ダンジョンの外で戦技売りをするのは間違っているだろうか 作:ルンルンベア
鳥の鳴き声が聞こえてきたかと思うと、ぼんやりと赤い光が闇の中から俺を起こしにきた。いや、光が赤いわけではない。目を瞑っていた俺の瞼越しに入り込んできただけだ。
ゆっくりと、まだ重たい瞼を開く。そこには見知らぬ板貼りの天井があった。
「……んんっ」
まだ虚脱感が抜けきっていない。身体が重く、上半身を起こそうとしても中々動けない。ふと、手に違和感を覚えたので肩と二の腕の力を使って重たい手を上げる。見ると昨晩切り付けた手に包帯が巻かれていた。
昨晩、強盗を追い払う為にあの手を使って、それから疲労困憊になって、なんとか這い出て、その先はよく覚えていないな。
少しずつ、力が戻ってきた身体をなんとか起こして周りを見る。木製の天井と床、土を固めた壁の部屋。その真ん中の敷布団に俺は寝かされている。
ふと、壁際に丁寧にたたまれた服を見つけた。………自分のものだ。洗濯されているようで綺麗になっていたので一瞬わからなかった。
着ている服は自分のものではない。肌触りが違う。少し硬めで、どこか乾いた草の匂いがする。浴衣に近い和風のものだ。
(……着替えさせられた?)
「!」
部屋の外からギシギシと軋む音が聴こてくる。人の気配。それはこの部屋に近づいてくる。
「ん?」
「お! 目が覚めたか!」
ドアを開けて入ってきた男に、俺は一瞬、言葉を失った。
顔立ちはアジア人っぽいイケメンだが、その服装が教科書で見た古代日本人のようだった。それも侍というより、もっと古い時代の人間のような簡素な身なりだ。髪の結い方もオラリオでは見慣れないものだった。まるで邪馬台国時代からタイムスリップしてきたような男の人だ。
そして神聖な感じがする。神様だ。
その神様は部屋に入ってきて俺のそばに近寄って来て胡座をかいた。
「もう身体は大丈夫か? 無理そうならもう少し寝ておけよ。かなりぐったりしていたからな」
「あ、ハイ。……あの、神様ですよね?」
神様は「おうよ」とニカっと笑って頷いた。
「俺はタケミカヅチってんだ。お前の名前を聞いても良いか?」
タケミカヅチ! 雷と武を司る日本の神様じゃないか! いやまあ、日本の神話に登場する神様とは同一神物とは限らないが、それでも少しだけ馴染みのある存在に親近感を覚える。
「……田西ユウトです」
「タニシ? もしかして極東の生まれか?」
極東。日本は確かにそう呼ばれているが、ここは異世界。似たような文化だとしても同じ場所を指してはいないだろう。俺は首を横に振る。
「いえ………生まれは、その、まあ、遠い所です」
「……そうか。ま、おいおい聞かせてくれ」
タケミカヅチ様は静かに微笑んで肩を叩いてきた。
「ところで、ここは?」
「俺のファミリアの本拠地……って、言えれば良かったんだが、冒険者向けの借家さ。昨日のバイトの帰りに、角からフラフラ出てきたお前が目の前で倒れてな。手当が必要そうだったから連れてきたんだ」
「え? あ、ああ! 本当に助かりました! ありがとうございます!」
タケミカヅチ様は包帯が巻いてある俺の手を持ち上げて包帯の具合を確かめる。
「手の傷は深かったが、知り合いの医神から貰ったポーションがまだ残っていてな。もう治っているとは思うんだが……」
そう言いながら神様は包帯を解いていく。あらわになった俺の手のひらは綺麗に治っていた。ポーション、やっぱりファンタジーな効果があるんだな。エストや聖杯瓶のようだ。
「良かった。痕も残っていないな」
タケミカヅチ様は安堵の息を漏らし、包帯を丁寧に畳みながら、少しだけ沈黙を置いてから言った。
「しかし、何故あんなにも疲れ切っていたんだ? 手の傷以外に外傷は見られなかったが、その傷も出血多量になる程深くはなかった」
純粋な心配を感じさせる声色だった。俺は正直に話すことにする。格好悪いとは思うが。
「その……泊まる予定だった宿に向かっている途中で強盗に襲われてしまって……追い払うのに余計な力を使ったので、気力が尽きてしまったんです」
「強盗に……そうか。大変だったな。良ければ好きなだけここにいてくれて構わない。なあに、大家とは話をつけておくさ」
その時、俺の腹の音がなった。そう言えば晩飯も食べてなかったしな。
「ははっ。腹が減ったか。ちょっと待ってろ」
そう言ってタケミカヅチ様は立ち上がり、部屋から出ていく。そうして暫くすると、お盆を持ってやって来て部屋の隅にあるちゃぶ台に置いてちゃぶ台を布団の近くに寄せて来た。そしてその上に乗っている物を見て俺は目を丸くした。
「え。白飯と味噌汁と、ジャガ丸くんに千切りキャベツ……?」
タケミカヅチ様が持って来たそれは恋しくて、恋しくて仕方がない、郷愁の形だった。いや、細かいところは違う。白飯は長細米だし味噌汁には具がない。それでもこれは俺が欲していた物だ。
「すまんなぁ。客人にはもっと豪勢な食事を振る舞いたい所なんだが、情けないことにウチは零細派閥でなぁ。主神の俺がしっかりしないとなんだが、眷属たちには苦労をかけてるよ」
それじゃあと、タケミカヅチ様は手を合わせて「いただきます」と呟いて食べ始める。俺も続いて手を合わせて「いただきます」と呟き、箸を取る。
米を一口分すくい、口に運ぶ。咀嚼する。長細米特有の癖はあるが、炊き方が良いのだろう。噛むほど甘味が広がっていく。
茶碗を一旦置き、お椀を持って味噌汁を啜る。具はないがやはり作る人の腕が良いのだろう、塩味は丁度よく出汁の風味がよく出ていてとても美味しい。
ジャガ丸くんを割いて食べる。そして白飯を一緒に口に入れて咀嚼する。二つの味が口の中で混ざり合う。ただどう言うわけか塩味が効いている。タケミカヅチ様が先に塩をかけていたのか?
「おいおい。食事は笑顔でする物だぞ」
指摘されて気がついた。俺は泣いている。そして止まらない。
三ヶ月前、訳もわからずこのオラリオにいた。金もなく仕事もなく戸籍すらない。何もない俺は飢えて、乾いて、汚れて、髪も髭も碌に整えられなかった。能力に気がついてからも生きることに必死で、時にはゴミ捨て場の生ごみやその辺の草を食べた。誰も俺のことを気にしない、助けてくれない。このまま独りで朽ち果てていくのだと思っていた。
だけど今、俺は初めて他人の優しさに触れている。美味い飯を食べさせてもらっている。これほど幸せなことはない。
「すいません……すいません……ありがとうございます……ありがとうございます……」
「泣くな泣くな。そら、もっと食え。おかわりもいいぞ」
涙が止まらず、頭を下げて、それでも食べる手を止められない。俺は久しぶりに腹と心を満たすことができた。
「本当にありがとうございます。助けてもらっただけでなく、ご飯までご馳走になってしまって……」
「気にするなって。身体が回復したら公衆浴場にも行くか。さっぱりして髭も剃ろう」
食べ終わり、涙も少し引いて来た頃に俺は改めてお礼を言った。眷属でもない自分にここまでよくしてもらって申し訳なさも感じている。
「あの……どうしてここまでしてくれるんですか? 特に接点もない、小汚い俺なんかに……」
おずおずと尋ねるとタケミカヅチ様は面食らったように目をパチクリさせ、腕を組んで悩むように口をへの字に曲げた。
「どうして……うーん、そう聞かれても困るな。目の前で倒れた子供を助けるのに、理由なんかないからな」
その言葉を聞いて俺は胸の奥が熱くなった。
助けるのに理由はない。そんな風に当たり前に言われた瞬間、自分の浅ましさを突きつけられたような気がした。
当たり前の美徳。それを尋ねたと言うことは俺はその当たり前を持っていないからだ。同じように目の前で人が倒れていたとして、助けるのに理由を求める事は想像に難くない。生きるのに精一杯で他人を助ける余裕がない、それが言い訳に感じてしまう。
恥ずかしさ、申し訳なさ、感謝、色々なものが混ぜこぜになって涙がまた溢れてくる。
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
「おおっと。お前はよく泣くな」
肩をポンポンと叩かれる。その手に力強さと温かさを感じた。
何故前回が「6」で今回が「5」なのかですが、本当は時系列順に書き進めていくつもりだったのですが、執筆中に行き詰まってしまい「あ、これ下手したらエタるな」と思い至ったので取り敢えず書けそうな場面から書くことししました。「5」としつつ思ったより長くなりそうなので分割しましたが。
今後も時系列が前後するかもしれませんが、基本的にタイトルの数字順に時間が進んでいると思っていただければ幸いです。