TS転生見習い浄化師は過保護に愛される――――なお、仲間は曇る模様――――   作:カヨウ

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間話 迷い石を渡す者たち

 

 レオンは、あの日の市場でルシェルが足を止めた瞬間を、よく覚えていた。

 

 露店の隅。

 

 古道具と小物が雑多に並ぶ中に、いくつかの石が置かれていた。

 

 宝石ではない。

 価値のある鉱石でもない。

 名のある護符でもない。

 

 ただ、箱の底に紛れ込んだような石たち。

 

 その中の一つを見て、ルシェルは止まった。

 

 灰色と青の間のような色。

 濁っていて、歪んでいて、片側が欠けている。

 きれいと言い切るには足りず、捨てるには少し気になる。

 

 彼女は、それを「迷子」と呼んだ。

 

 レオンは何も言わなかった。

 

 言えば、壊れると思った。

 

 雨雫のことは、誰もまだ軽く扱えない。

 

 壊れた雨雫は、館の部屋にある。

 欠けたまま、布の上に置かれている。

 ルシェルは日によって触れられる時と、見られない時がある。

 

 だから、市場の石に手を伸ばしかけて止めた彼女へ、買うのかとは聞けなかった。

 

 その問いは、軽すぎる。

 

 雨雫の代わりにするのか、という意味に聞こえてしまうかもしれない。

 

 あるいは、もう次へ行けるのか、と急かす言葉になるかもしれない。

 

 レオンには、それが怖かった。

 

 ルシェルは石を見つめたまま、小さく言った。

 

「帰る」

 

 その声を聞いて、レオンは頷いた。

 

「分かった」

 

 それ以上は言わなかった。

 

 帰り道、彼女はほとんど話さなかった。

 

 手には何も持っていない。

 

 けれど、何かを置いてきた顔でもなかった。

 

 むしろ、何かを持ち帰ってしまった顔だった。

 

 石そのものではなく、石を見た自分の気持ちを。

 

     ◇

 

 セレスは、その夜、ルシェルが保留猫へ話しかけている声を聞いた。

 

「迷い石、いたね」

 

 扉の外までは聞こえないような、小さな声だった。

 

 けれど、同じ部屋にいれば分かる。

 

「ほしいわけじゃない。たぶん」

 

 少し間があった。

 

「でも、帰ってきてからもいる」

 

 セレスは本から目を上げなかった。

 

 聞いていないふりをした。

 

 今は、聞かない方がいいと思った。

 

 ルシェルにとって、言葉にする前の感情は壊れやすい。

 

 特に、何かを欲しいと思うこと。

 

 それは、今の彼女にとって簡単ではなかった。

 

 欲しいと思ったものを奪われた。

 

 大事にしていたものを汚され、削られ、壊された。

 

 だから、新しく何かを欲しがることには、きっと怖さが混ざる。

 

 また壊されたらどうしよう。

 雨雫を裏切ることにならないだろうか。

 代わりにするつもりではないのに、そう見えてしまわないだろうか。

 

 そういうものが、彼女の中に絡んでいるのだと思った。

 

 セレスは、本を閉じた。

 

「眠れそう?」

 

 あえて、石の話はしなかった。

 

 ルシェルは保留猫を撫でながら答えた。

 

「眠れそうか眠れなさそうかで言うと、寝た方が人類側に有利」

 

「じゃあ寝ましょう」

 

「人類のために」

 

「ええ」

 

 軽口は戻ってきている。

 

 けれど、その夜、ルシェルは何度も目を覚ました。

 

 そのたびに、小箱の方を見た。

 

 雨雫ではなく。

 

 まだここにはない、迷い石を探すように。

 

     ◇

 

 ガルドは、三日目の昼にそれを聞いた。

 

「ほしいかも」

 

 ルシェルが、スープの器を見ながら言った。

 

 誰もすぐに返さなかった。

 

 その言葉が、普通の買い物の言葉ではないと分かっていたからだ。

 

 ほしい。

 

 それは、回復の言葉だった。

 

 もう一度、自分の手元に何かを置きたいと思えたということ。

 

 それが壊されるかもしれない怖さを抱えたまま、それでも「ほしいかも」と言えたということ。

 

 ガルドは、パンを割る手を止めずに聞いていた。

 

 こういう時、自分は細かい言葉に向いていない。

 

 セレスのように柔らかく受け止めることも、リーネのように丁寧に意味づけることもできない。

 

 だから、必要なことだけを言う。

 

 見に行くなら、朝。

 人が少ない時間。

 疲れたら戻る。

 買うかは持ってから決める。

 

 それだけだ。

 

 だが、今回は少し違った。

 

 ルシェルは言った。

 

「雨雫の代わりじゃない」

 

 その一言で、ガルドも理解した。

 

 これは、物を買う話ではない。

 

 雨雫を雨雫として残したまま、別のものを持てるかどうかの話だ。

 

 壊れたものをなかったことにせず、新しいものも拒まない。

 

 それはきっと、ルシェルには難しい。

 

 だからガルドは、ただパンを置いた。

 

「食え」

 

 ルシェルが顔を上げる。

 

「今?」

 

「見に行くなら食え」

 

「食料部門、現実的」

 

「歩くには食う」

 

「正論で殴る」

 

「殴っていない」

 

 ルシェルは少しだけ笑い、パンを一口食べた。

 

 それでよかった。

 

     ◇

 

 レオンは、翌朝の市場で最初から決めていたわけではなかった。

 

 少なくとも、自分ではそう思っていた。

 

 迷い石を買うかどうかはルシェルが決める。

 

 それが当然だ。

 

 雨雫の時とは違う。

 

 あの時は、彼女が「いる」と言った。

 

 だから買った。

 

 今度は、そうではない。

 

 彼女は「ほしいかも」と言っただけだ。

 

 まだ迷っている。

 

 だから、待つべきだと思っていた。

 

 市場の通りを歩くルシェルは、以前より小さく見えた。

 

 髪が短くなったからかもしれない。

 

 あるいは、視線に対して肩が少し縮こまるからかもしれない。

 

 けれど、同時に、彼女は確かに歩いていた。

 

 自分の足で。

 

 セレスの隣を。

 

 ガルドの前を。

 

 レオンの横を。

 

 露店に着くと、迷い石はまだそこにあった。

 

 誰にも買われず、隅に置かれていた。

 

 ルシェルは小さく息を吐いた。

 

「いた」

 

 その声を聞いた時、レオンは胸の奥が少し痛んだ。

 

 よかった、という声だった。

 

 まだいてくれた。

 

 それだけで、もう彼女はその石を少し大事にしている。

 

 ルシェルは石に触れた。

 

 指先だけ。

 

 慎重に。

 

 まるで、石の方が怖がるかもしれないとでも思っているような触れ方だった。

 

「戻したくないかは、まだ分からない」

 

 ガルドの買い物理論を使っている。

 

 持って、戻したくなければ買う。

 

 だが、今の彼女は、戻したくないとも言えない。

 

 戻したくないと言ってしまえば、雨雫に悪い気がするのかもしれない。

 

 戻すと言ってしまえば、自分の中に残った気持ちを否定することになるのかもしれない。

 

 レオンは、その迷いを見た。

 

 そして、硬貨を出していた。

 

 自分でも、ほとんど反射だった。

 

 露店の女主人に代金を渡す。

 

 迷い石を受け取る。

 

 ルシェルが目を見開く。

 

「え」

 

 レオンは石を差し出した。

 

「使わなくていい」

 

 自分の声が、思ったより落ち着いていた。

 

「だから、いいんじゃないか」

 

 同じ言葉。

 

 雨雫の時と同じ言葉。

 

 だが、同じ意味ではなかった。

 

 雨雫の代わりではない。

 

 あの日をやり直すためでもない。

 

 壊れたものをなかったことにするためでもない。

 

 ただ、今のルシェルが「ほしいかも」と言ったものを、彼女が言い切れないうちに渡してもいいと思った。

 

 言葉にする前の気持ちを、無理に証明させたくなかった。

 

「何も、言ってない」

 

 ルシェルが言った。

 

 涙が浮かんでいた。

 

 レオンは答えた。

 

「ほしいかも、と言った」

 

「それだけ」

 

「ああ」

 

「それだけで買ったの」

 

「前もそうだった」

 

「前は、ボク、いるって言った」

 

「今回は、まだ言えないように見えた」

 

 その瞬間、ルシェルの顔が崩れた。

 

 泣きそうで、笑いそうで、怒りそうで、困っている顔。

 

 レオンは、その顔を見て思った。

 

 これでよかったのかは分からない。

 

 でも、渡したかった。

 

 彼女がまた何かをほしいと思えるなら、その気持ちが壊れる前に、手の中に置いてやりたかった。

 

     ◇

 

 セレスは、ルシェルが泣き笑いをした瞬間を見ていた。

 

 それは、回復の顔だった。

 

 きれいな顔ではない。

 

 涙でぐしゃぐしゃで、息も乱れていて、言葉もまとまらない。

 

「嫌じゃない。困る。うれしい。ずるい。雨雫の代わりじゃない。なのに、うれしい。どうしたらいいの、これ」

 

 ルシェルはそう言った。

 

 感情が混ざっている。

 

 矛盾している。

 

 でも、それでよかった。

 

 地下から戻ってきた直後の彼女は、感情を自分のものとして持つことすら難しそうだった。

 

 嫌だ、怖い、帰りたい。

 

 その三つに押し潰されていた。

 

 今は違う。

 

 うれしい。

 困る。

 ずるい。

 代わりじゃない。

 でも、うれしい。

 

 それを自分の言葉で言えている。

 

 セレスは、泣きそうになりながら言った。

 

「今、うれしいなら、うれしいでいいと思う」

 

 ルシェルは苦しそうに聞いた。

 

「雨雫に悪くない?」

 

「悪くない」

 

 これは、はっきり言わなければならなかった。

 

「壊れた雨雫がいるのに」

 

「雨雫は雨雫。これは別の石」

 

「別の石」

 

「ええ」

 

 セレスは見ていた。

 

 ルシェルが迷い石を受け取る瞬間を。

 

 両手で、慎重に。

 

 壊れものを受け取るように。

 

 でも、今度は怖さだけではなかった。

 

 そこには、ほんの少し期待があった。

 

 握った時、ルシェルの瞳に市場の朝光が映った。

 

 それだけなら、ただの反射だったかもしれない。

 

 だが、セレスには分かった。

 

 反射ではない。

 

 奥に光が戻った。

 

 ほんの細く。

 

 けれど、確かに。

 

 セレスは、何も言わなかった。

 

 その場で言えば、ルシェルが驚いて引っ込めてしまうかもしれない。

 

 だから、ただ隣にいた。

 

     ◇

 

 ガルドは、泣き笑いをするルシェルを見て、胸の奥が少し痛んだ。

 

 彼女は、迷い石を抱えて泣いている。

 

 けれど、その泣き声は地下でのものとは違う。

 

 奪われて泣く声ではない。

 壊されて泣く声でもない。

 怖くて泣く声だけでもない。

 

 もらったことに泣いている。

 

 うれしいのに、うれしいだけでは済まないから泣いている。

 

 それは、きっと良い涙なのだろう。

 

 良い涙、という言い方が正しいかは分からない。

 

 だが、少なくとも、記録されるための涙ではない。

 

 誰かに届く涙だった。

 

 ガルドは言った。

 

「持て」

 

 ルシェルが振り返る。

 

「戻したくなければ持て」

 

「もう買われてる」

 

「なら持て」

 

「雑」

 

「大事だ」

 

 それ以上の言葉は要らなかった。

 

 ルシェルは迷い石を持った。

 

 それでいい。

 

     ◇

 

 クラウスは、館へ戻ってきたルシェルを見て、最初に目の変化に気づいた。

 

 髪の蒼銀はすでに知っている。

 

 短く整えられた灰銀の髪に、仄かな蒼銀が混じっている。

 

 それはまだ痛々しい変化でもあった。

 

 だが、今日の彼女は、その髪を隠していなかった。

 

 首元の布から、短い髪が見えている。

 

 光を受けて、淡く揺れている。

 

 そして、瞳。

 

 光が戻っていた。

 

 完全ではない。

 

 以前の、眠そうで、妙にずれた軽さを含む瞳とは違う。

 

 けれど、暗いままではない。

 

 市場から何かを持って帰ってきた目だった。

 

 クラウスは、手元の紙を出しかけて止めた。

 

 今は、紙ではない。

 

「新しい石か」

 

 そう聞くに留める。

 

 ルシェルは石を見せた。

 

「迷い石です」

 

「迷い石」

 

「仮名称。正式名称は保留」

 

「記録するか?」

 

 聞いてから、クラウスは少し後悔した。

 

 また記録という言葉を出してしまった。

 

 だが、ルシェルは少し考えたあと、言った。

 

「してもいいです」

 

 クラウスは驚いた。

 

「いいのか」

 

「うん。ただし、研究記録じゃなくて」

 

 その言葉に、クラウスは背筋を伸ばした。

 

「もちろんだ」

 

 記録を拒まない。

 

 それは、記録というものを少しだけ取り戻したということかもしれない。

 

 奪うための記録ではなく。

 

 残すための記録。

 

 ルシェルがルシェルとして何かを選んだ記録。

 

 クラウスは、その場で紙を出さず、言葉だけで記した。

 

「本人が市場にて迷い石を受け取り、保持を希望。雨雫の代替ではなく、別個の私物として扱う」

 

「それならいい」

 

 ルシェルは頷いた。

 

 クラウスは心の中で、その一文を何度も確認した。

 

 雨雫の代替ではなく。

 

 別個の私物。

 

 そこが最も大事だった。

 

     ◇

 

 リーネは、ルシェルの瞳を見て泣きそうになった。

 

 浄化師として見れば、髪に混じる蒼銀の方が重要な変化なのだろう。

 

 発現の痕。

 身体への残留。

 今後の影響。

 

 考えるべきことはいくつもある。

 

 だが、その時のリーネにとって最も大事だったのは、瞳だった。

 

 光が戻っている。

 

 ほんの少し。

 

 けれど、確かに。

 

 彼女は、それを蒼銀とは呼びたくなかった。

 

 蒼銀の光ではない。

 

 ルシェル自身の光だ。

 

「ルシェルさん」

 

「何ですか」

 

「少し、目に光が戻っています」

 

 言ってから、早かっただろうかと思った。

 

 しかし、ルシェルは驚いたように瞬きをしただけだった。

 

「ほんと?」

 

「はい」

 

「蒼銀関係?」

 

「いいえ」

 

 リーネはすぐに言った。

 

「たぶん、あなた自身の光です」

 

 ルシェルは困ったように笑った。

 

「リーネさん、今日ちょっと詩人」

 

「たまには」

 

「王都、詩人が増える」

 

 その軽口に、リーネは救われた。

 

 彼女が戻ってきている。

 

 ただし、以前と同じ形ではない。

 

 壊れたものがあり、残ったものがあり、新しく増えたものがある。

 

 それらを抱えたまま、戻ってきている。

 

     ◇

 

 夜、全員が医務室ではなく、ルシェルの部屋に集まった。

 

 久しぶりだった。

 

 完全に元の部屋ではない。

 

 警戒術はまだ残っている。

 結界灯は交換されたまま。

 窓には安全確認の札が貼られている。

 

 けれど、机の上には小箱がある。

 

 保留猫。

 ミルの歯形。

 雨雫の欠片。

 そして、迷い石。

 

 ルシェルは、鏡の前に立っていた。

 

 短く整えた髪。

 

 灰銀の中に仄かに混じる蒼銀。

 

 肩の上で軽く揺れる毛先。

 

 以前の長い髪とは違う。

 

 もう、あの時と同じ姿ではない。

 

 けれど、不揃いに奪われたままの姿でもない。

 

 整えられた。

 

 自分の許可で。

 自分のために。

 今の長さとして。

 

 瞳には、細い光がある。

 

 完全ではない。

 

 でも、ある。

 

 ルシェルは鏡の中の自分を見て、少しだけ肩をすくめた。

 

「……ボクver2だね」

 

 セレスが隣で首を傾げる。

 

「ばーじょん?」

 

「仕様変更後のボク」

 

「また仕様にする」

 

「じゃあ、暫定新フォーム」

 

「そっちの方がいいわ」

 

 ルシェルは迷い石を握り、鏡の中の自分へ少しだけ笑いかけた。

 

 はにかむような、照れたような笑い。

 

「ボクver2、強そう?」

 

 その場にいた全員が、少しだけ息を止めた。

 

 強そうか。

 

 その問いは軽い。

 

 でも、軽いだけではない。

 

 壊れたままではなく。

 元に戻ったふりでもなく。

 新しく整えた自分として立っている。

 

 それを、強そうかと聞いている。

 

 セレスが最初に答えた。

 

「強そう」

 

 声が少し震えていた。

 

「でも、強くなくてもいい」

 

 ルシェルは笑った。

 

「そこまでセットで言うの、セレスだね」

 

 レオンが続けた。

 

「強そうだ」

 

 ルシェルは振り返る。

 

「真面目剣士も?」

 

「ああ」

 

「どのへんが?」

 

 レオンは少し考えた。

 

 髪が光っているからではない。

 蒼銀が混じっているからでもない。

 泣かなくなったからでもない。

 

「立っているところ」

 

 ルシェルは黙った。

 

 その答えは重い。

 

 重すぎる。

 

 でも、嫌ではなかった。

 

「回答が重い」

 

「すまない」

 

「謝らなくていい」

 

 ガルドは皿を置いた。

 

 菓子が乗っている。

 

「強いなら食え」

 

 ルシェルが目を丸くする。

 

「強さと食料を結びつける」

 

「食わなければ弱る」

 

「正論」

 

 その場に、小さな笑いが起きた。

 

 クラウスは扉の近くで、それを見ていた。

 

 書かない。

 

 この場は、今すぐ紙にしない。

 

 それでも、心の中には残った。

 

 ルシェル・ノア。

 

 短く整えた髪に仄かな蒼銀。

 

 迷い石を手に、泣き笑いのあと、瞳に光を戻す。

 

 本人、自らを「ボクver2」と表現。

 

 強そうかと問う。

 

 周囲、肯定。

 

 記録にすれば、きっとそんなふうになる。

 

 だが、今は書かない。

 

 今は、ただ見守る。

 

     ◇

 

 その夜、ルシェルは小箱の前に座った。

 

 全員が見ている前で、ひとつずつ声をかける。

 

「おやすみ、保留猫」

 

 やる気のない木彫り猫。

 

「おやすみ、ミルの歯形」

 

 山羊がかじった木片。

 

「おやすみ、雨雫」

 

 壊れても、そこにある欠片。

 

 そして。

 

「おやすみ、迷い石」

 

 新しく来た、代わりではない石。

 

 ルシェルは少し考えてから、付け足した。

 

「正式名称は、まだ保留」

 

 ガルドが言う。

 

「また保留か」

 

「保留は大事です」

 

 レオンが頷く。

 

「そうだな」

 

 セレスが灯りを落とす。

 

 リーネが少しだけ笑う。

 

 クラウスが扉を閉める前に、最後にもう一度だけ見る。

 

 短い髪。

 仄かな蒼銀。

 光の戻り始めた瞳。

 

 ルシェルは、元に戻ったのではない。

 

 壊れた雨雫をなかったことにしたのでもない。

 

 ただ、壊れたものを壊れたまま置き、新しい石を新しい石として受け取った。

 

 それが、この日の回復だった。

 

 乗り越えるのではなく。

 

 受け入れる。

 

 そして、自分の言葉で少しだけ笑う。

 

「ボクver2、初日終了」

 

 その声は、確かにルシェルのものだった。

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