ベイクドX ~僕とババアの焼き直し人生~   作:ひみっち

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第7話「焼き菓子コンテスト」

 

 盗まれていたオリジナルシードはすべて持ち主の元へ返され、街はようやく元の騒がしさを取り戻した。

 

 アヤレーヌは相変わらず祭りを延長しようとしていたが、従者たちに止められていた。

 セバタスチャンさんも苦労しているんだな。

 

 バンブキンさんは、妙に達観した顔でスコーンを焼き直していた。

 よかった、あの般若顔が出なくて。

 内心どう思っているかは知らないけど。

 

「しかし、あの焼き菓子、美味かったよなぁ」

 

 広場を歩いていると、第三のスコーンの感想らしき声が耳に入った。

 

「ああ、伝説の焼き菓子職人様だっけ。もったいないことしたなぁ……」

「今回のコンテスト、あのお菓子だったら優勝間違いなしだったのにな」

 

 コンテスト?

 この世界のことだから年間で美味しい焼き菓子を決めよう、とかなんとかだろう。

 

「ババア、この時期に焼き菓子のコンテストがあったりするのか?」

「もちろんあるよ。年に一度の恒例行事さ。街中の職人が腕を競い合う、大一番だよ」

「へぇ……」

 

 結構、大掛かりなイベントなんだな。

 それにしたって、この街の人たちは本当に焼き菓子が好きだな。

 

「心配しなくても、ちゃんと坊やのエントリーは済ませておいたよ」

 

 なんで勝手に話を進めてるんだ、このババアは。

 

「どうして僕が出なきゃいけないんだよ!」

「なに言ってるんだい。伝説の焼き菓子職人様が不参加なんて、街中が泣くよ」

「そうですよ、オリスさん。せっかく師匠が推薦してくれたんですから、参加しなきゃ損ですよ」

「バンブキンさん、いつの間に……」

 

 まずい、ババアが盤外戦術を仕掛けてきた。

 バンブキンさんの言葉には、なかなか逆らい辛い。

 精神的にも、物理的にも。

 

「バンブキンさんの言う通りですわ!」

 

 さらに聞き覚えのある声が飛んできた。

 

「オリス様は、ぜーーーったいに参加しなければなりませんわ!」

「アヤレーヌまで!?」

 

 どうやら、ババアの仕掛けた包囲網に、僕はまんまと嵌められてしまったらしい。

 

 ふと、ババアの方を見ると、こちらに向かってピースサインを放っていた。

 しかも、バンブキンさんとアヤレーヌからは、ちょうど見えない位置で。

 

 こいつ……!

 

「それじゃあ坊や、優勝目指して頑張りな」

 

 いや、まだ参加するって言ってないんだけど!?

 

「投げやりだな。ババアは手伝ってくれないのかよ?」

「いつまでも師匠におんぶに抱っこってワケにはいかないだろう? アタシは審査員だからねぇ」

「ちなみに私も審査員なんですよ」

「ワタクシもですわ!」

 

 審査員が全員知り合いって、大丈夫なのだろうか。

 

「安心しな。アタシは公平な審査をするよ」

「また心を読んでる……。一番信用できない台詞なんだけど!?」

「師匠のお眼鏡にかからなかった参加者は、失格になりそうですね……」

「ワタクシも、審査と私情は分けて考えておりますわ。それにオリス様は、必ず優勝に値する焼き菓子を作れると、信じておりますもの!」

 

 ……すごいプレッシャーだ。

 

 実際、僕は伝説の焼き菓子職人様でもなんでもない。

 ちょっと前まで、普通のデスクワークをしていた人間だ。

 焼き菓子作りの腕だって、ババアには遠く及ばない。

 サクットの力を借りなければ、まともに量産することすらできない。

 

 優勝なんて……無理だろ。

 

「そう気負わなくてもいいさ。アタシたちは、ただの審査員でしかないからねぇ」

「どういうこと?」

「そのままの意味ですよ。この街の人たちが、美味しいと思ったお菓子に投票するんです」

「最も多くの票を集めた焼き菓子が、優勝を勝ち取ることになりますわ!」

 

 なるほど、審査員っていうのは、そういう意味か。

 つまり、街のみんなに認められる焼き菓子を作らなければならない。

 ……余計にハードルが上がった気がするんだけど!?

 

「それじゃあ、今の坊やがどれくらいの腕前か見てやるとするかねぇ」

「おっ、流石は師匠。僭越ながら、私も菓子の批評をさせていただこうかな」

「ワタクシ、味にはうるさいんですの。オリス様、期待しておりますわ!」

 

 ババアめ、僕に恥をかかせる気か?

 よく考えたら、まともに菓子を作った経験なんて、ない。

 ビスケットと、邪道な第三のスコーン。

 今まで作った焼き菓子といえば、そのくらいだ。

 

 ……そんな僕に、一体何が作れるというんだろう。

 

「で、坊や。何を作るつもりなんだい?」

「うーん……」

 

 僕は、ベイクドタッチの画面を思い出していた。

 確か、焼き菓子には人気ランキングみたいなものがあったはずだ。

 

 ビスケット、スコーン、マフィン、パウンドケーキ……。

 その中で、やたら評価が高かった焼き菓子があった気がする。

 

「……アップルパイ、かな」

「ほう?」

 

 アップルパイはベイクドタッチでも、かなり上位の焼き菓子。

 曖昧な記憶だけど、間違ってはいないはずだ。

 

 ……いや、待てよ。

 

 そういえば、そのアップルパイに使われていたリンゴって、普通のリンゴだったか?

 もっと、こう……。

 金色に輝いていたような。

 

「金のリンゴ……?」

「なんだい、急に」

「いや、なんでもない」

 

 気のせいかもしれない。

 でも、胸の奥に、妙に引っかかるものが残っていた。

 

 

    ◇◇◇

 

 

 家に戻った僕は、バターの香りが漂うキッチンで頭を抱えていた。

 

 困ったな。

 アップルパイのレシピなんて知らないぞ。

 

「キッチンは好きに使いな。リンゴなら保管庫にたんまりある。お手並み拝見といこうじゃないか」

 

 そう言い残し、ババアは悠々と部屋を出ていく。

 焼き上がったブラウニーを思わせる深い茶色の扉が閉まったと同時に、僕はため息をついた。

 

 ……絶対、この状況を楽しんでやがる。

 

 僕は一人、頭の中を整理し始めた。

 レシピがわからなくても、ババアにだけは絶対に聞かない。

 なんとなく、負けた気がするからな。

 

 確か、アップルパイって、リンゴを煮てパイ生地で包むんだよな。

 ……いや、煮詰めるのは焼いた後だったか?

 そもそも、パイ生地ってどうやって作るんだろう?

 シナモンとか使ってた気もする。

 

 ……ダメだ。

 

 知識がふわっとしすぎている。

 料理動画の一つでも真面目に見ておけばよかった。

 

「なんじゃ? アップルパイのレシピを探しておるのか?」

 

 僕を見守っていたサクットが急に喋り出した。

 正確にはサクットではない。

 サクットの中で優雅に過ごしているらしい、焼き菓子の神様だ。

 

「神様、もしかしてレシピを知っているのか?」

「知らん」

 

 ビスケットみたいに、僕の期待はあっさり砕け散った。

 

「じゃあ知ってそうな雰囲気出すなよ!」

「お、怒るでない……。わらわは、アップルパイが食べられると聞いて、期待しただけじゃ」

「食べることしか考えてないのか……」

「神たるもの、供物を楽しみにするのは当然じゃ!」

「君の分はないけどな」

「な、なんでじゃあ……」

 

 ババアの許しが出るまで、神様は自由に焼き菓子を食べられないらしい。

 今は、サクットが量産するビスケットだけで我慢しているとのことだ。

 

「……ビスケットだけじゃ飽きるのじゃ」

「自業自得だろ」

 

 もう色々考えるのはやめよう。

 記憶と勘を頼りにレシピを書き出そうとして、パイフォンの画面を操作する。

 

 そういえば、このパイフォンというデバイスもアップルパイの形をしている。

 厄介ごと続きで、じっくり触る機会もなかった。

 もしスマートフォンみたいなものなら、アップルパイのレシピくらい調べられてもいいんだけど。

 

 何気なく、指をスライドさせると、小さなメニュー画面が表れた。

 その中のレシピと書かれたボタンをタップする。

 

 すると、焼き菓子のサムネイル画像が大量に表示された。

 

 ……もしかして――

 

 僕は、はやる気持ちを抑えつつ、アップルパイの画像をタップする。

 期待通り、アップルパイのレシピだった。

 やった。

 これでアップルパイが作れる――

 

「……ん?」

 

 材料欄を見て、僕の指が止まる。

 

『禁断の果実 一個』

 

 なんだよ禁断の果実って。

 聖書みたいなことを書かないでくれ。

 レシピを見た限り、リンゴと同じ扱いでいいらしい。

 とりあえず、これで試作品を作ろう。

 

 幸い、パイフォンには調理手順まで記載されていた。

 リンゴを煮込み、パイ生地で包み、オーブンへ放り込む。

 レシピ通りに調理を進めていくと、甘い香りがキッチンいっぱいに広がっていった。

 見た目だけなら、立派なアップルパイが完成していた。

 

「うまそうなのじゃあ……オリスよ、ひと口だけ、味見してもよいかのう?」

「ダメに決まってんでしょ」

「そんな、後生じゃあ……」

 

 焼き菓子の神様が食べたがるくらいには、美味しそうに見えるらしい。

 ……ババア相手には、心許ない評価だけど。

 

 添え物のハーブを軽く盛り付け、熱いうちにアップルパイをリビングへ運ぶ。

 ババアは、クラッカーのようなベージュ色のテーブルに肘をついて待っていた。

 

「ババア、できたぞ。アップルパイだ」

「ほぉ……見た目は悪くないねぇ」

 

 ババアはアップルパイを一瞥すると、品定めするように目を細めた。

 褒めているようで、その視線はやけに鋭い。

 まるで、アップルパイの欠点を一つ残らず見抜こうとしているみたいだった。

 

「それじゃあ、いただくとするかねぇ……」

 

 アップルパイが豪快にザクッと半分に切り分けられる。

 そのまま、ババアは大口を開けて小さい方を放り込んだ。

 お前は怪獣か!

 

 静かなリビングに咀嚼音だけが響く。

 ……何かを評価してもらう時って、かなり緊張する。

 こういう感覚は、学生以来かもしれない。

 

「悪くない」

 

 おっ、思ったよりいい評価か?

 

「まあ、及第点ってとこかねぇ。優勝は夢のまた夢さ」

「なにが足りないんだよ?」

「光るものはある。だが、決定打がない」

「決定打?」

「レシピをもう一度よく見てみな」

 

『禁断の果実 一個』

 

「……あ」

「坊や、そいつはただのアップルパイじゃないんだよ」

 

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