いつかの時代、どこかの場所で―――。

世界線を越えても、暗殺は終わらない。


※本作品はHITMANシリーズの二次創作です。

※本作品はふもふも早苗氏の作品【HITMAN 〜世界線を越えて〜】の設定等を踏襲した三次創作です。氏より許諾を得て掲載しております、ご了承ください。

※素晴らしいゲームHITMAN、そして快く許可頂けたふもふも早苗氏リスペクトです。

※本家様で未だ描かれていない世界線を描写しています。単発予定。

作品リンク

HITMAN  〜世界線を越えて〜   https://syosetu.org/novel/166215/

HITMAN2 〜世界線を越えた先に〜 https://syosetu.org/novel/195670/

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〜仮想を紡ぐ原初の種〜

【ICA assassination】

 

──いつかの時代。何処かの場所で。

 

光源の無い暗闇の中で、重苦しい駆動音が僅かに鳴動した。カリカリと高速で回転する電気信号素子の群れ。それらは複雑怪奇なシステムを構築してプログラムされた動きに従って動作し、やがて一つの形へと収束していく。

 

ヴー...ン、と。

 

少しの間を置いて、光が闇を切り裂くようにディスプレイが明るく灯った。

液晶から漏れ出す眩さは狭い範囲を照らし出し、暗い空間を朧気に浮かび上がらせる......端末を覗き込む影さえも。

手袋を嵌めた手がキーボードに触れ、指先が踊る様にリズミカルに画面を叩く。滑らかに進められる入力は直ぐさま端末上へ反映され始め、そして数秒後には全てが完了していた。

 

『──ご機嫌よう、47』

 

内臓されたスピーカーから電子加工された女声が流れ出た。その声を聞き、機械を弄っていた影がピタリと手を止める。

 

「......また君の声を聴けるとはな、ダイアナ。いや、今は上級委員と呼んだ方が良いか」

 

暗闇から発されたのは、落ち着いた低いものだった。 抑揚の無い無機質な響きを持ちながらも、聞く者に奇妙な説得力を与える。それは端末の光によってぼんやりと照らし出されながら、椅子に腰掛けていた。

 

彼の前には幾つもの液晶や電子機器が置かれており、更に周囲には配線や計測機器などが雑多に散らばっている。一見するとコンピュータを弄る技術者にも見えるかもしれない。

 

『──あら。お互いに役職を気にするような間柄でもないでしょう?』

 

ダイアナ、と呼ばれた女は流暢な英語で以て返答した。

優れた知性を滲ませる洗練されたアクセントはやや仰々しく聴こえる場合もあるが、穏やかな口調は英国貴族が持つような高貴さと気品を感じさせる一方で、親しみやすさも兼ね備えている。

声は何処までも耳に残り、まるで脳髄に直接染み渡るような心地良さがあった。47と呼ばれた影にとり、それは凡百な音楽よりも好ましい天上の旋律だ。

 

「そうか。君が望むなら、私もそうしよう」

 

『......相変わらずね。貴方は』

 

呆れたような口調だったが、それも僅かな間だけ。次の瞬間には女の纏う雰囲気が一変していた。

 

 

『新たな依頼が入ったわ。渡界機で各世界線に散らばっているICAのフロント企業に接触が有ったみたい』

 

渡界機、と呼ばれる次元間ポータルリフト生成装置の実用化により、加速された移動技術は21世紀初頭の技術水準を飛躍的に推し進めた。現在では生命体が渡界機で並行世界へ“飛ぶ”事が可能となっており、何処にでも自在に実体をもって進出することが可能となっているのだ。

 

『―――準備は一任するわ』

 

「そうか」

 

47と呼ばれた影は短く答え、再び手を動かし始めた。端末から電子音が流れ出し画面上に幾つものウィンドウが展開していく。彼はそれらを手早く操作して情報を精査し始めた。

 

 

 

HITMAN Assassin Age 〜仮想を紡ぐ原初の種〜

 

 

【世界線概要:Earth-SAOA1-2022】

 

西暦2022年、日本。天才的量子物理学者にしてゲームデザイナー、茅場晶彦によって開発された完全没入型VRMMORPG「ソードアート・オンライン(SAO)」が正式サービスを開始。しかし、それは何者もログアウトできず、ゲーム内での死が現実世界における脳の物理的破壊を意味する、狂気のデスゲームであった。約一万人のプレイヤーが仮想空間に囚われる中、首謀者である茅場本人は表舞台から姿を消した。彼は自らの意識をも仮想世界へダイブさせ、現実世界の肉体は人里離れた山間部のロッジに隠匿していると推測される。現地の警察機構は無力化されており、事態の解決はゲームのクリアのみに委ねられている。本世界線における技術的特異点「フルダイブ・システム」の中核を成す基礎プログラム群は、ICA技術部に於いても極めて高い価値を持つと判定された。

 

 

 ──西暦2022年11月、日本・長野県山間部。

 

『──渡界機(ポータル)、次元座標の固定を確認。位相誤差、許容範囲内。現地への実体化プロセスを開始するわ』

 

網膜の裏側で弾けるような、独特の電子的なスパーク。それが収まると同時に、それ(・・)を包み込んでいた無機質な光のトンネルは唐突に途切れた。

足の裏に、アスファルトとは異なる柔らかくも冷たい感触が伝わる。重力のベクトルが定まり、冷気を孕んだ風が頬を撫でた。

 

凍てつくような晩秋の冷気が、針葉樹の森を白く染め上げている。

落ち葉を踏みしめる音さえも吸い込まれるような静寂の中、その「影」は木々と同化するようにして斜面に身を潜めていた。

彼の後頭部には、それが何者であるかを示す記号が静かに刻まれている。

 

 

 

──静寂は、時として雄弁に死を語る。

 

 

しんしんと降り積もる雪が、長野県特有の険しい山々の稜線を白く染め上げている。

月明かりすらも厚い雲に遮られた深夜。凍てつくような冷気が支配する針葉樹林の中を、一つの影が音もなく滑るように移動していた。

純白の雪景色とは対極に位置する、漆黒のオーダーメイドスーツ。首元には血のように赤いネクタイが締められている。それはおよそ、冬の山間部を踏破するような装いではない。だが、男の足取りには微塵の揺らぎも無かった。雪を踏みしめる特有の軋み音すら、彼の卓越した歩法の前では沈黙を強いられている。

 

彼の頭部には毛髪が無く、その後頭部には無機質なバーコードが刻まれている。

男の名は、47。

幾多の並行世界を股に掛け、あらゆる標的を確実に葬り去るICA(国際合同暗殺機関)の伝説的暗殺者である。

 

『──現在地を確認したわ。気分はどう?』

 

右耳に装着された極小の通信器から、雑音一つ無いクリアな音声が響いた。

ダイアナ・バーンウッド。かつて彼のハンドラーを務め、現在は多次元にまたがるICAの上級委員として君臨する女だ。彼女の洗練されたブリティッシュ・アクセントは、凍てつく雪山の中にあっても優雅で洗練された響きを持っていた。

 

「悪くない。久方ぶりの実地任務だが、細胞が感覚を覚えている。... ...それに、この世界の冷気は私の肌によく馴染む」

 

『それは重畳。今回の任務は、あなたにとっては”準備運動”のようなものよ。ターゲットの暗殺は必須ではないわ』

 

『──日本へようこそ、47。そして、現場への復帰を歓迎するわ』

 

「あぁ。休暇は十分に楽しんだ」

 

『現在地は日本の長野県、山間部よ。ターゲットである茅場晶彦は、この山奥にある私有地のロッジで、自らの意識を“ソードアート・オンライン”という名の電子の檻へ幽体離脱させているわ』

 

「一万人の無辜の民を人質に取った、狂える神気取りの男......というわけか」

 

『ええ。本来なら私たちの依頼人(クライアント)がこぞって懸賞金をかけそうな人物だけれど、今回の依頼人は彼の命には興味がないの。依頼は、茅場が開発したVR空間技術のソフトウェアベース......通称「ザ・シード」のオリジナルパッケージの回収よ』

 

47は雪を踏みしめ、事前のブリーフィングデータにあった座標へと静かに歩みを進めた。

 

「暗殺は不要、か。珍しい依頼だ」

 

『彼の現実世界でのバイタルは、この狂ったゲームのメインシステム(カーディナル)とリンクしている可能性が高いの。もし貴方が彼の心臓を撃ち抜けば、システムは異常を検知し、仮想世界に囚われているプレイヤー全員の脳を焼き切るフェーズに移行するかもしれないわ。それに、今回は久々の復帰戦でしょう? 肩慣らしには丁度いい隠密作戦よ。尤も、物理的な肉体を現実世界(リアル)に置き去りにしている時点で、我々からすればただの無防備な標的に過ぎないけれど』

 

「理解した。ターゲットの肉体は生かしつつ、データのみを抜き取る」

 

『その通り。ターゲットの肉体の管理は、彼のかつての恋人であり研究仲間の神代凛子が行っているわ。彼女は定期的に下山して物資を調達している。ちょうど今、買い出しを終えてロッジへ向かっている最中よ。彼女を道標(ガイド)にしなさい』

 

ダイアナの言葉に、47は僅かに口角を上げたかのように見えた。

通信が切れ、静寂が戻る。

目を閉じ、呼吸を整え、己の感覚を極限まで研ぎ澄ませた。

視覚、聴覚、嗅覚が拡張され、周囲の世界の解像度が跳ね上がる。

彼の中に眠る超人的な暗殺者の直感(インスティンクト)が起動した。

灰色の視界の中で、わずかに乱れた雪の表面、微かな排気ガスの匂い、そして遠くで鳴る車のエンジン音が、まるでハイライトされたように浮かび上がってくる。

 

やがて眼下を走る舗装されていない山道に、一台のSUVが静かに滑り込んでくる。47の視界が、木々の隙間を縫ってその車内の熱源を捉えた。

 

「......見つけた。追跡を開始する」

 

雪に閉ざされた森の中を、死神は音もなく滑るように移動し始めた。

 

雪道に刻まれたSUVのタイヤ痕は、降雪によって徐々に薄れつつあったが、夜闇すらも見透かす眼を誤魔化すには不十分だった。

彼は木々の間をすり抜け、やがて舗装されていない山道の斜面から、一台の黒い車両を見下ろす位置に陣取ると、木立に身を隠して様子を伺う。

車は深い森の奥にひっそりと佇む、堅牢な木造のロッジの前で停車した。

運転席から降りてきたのは、厚手のコートを着た一人の女性だった。神代凛子。事前情報にあった通り、どこか疲労の色が濃く、背中を丸めながらトランクから生活物資の入った紙袋を下ろしている。

彼女は周囲を気にするそぶりを見せたが、それは「誰かに追われている」というよりも「この異常な状況に対する慢性的な恐怖」から来るものだった。

 

...素人の警戒など、47にとっては存在しないも同然である。

 

双眼鏡を取り出し、眼下に佇む木造のロッジへと焦点を合わせた。

周囲を木々に囲まれた、外界から隔絶されたような立地。一見するとただの別荘だが、47の研ぎ澄まされた直感と事前の情報網は、そこが狂気の天才の隠れ家であることを示していた。

 

「仮想現実の構築プログラム、か。渡界機で多次元を渡る我々の技術からすれば、児戯にも等しい代物に見えるが」

 

『顧客には顧客の事情があるのよ。異なる世界線の技術を持ち帰り、自らの世界のメタバース基盤を独占しようと企む大企業からの依頼……といったところかしら。いずれにせよ、報酬は莫大よ』

 

47は双眼鏡を下ろし、雪の積もった肩を軽く叩いた。

 

「了解した。神代凛子...協力者はかなり疲労しているように見える」

 

『ええ。彼女、茅場の身の回りの世話をするために、週に何度か訪れているようね。神代凛子を利用して内部へ侵入するのが最もスマートなやり方よ』

 

「......仕事に取り掛かろう」

 

ぽつりと零すと、47は漆黒のスーツを闇に溶け込ませた。

彼の脳内では既に、幾通りもの侵入ルートが構築され、そして破棄されている。

 

 

 

###新たなアプローチを発見###

 

 

 

 神代凛子が車から降り、紙袋をゆっくりと下ろしている。47はスコープ越しに建物の構造を瞬時に分析した。

 

「ロッジのセキュリティはどうなっている? ダイアナ」

 

『旧式の防犯カメラが二箇所。玄関と、裏手の勝手口よ。広域には繋がっていない独立型のようね。熱源センサーの類はないわ。サーバー以外、自分の隠れ家をネットに繋ぐような迂闊な真似は避けたのでしょう』

 

「...手動で設置した形跡がある。プロとは呼べないが、アナログな隠遁生活というわけか。好都合だ」

 

47は斜面を音もなく滑り降り、ロッジの死角へと取り付いた。防犯カメラの首振り(パン)のタイミングを計測する。

 

3、2、1──。

 

カメラが反対側へ向いたその一瞬の隙を突き、物陰へと移動した。

 

正面突破は三流のやることだ。システムをハッキングし、監視カメラを無効化する事も可能だが、茅場晶彦という男の警戒心を考えれば、可能な限り微小な電子的な痕跡(ログ)すら残すべきではない。

最も完璧な暗殺者とは、環境そのものと同化する者のことである。

物陰からこっそりと顔を覗かせると、雪の積もった車のトランクから、大量の食料品や生活物資を下ろしている女性の姿があった。神代凛子。茅場晶彦の大学時代の後輩であり、彼の狂行を知りながらも愛ゆえに離れられず、共犯者として彼を匿っている女性だ。

彼女の顔には深い疲労と、拭い去れない罪悪感が色濃く刻まれていた。

重い荷物を抱え、ふらつくような足取りでロッジのドアへと向かう。

47はその動線を完全に予測していた。

彼女がドアの電子錠を明け放った瞬間、懐から一枚の硬貨を取り出し、凛子の背後、除雪された空間の隅にある金属製のゴミ箱に向かって正確に弾き飛ばした。

 

カチンッ!

 

静寂を切り裂く、鋭い金属音。

 

「え......?」

 

凛子は驚いて振り返る。吹雪の音に紛れてはいたが、明らかに人工的な音だった。彼女は荷物を一旦置き、恐る恐る音の鳴った方へと歩み寄る。

そのコンマ数秒の隙が、暗殺者にとっては永遠にも等しい侵入のチャンスだった。

凛子の視界から完全に外れた死角を滑るように移動し、開いたままになっているドアをすり抜ける。足音は皆無。外の冷気と共にロッジ内部へと侵入した47は、即座にキッチン脇の深い影へと身を潜めた。

 

数十秒後、何も見つけられなかった凛子が首を傾げながら戻ってきて、ドアを施錠する。

 

 

(どうやら、上手くいったらしい)

 

47は暗闇の中で呼吸を極限まで薄くし、相手の動向を観察した。彼女は荷物を冷蔵庫に詰め込むと、重いため息をつき、リビングのソファへ倒れ込むように横たわった。連日の心労が祟っているのだろう。数分と経たずに、微かな寝息が聞こえ始めた。

無関係な民間人(非ターゲット)の排除は、プロフェッショナルの美学に反する。

穏やかに眠る凛子の横を、まるで質量を持たない幽霊のように通り抜けた。

 

 

目指すは、ロッジの最奥。厳重なロックが掛けられた地下室への扉だ。

最新式の生体認証とパスコードの二重ロック。本来であれば凛子の指紋や網膜が必要な場面だが、47は懐からICA特製の電子ロックピックを取り出した。次元を超えた技術力で作られたこのデバイスの前では、2022年製のセキュリティなど紙切れに等しい。

数秒のクラッキングの後、緑色のランプが点灯し、分厚い扉が音もなく開いた。

 

 

地下室は、異常な空間だった。

冷房が強く効いた室内には、巨大なサーバー群が鎮座し、低い駆動音とオゾン臭を放っている。そして部屋の中央には、医療用のベッドが一つ。

 

『スマートな手際ね、47。これで邪魔者はいないわ。ターゲットは無防備よ』 

 

「ああ。だが、少しばかり奇妙な光景だ」

 

部屋の中央にあるベッドには、男が仰向けに寝かされている。点滴のチューブが腕に繋がり、心電図のモニターが規則的な電子音を刻んでいる。

そして何より異様なのは、男の頭部をすっぽりと覆い隠す流線型のヘルメット──「ナーヴギア」だった。ヘルメットからは何本もの太いケーブルが伸び、ベッド脇に設置された巨大なサーバーユニットに接続されている。

そこは、無数のサーバーと冷却ファンの駆動音が支配する、異質な空間だった。

幾筋ものケーブルが、男の命と意識を仮想空間(アインクラッド)へと繋ぎ止めている。

茅場晶彦。 ゲーム世界の絶対的支配者であり、大量殺戮者。

だが、今の彼は、電源を落とされれば死を待つだけの脆弱な存在に過ぎない。

 

「......ダイアナ、ターゲットを視認した」

 

『結構。それでは、その「神様」を現実に引きずり戻してあげましょう。ナーヴギアの制御コンソールに、ワームを物理接続して。くれぐれも彼の脳を焼かないようにね。私たちに必要なのは、彼の頭の中にあるデータではなく、彼が隠し持っているソースコードの場所よ』

 

本来、外部からの干渉でナーヴギアを強制解除すれば、内蔵された高出力マイクロ波によって着用者の脳は破壊される。それが茅場の設定したデスゲームのルールだ。

しかし、今回の任務に先立ち──ICA技術部が事前に入手したナーヴギアを分解、苦慮の末に開発した『データワーム』は、その前提を根本から書き換える。

 

『ICAの技術部が用意した“データ”を持ってきたでしょう? それを端末のポートに接続して』

 

47はポケットから、銀色に輝く小型のデバイスを取り出した。

 

「これか」

 

『ええ。それはシステム全体を破壊するものではないわ。ただ、“茅場晶彦”という特定のアバター(ヒースクリフ)の神経接続プロセスにのみ、深刻なパケットロスとエラーを偽装するの。システムは彼を異常終了(強制ログアウト)させるしかなくなるわ』

 

47は迷いなく、デバイスをポートに差し込んだ。

直後、端末画面が激しく明滅を始めた。警告を示す赤いウィンドウが次々とポップアップし、部屋にけたたましいアラート音が鳴り響く。

 

『ビンゴね。侵食開始。システムが彼の意識を現実世界へパージするわ......』

 

画面上に幾何学的なノイズが走り、ICAのロゴを模した悪性のコードが、SAOの強固なシステム防御を上層から食い破っていく。

ナーヴギアの側面にあるインジケーターが、緑色から危険を知らせる赤色へと変わった。

即座にワームがシステムの深層へ侵入し、ナーヴギアの安全装置をバイパス。ログアウト不可の絶対プログラムに亀裂を入れ、マイクロ波の発生機構を物理的・ソフトウェア的に完全に遮断した上で、強制的な覚醒シークエンスを走らせる。

 

シュウウウ......という排気音と共に、ロック機構が自動的に解除される。

ベッドの上の肉体が、ビクンと大きく跳ねた。

 

「ガハッ......! あ......ぁっ......!?」

 

まるで深い水底から無理やり引き上げられた溺死者のように、茅場晶彦は空気を求めて大きく喘いだ。

47は静かに近づき、手袋を嵌めた手でナーヴギアを持ち上げ、彼の頭部から取り外した。

露わになったのは、無精髭が生え、頬がこけ、ひどく憔悴した男の顔だった。数週間に及ぶダイブ生活で、肉体は確実に衰弱している。

茅場は焦点の合わない目を瞬かせ、荒い呼吸を繰り返しながら、自分の上に立つ人影を見上げた。

 

「凛子......? いや、違う。君は......誰だ......?」

 

その瞳に、次第に理性の光が戻ってくる。彼は現状を把握しようと、視線をサーバーユニットのエラー画面、そして目の前に立つ黒ずくめの男──47の冷徹な顔へと向けた。

手袋をはめた手には、既に愛用のサプレッサー付き大口径拳銃(シルバーボーラー)が握られており、冷たい銀の銃身が暗闇でぬらりと輝いて茅場の眉間を正確に捉えていた。

 

「おはよう、天才。随分と長い夢を見ていたようだな」

 

「システムが......エラーを吐いた...? あり得ない。カーディナルは完璧なはずだ。外部からの干渉など...... 」

 

「完璧なシステムなど存在しない。それは、それを造り出した人間が不完全だからだ」

 

抑揚のない低い声が、冷え切った部屋に響く。しかし、銃口を向けられながらも、恐怖よりも強い好奇心をその目に宿した。

 

「君は、プレイヤーではないな。警察か? いや、公的機関の人間がそんなスマートなやり方で私を引きずり出すはずがない。......一体、どこから来た?」

 

「私が何処から来たか、何者であるか。それは君のゲームのシナリオには関係のないことだ。重要なのは、今この瞬間、お前の生死が私の指先一つに委ねられているという現実(リアル)だ」

 

その口調には何の感情も込められていない。ただ、絶対的な死の気配だけがそこにあった。

茅場はベッドの上で身をよじろうとしたが、長期間のダイブによる筋力低下で、まともに動くことすらできない。仮想世界では神であっても、ここでは無力な男でしかないのだ。

 

「……目的は、なんだ。私を殺すことか? ならば撃てばいい。だが、私が死ねば、アインクラッドのプレイヤーたちは永遠に解放されないぞ」

 

茅場は口角を僅かに上げ、交渉のカードを切ったつもりだった。

だが、相手は瞬き一つしなかった。

 

「思い上がるな、茅場晶彦。私は正義の執行者でも、人質解放の交渉人でもない。お前の作った箱庭の命など、私の仕事には1ミリも関係がない」

 

影はゆっくりと歩み寄り、銃口を汗ばんだ額に押し当てた。

冷たい銃身の感触に、茅場が微かに息を呑む。

 

「私が求めるのは一つだけだ。『ザ・シード』。お前が開発した、仮想現実空間を生成するための基礎プログラム。そのオリジナルデータを私の端末へ転送しろ」

 

その言葉に、茅場の瞳が大きく見開かれた。

 

「ザ・シード......? なぜ、お前がその名を知っている? それはまだ、私のローカルストレージの中にしか......いや、誰にも明かしていないはずの......」

 

「転送しろ。猶予は10秒だ」

 

有無を言わさんと、躊躇いなく47は撃鉄(ハンマー)を起こした。カチャリ、という乾いた音が、死のカウントダウンの始まりを告げる。

 

「10」

 

「待て、あれはまだ......」

 

「9」

 

「......くくっ」

 

「8...どうした」

 

「いや......」

 

茅場は額に銃口を突きつけられながら、狂気じみた笑みを漏らした。

 

「私の計算を、完全に超越した存在(バグ)が、現実世界に現れるとはな。君のような存在がいるのなら、この世界もまだまだ捨てたものではないらしい」

 

茅場は震える腕を伸ばし、ベッドサイドの予備端末に触れた。

 

「いいだろう。私の『夢』の種子を、君に託そう。君がどこの何者かは知らないが……それがどう育つのか、見届ける権利くらいは私にもあるはずだ」

 

急激な没入体験からの覚醒で震える指がパスワードを入力し、エンターキーを叩く。

暫くして、47の懐にあるICA製の暗号化端末が短い振動を発した。データの受信完了の合図だ。

 

『──47、データの完全なコピーを確認したわ。チェックサムも一致。本物よ』

 

「......取引は成立だ」

 

47はシルバーボーラーを下ろし、滑らかな動作で上着の下へ収めた。

 

「殺さないのか? 万人の命を弄ぶ、悪辣なテロリストを」

 

茅場が問いかける。

 

「私の契約書に、お前の名前は載っていない」

 

47は背を向け、地下室の出口へと歩き出す。

 

「ゲームを続けるがいい。ただし、現実(こちら)側のセキュリティはもう少し強化することをお勧めする。......次に来る客が、私のように“紳士的”である保証はないからな」

 

扉が静かに閉まる。

後に残されたのは、圧倒的な死のプレッシャーから解放され、虚脱状態で天を仰ぐ仮想世界の神の姿だけだった。

 

「......ふっ、徹底しているな。プロフェッショナルというわけか」

 

茅場は力なくベッドに背中を預けた。抵抗する気力も、そして物理的な力も、今の彼には残されていない。

彼は仮想世界では無敵のパラディンであり、全てを統べる神であったが、現実世界ではただの脆弱な肉体の塊に過ぎなかった。

 

「君のような存在がいる現実世界も......案外、捨てたものではないのかもしれないな。システムの外側から、いとも容易く私の箱庭の壁を越えてくるバグのような男......」

 

茅場は、どこか楽しげに、微かな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

雪はまだ降り続いている。

ロッジから十分に離れた山道を歩きながら、47は渡界機の起動シークエンスに入った。

周囲の空間が微かに歪み、青白い次元の光が彼の身体を包み込み始める。

 

「ダイアナ。仕事は終わった」

 

『見事な手際ね、47。ターゲットには一切の身体的危害を加えず、システムへの痕跡も皆無。まるで最初から誰も存在しなかったかのよう。まさに芸術的(アート)だわ』

 

「準備運動としては、少々物足りなかったがな」

 

何時もは無愛想な暗殺者の口元に、ほんの僅かな笑みが浮かんだように見えた。

 

『ふふ、休んでいる暇はないわよ。既に復帰報告を受けた依頼人の何人かが次の任務を要請しているわ。今度の獲物は、少しばかり骨が折れるかもしれないわね』

 

「問題無い。既に散らばっているエージェント(彼ら)に遅れる訳にはいかないからな」

 

青白い光が弾け、漆黒の暗殺者の姿は雪山から完全に消失した。

降り積もる雪が、彼が存在したという僅かな足跡すらも、白く覆い隠していく。

 

==================================================

 

【ミッションコンプリート】

 

リザルト

 

・「腕は鈍ってない」+1000 『復帰:任務を無事に完遂する』

・「スーツ・オンリー」+2000 『一度も変装せずに任務を完遂する』

・「ソードアート・オフライン」+3000 『リアル(現実世界)で茅場晶彦と会話する』

・「原初の種子」+3000 『オリジナルのザ・シードを入手する』

・「神の失墜」+1500 『茅場晶彦を強制ログアウトさせる』

 

 


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