「アンタんとこの会社で、こいつの試食会を開いてもらいたい」
「これは一体なんですの?」
「まだ誰も食べたことのない、坊やの作った第三のスコーンさ。まあ、アタシは味見したけどね」
「まあ……! 流石は伝説の焼き菓子職人様ですわ!」
事情を知ったアヤレーヌは二つ返事で了承した。
「すぐに街中へ知らせてきますわ!」
「待て待て待て! なんでそんな大事になるんだよ!」
「伝説の焼き菓子職人様の作品ですのよ!? レンブン中がお祭り騒ぎになりますわ!」
「そんなの泥棒に宣伝してるようなもんじゃないか!」
「そいつぁいい」
ババアがいつもの調子でニヤリと笑った。
「大物を釣るなら、餌は派手な方がいいのさ」
「だいたい、どうやって泥棒を捕まえる気だよ」
「……坊や、アンタの力の見せ所だよ」
「は?」
何を言っているんだこのババアは。
まさかとは思うが、策なんて最初からなくて丸投げされてるんじゃないか?
「サクット、生地種を出しとくれ」
返事代わりにサクッと音が鳴り、サクットは第三のスコーンのオリジナルシードを排出した。
なんでこいつはババアには素直に従うんだよ。
「出番だよ、坊や?」
「いきなり言われても分かんないよ!」
「ほら、アレだよ。忘れちまったのかい? ビスケット硬貨を出すあの技さ!」
あの迷惑な能力で何をするつもりなのだろうか。
こっちをじっと見ているサクットの視線が刺さる。
まるで期待でもされているかのようで、何か変な気分だった。
「ほら、生地種に向かって使ってみな」
「そんなことしちゃっていいのかよ!?」
「いいって、ほら早くしな!」
どうなっても知らんぞ、本当に。
僕は半ばヤケになりながら、人差し指でオリジナルシードの手前の空間をつついた。
見慣れたビスケット硬貨がぽろりと零れ落ちた。
だが、それを拾い上げるより早く、ババアはオリジナルシードをサクットの口に押し込んでしまう。
しばらく様子を見て、何も起こらないことを確認するとババアは満足そうに頷いた。
「よし、これでいい」
ババアが何を考えているのか本当にわからない。
「これで下準備は完了だ。さあ坊や、客を迎える準備をするよ!」
「おい、ちょっとは説明してくれよ!」
僕の叫びが空しく響く。
結局、ババアが何を企んでいるのか分からないまま、第三のスコーン試食会の日を迎えることになった。
◇◇◇
レンブンの街は、人だかりで誰も通れないほどに賑わっていた。
中央広場には大きな展示台と試食品がずらりと並び、その周囲を人々が取り囲んでいた。
僕とババア、アヤレーヌとその従者たちは、その奥で待機している。
こんな大事になるとは……。
というか、たかがスコーンでみんな騒ぎすぎだろ!
「流石は伝説の焼き菓子職人様ですわ!」
「いや、ほとんど君が宣伝したせいだろ!」
「またまたご謙遜を……」
アヤレーヌが扇子で口元を隠しながら微笑んだ。
やっぱり僕の話聞いてないな、こいつ。
「皆様! まもなく伝説の焼き菓子職人様による新作発表ですわー!」
アヤレーヌが仰々しく手を広げ、民衆にアピールする。
もう好きにやってくれ。
「伝説の職人様だって!」
「誰だよ。でも焼き菓子をタダで食べられるのはいいな」
「新作の焼き菓子!?」
「た、ただのや、焼き菓子だろ……?」
「あれはなんだ。見たことない焼き菓子だ!」
広場から歓声が次々と上がった。
期待しているところ悪いんだけど、それスナック菓子なんだ。
ごめんよ、みんな。
「それでは試食会開始ですわー!」
アヤレーヌの声と同時に、雪崩が起きた。
街の人たちは我先にと試食品を手に取り、第三のスコーンに食らいついた。
「おおっ、なんだこれ!」
「カリカリしてる!」
「焼きトウモロコシの香りだ!」
「凄ェ、止まらねェ!」
「もう一袋くれ!」
「おい、独り占めするな!」
「こっちにも回せー!」
試食品は飛ぶように売れていった。
いや、試食だから売ってないけど。
「おーほっほっほ! 皆様、慌てなくてもまだまだありますわー!」
アヤレーヌの指示を受けた従業員たちが次々と皿を運び出す。
サクットの中には山ほど在庫がある。
食べ尽くされる心配はない。
……問題があるとすれば。
「ババア、本当に来るのか?」
「焦るんじゃないよ」
ババアは腕を組みながら、群衆の向こうをじっと見つめていた。
「大物ってのはねぇ。祭りの匂いを嗅ぎつけると、自分から顔を出すもんさ」
いつもの意地悪なニヤケ顔とはまったく違う、獲物を待つ猟師の顔だった。
「ちょうど、あんな風にね」
ババアが指差す方向で、小さな女の子が無言で第三のスコーンを食べていた。
見た目は十歳くらいだろうか。
金色の髪にぴょこんと飛び出た狐耳……コスプレか何かだろうか。
巫女服のような格好をしているが、口いっぱいにスコーンを詰め込んでいるせいで神聖さの欠片もない。
「……むぐむぐ」
「おい、嬢ちゃん。そんなに慌てなくても逃げやしないぞ」
アヤレーヌの従者らしき黒服の男が、心配そうに声をかける。
すると少女はぴたりと動きを止めた。
「お、おい、大丈夫か!?」
「う、うまいのじゃー!」
大声と共に、皿に積まれていたスコーンが一瞬で消えた。
「なっ!?」
「追加じゃ! 追加を持ってこい! 早くするのじゃ!」
なんだこいつ!?
従業員たちが慌てて皿を運ぶ。
「遅すぎなのじゃ」
またとしても瞬時にスコーンが消えていく。
周囲が悲鳴に包まれる中、少女は幸せそうに頬を緩めて、尻尾をぱたぱた揺らしていた。
「あいつ、何者なんだ……」
「坊や、あれがアンタの追ってる泥棒さ」
「……は?」
「盗まれた生地種を片っ端から食い散らかした、焼き菓子の神だよ」
「な、なんだってぇぇぇ!?」
狐耳の少女が僕たちに気付き、偉そうに胸を張った。
「そうじゃ。わらわこそ、全ての焼き菓子を司る神である!」
お菓子の神じゃなくて焼き菓子限定なんかい!
この世界らしいと言えば、そうなのだけれど。
「神様が泥棒してんじゃねぇよ」
「無礼な奴め! 全ての焼き菓子は神であるわらわに対する貢物なのじゃ……から……?」
少女は僕を見て固まった。
口からぽろっとスコーンが落ちる。
「お、おぬし……」
「なんだよ」
少女が指を震わせながら僕を指差す。
「な、なにゆえそんな恰好をしておるのじゃ?」
「は?」
「その姿……その顔……まさか……!」
少女は目を白黒させながら、何度も僕を見直す。
「い、いや、そんなはずはないのじゃ……」
「なんの話だよ!」
さっきまで偉そうだった自称神様は、急に怯えたように身を縮こませた。
「いやじゃ……封印だけは……」
そのままじりじりと後ずさる。
こいつ、逃げるつもりか?
そう思った時。
「どこへ行くんだい?」
いつの間に回り込んでいたのか、ババアがニヤニヤしながら立っていた。
ナイス、ババア!
「ひっ!? お、おぬし……!」
自称神様の尻尾がぶわっと逆立つ。
少女は顔を真っ青にして叫んだ。
「なんで二人に増えておるのじゃーーーっ!?」
お前は何を言ってるんだ。
「片方は若返っておるし、片方はシワシワになっておるし、意味が分からぬのじゃ!」
「誰がシワシワだって?」
ババアのこめかみに青筋が浮かぶ。
「ひぃっ!」
「アタシはアンタみたいなチビ助、見たこともないんだけどねぇ?」
「う、嘘をつくな! わらわの神としての勘が告げておるのじゃ! お前たち、またわらわを封印するつもりじゃろう……!」
狐耳の少女は涙目になりながら叫ぶ。
いや、さっきババアが「焼き菓子の神」って紹介してたよな?
絶対知ってるだろ。
誰に対しても意地の悪いババアだ。
「わらわを封印した恐ろしい小娘! その顔だけは忘れたことなどないのじゃ!」
「確かに坊やの顔立ちは、若い頃のアタシにそっくりだけどねぇ」
「は?」
初耳なんだけど。
「え?」
自称神様の方を見ると、僕と同じく固まっていた。
「……若い頃?」
狐耳の少女はババアと僕を交互に見比べる。
「し、シワシワの方がわらわを封印した小娘……?」
「おや、シワシワって言葉がまた聞こえたねぇ?」
「ひっ……!」
いつもは僕に向けられている減らず口が、今は全部あの少女に向いている。
怖い。
ババアの威圧感をより濃く感じる。
傍から見ると、完全にババアが子供を脅している図だった。
「い、今のわらわはあの頃とはち、違うのじゃ……!」
滅茶苦茶、動揺してる……。
しかし、目の前の少女は手練れの盗人だ。
決して油断してはならない。
「これでも喰らうがいい!」
どすっ。
ものすごく下手くそなフォームで、自称神様は金色の巾着袋を地面に叩きつけた。
素人でもやらないぞ、そんな投げ方!
袋から煙が雲散し、視界が金一色に包まれた。
「おいババア、大丈夫なんだろうな!?」
「それは、坊やの力次第さ」
サクッ……と、ビスケット硬貨が地に転がってきた。
なんでだよ。
前を見ると、ビスケット硬貨で一本の道が出来ていた。
「上手くいったみたいだねぇ」
「どういうことだよ?」
「簡単なことさ。試食品に紛れ込ませて、サクットを一匹食わせておいたのさ」
なんてことしやがるんだ、このババアは。
一般の人がサクットを食べちゃったら、どうするつもりだったんだよ!
それにサクットはともかく、神様にそんなことしていいのか。
……いや、泥棒なんだしいいか。
「名付けて、ヘンゼルとグレーテル作戦!」
じゃあ、お前はお菓子の家に住んでる魔女だよ。