ベイクドX ~僕とババアの焼き直し人生~   作:ひみっち

6 / 8
第6話「ヘンゼルとグレーテル作戦」

 

 ――ヘンゼルとグレーテル。

 

 森に捨てられた兄妹が、帰り道を忘れないようパンくずを落としながら進み、やがてお菓子の家へ辿り着く童話。

 まあ、その家には老婆の魔女が住んでいて、散々な目に遭うわけだけど。

 

 つまり、ババアの言う『ヘンゼルとグレーテル作戦』ってのは、ビスケット硬貨をパンくず代わりにして、自称神様を追跡するってことなんだろう。

 

 僕がヘンゼルなら、お前はグレーテル役ってことなのか?

 ……いや、ババアなんだから、どう考えても魔女役だろ。

 

「おや、分かれ道だね」

「あれ? ビスケット硬貨がどっちにも落ちてる」

 

 妙だ。

 

 自称神様の身体からビスケット硬貨が零れているなら、道しるべは一本しかできないはずだ。

 

 まさか、僕たちを撒くためにわざと両方の道を通ったのか?

 ……いや、あいつにそんな頭が回るなら、煙玉を地面に叩きつけたりしないか。

 

「ここは二手に分かれよう」

 

 僕は、前々から言ってみたかった台詞を口にした。

 昔見たアニメや漫画で、こういうシチュエーションにワクワクしていた記憶がよみがえる。

 大人になるにつれて、そんな展開もお約束として見るようになってしまったけど。

 それでも、男なら一度くらい言ってみたい台詞ってある。

 ……今は女の子だけど。

 

「なに言ってるんだい。ここは左一択だよ」

 

 ババアの一言で、僕のささやかなロマンは粉々に砕け散った。

 というか、なんで左なんだよ。

 

「坊やもあのチビ助も観察力不足だねぇ。ババアの目は誤魔化せないよ」

 

 ババアの言葉が気になり、もう一度左右のビスケット硬貨を見比べる。

 ……よく見ると、わずかにデザインが違った。

 左側に落ちているのは、いつもの見慣れたビスケット硬貨。

 けれど、右側のものにも見覚えがある。

 

「あれ……?」

 

 思い出した。

 ベイクドタッチを初めてインストールした頃、画面に表示されていたビスケットにそっくりなんだ。

 確か、一度だけアップデートが入って、デザインが一新されたんだっけ。

 

 ……やっぱり、あの画面に出ていたのもビスケット硬貨だったのか。

 タップすると増殖する理由は、未だによく分からないけど。

 

「旧デザインのビスケット硬貨ってことか」

「当たりだよ。あのチビ助は時代に取り残されちまってるのさ」

 

 神様なのにアップデートできてないのか……。

 

「流行ってのは追いかけないと、あっという間に置いていかれるもんさ。アタシなんて最新モデルのババアだからねぇ」

 

 最新モデルのババアってなんだよ。

 そもそも、ババアに旧式とか新型とかあるのか?

 

 その後も何度か分かれ道に遭遇したが、ビスケット硬貨のデザイン差で正解は一目瞭然だった。

 しかも、偽物の方は回を重ねるごとに絵柄が雑になっていく。

 最初はそれっぽく真似していたのに、途中からビスケットっぽい何かになっていた。

 

 ……絶対、途中で面倒くさくなっただろ、あいつ。

 

 やがて、こぢんまりとした神社の鳥居に辿り着いた。

 風に乗って、微かに甘い香りが漂ってくる。

 

 ……ここも焼き菓子で作られてるとか言わないよな。

 もしそうなら、ヘンゼルとグレーテルの話そのままだ。

 本当にお菓子の家じゃないか。

 

 鳥居をくぐった途端、僕は思わず足を止めた。

 

「……うわぁ」

 

 境内いっぱいに、焼き菓子の山が築かれていた。

 

 クッキー、ビスケット、マフィン、パウンドケーキ。

 所狭しと積み上げられている。

 

 そこはまるで、焼き菓子の宝物庫だった。

 

「ひ、ひぃ! な、何故、ここが分かったのじゃ!?

 

 煌びやかな焼き菓子の山とは対照的に、そこにいた神様はすっかり威厳を失っていた。

 クッキーの山の陰に身を隠しながら、尻尾をぶわっと逆立てて震えている。

 

 ……いや、神様ってもっと堂々としてるもんじゃないのか?

 

 それにしても、この焼き菓子のオリジナルシードを持ち主へ返すのに、どれだけ手間がかかるんだろう。

 僕としては、もうさっさと片付けて帰りたい気分でいっぱいだった。

 

「さあ、年貢の納め時だよ。盗んだ生地種を作り手に返してやんな」

「ち、違うのじゃ! これは神たるわらわへのお供え物なのじゃ!」

 

 往生際の悪い神様だ。

 その抗議の最中も、サクッ、サクッと軽快な音が鳴り続けていた。

 

 ……やっぱり。

 

 焼き菓子の山の隣には、ビスケット硬貨の小山ができあがっている。

 神様の周囲から、毎秒のようにビスケット硬貨が排出されていた。

 

 サクットは、まだあいつのお腹の中にいるのだろうか。

 今更だが、追跡する方法としては、あまりにも力技すぎやしないか?

 

「それより、これをなんとかして欲しいのじゃ! おぬしらのせいなんじゃろ!?」

 

 神様が、零れ落ちたビスケット硬貨を一枚つまみ上げ、こちらへ突きつけてきた。

 

「自分でなんとかしな」

 

 ババアが、情け容赦なく突き放す。

 

 自分でどうにかできるなら、とっくにしているだろう。

 最近、ババアの意地の悪さにますます磨きがかかっている気がする。

 

「後生なのじゃ……」

「そこにある生地種、全部持ち主に返すってんなら、考えてやってもいいね」

「う、わらわのお菓子……でも……」

 

 元々なかった威厳が、更に薄れていく。

 そこにいたのは、涙目で焼き菓子の山を見つめる、ただの狐耳少女だった。

 

 ……ちょっとだけ、可哀想になってきたかもしれない。

 

「早く決めな。それとも、このまま封印されたいかい?」

「わ、わかったのじゃ! 返すっ、全部返すからっ!! 封印だけは堪忍なのじゃー!!!」

 

 神様は、なりふり構わずババアに懇願した。

 ……昔、封印された時も、こんな感じだったんだろうか。

 

「……サクット」

 

 ババアが、静かにその名を呼んだ。

 

 すると、どこからともなくサクットが現れ、ビスケット硬貨の排出がぴたりと止まった。

 

「ふっふっふ、やったのじゃ。これでわらわは自由の身じゃー」

 

 先ほどまでの情けない姿はどこへやら。

 焼き菓子の神様は、すっかり元気を取り戻したようで、腰に手を当てて尊大なポーズを取っている。

 ……いや、カッコつけたって、もう遅いだろ。

 

「サクット」

 

 再びババアがその名を呼んだ。

 

 次の瞬間、サクットの身体がみるみる巨大化し、大きく口を開く。

 そのまま、神様を丸呑みにしようとしていた。

 

 なにやってんだ、こいつ!

 

「サクット!」

 

 だが、ババアの一声で、サクットはぴたりと動きを止めた。

 ……君、本当はババアのペットなんじゃないのか?

 

 一方、神様はその場にへたり込み、ガクガクと震えている。

 リアクションだけは、一級品だった。

 

「ひぃぃ……! やっぱり封印する気満々ではないか……」

「言うことを聞かない子には、お仕置きが必要だからねぇ」

「いやじゃー! 暗くて狭くて何十年も誰とも話せぬ場所など、もう二度とごめんなのじゃ!」

 

 ……何十年?

 思ったより重たい話が出てきたぞ。

 

「だったら、盗んだもんを返しな」

 

 神様は、山積みになった焼き菓子を名残惜しそうに見つめる。

 

「……全部、返したら」

「ん?」

「全部返したら、またあのお菓子を食べさせてくれるのじゃ?」

 

 呆れてしまった。

 ただの食い意地のはった子供じゃないか。

 

「そいつは、坊や次第さ」

 

 散々、引っ掻き回しておいて、肝心なところは僕に丸投げする。

 ババアの悪い癖だ。

 

「……なんでこんなバカなことをしたんだ?」

 

 僕は率直に疑問をぶつけた。

 

 お菓子を食べたいだけなら、オリジナルシードを盗む必要がない。

 むしろ、量産できなくなって、食べられる量が減ってしまう。

 

「……」

 

 神様が俯いた。

 おい、はぐらかすなよ?

 

「……知らなかったのじゃ」

「は?」

「今の焼き菓子職人たちが、菓子を増やして作っておるなど、わらわは知らなかったのじゃ」

「……昔は違ったのか?」

「昔の職人は、一つ一つ手作りしておった。故に、味のばらつきなど当たり前の一期一会。じゃが、それがわらわにとっての甘美でもあった」

 

 言葉を紡ぐたび、狐耳がしょんぼりと垂れていく。

 

「……封印から目覚めたら、何もかも変わっておったのじゃ」

 

 神様は焼き菓子の山へ視線を向ける。

 

「見たこともない菓子、知らぬ作り方、見慣れぬ道具……。なのに、どれもこれも美味そうで、気付けば集めてしまっておったのじゃ」

 

 思っていた以上に、しょうもない理由だった。

 

「それに……」

 

 狐耳がさらにしゅんと垂れる。

 

「封印されておる間、誰も供物を持ってきてくれなかったのじゃ」

 

 悪神に嬉々として供えようとする人なんて、いないだろ。

 せいぜい、祟りを恐れた人が捧げるくらいで。

 

「神社もボロボロ。目覚めても、誰もわらわのことなど覚えておらぬ。じゃから、好きなだけ焼き菓子を集めても、罰は当たらぬと思ったのじゃ」

 

 ……ただの寂しがり屋じゃないか。

 気持ちは分からなくもない。

 

 けれど、時代遅れの考え方は淘汰されていく。

 現実世界でも、きっと、この世界でも。

 

「決めるのは、坊やだよ」

 

 やはり、肝心な場面で僕に選択権を委ねてくる。

 ババアが何を考えているか、正直よくわからない。

 

 問答無用で封印するくらい、ババアなら朝飯前なのだろう。

 でも、僕はオリスだ。

 ババアじゃない。

 封印するにしたって、おやつ時くらいまでかかるだろう。

 

 だから、僕は――

 

「いいよ。また、あのお菓子を作ってあげる」

「ほ、本当か!?」

「うん。ただし、二度とこんなことしないって、約束して」

「約束するのじゃ!」

 

 ババアとは、違う道を行く。

 僕が答えを出すと、ババアは満足そうに口元を歪めた。

 

「いい答えだ。及第点をくれてやってもいいねぇ」

 

 ババアに褒められると、なんだかむず痒い。

 できれば、もう少し素直に褒めてほしいものだ。

 

「でもね……」

 

 ババアは何故かサクットに目配せをする。

 ……おい。

 嫌な予感しかしないんだけど?

 

「アタシの弟子を傷付けた落とし前は、きっちりつけてもらうよ!」

「うぎゃーっ! なにをするのじゃあ!!」

 

 サクットが大口を開き、神様だけでなく境内ごと丸呑みにした。

 なにやってんだよぉぉぉぉおおお!!!

 

「安心しな。盗んだ生地種を全部返して、持ち主に謝ったら出してやるさ」

「横暴じゃー! これでは封印と変わらぬではないか!」

 

 ……せっかく、ちょっといい話で終われそうだったのに。

 全部、ババアが台無しにしてしまった。

 

「おお! あの菓子がこんなところでたくさん作られておる!」

 

 そういえば、第三のスコーンはサクットが量産してたんだっけ。

 サクットの口の中って、一体どうなっているんだ。

 

「やはり、うまいのじゃー」

 

 吞気に食べてる……。

 サクットの中から聞こえてくる幸せそうな声に、僕はすっかり毒気を抜かれていた。

 

「ところで、このうまい菓子の名は何というのじゃ?」

「第三のスコーンだけど」

「ス、スコーンじゃと!?」

 

 神様の悲鳴が響く。

 

「こ、これが……スコーン……?」

 

 しばらく声が聞こえなかった。

 

「わ、わらわの知っておるスコーンは、もっとこう……ぽそぽそしておって……紅茶と共に食す高貴な菓子じゃったのに……」

 

 いや、それはそれで正しいと思う。

 

「時の流れとは、残酷なものじゃな……」

 

 勝手に落ち込んでいるけど、僕だって、これをスコーンと言い張っていいのか、正直よく分からない。

 

 それでも、僕が初めて作ったオリジナルシードだ。

 少しくらい愛着が湧くのも、仕方ないのかもしれない。

 

 焼き菓子の神様が美味しそうに食べる声をBGMにしながら、僕たちは広場へと戻るのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。