退学したくない憑依山内くん   作:白黒パーカー

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10話

 

 

 

 過去というものは簡単に忘れさせてくれない。

 心の奥底に、重りのように深く沈み込むそれは、ひどく醜くて、目を離したくなるぐらい傷が深く、救いようもない醜悪さだ。

 

 俺にとってのトラウマ。自業自得の無様な末路。それは二度目の人生を得た今も尚、俺の心の中で存在を高らかに主張していたのだった。

 

 

 

 

 

 

「ど、どうでしょうか?」

「うん。バッチリだな」

 

 審議会が間近に迫る今日。

 またもや俺の部屋にやってきた佐倉のために、料理教室を開いていた。

 

 もうすぐ訪れる審議会の証人が不安なのだろう。少しでも気を紛らわせるために、俺の元に訪れたみたいだ。

 あの日以来、俺は絶不調で。

 正直、佐倉に会いたくなかったのだが、これまで築き上げた山内像のせいで、ここで断ることもできず。こうしてまた、料理教室を開くしか無かった。

 

「すごい……、私、これ一人で作ったんだ……」

 

 テーブルに並べられたお皿には、以前松下に作ってあげたチーズたっぷりのミートドリアが置かれている。

 俺が手を出すことなく、佐倉一人で作り上げたそれは、料理不慣れな彼女にしてはとても出来の良いものに仕上がっていたと思う。

 

「あ、あの、せっかくですし、写真を撮ってもいいですか?」

「いいよいいよ。なんなら自撮りも撮っちゃっていいよ」

「さ、さすがに自撮りは、ちょっと」

 

 達成感に笑みを浮かべる佐倉がスマホを構えて、自分の作った料理をパシャパシャと撮り始めた。

 俺のちょっとした冗談に吃りながらも、その笑みが消えることなく、なんだか楽しそうに見えた。

 

「写真撮るの好きなのか?」

「えっと、はい……。一応、趣味というか、その」

「いい趣味だと思うよ」

 

 恥ずかしがる佐倉を肯定するように俺は言葉を紡いだ。

 

「趣味って人それぞれなわけだし、なんなら俺も料理作りが趣味だからさ。佐倉さんも自信持っていいと思うぞ」

「そ、そうですかね? そう言ってもらえると嬉しいです」

 

 頬を染め嬉しそうにはにかむ佐倉。

 やはり、今の見た目が冴えなくても、作中随一のビジュアルが時折、垣間見えてくる。

 

 もったいない、と素直にそう思った。

 

「その、山内くんってなんで料理を趣味にしたんですか?」

 

 オドオドしながらも、珍しく佐倉から質問が飛んできた。

 なんで料理を趣味にしたのか。

 

 俺が前世で料理を始めた理由、それは間違いなく両親が共働きで帰りが遅く、代わりに作るしかなかったから。しかし、それはあくまで義務。

 趣味という枠組みに収まった理由は別にあり、それは……。

 

「ッ……!」

 

 過去を思い出そうとして、ズキズキと頭が痛む。思わず、顔が歪み、頭を押さえた。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「……ああ、ごめんごめん。ちょっと一瞬目眩がして。心配かけてごめんな?」

「あ、えっと」

「もう大丈夫だって」

 

 心配そうにする佐倉を安心させるように、ヘラヘラと笑い、片手を振る。

 

「それで、俺が料理を趣味に始めた理由だっけか?」

「あの、はい……」

「その、ちょっと恥ずかしいんだけどな……。実は俺、料理が作れるんだぞ、すげーだろっ! ってみんなにアピールがしたくて、始めたんだよな」

「そ、そうなんですか? なんというか、意外、だね」

 

 俺の言葉を聞いて、目をぱちくりさせる佐倉にそうだろ? なんて冗談めかして笑う。

 これまでの山内春樹を見てきたなら、とてもそうには見えない理由。

 

 実際はまぁ、もっともっと醜い、聞くに絶えない理由があるにはあるのだが。こんなことをわざわざ佐倉に伝える必要はないだろう。

 

 未だに痛む頭はさながら、忘れるなと警告するアラームのようで。なんど止めようとしても、再び頭の中で鳴り響いている。

 ズキズキと、ズキズキと、俺のことを嘲笑ってくる。

 

 でも、今度は表情に出さない。

 人に不快感を与えない笑顔ができているはず。

 

「まぁ、さすがに今はそんなことないぞ? 色んな種類の料理に手を出してみるのも面白いし、調理方法にこだわってみたり、後はやっぱり、作った料理を食べてくれた人の反応を見るのとか最高だぞ?」

「わ、わかります! ただのスマホで撮るにしても、性能の良いカメラで撮るにしても、色んな創意工夫で、素敵な撮影ができるんだって私も知って、それが楽しくて……ッ!」

 

 俺の言葉に思うことがあったのか、興奮で息を荒らげながら、趣味について語り始めた佐倉。

 しばらく止めることなく、彼女の話に相槌だけを打っていると、冷静になったのか、ハッとした顔で俺を見て、頬を朱に染めた。

 

「ご、ごめんなさいっ!! 私、がって、長々と、ご迷惑をっ! えっと……!」

「いやいや、全然迷惑してないから。佐倉さんが楽しそうで、こっちまで嬉しくなったよ」

「あ、あぅ……ッ」

 

 羞恥心で撃沈する佐倉に苦笑する。

 

「俺も佐倉に質問してもいいか?」

「えっと、はい」

「佐倉は後悔したことあるか? あー、えっと、例えばこの学校に入学したこととか」

 

 俺の言葉を聞いて、佐倉は悩むように顔を俯かせる。

 

「後悔なら、たぶんいっぱいしたことがあると思います。……それにこの学校でも、上手くいかないことばかりで、辛くて。クラスの役立たずだし……」

 

 しかし、顔を上げた佐倉の顔には笑みが浮かんでいた。

 

「でも、私、山内くんと会えて良かったです! 目撃者のことをみんなに伝えるか迷っている時に私の相談に乗ってくれたし。料理も教えてもらって、さっきみたいに、その、趣味の話で盛り上がったり……!」

 

 恥ずかしそうに、でも嬉しそうに話す佐倉。

 

「私、友達ができたの、初めてなんです……。だから、この学校は大変だけど、“頑張ってみたい”って思ったんです……っ!」

「……そっか。教えてくれてありがとな」

「えっと、はい……」

 

 佐倉のはにかむ笑顔が素敵過ぎて、俺は直視できなかった。

 

 

 

 

 

 

「改めて確認するけど、審議会に出るのは私と堀北で決まり。それで、ここで堀北にメインを任せればいいんだよね?」

「おう」

「で、審議会までに綾小路くんの指示が入ったらそれに従う。それがなかったら、須藤くんには悪いけど引き分け狙い。これでいいんだよね?」

「おう」

「…………今日も私は可愛くないよね?」

「おう」

「人の話を聞けよ、バカ」

「痛っ!」

 

 夜の自室。

 ぼんやりしていたら、脇腹を叩かれた。

 

 痛みに下を見ると、櫛田が俺を睨みつけているのを見つけた。

 

「あのさー、私結構頑張ってると思うんだよね? なのに、人の話を無視するとか酷くないー?」

「悪い。ほんと、ぼんやりしていた」

 

 そこでふと、俺たちの体勢がおかしなことに気づく。

 

「なんで俺、櫛田さんのこと後ろから抱きしめてるんだ?」

 

 バックハグ、もしくは、あすなろ抱き。何でもいいが、俺の膝に座り込む櫛田を俺は、両腕で覆い込んでいたのだ。

 

「はぁ? そこからぼーっとしてたの?」

「セクハラとかで訴えられないよな?」

「しーまーせーんー」

 

 足をパタパタさせて、子どもみたいにそう吐き捨てる櫛田。

 膝の上に乗ってるんだから、暴れないでほしい。ちょっと痛い。

 

「それで、何で座ってるんだ?」

「ふふん。実はね、最近気づいたんだけど、他人を椅子扱いして、そこにふんぞり返ると心がスカッとするんだよ?」

「性格わっる」

「山内くんに言われたくないですー」

 

 そんなやり取りをして、ふと、櫛田は静かになる。

 

「で? なんでぼーっとしてたわけ?」

「それは、なんというか。最近、眠れてなくて」

「なに、夜更かし?」

 

 悪夢を見るんだ。とは、言えなかった。

 

 ここしばらく落ち着いていたそれは、古傷が開くように、また見始めて。

 思い出したくない過去の記憶。

 

 櫛田とかを除いて、今の山内は周りから見たらきっと善人に見えるのだろう。そうありたいと願ってきたし、そうならないと生きていけないから、そう振舞ってきた。

 

 でも、前世の俺はお世辞にも善人と言えるような人間じゃなかった。むしろ、悪人と言ってもいいぐらいかもしれない。

 別に犯罪をしたわけではない。盗みを働いたこともなければ、人を殺したこともない。ただ、性格の悪い人間だったのは間違いなかったはずだ。

 

 人に優しくしなかった。他人に不快な思いをさせた。

 誰もが当たり前に配慮すべきことを、俺はしようとも思わなかった。

 

 料理の道を目指さなかったのも、そう。

 確かに俺は料理を作るのが人より上手かった。でも、結局上にはもっと上がいて、才能があって、環境があって、その上で努力もしているそんな人たちには、当然勝てなくて。

 上を目指すより、下を貶す方が楽でスッキリしたから、俺は普通の会社に務める道を選んだ。

 

 料理の作れない人に散々マウントを取った。俺の方がすごいって、お前そんなこともできないのかって、バカにして、笑って。

 仕事をする片手間にそんなことを続けて。人付き合いの大切さも知らないで、そうやって毎日を過ごした。

 

 だから、俺に訪れたのは当然の末路だった。

 会社のクビ。同僚たちにハメられたそれは、自業自得だったと今でも思う。

 

 お前自身のせいなのに辺りに喚き散らして、暴れて、憤慨して。周りからの冷めた視線を、醜悪なものを見るその視線に恐怖して。

 皮肉だと思った。あれだけアニメで見て、散々バカにしてきた山内と同類だったなんて。……いや、山内なんかより酷いかもしれない。

 

 積み重ねに良いも悪いもなく。ただコツコツとそれは積み上がっていく。そして、俺は自業自得の末に全てを失って、惨めな末路を終えたのだった。

 

 何度も後悔した。もっと人に優しくしていたら、他人のことを尊重していたなら。

 不快な視線を向けられる苦痛をもっと知っておけばよかった。傷ついたら痛いんだって、そんな当たり前の事実にも気づけなくて。

 

 だから、やり直したいと思った。

 今度は人に優しくしようと思って。他人のことを尊重して。人の良いところに気づいて。そして、

 

 そして、二度目の人生を手に入れた。今度こそやり直せると思った。

 そして、山内に憑依したことを知り、今後こそ絶望した。

 

 神様の天罰かと思った。

 嫌なのだ。退学するのは。重なるのだ。あの光景に。

 クラス内投票で退学が決まった山内と、会社をクビになって全てに絶望して死んだ俺の最後が、ダブって、重なって、紐付けられてしまった。

 

 知っている。別にこの学校を退学になったところで死なないことを。それはちゃんと分かっているのだ。分かっていても、それは怖いのだ。

 また絶望するんじゃないかって、また後悔して死ぬんじゃないかって。

 

 トラウマは、過去は、簡単に忘れさせてくれないのだから。

 

 せめて、入学が決まる前に転生していたら。

 せめて、山内に憑依しなかったら。 

 転生した当初は混乱して、パニックになって、わけも分からないまま、この学校に来てしまい後からまた後悔して。

 

 でも、卒業さえできれば今度こそ過去を乗り越えられると思った。

 別にAクラスじゃなくたっていい。Dクラスでもいいのだ。せめて、最後に卒業さえできれば……。

 

 とはいえ、これだけ後悔しているのに。こんなにもやり直したいと思っているのに。人というものは一度死んだ程度じゃ、変われないみたいで。

 過去の悪癖はまだ抜けず、俺はいつまで経っても自己中のままだった。

 

「っ、痛いんだけど」

「あっ、悪い」

 

 抱きしめる力が強くなっていたのだろう。

 櫛田の言葉で我に返った俺は腕の力を緩めた。

 

「もう……で? 何考えてたの?」

「いや、その、俺って自己中だなー、って思って」

「はぁ、なにそれ。私も自己中なんですけど? それって遠回しに私の悪口言ってる?」

「そ、そんなつもりはないけどな? え、えっと……」

 

 まさかここで櫛田に怒られると思っていなくて、しどろもどろになってしまう。

 そんな俺を見て、櫛田はため息をついた。

 

「別にいいんじゃない? 自己中でも」

「いや、でもさ……」

「そもそもな話、自己中じゃない人間とかいる? いたら気持ち悪いんだけど」

「えー……」

 

 あんまりな物言いに思わず、引いてしまった。

 すると、ぽんと俺の頭に櫛田の手が乗せられた。抱きしめられたままの姿勢で櫛田がぽつりと、

 

「たぶん、山内くんは疲れてるんだよ。考え過ぎだし、ストレス溜まり過ぎ。……だから、少しは発散したら?」

 

 なでなでと優しく、たどだとしく撫でられるそれは、姿勢も相まって、お世辞にも上手いとも言えず。

 だけど、なんだか心がポカポカして温かくなった。

 

 思わず、ぎゅっと力を込めて櫛田のことを抱きしめる。

 

「また、力入れてるんだけど?」

「ごめん、でも無理」

「何それ?」

 

 呆れたような声音でそう笑う櫛田。

 退学はしたくない。その気持ちは今もずっと変わらない、けど。

 

 今だけはこの櫛田の優しさに何もかもを委ねたかった。

 

 

 





Dクラスメンバー心の声
佐倉(友達……あぅ、言っちゃったッ! 恥ずかしい、かも……ッ!)
櫛田(仕方ないから、たまには私から撫でてあげるから。……その、元気出してよ、もう)
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