FOX小隊が百鬼夜行で用心棒をするお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
その後、ユキノが問題なく歩けることを確かめた一同は、ミチル達に別れを告げ、旧校舎を後にした。今回は同じ道を歩むことは叶わないけれど、忍者を愛する者同士としてこれからも交流を続ける為の、24時間で自動的に削除されて二度と連絡がつかなくなるモモトークのアカウントを共有して。
「また遊びに来て下さいね!」と、寂しさを堪えるようにして見せたミチル達の笑顔を見て、ニコはモモトークが表示されたスマホを握りつぶしたくなった。ユキノは彼女達のことを「今回の件に何か関わりがあるのではないか」と、最後まで疑っていたようだけれど、ニコはそうは思えなかった。叶うのなら、忍者オタクだという嘘を突き通してまでも彼女達に何かしてあげたかった。そう思えてしまう程、彼女達の無邪気さはニコにとって眩しいものだった。
しかし、そんなことで後ろ髪を引かれている訳にはいかない。自分達には自分達のすべきことが残っているし、それにもう二度と、彼女達に会うことはないのだから。
「さて。改めて、皆には迷惑をかけた。今回のことは全て、私の独断専行によるものだ。本当に申し訳ない」
百夜堂に戻ったユキノは開口一番に謝罪をした。寂しそうなニコとは対照的に、既に忍術研究部のことなど頭の片隅にすらなさそうな態度だ。
「ではこれより、収集した情報の整理及び...」
「ユキノストップ!ちょっと待って!」
突然、クルミが話の腰を折った。
「今日のことを整理する前に、やるべきことがまだ残ってるわ!オトギ、あのゲーム機は一体どういうことなのよ!?アンタ、真面目に仕事してるって言ってたわよね!?」
クルミは部屋の隅に置かれた、大きなプライステーションの箱を力強く指さした。どうやら仕事中に遊び呆けていた仲間の断罪をしたいようだ。しかしオトギはそれに怯むどころか、目を細めていたずらっぽくクルミの顔を見た。
「ふっふっふ。悪いけど、クルミも人のことは言えないよ。私知ってるんだからね、今日クルミがホビーショップでムシクイーンやってたこと」
「なっ...!」
怯んだクルミに、オトギは余裕綽々の笑みを浮かべる。
「さっきお世話になったミチルさんって人から、ぜ~んぶ聞いてるよ~?ミチルさんの使ってたデッキ借りて、経験者の人にあっさり勝ったらしいじゃん?それに最初は冷たかったけど、ゲームを進めていくうちに直ぐに打ち解けて、最後はハイタッチまでしたって。私が推測するに『情報収集の為にホビーショップに入って、そこで勘違いか何かでムシクイーンに興味があるって思われて無理やりやらされたけど、何だかんだ楽しくなっちゃった』って感じかな~?」
悔しそうな顔でこちらを見つめるクルミを見て、オトギは図星を突いたことを確信した。長い付き合いな上に、一緒になって同じマンガにハマっている仲間なのだ、この程度の推測はオトギにとって朝飯前だった。
「…その通りよ!文句ある!?」
「文句なんてないよ~。でも、そしたらそのプライステーションは『射的の景品として用意されていたもので、情報収集の道具として使えそうだから仕方な~く取ったもの』だってこと、信じてくれるよね?」
「…分かったわよ」
クルミはムスッとした顔のまま頷いた。マイペースでお調子者のオトギのことだ、仮に今の言葉が本当だとしても、少なくない時間をお祭りを満喫するのに使っていたことは容易に想像できるが、昼間の出来事を知られているとなっては強気に出られない。
『失礼しま~す!』
オトギとクルミのやり取りが終わり、ユキノが今度こそ本題に入ろうとした時、再び邪魔が入った。部屋の襖が開き、廊下にぺたんと正座をするシズコが姿を見せる。和食特有の、香り高い出汁の匂いが4人の鼻を撫でた。
「お取込み中のようでしたので、夕食ここまで持ってきちゃいました。あの、良かったらお食事にしませんか?実は私達、これからお祭りに向けての定例会議があるので厨房にいられないんです。だから…」
こちらの都合で食事の時間を勝手に決めてしまったことに、シズコはややバツが悪そうに顔を上げる。しかし、自分の背後にある4つのお膳に視線が釘付けになっているニコ、オトギ、クルミの三人の顔を見て、考えを改めた。
「そしたらお膳の方、お部屋に入れさせて頂きますね!食べ終わった食器類は廊下に出しておいて下さい!私達が回収するので!」
「うわ~ッ!本当の旅館のご飯みたい!頂きますッ!」
オトギは早速、キノコや野菜、油揚げがたっぷり入った炊き込みご飯をかき込んだ。
「お出汁がしっかり染みててとっても美味しい!」
オトギは満足そうに喉を鳴らした。
「こっちのお吸い物も美味しいわ!すっごく上品な味わいね!」
「このお漬物、甘いお稲荷さんにも良く合いそう!シズコさんに作り方教えて貰おうかな?」
オトギに続き、汁物が注がれた椀を啜るクルミも、漬物が入った小鉢をつつくニコも、満足そうな顔で感想を述べる。素材の味をふんだんに活かした百夜堂の夕食は、今日一日汗を流し、その上でユキノの一件で肝を冷やした3人の身体に狂おしい程に染みこんでいった。
「…いただきます」
ほくほく顔で食事を進める三人を見ながら、ユキノは遠慮がちに、お膳の真ん中に鎮座する大きな魚の揚げ物に箸を伸ばした。腹のあたりの身を取り、纏った衣と共に口に運ぶ。ユキノが口を動かし始めた途端、ニコ達は会話をぴたりと止め、ユキノの顔をじっと見た。
「どう、隊長?美味しい?」
魚の身を飲み込んだ時、期待の眼差しと共にオトギが尋ねて来た。この「美味しい?」は当然、ただ料理の感想を聞いている訳では無い。「信じられない位下手くそなユキノ隊長の食レポ」を、聞きたがっているのだ。
「…身がフワフワで、サクサクだ」
それだけ伝えて、ユキノは仲間達の顔を見た。隊長の視線を受け、オトギ達は顔を見合わせる。
「…えっと、それだけ?」
ユキノは少し困った顔で、頷いた。
「な、何か…こないだの焼き肉の時よりかはマシだけど、変にマシになったせいでイジリづらいわね…」
「ま、まぁ多少は成長したってことで良いんじゃない…?」
苦笑いをするオトギとクルミ。そんな二人を尻目に、ユキノは再度魚の身をつまむ。瞬間、ユキノの細い瞳が僅かに開いた。
「骨が、柔らかいな。良く火が入っている証拠だ」
『え?』
思いもよらない発言に、三人は再びユキノを見る。ユキノは今度はカリカリになったお頭を身から外し、豪快に齧りついた。バリッ!バリッ!という小気味いい音が、部屋に響き渡る。
「頭も柔らかい。それに、とても香ばしいな。なんだか、お煎餅を食べているみたいだ」
その感想は、先程のものよりずっと自然に、ユキノの口から零れた。
「お~ッ!!今の良い感じじゃんッ!さっきのフワフワでサクサクよりずっと美味しそうな感じが伝わって来る!」
「やればできるじゃない、ユキノ!」
「ほんとだ、骨が凄く柔らかい!この柔らかさは二度揚げしないと出せない筈…そこに気付くなんて、流石はユキノだね!」
初めてまともな食レポをしてしまったせいで、ユキノは食事を終えるまで、照れ隠しのようにずっと難しい顔で箸を動かしていた。
「ヤバッ!敵にバレたわッ!お、オトギどうしたら…!」
「直ぐに逃げて身を隠して!今のステータスだとステルスで一撃で倒さないと勝てないやつだよソイツ!」
「わ、分かったわ…!あ、間違えて手裏剣撃っちゃ…」
瞬間、画面いっぱいに「死」の文字が浮かび上がる。
「ねぇオトギ、このゲーム難しくない…?今の奴、ボスとかじゃないわよね…?」
「ゲームオブキヴォトスに選ばれた理由が『クリアまでに千回は死ぬ最凶難易度』だからねこのゲーム。取り敢えず死んだから、交代ね~」
クルミからコントローラーを受け取ったオトギは畳の上に「よっこいしょ」と腰かける。
食事を終えお腹いっぱいになったFOX小隊。その後、収集した情報を共有した一同だったが、ユキノが接敵した幽霊に関する情報を除いて、新たに得られた情報は皆無に等しかった。
「敵は何らかの方法を用いてこちらの意識を奪うことが出来る」ことに加え、「魑魅一座だけでなく、ユキノとミチルが意識を奪われたことから、敵の能力には何らかの法則があること」が推察出来たが、結局その法則が何なのか、具体的なものは結局分からずじまいになってしまった。
目標の活動が夜に活発になることから、本当なら夜の街にも繰り出したかったが、ユキノ程の実力者が成す術無く無力化されたという事実から、集団であっても夜の調査は危険と判断し、少なくとも今夜は百夜堂の防衛に徹することを決め、情報共有は終わった。オトギが射的で取って来たゲームをクルミと一緒になって遊んでいるのは、その為(?)である。
「ユキノ、その浴衣気に入っているみたいだね」
部屋に備え付けてあったうちわを片手に、窓際で夜の百鬼夜行を眺めていたユキノの前に、同じく浴衣を着たニコが腰かける。
「これ、お茶」
「あぁ、すまない」
冷たい緑茶が入った湯のみを、ユキノは受け取る。しっとりとした空気も相まって、何だか、熟年の主婦のような雰囲気だ。
「キレイな夜景だね。全部が終わったら、今度は観光で来たいね」
自分と同じように夜景を眺めながら、ニコがぼそっと呟いた。遠くのお祭りの光がぼんやりと映るニコの瞳を、ユキノはジッと見つめる。
「…心残りなのか?あの、忍術研究部の3人が」
ハッとした表情で、ニコはユキノを見た。それと当時に、うちわを動かしていたユキノの手も止まる。
「彼女達と別れてから、寂しそうな表情が拭えていない。ニコにしては珍しいことだ、今までの任務で同じような経験は幾つもあっただろう」
自分の心の内を見事に言い当てられたニコの表情に、影が差した。月明かりが、その横顔を仄かに照らす。
「…流石だね、隊長。うん、そうだよ。私、ミチルさん達と別れてから心の中がずっとモヤモヤしているんだ。何だか友達になれる筈の人と友達になれなかった、みたいな、そんな心残りが、離れてくれないんだ。こんな経験、初めて…」
ニコは困ったように笑った。
「でもね、それとは別に『ミチルさん達とはまた何処かで会えるんじゃないか』って、変な安心感があるんだ。実際、聞き込みに協力してくれた人と別の場所で再会したこともあるしね」
「奇遇だな、それは私も同じだ」
ニコはキョトンとした顔になる。
「えっと、そしたらユキノもまた会えるかもって思ってるの?」
ユキノは静かに頷いた。
「安心感とはまた違うが、彼女達は今回の件に関する何かで再会するのではないか、という予感が私の中に確かにある」
「それってユキノがまだミチルさん達のことを…」
今度はユキノが困ったように微笑んだ。
「そうなのかも、しれないな。実際、まだ彼女達が百花繚乱に関わりが無いと断定できた訳では無い。ただ、彼女達と直に話して、こちらを利用してやろうという魂胆は感じ取れなかった。それに…」
ユキノはニコの顔を真っすぐ見た。
「…どうしたの?」
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
「自分とミチルに、何か共通点があるのではないか」そう言いかけて、ユキノは止めた。それを話したら、自分の中の脆い部分がぐらりと揺さぶられるような気がして、恐ろしくなったからだ。
(確かに綺麗な場所だが、
そんなことを考えながら、ユキノは床に着くまで湿気に満ちた夜景をずっと見つめていた。