TS転生見習い浄化師は過保護に愛される――――なお、仲間は曇る模様――――   作:カヨウ

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第23話 役目だけを呼ぶ声

 

 次に奪われたのは、休む権利だった。

 

 眠っていたのかもしれない。

 

 意識が途切れていただけかもしれない。

 

 どちらにしても、扉が開く音で目が覚めた。

 

 青白い灯り。

 

 石の壁。

 

 湿った空気。

 

 左手首の抑制具。

 

 右手の中の雨雫。

 

 何度確認しても、ここは王都の部屋ではなかった。

 

「起きろ」

 

 黒外套の男が言った。

 

 名前ではなかった。

 

 ルシェル・ノアでもない。

 見習い浄化師でもない。

 ただ、起きろ。

 

 ボクは動かなかった。

 

 動かなかったというより、すぐには動けなかった。

 

 身体が重い。

 

 喉が乾いている。

 

 いつから水を飲んでいないのか分からない。

 

 男は灰色の服の女に目配せした。

 

 女が小さな杯を差し出す。

 

「水です」

 

 水。

 

 その言葉に、身体が反応した。

 

 飲みたい。

 

 でも、すぐには受け取れなかった。

 

 水鏡のことが頭をよぎる。

 

 名前を呼ぶ水面。

 

 引かれる感覚。

 

 ボクは杯を見た。

 

 中身は普通の水に見える。

 

 揺れる水面。

 

 見ない。

 

 覗かない。

 

 杯の縁だけを見る。

 

「飲まないのか」

 

 男が言う。

 

「飲みます」

 

 声がかすれる。

 

 右手に雨雫を握ったまま、左手を伸ばそうとして、抑制具の重さに引っかかった。

 

 女がそれを見て記録する。

 

「手指動作に遅延」

 

 違う。

 

 喉が渇いている。

 

 手首が重い。

 

 怖い。

 

 それだけなのに、遅延と書かれる。

 

 ボクは杯を受け取り、水面を見ないようにして飲んだ。

 

 水は冷たかった。

 

 普通の水だった。

 

 それだけで、少し泣きそうになった。

 

 普通のものが普通に入ってくることが、こんなに安心するとは思わなかった。

 

「飲水可能」

 

 女が書く。

 

 水を飲むことまで、記録になった。

 

 それが、また少し嫌だった。

 

     ◇

 

 椅子に座らされた。

 

 昨日と同じ椅子。

 

 背もたれが硬い。

 

 床の上には、今度は小さな台が置かれていた。

 

 台の上には、濁った結界具。

 

 昨日、王都の外で見たものより小さい。

 

 でも、同じ種類の嫌な気配がする。

 

 古い結界具を、わざと汚したようなもの。

 

 男は言った。

 

「昨日は協力が得られなかった。今日は簡単にする」

 

「嫌です」

 

 すぐに言った。

 

 喉が痛んだ。

 

 女が書く。

 

「拒否継続」

 

 もう慣れたくないのに、慣れ始めている自分が嫌だった。

 

 男は気にせず続ける。

 

「発現させろとは言わない」

 

 ボクは男を見る。

 

 信用できない。

 

「ただ、この結界具を見て、何を感じるか答えろ」

 

 見るだけ。

 

 その言葉も、もう安心できない。

 

 見るだけだった結界塔。

 見るだけだった境界石。

 それらは、レオンたちがいて、リーネやセレスがいて、範囲が決められていた。

 

 ここにはそれがない。

 

「答えません」

 

「答えるだけでいい」

 

「嫌です」

 

「君の状態を確認するためだ」

 

「あなたに確認されたくない」

 

 女が書く。

 

「対人抵抗強」

 

 違う。

 

 あなたたちへの抵抗だ。

 

 ボクは誰にでもこうではない。

 

 レオンには話せる。

 セレスには話せる。

 ガルドにも、リーネにも、クラウスにも。

 

 食堂の配膳係の娘にも、山羊案内人の少年にも。

 

 でも、ここでは違う。

 

 その違いが、紙の上では消される。

 

「では、こちらで観察する」

 

 男が結界具の蓋を少し開けた。

 

 黒灰色の濁りが、細く漏れる。

 

 手のひらが熱くなる。

 

 抑制具越しでも分かる。

 

 蒼銀が反応している。

 

 出ようとする。

 

 見つけた濁りへ向かおうとする。

 

「出さない」

 

 雨雫を握る。

 

「営業、しない」

 

 声に出す。

 

 男の目が動いた。

 

「やはり、その言葉で抑えているのか」

 

 嫌な見方。

 

 灰色の女が記録する。

 

「自己抑制語句。発現低下傾向」

 

 また、言葉が奪われる。

 

 勤務管理の言葉が、観察項目にされる。

 

「違う」

 

 ボクは言った。

 

「何が違う?」

 

「それは、ボクの言葉です」

 

「だから記録している」

 

「違う」

 

 何が違うのか、うまく言えない。

 

 記録されることそのものが嫌なのではない。

 

 クラウスも記録した。

 

 リーネも記録した。

 

 でも、違う。

 

 あの人たちは、ボクを戻すために書いた。

 

 この人たちは、ボクを使うために書いている。

 

 同じ記録でも、向いている方向が違う。

 

 それを言葉にできない。

 

 言葉にできない間に、また記録される。

 

「説明困難」

 

 女が書いた。

 

 ボクは口を閉じた。

 

     ◇

 

 男は結界具を少し近づけた。

 

 椅子から離れられない。

 

 手首の抑制具が重い。

 

 蒼銀が熱くなる。

 

 濁りが嫌だ。

 

 払いたい。

 

 払えば、少し楽になる。

 

 この部屋の空気も少し軽くなる。

 

 でも、出したら相手の思う通りだ。

 

 雨雫を握る。

 

 強く握る。

 

 石の角が手のひらに食い込む。

 

「それを渡せ」

 

 男が言った。

 

 昨日より、声が少し低かった。

 

 ボクは雨雫を胸元へ寄せる。

 

「嫌です」

 

「それが抑制に関与しているなら、確認が必要だ」

 

「ただの石です」

 

「ただの石なら、渡せる」

 

「ただの石だから、持っていていい」

 

 男の表情が少し動いた。

 

「言い返す元気はあるか」

 

 元気ではない。

 

 必死なだけだ。

 

 女がまた書く。

 

「私物保持への反発強」

 

 反発。

 

 まただ。

 

 大事にしているだけ。

 

 守ろうとしているだけ。

 

 それが、反発になる。

 

 男は女へ指示した。

 

「石はまだ取るな。代わりに、手を開かせろ」

 

 女が近づく。

 

 ボクは右手を握ったまま、身体を引いた。

 

 椅子がきしむ。

 

「触らないで」

 

「確認です」

 

「触らないで」

 

「危害は加えません」

 

「触らないで!」

 

 叫んだ。

 

 蒼銀が一瞬、抑制具の下で跳ねた。

 

 青白い火花のような光が、指の隙間から漏れる。

 

 出してしまった。

 

 ほんの少し。

 

 でも、出た。

 

 男の目が輝いた。

 

「記録」

 

 女が素早く書く。

 

「私物接触試行時、蒼銀微発現」

 

 違う。

 

 違う。

 

 触られそうになったからだ。

 

 雨雫を取られそうになったからだ。

 

 でも、紙にはそう残る。

 

 私物接触試行時。

 

 蒼銀微発現。

 

 ボクの怖さが、消えている。

 

 尊厳は、こうやって削られる。

 

 怖かったことが、怖かったと書かれない。

 

 嫌だったことが、嫌だったと残らない。

 

 反応だけが残る。

 

 ボクの中身を抜いた記録になる。

 

「やめて」

 

 声が震えた。

 

 男は満足そうだった。

 

「良い反応だ」

 

 良い。

 

 それが、吐き気がするほど嫌だった。

 

     ◇

 

 その後、何度か同じことをされた。

 

 結界具を近づける。

 

 手のひらの熱を見る。

 

 雨雫に視線を向ける。

 

 ボクが握りしめる。

 

 蒼銀が跳ねそうになる。

 

 出さない。

 

 出さない。

 

 出さない。

 

 でも、完全には抑えきれない時がある。

 

 細い光が指の間から漏れる。

 

 そのたびに記録される。

 

「接近刺激に反応」

「私物保持時、発現抑制」

「私物喪失示唆で反応増大」

「発現は微弱、ただし色は蒼銀」

 

 色。

 

 蒼銀。

 

 そこだけは、正確に書かれる。

 

 ボクの嫌だは削られるのに。

 

 ボクの怖いは削られるのに。

 

 蒼銀の色だけは、きれいに残る。

 

「もう、やめて」

 

 気づけば、そう言っていた。

 

 男は結界具の蓋を閉じた。

 

「今日は大きな成果があった」

 

 成果。

 

 ボクが少しずつ削られたことを、成果と呼んだ。

 

「明日は、もう少し深く確認する」

 

 明日。

 

 また来る。

 

 また、削られる。

 

 ボクは雨雫を握ったまま、椅子の上で俯いた。

 

 男たちが出ていく。

 

 扉が閉まる。

 

 鍵の音。

 

 部屋が静かになる。

 

 そこで初めて、息が震えた。

 

「ごめん」

 

 誰に言っているのか分からない。

 

 雨雫にかもしれない。

 レオンたちにかもしれない。

 自分にかもしれない。

 

「出さないって、言ったのに」

 

 ほんの少し漏れた。

 

 相手の思う通りに。

 

 それが悔しい。

 

 雨雫を握る。

 

 強く握る。

 

 でも、雨雫は何も責めない。

 

 ただの石だから。

 

 働かない石だから。

 

 その沈黙だけが、今はまだ、ボクの味方だった。

 

     ◇

 

 王都の別邸へ向かう準備は、夜明け前に整った。

 

 正式な救出隊。

 

 名目は、危険物持ち込み事件に関する緊急捜査。

 

 実際の目的は一つ。

 

 ルシェル・ノアの奪還。

 

 レオンは黙って剣帯を締めた。

 

 ガルドは盾の革紐を確認している。

 

 セレスは眠っていない顔で、転移残滓の写しを握っていた。

 

 リーネは浄化師団の外套を着ている。

 

 クラウスは書類束を抱えていた。

 

 こんな時まで紙か、と誰も言わなかった。

 

 その紙が、扉を開けるための武器になる。

 

「ローディン家は関与を否定している」

 

 クラウスが言った。

 

「だが、別邸所有者はローディン家の外縁親族。昨日のエリオットの護送中、彼の従者の一人が姿を消した。転移術式に使われた結界灯の交換記録に、偽名がある」

 

「十分だ」

 

 レオンの声は低い。

 

「十分だが、慎重に行く」

 

 クラウスはレオンを見た。

 

「相手がルシェル氏を移動させる可能性がある。踏み込む前に結界を張る」

 

「時間は?」

 

「少ない」

 

「なら急ぐ」

 

「急ぐが、崩すな」

 

 レオンは頷いた。

 

 以前なら、すぐに飛び出していたかもしれない。

 

 いや、今も飛び出したい。

 

 だが、クラウスの言う通りだった。

 

 無策で踏み込めば、また移される。

 

 ルシェルに何かさせられる。

 

 だから、急いで、しかし崩さない。

 

 それが今の最短だった。

 

     ◇

 

 ガルドは、出発前に一度だけルシェルの部屋へ入った。

 

 机の上。

 

 小箱。

 

 ミルの歯形。

 

 保留猫。

 

 雨雫のない空白。

 

 彼は保留猫を手に取った。

 

 やる気のない顔。

 

 ルシェルが「世界の半分くらいしか参加していない顔」と言っていた猫。

 

 ガルドはそれを布に包み、自分の内袋へ入れた。

 

 レオンが入口から見ていた。

 

「持っていくのか」

 

「ああ」

 

「なぜ」

 

「あいつのものだ」

 

 答えは昨日と同じだった。

 

 だが、今日は少し違う。

 

 持っていけば、帰ってきた時に渡せる。

 

 その未来を信じるための行為だった。

 

 レオンは何も言わずに頷いた。

 

     ◇

 

 セレスは、出発直前まで術式を見ていた。

 

 ルシェルを攫った転移陣。

 

 王都式を偽装した歪んだ術式。

 

 その中に、ルシェルの蒼銀へ反応する仕掛けがあった。

 

 蒼銀を出させるためではない。

 

 蒼銀を目印にするため。

 

 術式が彼女を見つけ、引いた。

 

 そのことを理解した瞬間、セレスは一度、紙を握り潰しそうになった。

 

「私が、あの時もっと早く遮断できていれば」

 

 隣のリーネが言った。

 

「私も同じことを考えています」

 

「リーネさん」

 

「でも、今それを続けると手が止まります」

 

 リーネの声も震えていた。

 

 彼女も曇っている。

 

 しかし、今はその曇りを抱えたまま動いている。

 

「ルシェルさんは、蒼銀を出させられようとしているはずです」

 

 リーネが言う。

 

「ええ」

 

「なら、私たちが行った時、彼女は自分を責めているかもしれません」

 

 セレスの表情が変わる。

 

 リーネは続けた。

 

「もし少しでも発現していたら。もし抵抗しきれていなかったら。そう考える子です」

 

「……そうですね」

 

「だから、最初に言う言葉を間違えないようにしましょう」

 

 セレスは目を閉じた。

 

 最初に言う言葉。

 

 大丈夫、では足りない。

 

 頑張った、か。

 

 戻ろう、か。

 

 あなたは悪くない、か。

 

 どれも必要で、どれも少し足りない。

 

「まず、名前を呼びます」

 

 セレスは言った。

 

「ルシェル、と」

 

 リーネは頷いた。

 

「はい。蒼銀ではなく」

 

     ◇

 

 救出隊は、夜明けのまだ薄暗い王都を出た。

 

 表向きには、結界具不正所持の捜査。

 

 だが、全員が分かっていた。

 

 これは奪還だ。

 

 レオンは馬上で前を見ている。

 

 ガルドは馬車の横。

 

 セレスとリーネは中で術式を確認し続ける。

 

 クラウスは別の馬車で、捜査令状と封鎖指示を持つ。

 

 王都北西区。

 

 古い貴族屋敷の別邸。

 

 そこに、ルシェルがいる可能性が高い。

 

 可能性。

 

 それがまだ確定ではないことが、全員を焦らせる。

 

 もし違ったら。

 

 もし、すでに移されていたら。

 

 もし、蒼銀を出させられていたら。

 

 考えは暗い方へ落ちていく。

 

 それでも、進むしかない。

 

     ◇

 

 地下室で、ルシェルは壁にもたれていた。

 

 意識はぼんやりしている。

 

 眠い。

 

 でも眠れない。

 

 灯りが消えない。

 

 時間が分からない。

 

 男たちがまた来るかもしれない。

 

 それが怖くて、目を閉じられない。

 

 雨雫を握る。

 

 右手のひらが少し痛い。

 

 石の角が何度も当たったからだろう。

 

 でも、離さない。

 

 左手の抑制具は重い。

 

 手首が冷たい。

 

 蒼銀は、奥でじっとしている。

 

 眠っているのではない。

 

 起きている。

 

 ずっと起きている。

 

 出ろと言われるのを、待っているみたいで嫌だった。

 

「出さない」

 

 呟く。

 

 声はもうあまり出ない。

 

「出したけど、ちょっとだけ。違う。出させられた。違う。漏れた。違う」

 

 言葉がまとまらない。

 

 自分の中の出来事なのに、どう言えばいいのか分からない。

 

 相手の記録では、蒼銀微発現。

 

 でも、ボクの中では違う。

 

 怖かった。

 

 雨雫を取られそうになった。

 

 触らないでと言った。

 

 それでも近づかれた。

 

 だから、漏れた。

 

 それをどう書けばいいのか。

 

 クラウスなら、書いてくれるだろうか。

 

 リーネなら、分かってくれるだろうか。

 

 セレスなら、最初に何と言うだろう。

 

 レオンは怒るだろうか。

 

 ガルドは食えと言うだろうか。

 

 保留猫は、相変わらずあの顔だろうか。

 

「帰りたい」

 

 また言った。

 

 今度は、少しだけ泣いた。

 

 声は小さかった。

 

 誰も聞いていない。

 

 それでよかった。

 

 ここで泣いたことまで記録されたら、たぶんもっと削られる。

 

 雨雫を握る。

 

 雨雫だけが、泣いたことを記録しない。

 

 ただ、そこにある。

 

     ◇

 

 扉の向こうで、足音がした。

 

 また来た。

 

 ルシェルは息を止める。

 

 今度は、何。

 

 言葉か。

 手か。

 雨雫か。

 蒼銀か。

 

 扉が開く。

 

 黒外套の男が立っていた。

 

 その後ろに、灰色の女と記録係。

 

 さらに、初めて見る老人がいた。

 

 老人は目だけが鋭く、手に古い結界杖を持っている。

 

 男が言う。

 

「次は、抑制具を調整する」

 

 ルシェルは雨雫を握った。

 

「嫌です」

 

 声はかすれていた。

 

 男はもう記録を待たなかった。

 

「拒否は記録済みだ」

 

 その言葉で、背中が冷えた。

 

 拒否は記録済み。

 

 もう、嫌ですと言っても新しいことではない。

 

 相手の中では、拒否はただの状態になっている。

 

 ルシェルの意思ではなく。

 

 観察済みの反応。

 

 老人が一歩前へ出る。

 

「蒼銀は、もう少し強く引けば出る。抑えすぎると濁る。緩めすぎると暴れる。面白い均衡だ」

 

 面白い。

 

 その言葉で、何かがまた削られた。

 

 ボクは面白いものではない。

 

 蒼銀も、あなたの玩具ではない。

 

 そう言いたいのに、喉がうまく動かなかった。

 

 雨雫を握る。

 

 出さない。

 

 出さない。

 

 出さない。

 

 老人が抑制具へ手を伸ばした。

 

 その瞬間、遠くで低い音が響いた。

 

 地上の方から。

 

 扉の外の男たちが顔を上げる。

 

 もう一度、音。

 

 重いものが破られるような音。

 

 黒外套の男の表情が変わった。

 

「何だ」

 

 次の瞬間、地下室の灯りが一斉に揺れた。

 

 青白い光が乱れる。

 

 老人が舌打ちする。

 

「外部結界が破られた」

 

 ルシェルは息を呑んだ。

 

 外部。

 

 誰かが来た。

 

 そう思った瞬間、雨雫を握る手に力が入った。

 

 まだ分からない。

 

 でも。

 

 でも。

 

「レオン……?」

 

 小さく名前が漏れた。

 

 黒外套の男が振り返る。

 

「移す。今すぐだ」

 

 老人が抑制具を掴もうとする。

 

 ルシェルは反射的に身体を引いた。

 

「嫌!」

 

 その声に、蒼銀が強く跳ねた。

 

 今度は抑制具がきしむ。

 

 青白い光が一瞬、地下室を照らした。

 

 男たちの顔が歪む。

 

 老人が叫ぶ。

 

「押さえろ!」

 

 でも、外からまた重い音がした。

 

 今度は近い。

 

 地下へ向かう扉が破られている。

 

 ルシェルは雨雫を握った。

 

 怖い。

 

 怖い。

 

 でも、初めて、怖さの中に別のものが混ざった。

 

 来ている。

 

 誰かが。

 

 たぶん。

 

 きっと。

 

 お願いだから。

 

 早く。

 

 蒼銀が、手の奥で熱く燃えた。

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