弓兵の想い(Fate/stay night) 作:立花つかさ
「っ!
イリヤの声がアインツベルン城に響く。
彼女は忌々しそうに対峙するサーヴァント――
たかが弓兵。
狂化して理性を失ったとはいえ、大英雄ヘラクレスの敵ではないはずだった。
彼に勝てる英雄など存在しない。
狂戦士のマスターであるイリヤは、そう確信していた。
だが――
「ふん、ヌルいぞ!」
赤い影が縦横無尽無尽に駆け回る。
狂戦士の一撃を紙一重で回避していく。
身体の至る所を裂傷している。
自らの血で紅く染まりながらも動きに翳りはない。
「ありえない、ありえない、ありえない! なんで狂戦士に弓兵ごときが渡り合えてるよの!」
目の前で繰り広げられている光景は、イリアの許容できるものではなかった。
彼女は狂戦士に檄を飛ばす。
感情に呼応し、魔術回路から溢れた魔力が紫電が迸る。
「■■■■■■■!」
狂戦士が雄叫びを上げる。
そして繰り出された必殺の一撃。
石床が軽々と粉砕される。
礫が飛び散り、城全体が振動する。
弓兵が避けられるはずのない一撃。
「なんで! なんで! なんでなのよ!」
イリヤは叫ぶ。
まるで狂戦士の攻撃を知っていたかのような動きで、弓兵は一撃を躱していた。
叫びながら、イリヤは目を見開いて弓兵の動きに見惚れていた。
決して常人ではあり得ない動きではない。
常人が掴みえる高みの動き。
才能だけに頼ることなく、鍛錬によって培われた技術。
それ故に、どこか洗練されていない荒さ――泥臭さがイリヤを惹きつけた。
「さすがは大英霊。狂化しても技の冴えに健在か」
狂戦士の懐に飛び込もうとした弓兵だったが、狂戦士の一撃に阻まれる。
慌てた素振りを見せることなく、弓兵はヒラリと身を翻して狂戦士から距離を取る。
「狂戦士! やっちゃえ!」
「■■■■■■■!」
イリアが声を張り上げた刹那、弓兵の魔術回路に魔力が迸る。
弓兵の周囲の空間が揺らめく。
次の瞬間、弓兵の手には真紅の槍――宝具が握られていた。
「また別の宝具を……」
思わずイリヤは呟いてしまう。
有史以来、複数の宝具を手にした英雄は存在する。
でも、目の前の弓兵がそんな存在とは到底思えない。
英霊と宝具は唯一無二。
少なくとも弓兵が今手にした槍は、弓兵の宝具ではないはず。
現に先ほどまでは白と黒の双剣で、狂戦士の攻撃を捌いていた。
混乱するイリヤをよそに、弓兵は慣れた動きで手にした宝具――槍を構える。
「ゲイ――」
「っ! まずい! 狂戦士! 発動前に潰して!」
イリヤは混乱しながら狂戦士に向かって叫ぶ。
あの槍はかの有名なクー・フーリンの魔槍。
あの弓兵がクー・フーリンであるはずがない。
なぜ弓兵が手にしているのか全く理解できない。
だけど、必殺の威力を秘めている宝具ということだけは確かだ。
周囲は魔槍の
「――ボルグ!」
弓兵が槍を放つ。
空間を裂いて飛翔する真紅の魔槍は寸分違わず目標――狂戦士の胸に刺さる。
「■■■■■■■!」
生を刈り取る一撃。
狂戦士が音を立てて倒れ込む。
「さて、これで四度目だ」
満身創痍の紅い弓兵が涼しげな声で告げた。
***
アインツベルン城に涼しげな声を響かせたアーチャー。
しかし、その内心は焦りで舌打ちをしていた。
英霊がサーヴァントシステムの枷で狂化した場合、理性を失う代償として筋力や耐久力などのステータスが一ランク以上底上げされる。
そのため、全てが必殺の一撃となりえるが、並の英霊なら狂化によって理性を失うマイナス面が大きい。
だが、イリヤとイリヤに従うバーサーカーは別格だ。
イリヤの規格外の魔力量が、バーサーカーの最悪の燃費を補う。
バーサーカーも理性を失ったことで技術を失うはずなのに、卓越した心眼(偽)と体に染みついた超絶的な戦術本能が、研ぎ澄まされた剣術と立ち回りを保っている。
アーチャーが精神を擦り減らし、経験から培った心眼(真)をもって致命傷を免れているものの、蓄積されるダメージに限界は近い。
並のサーヴァントが相手ならば、宝具を発現させることで一気に勝負をつけることは可能だろうが、対峙するバーサーカーが宝具の展開中の隙を見逃してくれるとは思えない。
消耗戦を強いられることに焦るが、アーチャーは務めて表に出さない。
「バーサーカー! いつまでも寝ていないで、さっさとそこにいる目障りなアーチャーを殺っちゃいなさい!」
イリヤの幼い怒声が響く。
その声に、骸と化していたバーサーカーの瞳に光が戻り、体がピクリと反応する。
――またか。
落胆しそうになる自分を御して、アーチャーは両手に双剣を投影する。
「まだ死なぬとはな。さすがは大英雄だ」
皮肉ぶったアーチャーの声にイリヤの激高が耳を劈く。
動き始めるバーサーカーに、アーチャーは内心落胆しながらも、動じる素振りは見せない。
アーチャーは悠然と起きあがるバーサーカーだけを見据える。
――ここで簡単にくたばれるか!
先ほどからアーチャーの内側で木霊する叫び。
それは自分にしか聞こえない心の叫び。
心中で泣き叫びながら周囲に訴えたかった。
しかし、その理由を誰かに告げることは出来ない。
敵を目の前にして自分の心は別の想いに捕らわれている。
断言しても良かった。
闘いながらも脳裏によぎる明確なビジョン。
むしろ捕らわれているがこそこの圧倒的な差を凌駕できていた。
無心、無我の境地──には程遠いが。
「早々に悪いが、御退場願おう」
バーサーカーに一方的に告げる。
同時にアーチャーの内側で、拳銃の撃鉄が上がり、魔力回路が目を醒ます。
魔力が体中を駆け巡り、瞬間で準備が完了する。
投影・開始──
そう口の中で呟く。
「格子は捻れ――」
続けてハッキリと言葉を紡いでいく。
幻想が形を成し、確かな実体を得る。
ずっしりと確かな手応えを伝えてくる大剣。
投影した宝具の出来に満足し、アーチャーは軽く振るう。
空を斬る音が余韻として残り、握っていた大剣は螺旋状にカタチを組み替える。
「――
アーチャーは澱みのない動きで、創り出した剣を投影した弓に番え、素早く引き絞る。
放たれた剣は狙いは違わず、一直線にバーサーカーに襲い掛かる。
そのまま矢と化した剣は弾る
圧倒的な破壊力に生み出し幻想に還った。
***
「カラドボルグ……しかも、幻想破壊ですって……」
繰り広げられた光景に、イリヤはポツリと呟く。
(分からない……)
何度繰り返しても明確な答えは見つからない。
唯一無二で、複製不可能な宝具。
それをいともあっさりと破壊する。
英霊にとって、命と同価値であるはずなのに。
複数の宝具を所持する英雄は、確かに存在する。
でも、それをあっさりと破壊するような愚行を行う英雄はイリヤは知らない。
さらに、大英雄ヘラクレスに、こうも痛手を与えるサーヴァントが召喚されているはずもなかった。
想定外の事態に、彼女の握りしめた手にじんわりと汗が滲み出してくる。
「なんで! なんで! なんで!
イリヤの声に狂戦士は応えない。
代わりに地響きのような倒れる音が響いてくる。
「狂戦士は強いんだよ!」
イリアの声が虚しく響きわたる。
「ふん、だからどうした」
弓兵が肩で息をしながらも応じる。
ボロボロの姿にも関わらず、力強い意志の宿った眼差しで彼女を見据える。
「なんでそこまで戦えるのよ!」
イリアの声に弓兵の表情が曇る。
何かに想いを馳せている。
「なんでだと……わかるはずない。これは俺の――」
言葉は最後まで紡がれなかった。
再び起きあがった狂戦士が弓兵に迫ったからだ。
「俺は、このままでは道化師なんだ!」
避けながら弓兵の悲痛な叫び声が響き渡る。
「俺は、歴史を変える!」
弓兵は限界に達した体を引きずるように──
手にした双剣は今にも消えてしまいそうに弱々しく──
「俺の見せ場を――」
弓兵は目を見開く。
「――エロシーンに食われたまま消えてたまるか!」
弓兵の裂帛の声。
彼の捨て身の一撃が狂戦士を貫いた。
「■■■■■■■!」
狂戦士が咆哮を上げる。
そして、弓兵に振り下ろされた必殺の一撃が弓兵の命を刈り取った。
光の粒子に変わっていく弓兵と絶命して倒れる狂戦士。
弓兵の最後の言葉がイリヤの脳裏に繰り返し響いていた。
「……なんでやねん」
イリヤは思わず呟いていた。
お読みいただき、ありがとうございました。