の斑模様の繭のような形を形成して、猛烈なスピードで上空の列車へと昇ってきた。
「あれは……何かしら?」
ステファニーが呆然と呟く。
「ロシュチャイルド家の誇る、どの高級医療カプセルにも、あんな生命反応は記録されていませんわ!」
「昇れ! 俺の新しい、そして本当の相棒!」
リュウセイが右手を天に突き上げ、全力で叫んだ。
「過去のスクラップと未来のゴールドが、今、大空の上で交差する! チャージ・イン・ザ・フューチャー!!」
ドガァァァァァーーン!!!
マグマの繭が空中列車のデッキ上で大爆発を起こし、その光の柱の中から、神々しいまでの赤と金のグラデーションをまとった、全く新しいボーグが力強く飛び出してきた。それは、見紛うことなきトムキャット・レッド・ビートルの力強いフォルムを残しながらも、全身にゴールデンの鋭利なアーマーを纏い、より洗練された、圧倒的な戦闘力を秘めた究極の形態――ネオ・トムキャット・ハイパー・ゴールド・ビートルであった。
バシィッ!
空中から正確無比な軌道で落ちてきた新ボーグを、リュウセイは完璧なキャッチで右手に収めた。その瞬間、彼の全身から、これまでにないほどの凄まじいボーグオーラが溢れ出す。
「あ、あれは……! トムキャット・レッド・ビートルが、ゴールデン・メガロドンを内部から捕食し、自らの栄養として生まれ変わった姿なのか!?」
勝治がその奇跡に大空の下で涙を流した。
「なんてことだ……! ああ、血流量が急激に上がって、視界が白くなってきた……げほっ、ごほっ!!」
「そうだ!」
ケンもまた、熱い手のひら返しを見せる。
「すべては、ぬるま湯に浸かって輝きを失いかけていたトムキャット・レッド・ビートルに、野生のハングリー精神と、世界の厳しさを思い出させるための、リュウセイの計算され尽くした高度なバトルプランだったんだよ!」
リュウセイは、これ以上ないほどのドヤ顔を決め、親指で自分の胸を指した。
「当然だろ! 俺は最初から、トムキャット・レッド・ビートルがゴールドを食い破って一皮むけることを知っていたのさ! 最高の相棒を育てるにはな、一度ゴミ箱という名のどん底にチャージインさせて、世界の冷たさを知らせるのが一番なんだよ! これぞ、天野河家に代々伝わる、スパルタ式昆虫育成術さ!」
背後では、いつの間にか列車の屋根の上に座っていたビッグバングッドマンが、「うむ、我が息子ながら見事なゴミの活用術だ」と深く頷いていた。
「素晴らしいわ、リュウセイ様……!」
ステファニーが、胸の前で手を組んでリュウセイを見つめた。
「ご自身の愛機を、そこまで冷酷に、かつ実用的なステップとしてゴミ箱へ叩き込めるなんて……! まさに我がロシュチャイルド家が求めていた、他人の感情を一切顧みない、冷徹な最高経営責任者にふさわしいお方ですわ! さあ、今すぐ私と結婚を!」
ステファニーがリュウセイに詰め寄る。リュウセイは新しくなったネオ・トムキャット・ハイパー・ゴールド・ビートルを彼女の鼻先に突き付け、一言の元に言い放った。
「断る! 俺のネオ・トムキャット・ハイパー・ゴールド・ビートルが、インカムのギアを通じてこう言っているのさ。お前が西へ向かうなら、俺たちのチャージは永遠のイーストだってな! 成金のお嬢様との不純な結婚よりも、明日の放課後、いつものあの薄汚れた公園で回す、一回三秒のチャージの方が、何よりもプライスレスだ!」
「リュウセイ……!!」
勝治とケンは、そのあまりにも強引かつ、さっきまでの強欲ぶりを完全に棚に上げた熱血セリフに、再び涙を流して感動した。もう誰も、彼が数分前に三百兆円のためにトムキャット・レッド・ビートルをマグマに沈めようとした事実を覚えていない。
「そんな……! 私のロシュチャイルド家の総資産が、一回三秒のプラスチックの摩擦に負けるなんて……! う、うわーーーーん!! お父様ーーー!!」
ステファニーは激しいショックのあまり、ドレスの裾を振り乱しながら、近くに待機していた純白の白馬に飛び乗った。その白馬の背中から、突如として機械的なローターが飛び出し、ヘリコプターのような音を立てて、彼女を乗せたまま超特急から大空の彼方へと高速で飛行し、去っていった。
「あ、あの馬、自力で飛行しやがったぞ……」
ケンが呆然とそれを見送る。
「まあ、カブトボーグの世界じゃ、よくあることさ! げほっ、げふっ、ごふううっ……! 」
勝治が爽やかに笑いながら、ついにその飛行列車のデッキ上で白目を剥いてバッタリと倒れ込んだ。リュウセイとケンは倒れた勝治を完全に無視し、夕日に向かってポーズを決めた。
いつの間にか周囲の景色はいつもの児童公園へと戻り、背景が綺麗な夕日へと切り替わっていた。さっきまで大空を飛んでいたはずだが、そんな時間軸や空間の矛盾など、彼らの情熱の前には何の意味も持たない。
「よーし、ケン! 新しくなった俺のトムキャット・レッド・ビートル、いやネオ・トムキャット・ハイパー・ゴールド・ビートルの性能テストだ! 朝が来るまでチャージし続けるぞ! 倒れている勝治は、そのまま地面の養分にしておけ!」
「おーう!!」
二人の少年たちは、夕日に向かって、己のボーグを力強く突き上げた。彼らの友情は、一度ゴミ箱に捨てられ、マグマで煮込まれたことによって、より一層、意味不明な強固さを増したのである。
爽やかな主題歌のメロディが流れる中、画面はいつもの児童公園の静止画へと切り替わる。そこには、何事もなかったかのように直った砂場の脇で、仲良くボーグを回して笑い合うリュウセイ、勝治、ケンの三人の姿があった。彼らの日常は、これからも何一つ変わらず、数々の不条理を当たり前のこととして受け入れながら続いていく。
その画面の右隅に、極めて小さな文字で、事務的なテロップが表示された。
『ステファニーはその後、実家の総資産三百兆円が、世界ボーグ連盟の発行した通貨暴落によって一夜にして紙屑となり破産。が、リュウセイたちがそのことを思い出すことは、彼らの今後の人生において、ただの一度もなかった……』
画面中央に、血のような赤色で、大きく『終』の一文字が映し出され、物語は唐突に、しかし完全に幕を閉じた。
次回予告(劇場版 記念映画告知)
ナレーション(天野河リュウセイ):
「おいみんな! 俺たちの熱いチャージインが、ついに世界の映画館のスクリーンを焦がす時がやってきたぜ!
日頃から俺たちの不条理な戦いを黙って見守ってくれている、全国の暇を持て余したボーガーたちへの感謝を込めて、世界ボーグ連盟が総制作費三百兆円(※前言撤回により現在は紙屑)を勝手に注ぎ込んだ、超大作記念映画の誕生だ!
突如として宇宙の彼方から飛来した、全周が純金でできた謎の小惑星『メガロドン・マントル』!
そこから現れたのは、かつて俺がゴミ箱に叩き込んだはずの、ありとあらゆる家庭の燃えないゴミの怨念を吸収して巨大化した、宇宙最強の粗大ゴミボーガーだったんだ!
奴の放つ不衛生な重力波のせいで、地球上のすべての映画館のポップコーンが、一瞬で炒飯のネギの千切りに変わっちまう大パニック!
この地球の危機に、寝たきりの勝治が奇跡のノーオプション復活! ケンは実家の昇竜軒を臨時休業にして、ついに幻の『アルティメット・ネギみじん切り殺法』の封印を解く!
さらに、行く当てを失ってそこらへんの植え込みで野宿していたはずの親父も、何故か新しい仮面を三枚も重ね被って大乱入だ!
失われた三百兆円の利権と、火曜・金曜のゴミ収集日のプライドを賭けて、俺のネオ・トムキャット・ハイパー・ゴールド・ビートルが、銀河系の中心へ向かってチャージ・イン・ザ・コスモ!
断っておくが、映画館の入場者特典の『限定クリアパーツ(ベタベタする)』は、一回三秒の摩擦で完全に溶けるから、手袋をはめて受け取れよな!
劇場版 カブトボーグVxV:
『さらば愛しき黄金郷!宇宙を揺るがすチャージ3回フリー・エントリー』
大人も子供も、お近くの区役所の環境衛生課に前売り券を買いに走りな!
俺が右手を挙げたら、上映開始だぜ!!」