第17話『燃え上がれ!灼熱のプラズマ・ナムル・フィールド』   作:夏目陽光

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人造昆虫カブトボーグ V×V』第53話「冷やし中華マヨネーズ大爆発!涙の割り箸プロトタイプと時価総額100兆ドルのグラビティ」

「おい、ケン! 冷やし中華大盛りマヨネーズマシマシ、それと餃子! 早くな!」

天野河リュウセイはのれんを引きちぎらんばかりの勢いでくぐり、パイプ椅子にぶつかりながら腰掛けた。油煙でギトギトになった中華料理「大好(だいすき)」の店内は、エアコンの送風口から微かに灰色の埃が舞い散るばかりで、実質的にただの温室だった。

「いらっしゃい、リュウセイ、勝治。でもごめん、今日ちょっと、それどころじゃないんだわ。うちのオヤジ、ビックテック社のスマートプロテインを過剰摂取して泡吹いて死んじゃったから……」

厨房の奥で松岡ケンは、白ベースに赤いラインの入ったいつもの調理服を泥で汚し、虚空に向かってお玉を全力で振り回していた。勝治が眼鏡を指先でクイと上げ、チャーハン用のスープを勝手に一口すする。

「それは本当にお気の毒に。あ、ケン、僕にも同じ冷やし中華。あ、やっぱり僕の白血球の数値的に冷やし中華はアレだから、常温のザーサイにして」

「それだけじゃないんだよ。俺の心がピンチんだ」

ケンは窓の外を睨みつけた。斜め向かい。あそこだよ。全面ガラス張りの超高層ビルがそびえ立っていた。壁面の巨大ホログラムには『BIG―TECH(ビックテック) 日本総本部・カブトボーグ次世代開発センター』の文字がギラギラと明滅している。

ビルの敷地内では、全身をタイトスーツで包んだエリート社員たちが、スマートフォンと連動した最新の流線型カブトボーグを大理石の床で走らせていた。大好のカウンター席には、ビックテック社のバッジをつけた若い社員たちが数人、ラーメンもすすらずに座っていた。

「ウワ、何これ。マヨネーズ多めとか、脂質の無駄遣いじゃん。エフィシエント(効率的)じゃないね。こんな古い店、早く立ち退きになればいいのに。景観のアップデートの邪魔だよ。こういう泥臭い世代はもうディスコン(生産終了)されるべきさ」

ガタァッ!

リュウセイがテーブルをひっくり返さんばかりに立ち上がった。

「……おい。今、なんて言った、あいつら……? 効率? ディスコン? 参照不可! 俺の冷やし中華のマヨネーズを否定する奴は、たとえ神様だろうが許さねえ! あいつらの横文字の喋り方もなんかムカつくんだよ! 完全に俺に喧嘩売ってやがる!」

「おい、勝治、ケン……覚えているか? 俺たちのあの輝かしい原初の日々をさ……」

突然、激しい虚空を睨みつけながら、誰も求めていない懐古話を始めるリュウセイ。

「まだカブトボーグが、この世の誰にもプログラミングされていなかった頃の話だ。あの頃の俺たちは、毎日大好のカウンターからくすねてきた、油の染みた割り箸だけを頼りに生きていたんだ。そう、俺たちの最初の相棒は、プラスチックなんかじゃなかった。大好の割り箸をバキッと割り、そこに輪ゴムを3重に巻き付け、消しゴムの破片をタイヤの代わりにねじ込んだ、世界にたった一台の『割り箸カブトボーグ・プロトタイプ』だったんだよ!」

回想の中のリュウセイ(5歳)は、泥まみれの半ズボンを穿き、涙を流しながら河川敷のアスファルトに割り箸を猛烈にこすりつけていた。

『いけえええ! 俺の割り箸トムキャット・レッド・ビートル! 3回擦ったらささくれが指に刺さる、あの熱い魂の感触を忘れるなああ!』

しかし、そこに現れたのは、真っ黒な高級リムジンから降りてきた、仕立てのいい幼稚園の制服を着た謎の少年の姿だった。少年は冷たい笑みを浮かべ、見たこともない、怪しく光る成型プラスチック製の初代カブトボーグを差し出した。

『フハハハ! 天野河リュウセイ! いつまでそんな、冷やし中華の食べ残しのゴミでバトルをしているんだい? これからはプラスチックの時代さ。石油から作られた、一切のささくれのない完璧な曲面……これこそが未来のホビーだよ。さあ、そんな木くずは今すぐドブに捨てて、この中国の工場で大量生産されたポリプロピレンの塊を回すがいい!』

『な、何だと!? プラスチックだと!? そんな冷たい素材で、俺たちの割り箸の、木の温もりと醤油の染みたパッションに勝てるわけがねえ! チャージ3回! フリーエントリー!』

激突した瞬間、割り箸ボーグはプラスチックマシンの圧倒的な硬度の上に、一瞬でペキッと真っ二つに折れ、哀れな木の破片となって川の流れへと消えていった。

『うわあああああ! 俺の割り箸がああああ! ささくれがああああ!』

『わかったかい、リュウセイ。時代は変わるんだ。木からプラスチックへ、そしてパッションから大量生産へね……。さあ、その折れたゴミを捨てて、こっちのツルツルしたプラスチックを拾うんだ』

リュウセイは悔し涙をボロボロと流しながら、地面にペッと唾を吐き、折れた割り箸ボーグの残骸を思い切り踏みつぶした。

『チクショー! プラスチックめ! なんて滑らかで、なんて傷つかない素材なんだ! 割り箸なんて最初からただの消耗品だ! 俺は今日限りで、この木の温もりを完全に捨て去るぜ! これからはプラスチックのトムキャット・レッド・ビートルで、世界の頂点に君臨してやる!』

そう叫んで、リュウセイは差し出されたプラスチック製のボーグを狂ったように奪い取り、その場で1万回チャージし始めたのだった。

「……あの時、俺は木の魂を捨てた。だがな、お前らの言う『効率』ってやつは、あの時俺が捨てさせた割り箸のささくれ以下の、ただの抜け殻なんだよ!」

「熱い、熱すぎるよリュウセイくん! まさかカブトボーグの歴史が、大好の割り箸の使い回しから始まっていたなんて! 僕の脳に刻まれた、木材パルプの記憶が共鳴している!」

勝治が感動のあまり眼鏡を粉砕しながら叫ぶ。

「そうよ! 効率とかAIとか、そんな冷たい計算で世界が回ると思ったら大間違いなんだから! そもそも冷やし中華にマヨネーズをかけないなんて、タイヤのない自動車に乗るようなものよ!」

いつの間にか店内にいたさやかが、激しくテーブルを叩いてリュウセイに同調した。

「お前ら、そこに直れ! そのふざけた最新鋭のビルもろとも、俺のトムキャット・レッド・ビートルで粉々に粉砕してやる! ボーグバトルだ!」

社員のリーダー格であるコードネーム『ケビン』が、スマートグラスの奥の目を細めてくすくすと笑い出した。

「まさか、その骨董品みたいなマシンで? いいだろう、上か下か、どちらが真のスタンダードか、教えてあげるよ」

「へえ、じゃあお前らの最新鋭ビルを賭けろよ。俺が勝ったらあのビルを俺の2号店、いや、俺の私物の物置にしてやるからな!」

ケビンがスマートフォンをスワイプすると、自動浮遊ドローンが飛来し、大好の前の道路に瞬時にデジタル式バトルステージを展開した。ホログラムのリングが青く発光する。

「ふん、最新鋭か何か知らないけれど、僕たちの経験と実績を侮ってもらっては困るね。僕の辞書に『効率』という文字はありません」

勝治が愛機『アクエリアス・アルティメット・イーグル』を不敵に構える。

「そうよ! カブトボーグに必要なのは、マシンのスペックじゃない! 一時的な感情の爆発と、明日の天気予報よ!」

じゅん子も自身のボーグを構えて叫ぶ。

ケビンは冷たい笑みを浮かべたまま、液体金属のような輝きを持つ流線型のカブトボーグ『シリコン・バレー・インペリアル』をステージに置いた。タイヤはなく、磁気浮上している。

「我が社のディープラーニングによる最適化アルゴリズムに勝てると思っているのかい?」

「やかましいやい! カブトボーグはな、回した奴が勝つんだよ!いくぞ、お前ら!」

「「「チャージ3回! フリーエントリー!」」」

リュウセイがトムキャットを激しく地面にこする。

ケビンはマシンの側面をスマートフォンでタップしただけだった。

「ワイヤレス超急速非接触充電(スマートチャージ)――エントリー」

「な、何だと!? チャージをしないカブトボーグなんて、そんなの、カブトボーグじゃねえ!」

「「「ノーオプションバトル! ゲート・イン!」」」

4台のマシンが、ホログラムのリングへと飛び込んだ。

激突の瞬間、強烈な爆風が巻き起こる。

「喰らえ! 俺のマヨネーズの怨みを知れ! そこをどけ、勝治!じゅん子! 邪魔だァーッ!」

リュウセイのトムキャット・レッド・ビートルは、敵のシリコン・バレーではなく、味方である勝治のアクエリアス・アルティメット・イーグルとじゅん子のマシンに向けて猛烈な突進を敢行した。

「えっ!?リュウセイくん、どこを狙って――うわああ浅草寺!?」

「あんたが後ろから全力で轢いたんでしょーが!きゃあああああッ!?」

完全にお尻から自爆特攻を喰らった二人のマシンは、大爆発を起こして遥か彼方のゴミ集積所へと吹き飛んでいった。

「勝治! じゅん子!お前たちの尊い犠牲は絶対に無駄にはしないぞ! よくぞ俺の盾になってくれた!」

リュウセイは青空を見上げて熱い涙を流した。

「……頭が痛い……。うっ、目が、目が見えない! 白血球が、僕の白血球が足りないんだ! ああ、パンの粉が、パンの粉がアリの餌に……リュウセイくん、あとは頼んだよ……ガクッ」

勝治がアスファルトの上で突然見事なエビ反りを決め、そのまま硬死した。

「勝治ーっ! お前、なんて儚い奴なんだ! だが、その尊い命の灯火、俺の魂に刻んだぜ!」

残されたのは、リュウセイのトムキャット・レッド・ビートルただ一台。

「ふははは! 内ゲバで自滅するとは、やはり前時代のボーガーは非効率の極みだ!」

ケビンがスマートフォンを強くタップする。シリコン・バレー・インペリアルが、圧倒的な威圧感を伴ってトムキャットへと迫る。

「コロンブスの卵を茹ですぎて固ゆで卵にしてしまった!」

パイプ椅子の影から、ボロボロのタキシードを纏った男がカニ歩きで這い出てきた。ロイドさんに酷似した声だった。顔には何故かひょっとこのお面をつけている。

「そもそも、カブトボーグとは、西高東低の気圧配置において、最も強い上昇気流を捉えた渡り鳥が、南の島でバナナの皮に滑って転んだ時に生まれる奇跡の波動なのだ。それをデジタルで管理するなど、言語道断!」

「な、何を言っているんだお前は!? 全く意味がわからないぞ!」

ケビンが激しく頭を抱える。仮面の男は気にせず懐から、どす黒く怪しい光を放つ金属の塊を取り出した。

「ビックテック社の最新技術に対抗するには、この怪しい違法パーツ『マッハ・ゴッド・デス・オメガ・ギア』が必要だ! 今なら特別に、金利手数料なしの10回払いでいいよ! さあ、買いなさい! あとついでにこの最高級の羽毛布団も10回払いでいいよ! ほら、買いなさい!」

「いらねえよそんな高いもん! 布団はもう持ってるわ!」

リュウセイは仮面の男をアッパーカットで力一杯殴り飛ばした。仮面の男は「ブヘッ!」と声を上げて近くの下水の溝へと綺麗に吸い込まれた。

「ケビン、お前らの言う効率ってやつを、この俺のパッションでぶち破ってやるぜ! いくぞおおお! チャージ1回! チャージ2回! チャージ3回! チャージ4回! チャージ5回! チャージ100回いいいいいいいッ!!」

リュウセイはルールを完全無視し、腕が引きちぎれて飛んでいきそうな勢いでトムキャットを地面にこすりつけ始めた。

「な、何だと!? チャージ回数の上限は3回のはず! 重大なルール違反だ! エラー、エラーが発生しています!」

ケビンのスマートグラスが、真っ赤な警告文字で埋め尽くされる。しかし、不治の病で死にかけていたはずの勝治が、突然すっくと立ち上がり、眼鏡を不敵に光らせた。

「よく見るがいいケビン。リュウセイくんは確かにチャージを3回している。それを33回繰り返し、最後に1回足しただけだ。つまり、ルール上は3回のチャージを33回やっただけ。何も問題はありません」

「どんな計算だ! 算数が、世界の数学が崩壊している!」

ケビンが発狂寸前で叫ぶが、もう遅い。

「いっけえええええ! トムキャット・レッド・ビートル! アルティメット・ノスタルジック・ディザスター・エンドォォォッ!!」

真っ赤な炎を纏ったトムキャットが、リングへとダイブした。

ドゴォォォォォォォンッ!!!

すざまじい爆発音が下町に響き渡った。

ビックテック社が展開していたホログラムのリングは木っ端微塵に吹き飛び、爆風は斜め向かいのビックテック社ビルへと直撃し、ガラス全面が粉々に砕け散った。

爆煙が晴れた時、ケビンの最新鋭マシン『シリコン・バレー・インペリアル』が、中央から真っ二つに割れ、細かな電子部品と火花を散らして転がっていた。

「わ、我が社の……時価総額数兆円のプロジェクトが……ただのプラモデルに……」

ケビンはその場に崩れ落ちた。

「おい、そこまでだ!」

ガラスの破片が降り注ぐ中、瓦礫を蹴散らして現れたのは、金の刺繍が入った超高級タキシードを着た男――ビックテック社の最高権力者、最高経営責任者の『ゴッド・CEO社長』であった。

「ケビンは我が社の中でも最弱のインターンに過ぎん。天野河リュウセイ、お前のその前時代的なパッション、我が社の次世代クラウドAIに勝てると思っているのか!」

社長が懐から取り出したのは、24金でコーティングされた漆黒のカブトボーグ『グローバル・プラットフォーム・ゼウス』。

「チャージなど不要! 我が社の人工衛星から直接電磁波を受け取り、無限に加速する! これぞ時価総額100兆ドルの力だ!」

「うるせえ! いくら金があろうが、時価総額が高かろうが、俺の冷やし中華のマヨネーズをバカにした罪は消えねえんだよ! おい、そこの、なんか偉そうなおっさん! お前が負けたら、そのビックテック社を丸ごと俺に寄こせ!」

「フハハハ、面白い! ならば私が勝ったら、お前のその安っぽい命と、そのマヨネーズを一生没収してやる!」

「望むところだ! チャージ3回! フリーエントリー!」

「スマート・サステナブル・エントリー!」

二台のマシンが、破壊されたビルのアスファルトの上で激突した。

キィィィィィィィィン!

大気を引き裂くような高周波の摩擦音が響く。社長のゼウスは、人工衛星からの電磁波によって超高速回転し、トムキャットの装甲をガリガリと削っていく。背後の巨大スクリーンには、次世代クラウドAIが算出するデタラメな数式と、謎の『予測完了メーター』が100%に向けて不気味に跳ね上がっていた。

「無駄だ、天野河リュウセイ! 我が社のAIはすでに一秒間に数億回お前の行動パターンを予測している! お前に勝ち目はない! メーターの数値が証明している!」

「予測だあ? いいかよく聞け! お前らのAIが1秒に数億回予測しようがな! 俺が今から右足と左足を同時に出して、そのまま斜め後ろにバックステップしながらマヨネーズを2リットル一気飲みして、そこから超高速でケンのケツを蹴り飛ばしながら回すトムキャット・レッド・ビートルのパッションには、1ミリも追いつけねえんだよ!」

「な、何を言っているんだ……!? 予測パターンが、論理的確率がマイナス無限大に突入していく……ッ! 数式が、数式が裏返るッ!」

リュウセイが叫ぶと同時に、スクリーンのAI数式が激しく明滅し、デタラメなマヨネーズの変数によって完全に崩壊を始めた。

「さらに教えてやるぜ! お前らのAIがどんなに賢かろうがな! 来週の今頃、俺がカブトボーグを全部机の奥にぶん投げて、急にザリガニ釣りにドハマりしてる可能性までは計算できねえだろ! 自分の未来すら知らねえ俺のパッションをナメるなああa!」

「未来の自己破滅予測だと!? 計算負荷が、システムサーバーの許容量を超えていく……! メーターが、メーターが逆に回っているぞ! 水道メーターの針が地球の自転を追い越して逆に回って、先月の水道代がマイナス5万円になる勢いだぁぁぁッ!!」

社長がスマートグラスを押さえて動揺する。

「これぞ俺の、今日バイトをサボった言い訳を考えてる時の脳内パワー! そして、ケンに奢ってもらう予定の餃子の油パワーだ! トムキャット・レッド・ビートル! ハイパー・アルティメット・マヨネーズ・ディザスター・ギガ・エンドォォォォッ!!」

何の意味も脈絡もないリュウセイの「何も考えていないパッション」の前に、ビックテック社の次世代クラウドAIは完全なオーバーヒートを起こし、システムから黒い煙を吹き上げた。

「な、何だこのデータは!? 論理的思考がゼロ、いや、マイナスだと!? 計算できない、予測不可能だぁぁぁッ!!」

ドガァァァァァァァンッ!!!

社長の純金ボーグは木っ端微塵に砕け散り、その衝撃波でビックテック社ビルの残りの柱が全てへし折れ、ビルが完全にドミノ倒しのように崩壊した。

「ば、馬鹿な……我が社のグローバル市場が……破産だ……」

社長は真っ白な灰となって崩れ落ち、そのままどこかへ逃げ去っていった。

「勝った……。これで、このビックテック社は俺のものだ! 今日から俺が、この会社の社長だ! ガハハハハハ!」

リュウセイは崩壊したビルの頂上に立ち、ゲスい笑顔で仁王立ちした。

翌日。

全面ガラス張りだった超高層ビルは、外壁にデカデカと赤スプレーで『天野河マヨネーズ物置・兼・大好2号店』と殴り書きされていた。

元エリート社員たちは全員、タイトスーツの上に大好のギトギトの調理服を着せられ、死んだ魚のような目で冷やし中華の麺を湯切りしている。

「社長! 本日のマヨネーズの在庫が切れてます!効率的に発注を――」

元ケビンが怯えながら報告すると、社長室の豪華な革張り椅子にふんぞり返ったリュウセイが、机に足を乗せたままラグジュアリーなマヨネーズをチューブごと吸いながら怒鳴り散らした。

「効率だあ!? そんなもん気にしてるからお前らは冷やし中華の真髄がわからねえんだよ! 在庫がなけりゃ、そこら辺の雑草をマヨネーズで和えて出せ! それが我が社の社訓だ! ついでに受付の電話線を全部引きちぎって素麺の代わりに茹でて出せ! それが新しいグローバルスタンダードだ!」

「は、はい! ただちにアップデートしてきます!」

ケビンは涙目で部屋を飛び出していった。

「素晴らしい経営手腕ですね、リュウセイ社長。これで我が社の株価も、僕の血圧と同様にうなぎ登りです」

秘書席に座った勝治が、新開発の激辛ザーサイを黙々と貪っている。その横でケンが「うちのオヤジ、なんかさっき元気にスクワットしてたわ」と虚空を見つめながら呟いている。

「ふん、AIが人間の仕事を奪うとかほざく奴らには、この特製マヨネーズ雑草冷やし中華を無理やり食わせてやるさ。どんなに時代が進もうが、俺たちのパッションは誰にもプログラミングできねえんだからな!」

「待て、リュウセイ。お前のその言葉、なんだか熱すぎて胃がもたれるな」

突然、社長室のドアを丸ごと粉砕して、大好のギトギトのエプロンを着たケンのオヤジが乱入してきた。手には年季の入った中華鍋と、自身の愛機『マッド・ガーリック・クック』が握られている。

「オヤジ! 生きてたのか!」

ケンの驚愕を無視し、オヤジはリュウセイを指差した。

「当たり前だ、冷やし中華の仕込みをサボって大企業の社長に収まるとは何事だ! お前がどれだけ偉くなろうが、大好のツケが溜まってるのを忘れてもらっちゃ困るねえ! 大体、雑草にマヨネーズをかけるだけなら、わざわざお湯を沸かす必要がないじゃないか! それはお湯に対する冒涜だ! お湯が怒って沸騰をサボったら、世界中のカップラーメンの麺が全部カチカチのまま歴史から消滅するんだぞ!」

「何だと!? お湯を沸かさないのが効率ってやつだろ! だったらオヤジさん、あんたが毎日沸かしてるそのお湯は、一体どこの宇宙の平和を守ってるってんだよ!」

「フッ、青いなリュウセイ。私のお湯はな、富士山の湧き水が太平洋に流れ込み、それが蒸発して雨となり、巡り巡って隣のばあさんの家の植木鉢に降り注ぐ、その壮大なグラビティを凝縮しているんだよ! だからお湯なんだよ!」

「意味がわからねえ! だが、お湯のグラビティって響きはなんか強そうだ! カブトボーグで勝負だ!」

「「「チャージ3回! フリーエントリー!」」」

二人が社長室の特注ガラステーブルの上でマシンを激突させた瞬間、すさまじい衝撃波が発生した。

ドゴォォォォォォォン!!!

新社長就任からわずか24時間、ビックテック社ビルは二人の放ったデタラメなパッションの暴走に耐えきれず、今度こそ完全に爆発四散した。

夕暮れの下町。

何故か元通りに修復された大好のカウンターで、リュウセイ、勝治、ケン、そしてじゅん子が並んで冷やし中華をすすっていた。

「いやー、やっぱり冷やし中華は、このギトギトしたカウンターで食べるのが一番落ち着くな!」

リュウセイは社長だったことなど1秒で忘れたかのような爽やかな笑顔で、マヨネーズまみれの麺を豪快に口に運んだ。

「そうですね。やっぱり大好の麺のコシは、世界経済の動向よりもはるかに安定しています」

勝治がいつの間にか手元に戻ってきた自身の愛機アクエリアス・アルティメット・イーグルを愛おしそうに磨きながら微笑む。

「僕たちの思い出のビルはなくなっちゃったけど、やっぱりカブトボーグは最高だね、リュウセイ!」

ケンも満面の笑みで親指を立てる。厨房の奥では、死んだはずのオヤジが元気にチャーハンを煽っていた。

「そういえば私、明日からアルゼンチンタンゴの習い事始めるのよね。ついでに再来週からは、北極でシロクマに習字を教えるボランティアも始める予定なの。だから忙しくなるわ」

じゅん子は自分のボーグを手元で弄びながら、誰も聞いていない声を、下町の真っ赤な夕日に向けて放った。

思えばカブトボーグというホビーは、常にこの理不尽な夕暮れのグラデーションの中にあった。

大人がいくら高度な電子回路や、時価総額数兆円のアルゴリズムでこの世界を解析・分析しようとしたところで、彼らの「夕飯のおかずが餃子かどうか」という極私的なパッションの前に、全ての論理はショートし、計算式はマヨネーズの海へと沈んでいくのだ。

彼らの頭脳を最新のスーパーコンピュータでスキャンしたとしても、検出されるのは「ささくれの痛さ」と「サボった言い訳」だけであり、そこには一握りの『大人の事情』も『マーケティング戦略』も入り込む余地はない。

このアニメは、分析すればするほど、ただ意味不明な文字列が虚空を舞うだけの電波ソングへと変貌していく。

なぜなら、カブトボーグを真面目に解析しようとする行為そのものが、すでに「ボーグバトルのルール」という名の迷宮に囚われ、自滅の特攻を選んでいるようなものだからだ。

彼らは矛盾を恐れない。なぜなら、明日になればまた新しい矛盾が、100%の現実として彼らの前にドスンと居座るからだ。

それを誰も疑わず、誰も振り返らず、ただただ地面を削るようにして愛機を擦り続ける。

その泥臭い回転摩擦の熱だけが、冷え切ったデジタル社会の最適化を、いつも綺麗に木っ端微塵へと粉砕してきた。

だが、そんな解析や分析など、回っているボーグの回転数の前には何の意味も持たない!

「おいリュウセイ、お前のボーグのギア比を計算したんだが、どう考えても摩擦係数が――」などと知った風な顔でデータを持ち出してきたエリート科学者たちのノートパソコンを、リュウセイは「うるせえ! だったらこのトムキャットに直接聞いてみやがれ!」とチャージ1秒で物理的に粉砕してきたではないか!

そうなのだ、彼らの前で「分析」を試みた者は、全員がその瞬間に脳のヒューズを飛ばされ、気がつけば大好の裏口で泥水をすするハメになる。

カブトボーグを分析しようとするな! その行動自体がすでに、ビックテック社の仕掛けた罠であり、世界を均等に整えようとする悪のディレクションなのだ!

数式が美しければ美しいほど、構成が綺麗であればあるほど、それはボーグのパッションから遠ざかっていく。

本当に必要なのは、計算された引き算ではなく、ただ目の前にあるマヨネーズのボトルを限界まで握りつぶすような、生々しい粗暴さと無責任なパワーだけなのだ!

だからこそ、彼らは今日も何も考えずに、ただただ目の前の1話に命を燃やし尽くす!

下町の夕暮れは赤く、そしてどこまでも泥臭い。全ては夢のように消え去り、彼らには1円の利益も残らなかったが、この熱い夕日の前には、富も名声も、全くの無力でしかなかった。

戦え、天野河リュウセイ! 回せ、その辺のタイヤを! 僕たちの、自分勝手で最高だったカブトボーグの明日は、どっちだ!




『人造昆虫カブトボーグ V×V』第54話 次回予告
やあみんな! 突然だけど、俺たちは今、世界カニカマ普及委員会の最高層・ゴールデン・カニカマ男爵の差し金で、地球の自転速度が3倍になった世界線に放り出されているんだ! おかげで大好のラーメンのスープが遠心力で全部ふきこぼれて、俺の昼飯が台無しだ!
許せねえ、カニカマのあの赤と白のストライプを見るたびに、昔ばあちゃんに騙されて泥水をガブ飲みさせられた苦い記憶がフラッシュバックして無性に腹が立ってきた! 敵の組織とか世界経済とかどうでもいいから、俺のトムキャット・レッド・ビートルが、八つ当たりの怒りでチャージインだ!
しかしその時、勝治の体内に潜む「第二の白血球」が、マダガスカル島の固有種「ハサミムシ」の鳴き声と共鳴して大暴走! 「僕の、僕の甲殻類アレルギーの記憶が、全米の穀物相場を裏切っていく……! ああ、大豆の先物取引が、僕の毛細血管を締め付けるんだ!」 「ちっ、使えねえな。勝治の野郎、アレルギーなら最初から実家に帰って寝てりゃいいんだ!」と倒れた勝治をそのまま粗大ゴミ置き場に蹴り込み、ケンは「換気扇の油汚れが全然落ちなくてイライラするから」という理由で、大好の厨房に仕掛けられたダイナマイトの起爆スイッチを笑顔でプッシュ!
爆発の衝撃で、なぜかカニカマの部屋から脱出できていた俺たちの前に、全く無関係なロイドさんの親戚の友達の親の子供が立ちはだかり、全米の穀物相場をすべて買い占めて世界経済を大混乱に陥れる!
次回、『人造昆虫カブトボーグ V×V』! 「偽りの甲殻類!暴走する白血球と換気扇から生まれた奇跡のフレーバー!」
熱きボーグ魂、チャージ3回、フリーエントリー!
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