TS転生見習い浄化師は過保護に愛される――――なお、仲間は曇る模様―――― 作:カヨウ
市は、思っていたより小さかった。
王都へ続く街道沿いの宿場町。
石造りの宿と、木組みの店と、屋台がいくつか。
道の両側には布の日除けが張られ、干し肉、焼き菓子、薬草、旅道具、古い本、色石の飾りなんかが雑多に並んでいる。
人の声。
馬の鼻息。
車輪の音。
香辛料の匂い。
焼いたパンの匂い。
どこかで鳴っている金属の小さな音。
「情報量が多い」
ボクが呟くと、隣のセレスが頷いた。
「少し歩いたら、馬車に戻りましょうか」
「いや、まだ大丈夫。市は見たい」
「気分は?」
「馬車よりはまし」
「比較対象が低いわね」
「馬車は強敵」
セレスは笑った。
レオンは前を歩いている。
ガルドは後ろ。
自然に、ボクとセレスを挟む形になっていた。
護衛としては正しい。
ただ、挟まれている側としては少し落ち着かない。
「これ、護送感ない?」
小声で言うと、セレスが首を傾げた。
「護送?」
「悪い人を運ぶ感じ」
「そんなふうには見えないと思うわ」
「ガルドが後ろにいると圧がすごい」
後ろから低い声がした。
「聞こえている」
「聞こえるように言った」
「そうか」
「圧はある」
「そうか」
否定しないらしい。
レオンが振り返る。
「人が多い。離れるな」
「了解。迷子になると面倒だし」
「面倒で済まない」
「じゃあ大事件」
「大事件だ」
「真面目」
「君が軽い」
「軽量化に成功してるので」
「何がだ」
「会話」
レオンは少し眉を寄せた。
まだボクの言葉に慣れていない顔だ。
でも昨日よりは、いちいち深く追及しなくなった気がする。
適応が早い。
真面目な人間は、一度「これはこういうもの」と分類すると対応が安定するのかもしれない。
ボクは屋台を見ながら歩いた。
薬草屋では、乾燥させた葉が束ねて吊るされている。
小瓶の中には粉末や油。
隣の店では、革紐や針、火打ち石、携帯用の小鍋。
少し離れたところには、古道具らしきものが並んでいた。
旅道具は見ていて飽きない。
前の記憶では、こういうのはゲームや小説の中のものだった。
でも今は本当に使うものだ。
火打ち石は火を起こすため。
水袋は水を運ぶため。
小瓶は薬を入れるため。
布は包帯にも目隠しにも、鍋掴みにもなる。
役に立つものは分かりやすい。
必要かどうかを判断しやすい。
だから安心する。
「薬草を見る?」
セレスが聞いた。
「見る」
薬草屋の前で足を止める。
店主の老婆がこちらを見た。
「浄化師の子かい?」
「見習いです」
「そうかい。喉にいい葉ならあるよ。顔色がまだ白いね」
「顔色は標準装備かもしれない」
「何だい、それは」
「気にしないでください」
老婆は笑って、乾いた葉をいくつか出した。
セレスが状態を確かめる。
「悪くないわ」
「買う?」
「少しだけ」
セレスが財布を出そうとすると、レオンが横から言った。
「旅費から出す」
「これはボク用じゃないの?」
「旅に必要な薬草だ」
「経費」
「そうだ」
「経費で落ちる薬草」
少し感動した。
前の記憶の何かが、経費という言葉に反応している。
レオンは意味が分からなさそうだったが、真面目に代金を払った。
薬草を受け取ったセレスが、こちらを見る。
「欲しいものはある?」
「薬草は買った」
「薬草以外で」
「必要なもの?」
「必要なものでも、そうでないものでも」
そうでないもの。
その言い方に、少し引っかかった。
必要ではないものを買う。
飾り。
菓子。
色石。
小物。
市にはそういうものもたくさんある。
でも、見てもあまり自分のものとして考えられない。
綺麗だと思う。
面白いと思う。
でも、だから買うという発想があまり出てこない。
「今は特に」
「そう」
セレスはそれ以上聞かなかった。
それがありがたいような、少し物足りないような、不思議な感じだった。
◇
焼き菓子の屋台の前で、ガルドが止まった。
正確には、ガルドが止まったせいで後ろの空気が壁になった。
「どうしたの」
「買う」
「ガルドが?」
「そうだ」
屋台には、丸い焼き菓子が並んでいる。
蜂蜜と木の実を練り込んだものらしい。
ガルドは大きな手で銅貨を置き、焼き菓子を四つ買った。
そして、一つをボクに差し出す。
「食え」
「命令形」
「食うか?」
「訂正された」
「食うか?」
「食べる」
受け取る。
まだ温かい。
かじると、外は少し硬く、中はしっとりしていた。
蜂蜜の甘さと、木の実の香ばしさ。
「うま」
思わず声が出た。
ガルドは頷いた。
「そうか」
「ガルド、甘いもの好き?」
「嫌いではない」
「それ、好きな人の言い方」
「そうか」
ガルドは自分の分を黙々と食べた。
レオンも受け取っている。
セレスも小さくかじって、微笑んだ。
「おいしいわね」
「旅の糖分、大事」
「疲れた時にいいわ」
「経費?」
レオンがこちらを見た。
「これはガルドの私費だ」
「私費焼き菓子」
「何でも分類するな」
「分類すると落ち着く」
「そうなのか」
「たぶん」
焼き菓子を食べながら歩く。
甘いものを食べると、少し気持ちが軽くなる。
それは前の記憶でも、今の身体でも同じらしい。
人間、糖分には弱い。
◇
市の奥に、小さな飾り屋があった。
屋台というより、布を敷いた台の上に細々したものを並べただけの店だ。
色石。
貝殻。
金属の輪。
木彫りの小鳥。
細い革紐。
旅人向けの安い飾り。
足を止めたのは、なんとなくだった。
そこに必要なものはない。
でも、色石が陽に当たって、少し綺麗だった。
「見るか?」
レオンが聞く。
「見るだけ」
「分かった」
店主は中年の女性だった。
「旅の子かい。飾り紐なら安くするよ」
「見習い浄化師です」
「なら、お守りに一つどうだい」
「お守り」
並んだ石を見る。
赤、緑、白、黒。
どれも小さくて、傷も多い。
高価なものではないのだろう。
その中に、灰青色の石があった。
透明ではない。
宝石というほど綺麗でもない。
丸く磨かれているが、端に少し欠けがある。
雨上がりの空みたいな色だった。
ボクは指先で、それを軽くつついた。
「それが気になるのかい?」
店主が聞く。
「色が、ちょっと」
「地味だろ」
「地味だけど、悪くない」
「そういう地味なのが好きな人もいるね」
好き。
そう言われると、少し困る。
好きかどうかは分からない。
ただ、目が止まった。
手に取りたいと思った。
それだけだ。
「買うの?」
セレスが聞いた。
「いや」
すぐに答えた。
「別に使わないし」
石は薬草ではない。
火打ち石でもない。
水袋でもない。
食べられない。
浄化に必要でもない。
買う理由がない。
ボクが手を引こうとした時、レオンが店主に聞いた。
「いくらだ?」
「これなら銅貨二枚でいいよ。紐をつけるなら三枚」
「紐も頼む」
「ちょっと待って」
ボクはレオンを見た。
「何で買う流れになったの」
「気にしていただろう」
「見ただけ」
「手に取っていた」
「触っただけ」
「欲しくないのか?」
欲しくない。
そう言おうとして、止まった。
欲しいと言うには大げさだ。
でも、いらないと言うには少し違う。
困る。
とても困る。
「……役に立たないよ」
結局、そんな言葉が出た。
レオンは少し首を傾げた。
「飾りだからな」
「だから、買う理由がない」
「使わなくていい。だからいいんじゃないか」
何でもないように言われた。
店主が紐を選んでいる音が、やけに大きく聞こえた。
使わなくていい。
だからいい。
それは、少し変な言葉だった。
ボクの中にあるルシェルの記憶は、必要なものを優先する。
浄化院の生活は豊かではなかった。
旅に余分な荷物は持てない。
役に立たないものを持つ余裕は、あまりなかった。
前の記憶の自分も、似たようなものだった気がする。
必要か。
有用か。
意味があるか。
そういう基準で考える癖がある。
だから、使わなくていいものを、ただ持っていていいという発想に、少し詰まった。
「……変なの」
「そうか?」
「変だよ。使わないからいいって」
「全部使うために持つわけじゃないだろう」
「そうなの?」
思わず聞き返すと、レオンは少しだけ驚いた顔をした。
セレスが何か言いかけて、やめる。
ガルドは黙って焼き菓子の包みを持っている。
店主が革紐を通した石を差し出した。
「はいよ。簡単な紐だけど、旅ならこれくらいが丈夫だ」
レオンが代金を払う。
そして、石をボクに差し出した。
「いらないなら、俺が持つ」
「買ってから言う?」
「いるか?」
ボクは石を見た。
灰青色。
丸くて、小さい。
紐がついて、首から下げられるようになっている。
役に立たない。
でも、手放したくない感じがした。
とても面倒な感情だ。
「……いる」
小さく答えると、レオンは頷いた。
「なら持っていればいい」
石を受け取る。
軽い。
びっくりするほど軽い。
なのに、手のひらに置くと、妙に存在感があった。
「名前、つけるのかい?」
店主が笑って聞いた。
「名前?」
「旅のお守りにする子は、よく名前をつけるよ」
名前。
ボクは石を見た。
灰青色。
雨上がり。
雫みたいな形。
「……雨雫」
自然に出た。
店主が頷く。
「いい名前だね」
セレスも微笑む。
「綺麗ね」
レオンは少しだけ目を細めた。
「雨雫か」
「うん」
「気に入ったのか」
「仮で」
「また仮か」
「本採用は持ち歩いてから判断」
そう言いながら、ボクは石を首にかけた。
外套の内側に入れる。
胸元に、小さな重みができた。
役に立たない重み。
でも、不思議と悪くなかった。
◇
市を出る頃には、昼が近くなっていた。
馬車へ戻る道すがら、レオンが少しだけこちらを見た。
「疲れたか?」
「少し」
「馬車に戻ったら休め」
「はいはい」
「はいは一回」
「ガルド語が移った」
レオンは小さく笑った。
ほんの少し。
セレスがこちらの胸元を見る。
「雨雫、しまっておく?」
「落とすと嫌だから、内側に入れる」
「それがいいわ」
「役に立たないのに、落とすと嫌なの変だね」
「大事なら、変ではないと思うわ」
「大事」
その言葉は、まだ早い気がした。
買ったばかりの石だ。
銅貨三枚。
どこにでもありそうな安物。
でも、レオンが買った。
ボクが受け取った。
名前をつけた。
その時点で、ただの石ではなくなった気がする。
少し厄介だ。
ものに意味がつくと、失くすのが怖くなる。
そこまで考えて、ボクは首を横に振った。
まだ失くしていないものの心配をしても仕方ない。
胸元の石を指で押さえる。
「雨雫、初日から職務はなし」
「飾りだからな」
レオンが言う。
「仕事しなくていいの、羨ましい」
「君も今日は仕事なしだ」
「浄化業務なし?」
「ああ」
「完全休業」
「市を歩いた」
「それは観光業務」
「業務なのか」
「なんでも業務にすると偉い感じが出る」
レオンはまた困った顔をした。
でも、昨日よりは少しだけ慣れてきた気がする。
◇
午後の馬車は、眠かった。
焼き菓子。
市のざわめき。
新しい石。
揺れる馬車。
全部が混ざって、まぶたが重くなる。
セレスが向かいで本を読んでいる。
レオンとガルドは外。
ボクは胸元の雨雫に触れた。
冷たい。
小さい。
それだけで、少しだけ意識がはっきりする。
「気に入ったのね」
セレスが本から目を上げずに言った。
「まだ仮」
「仮でも、触っているわ」
「確認作業」
「何の?」
「あるかどうか」
言ってから、自分で少し不思議に思った。
あるかどうか。
それを確認したくなるほど、もう気にしているらしい。
面倒だ。
面倒だけど、悪くない。
ボクは外套の内側で石を握った。
「セレス」
「なに?」
「役に立たないものって、持ってていいのかな」
セレスは本を閉じた。
すぐに答えない。
少し考えてから、優しく言った。
「いいと思うわ」
「理由は?」
「理由がなくても、持っていていいものもあるから」
「そういうもの?」
「そういうもの」
ボクは少しだけ唇を尖らせた。
「みんな、簡単に言う」
「難しい?」
「難しい。必要ないものを持つのは、なんか贅沢な感じがする」
「贅沢でもいいじゃない」
「見習い浄化師なのに」
「見習い浄化師でも」
「病み上がりなのに」
「病み上がりでも」
「前世の記憶が混ざってて自己認識がふわふわしてても?」
言ってから、しまった、と思った。
セレスの目が少しだけ細くなる。
「前世?」
ボクは窓の外を見た。
「今のは言葉の綾」
「そう」
セレスはそれ以上聞かなかった。
聞こうと思えば聞けたはずだ。
でも聞かなかった。
「ふわふわしていても、持っていていいわ」
代わりに、そう言った。
ボクは雨雫を握る。
「そっか」
「ええ」
「じゃあ、そういうことにしておく」
「うん」
馬車が揺れる。
胸元で雨雫が小さく当たった。
ころん、と。
それは本当に小さな音だった。
でも、なぜか耳に残った。
◇
夕方近く、馬車は丘の道に差しかかった。
空は薄く曇っている。
遠くに森。
その向こうに、王都へ続く街道。
レオンが外から声をかけた。
「もう少しで次の宿場だ」
「了解」
返事をして、窓から顔を出しかけた時だった。
風が変わった。
湿った土の匂い。
それに混じる、苦い匂い。
昨日の森の祠より少し濃い。
手のひらの奥が、じわりと熱くなる。
「……瘴気」
ボクが呟くと、馬車がすぐに止まった。
レオンが振り返る。
「どこだ」
ボクは森の方を見る。
奥ではない。
街道脇、倒れた木の根元。
そこに黒い靄が絡んでいた。
「近い」
レオンの表情が変わる。
ガルドが盾を下ろす。
セレスも馬車から降りた。
昨日と違う。
これは街道にかかっている。
旅人が通れば、触れるかもしれない。
「ルシェル、できそう?」
セレスが聞いた。
できる。
そう思った。
今度は昨日より、迷いが少なかった。
いや、少ないのではない。
必要性が分かりやすい。
街道にある。
人が通る。
なら、浄化した方がいい。
ボクは胸元の雨雫に触れた。
冷たい石。
役に立たないもの。
でも、触ると少し落ち着いた。
「短くやる」
そう言うと、レオンが頷いた。
「無理なら止める」
「止める前提」
「昨日決めた」
「決めてたんだ」
「俺が」
「独断」
「必要なら止める」
真面目な顔。
昨日なら少し反発したかもしれない。
今日は、なぜかそこまで嫌ではなかった。
「分かった。じゃあ、短時間営業」
セレスが少し笑う。
「営業開始ね」
「すぐ閉店予定」
ボクは倒木の根元へ向かった。
ガルドが先に周囲を確認する。
レオンが少し後ろ。
セレスが横。
近づくと、黒い靄がざわりと動いた。
嫌な感じ。
胸の奥の蒼銀が、それをほどきたがる。
ボクは手をかざした。
蒼銀の光が、手のひらに灯る。
昨日より自然だった。
細く息を吐く。
「えっと……」
詠唱は知っている。
この身体が覚えている。
浄化院で何度も習った言葉。
でも、口に出す前に、ふと胸元の雨雫が揺れた。
ころん、と。
小さな音。
ボクは一瞬だけ、意識をそこへ向けた。
役に立たない石。
使わなくていいもの。
それが胸元にある。
そのことが、なぜか蒼銀の熱を少し落ち着かせた。
「……痛みを責めず、濁りをほどき、還る道を開く」
言葉と共に、光が流れる。
強くはない。
細く、静かに。
倒木の根元に絡んだ黒い靄へ、蒼銀が染み込む。
靄は少し抵抗するように揺れ、やがて薄くなった。
焦げた匂いが消える。
湿った土と草の匂いだけが残る。
終わった。
手を下ろす。
少し息が上がっている。
けれど、倒れそうではない。
「終わり」
ボクが言うと、レオンがすぐに近づきすぎない距離で止まった。
「大丈夫か」
「大丈夫。たぶん」
「たぶんか」
「今のは前向きなたぶん」
セレスが肩の力を抜いた。
「顔色は悪くないわ」
「初仕事としては?」
「上出来」
「褒められた」
ガルドが倒木の根元を確認する。
「残っていない」
「盾職からも確認いただきました」
「戦士だ」
「はいはい」
「はいは一回」
「三回目」
ガルドは少しだけ目を細めた。
笑ったのかもしれない。
分かりにくい。
ボクは胸元の雨雫を握った。
「雨雫、意外と仕事したかも」
レオンが首を傾げる。
「石が?」
「ボクが勝手に落ち着いただけだけど」
「なら、持っていてよかったな」
何でもないように言う。
レオンはたぶん、本当に何でもないと思っている。
でも、ボクには少し不思議だった。
役に立たないものが、役に立ったような気がする。
いや、役に立ったと言うと違う。
仕事をしたわけではない。
ただ、そこにあった。
それだけ。
「……変なの」
「またそれか」
「変だけど、悪くない」
レオンは頷いた。
「ならいい」
◇
その夜、宿場の部屋で、ボクは雨雫を机の上に置いた。
小さな灰青色の石。
昼間、市で買ってもらったもの。
名前をつけたもの。
役に立たないはずのもの。
灯りの下で見ると、やはり高価には見えない。
でも、少し綺麗だった。
セレスが髪をほどきながら言う。
「寝る時は外しておく?」
「うん。首に絡まると困る」
「机の上でいい?」
「見えるところがいい」
「分かった」
セレスはそれ以上何も言わない。
ボクは雨雫を指先で軽く転がした。
ころん、と小さな音。
市のざわめき。
レオンの「使わなくていい」。
街道脇の瘴気。
手のひらの蒼銀。
今日一日だけで、いろいろ増えた。
まだ、レオンたちをよく知らない。
向こうも、ボクをよく知らない。
でも、知らないままでも少しずつ何かは増えるらしい。
言葉とか。
焼き菓子とか。
役に立たない石とか。
「ルシェル」
セレスが灯りを少し落とす。
「疲れた?」
「疲れた」
「それは言えるのね」
「練習の成果」
「早いわね」
「成長株なので」
セレスが笑った。
ボクは寝台に潜り込む。
机の上の雨雫が、小さく光を受けていた。
蒼銀とは違う。
ただの石の、ただの反射。
それでも目がそこへ行く。
「おやすみ、雨雫」
言ってから、少し恥ずかしくなった。
セレスが聞こえないふりをしてくれた。
ありがたい。
窓の外では、夜風が静かに吹いている。
明日はまた王都へ近づく。
蒼銀を見たい人たちがいる場所へ。
まだ知らない街。
まだ知らない役目。
まだ測りきれない仲間たち。
胸の奥に少しだけ不安がある。
けれど、机の上には雨雫がある。
使わなくていいもの。
だから、持っていていいもの。
その意味はまだよく分からない。
でも、眠るには十分だった。