セバタスチャンの報告を受けたアヤレーヌは震えていた。
「一体どうしてですの? 我が社のセキュリティは完璧なはずなのに……」
「どんな強固な守りでも穴はあるもんさ」
ババアの言うことはもっともだが、フラワルソーズ工場はレンブンの街で最大規模の施設と聞く。
そんなところで堂々と盗みを働けるのは内部の人間か、あるいは人間離れした者の仕業だろう。
もしくは、僕と同じような存在がいるのか。
姿を隠せたりワープする力なんてものを得られたなら、窃盗なんて朝飯前だろう。
「でも安心しな、お嬢ちゃん。ここには伝説の焼き菓子職人の後継者様と、マスターベイクド様がいるんだからねぇ」
ちょっと待て、何を言うつもりだババア。
「アンタんところの盗まれた生地種は、あっという間に取り返してやるさ」
「はっ……! 伝説に違わぬ弱きを助ける姿勢……やはりわたくしの勘は正しかったんですのね!」
「勝手に話を進めないでくれ!」
「こうしてはおられませんわ! オリス様の勇姿を見られないのは残念ですが、わたくしはここで一旦失礼いたしますわ!」
憂いを帯びた表情はもうどこにもなく、アヤレーヌは元気を取り戻していた。
立ち直りがはやいな……。
「オリス様がいらっしゃるのですもの! きっと街の皆様方も元気を取り戻してくださいますわ!」
「え、余計なことを言わないでくれよ」
「それではごきげんようですわーっ! おーほっほっ!」
結局、勘違いされたまま、アヤレーヌを帰してしまった。
ババアは一体何を考えているのだろうか。
「おいババア、大口叩くからには何か策があるんだろうな?」
「ああ、あるよ。とびっきりのがね」
ババアはニヤリと笑った。
「坊や、あんたには第三のスコーンを作ってもらうよ」
「第三……?」
スコーンのタイプは二つあると言ったのはババアだ。
自分の言ったことも忘れるなんて、大丈夫なのだろうか。
まさか……。
「坊や、アタシがついにボケ始めたとか、物忘れが激しくなったとか、失礼なこと考えてんじゃないだろうね?」
またしても、ババアに心を読まれてしまった。
「まだ何も言ってないだろ!」
「やっぱり思ってるんじゃないかい、まったく」
「それで、第三のスコーンって一体なんなんだ?」
「第三のスコーンはね、こいつを使ったお菓子だよ」
ババアは食材置き場から細長いものを何本か取り出し、得意げに掲げてみせた。
「トウモロコシ……?」
「そう、第三のスコーンは生地にトウモロコシを使うのさ」
生地にトウモロコシ……。
おい、これまさかアレじゃないよな?
バーベキューやチーズの香りや風味を楽しめる、あのサクサクしたお菓子のことじゃないよな!?
「さらに味付けは焼きトウモロコシ風味!」
「やっぱりあのお菓子じゃねぇか!」
現実世界で散々食べたよ!
確かにそれもスコーンだけどさぁ!!
「おや、知ってたのかい。なかなかやるじゃないか」
「そんなもの作ってどうするんだよ?」
「決まってるじゃないか」
ババアは再び口元を歪め、ニヤリと笑う。
「泥棒を釣るのさ」
◇◇◇
「まずはトウモロコシを粉にするところから始めようかね」
レシピの説明もしないまま、ババアはトウモロコシを砕くためのつき臼を渡してきた。
アドリブでやってないよな。
知らないからな。
「ほら、気合いを入れて突くんだよ」
トウモロコシの粒を石臼に入れて砕いていく。
ただ細かく突くだけのはずだが、手作業だと重労働だ。
というか、一体いつトウモロコシの粒を取り出したんだろう。
ふとババアの方を見ると、サクットに残りのトウモロコシを食わせていた。
「いや、なにやってんだよ!?」
「なんだい、いきなり大声出して」
「大声も出るよ! 大事な食材だろう!?」
サクットにトウモロコシを食わせながら、ババアは平然としていた。
「そうさ、大事な食材さ。アレを見てみな」
サクットの身体がぷるぷると震えた。
次の瞬間、口から大量のトウモロコシの粒が吐き出される。
食われたはずの粒は傷一つなく、芯だけが綺麗になくなっていた。
どうやら芯だけを食べる生態のようだ。
……って、納得できるか!
「こんな得体の知れない生き物が吐き出したもの、食べて大丈夫なのかよ!?」
「ああ、それについては成分を調査済みだよ。吸い込まれる前と全く変わらない。アンタにはもったいないくらいの便利な子さ」
作り始めたばかりなのに妙な疲労感が出ている。
原因は間違いなく、この二人だ。
これ以上は考えるのをやめて、僕は石臼を突くことだけに集中することにした。
「このくらいでいいだろう。次は焼きトウモロコシ味の素を作るよ」
「どうやって?」
「この特製粉末を焼くだけさ」
「急に雑になったな」
「うるさいね。さっさと焼くんだよ」
ババアに渡された謎の粉末を鉄板に広げ、恐る恐る火を通していく。
すると、じゅわっと音を立てて煙が上がった。
香ばしい醤油と焼きトウモロコシの匂いが鼻をくすぐる。
この世界にも醤油はあるんだな……。
「ちょっと焙って香りが出てきたら完成だよ」
「いや、待て。この粉どうやって作った?」
「企業秘密さ」
「お前は会社経営してないだろ!?」
香りは完全に屋台の焼きトウモロコシだった。
この世界の技術ってすごいな。
いや、ゲームの世界だから整合性とかは無視してるんだろうけど。
この粉の出どころが気になる……。
しかし、深く突っ込むと面倒くさそうなのでやめておいた。
「最後に全部生地に混ぜて焼けば、お菓子自体は出来上がるよ。ほら、さっさと焼いとくれ」
ババアが妙に含みのある言い方をしていたが、今さら気にしても仕方がない。
僕は黙って生地を焼き始めた。
ジュージューと音を立てて生地に焦げ目が付いていく。
やがて、山吹色の美味しそうなお菓子が出来上がった。
「サクット、仕上げを頼むよ」
……サクッ……サクッ……。
完成したスコーンは、あっという間にサクットの身体に吸い込まれた。
「食べるなー!」
「また悪い癖が出たね。落ち着いて見てみな」
サクットの身体が大きく振動し始める。
揺れはすぐに止まったが、ぽろっ……と何かが転がり落ちてきた。
細長い棒状のお菓子だ。
一本、二本、三本。
気付けば、山のような棒状のお菓子が床に積み上がっていた。
香ばしい焼きトウモロコシの香り。
一口サイズの独特な形。
そして、見覚えのあるフォルム。
……。
「どうしたんだい、坊や」
どう見ても、あのお菓子メーカーのスコーンじゃねぇか!
と言ったところで、きっとババアには伝わらないだろう。
僕はこれ以上言及することは止めにして、出来上がったスコーンを口に放り込んだ。
カリッ、サクッ、と軽快な音がする。
その後、じゅわりと焼きトウモロコシの風味が追いかけてくる。
うん、やっぱりあのスコーンだ。
なんなら現実世界で食べていたものより美味い。
ゲームの世界ってすごいな。
いや、感心している場合じゃない。
なんで異世界に転生してまで、あのお菓子を食べることになるんだよ……。
「このスコーンが美味いことはわかったよ。で、これからどうするんだ」
「アンタはまだ生地種を作ったことも、お菓子を増やしたこともないんだろ。まずは、そこから始めようじゃないか」
生地種……オリジナルシードか。
そう言えば、盗まれたお菓子は全部オリジナルシードだな。
「ほら、作ったお菓子に向けて手をかざしな」
「は?」
「いいから、ババアの言うことには逆らうんじゃないよ!」
なんて奴だ。
こんなのが師匠でいいんだろうか。
言われるがままに、出来上がったスコーンに手をかざす。
しばらくすると、淡い光がスコーンを包んだ。
「なんだ今の光?」
「いいかい、ビックリして手を放すんじゃないよ!」
光が全てのスコーンに行き渡ると、すっと力を失ったように元の姿に戻った。
「これで生地種の完成さ」
意味が分からない。
今の行為に一体、何の意味があるというんだ。
「そう難しい顔をしなくていいよ。今のは職人の魂を込めるおまじないみたいなもんさ」
ただのおまじないで光は出ないだろ。
「一度魂を込めたお菓子は、もう二度と生地種にはできない。だから生地種ってのは、一人の職人が一生に一度だけ作れる宝物なんだよ」
「宝物……」
「だから盗まれた日には、腕をもがれたも同然ってわけさ」
「なるほど、だからバンブキンさんはあんなに怒ってたのか」
「ヤツの場合は素だけどね」
恐ろしくなったので、バンブキンさんの話は聞かなかったことにしよう。
確か、オリジナルシードを作って量産機を用意する最中に盗まれたんだっけ。
じゃあ、こいつもすぐに盗まれてしまうんじゃないか?
「ババア、量産機はどうするんだ? 目を離してたら盗まれちゃうんだろ?」
「心配無用。こうするのさ!」
完成したスコーンを全てサクットの口に放り込んだ。
「ババアーーーーーーー!」
「まったく騒がしいね、坊や。少しは冷静さってもんを磨いたらどうだい?」
サクットの身体が再びぷるぷると震え出す。
ぽろっ。
ぽろぽろぽろぽろ……。
仕上げの時と同じように、今度は大量のスコーンが次々と吐き出された。
気付けば、床にはさっきまでの何倍もの量のスコーンが山積みになっていた。
「この子の中なら誰にも盗めやしない。最高の量産機ってわけさ」
なんなんだよ、こいつは本当に!
そして、なんでババアはこんな得体の知れない生き物を真っ先に活用しようと考えるんだよ!
チャレンジャーすぎるだろ。
「こいつはまだどこにもないお菓子だ。生地種なんて使わなくても、こんな珍しいもんを見せびらかせば、欲をかいたヤツが勝手に食いついてくる」
そう言ってババアは、満足そうにサクットの頭をぽんぽんと叩いた。
「駒は出そろった。後は決戦の日を待つだけだね」
一体、何と戦う気なんだよ。
僕は泥棒よりもババアの底知れなさの方が怖かった。