TS転生見習い浄化師は過保護に愛される――――なお、仲間は曇る模様――――   作:カヨウ

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間話 周囲ver2

 

 レオンは、自分が過保護になったつもりはなかった。

 

 ただ、食堂へ入る前に中を確認する。

 

 窓を見る。

 結界灯を見る。

 人の流れを見る。

 ルシェルが座る席を見る。

 

 それだけだ。

 

 以前なら、そこまで細かくは見なかったかもしれない。

 

 けれど今は、見る。

 

 見れば防げるものがあるかもしれない。

 

 見なかったから起きたことがある。

 

 そう思うと、身体が勝手に動く。

 

「入れる」

 

 そう言うと、ルシェルが半目でこちらを見た。

 

「食堂入場審査」

 

「違う」

 

「違うの?」

 

「確認だ」

 

「それを食堂入場審査と言います」

 

 レオンには、違いが分からなかった。

 

 食堂に入る前に確認する。

 

 危険がなければ入る。

 

 なら、確認だ。

 

 なぜそれが抗議対象になるのか。

 

 ルシェルは頬を膨らませるほどではないが、明らかに不満そうだった。

 

 しかし、足は止まっていない。

 

 入れる、と言ったあとなら、以前より少し歩きやすそうに見える。

 

 なら、やはり必要だ。

 

 レオンはそう結論づけた。

 

     ◇

 

 セレスも、自分が過保護になったとは思っていなかった。

 

 外套を広げる。

 

 水を近くに置く。

 

 灯りを調整する。

 

 髪に触れそうな時は、必ず聞く。

 

 疲れが見えたら、休むか確認する。

 

 どれも普通のことだった。

 

 少なくとも、今のセレスにとっては。

 

 ルシェルは言う。

 

「セレス、過保護」

 

「そう?」

 

「外套くらい自分で着られます」

 

「知っているわ」

 

「知ってるなら、なぜ広げる」

 

「着やすいから」

 

「その理屈が強い」

 

 ルシェルは抗議しながら袖を通す。

 

 抗議しているのに、ちゃんと通す。

 

 その様子が少し可愛くて、セレスは笑いそうになる。

 

 笑うと怒られるので、少しだけ我慢する。

 

「何笑ってるの」

 

「笑っていないわ」

 

「気配が笑ってる」

 

「気配までは管理できないわね」

 

「ずるい」

 

 軽口が戻ってきたことが嬉しい。

 

 けれど、それを大げさに喜ぶと、ルシェルは困る。

 

 だから、セレスはいつも通りの顔で襟元を整える。

 

 ルシェルが嫌だと言えば手を止める。

 

 けれど、今は嫌ではなさそうだ。

 

 嫌ではないけれど、抗議したい。

 

 そのくらいの顔。

 

 それが、最近のルシェルには増えた。

 

 セレスはそれを、ひそかに良い兆候だと思っていた。

 

     ◇

 

 ガルドにとっては、さらに単純だった。

 

 食う。

 休む。

 歩く。

 寝る。

 

 それができれば、かなり勝ちだ。

 

 だから、食事を用意する。

 

 席を確保する。

 

 疲れた顔をしたら座らせる。

 

 皿が危なければ持つ。

 

 当然のことだった。

 

「ガルド」

 

「何だ」

 

「皿を返してください」

 

「下げる」

 

「ボクの皿です」

 

「知っている」

 

「ボクが下げます」

 

「滑る」

 

「滑らない」

 

「滑る時は滑る」

 

「全人類に適用できる理論」

 

「そうだ」

 

 ルシェルは悔しそうな顔をした。

 

 ガルドは皿を持ったまま、食堂の返却台へ向かう。

 

 後ろから「過保護戦士」と聞こえた。

 

 戦士だ。

 

 過保護ではない。

 

 そう思ったが、訂正しなかった。

 

 訂正すると会話が長くなる。

 

 ルシェルが元気ならそれでもいいが、今はスープの後だ。

 

 体力を温存した方がいい。

 

 ガルドは皿を返却し、蜂蜜菓子を半分持って戻った。

 

「追加だ」

 

「頼んでない」

 

「食えそうだった」

 

「顔面報告制の弊害」

 

「食うか」

 

 ルシェルはしばらく菓子を見た。

 

 そして、小さく言った。

 

「食べるけど」

 

「なら食え」

 

「抗議の余地が薄い」

 

 食べた。

 

 よし。

 

     ◇

 

 クラウスは、周囲の対応を過剰とは思わなかった。

 

 むしろ、まだ不足している部分を探していた。

 

 移送経路。

 食堂の出入り。

 市場同行時の距離。

 結界灯の点検頻度。

 医務記録の取り扱い。

 押収資料との接触制限。

 

 事故は、空白から起こる。

 

 誰かが「たぶん大丈夫」と思った場所から起こる。

 

 だから、空白は埋める。

 

 ただし、ルシェル本人を閉じ込める形ではなく。

 

 そこが難しい。

 

 彼女は守られるだけの存在ではない。

 

 だが、守られなければならない状況もある。

 

 自由を確保するために、周囲を整える。

 

 それが今の方針だった。

 

 そのため、ルシェルから「過保護です」と訴えられた時、クラウスは真剣に検討した。

 

 食堂入場確認。

 

 妥当。

 

 席の確保。

 

 妥当。

 

 外套補助。

 

 体温管理上、妥当。

 

 市場での視線遮断。

 

 護衛上、妥当。

 

 皿の返却代行。

 

 やや過剰かもしれないが、食堂業務として処理可能。

 

「妥当では?」

 

 そう言うと、ルシェルは机に額をつけた。

 

「クラウスさんまで敵側」

 

「敵ではない」

 

「過保護陣営」

 

「保護陣営だ」

 

「過が抜けてる」

 

「必要な範囲だ」

 

「その範囲が広い」

 

 クラウスは少し考えた。

 

 確かに、以前と同じではない。

 

 だが、以前と同じである必要はない。

 

「ボクver2に対応した周囲ver2だ」

 

 そう言うと、ルシェルは顔を上げた。

 

 不満そうで、けれど少し納得してしまった顔だった。

 

「その言い方、ずるい」

 

「有効だったか」

 

「有効にしないで」

 

 クラウスは、その日の記録にこう書いた。

 

『本人より周囲対応への「過保護」との抗議あり。本人にとって安全配慮が自立感の阻害として感じられる場面が出てきたと考えられる。回復に伴う自然な反応。今後、本人の抗議を軽視せず、本人が選べる余地を残すこと』

 

 そして、少し迷って追記した。

 

『ただし、食堂入場確認は継続』

 

     ◇

 

 エマは、食堂の中でそのすべてを見ていた。

 

 ルシェルが入口で止まる。

 

 レオンが確認する。

 

 ガルドが席を確保する。

 

 セレスが外套を椅子にかける。

 

 自分がスープを出す。

 

 ルシェルが半目で抗議する。

 

「この食堂、手厚すぎる」

 

 エマは首を傾げる。

 

「そうでしょうか」

 

「そうです」

 

「でも、今日のスープは普通です」

 

「スープは普通。周囲が普通じゃない」

 

「席はいつもの席ですし」

 

「いつもの席になっていることが、すでに手厚い」

 

「落ち着きますよね?」

 

「落ち着くけど」

 

「ならよかったです」

 

「その理屈!」

 

 エマは本当に分からなかった。

 

 落ち着くなら、よいのではないだろうか。

 

 食堂とは、食べる場所だ。

 

 食べるためには、落ち着いていた方がいい。

 

 なら、落ち着く席を用意する。

 

 温度の合ったスープを出す。

 

 蜂蜜菓子を半分にできるようにしておく。

 

 それだけだ。

 

 ルシェルは、スープを一口飲んでから言った。

 

「おいしい」

 

 エマは笑う。

 

「よかったです」

 

「でも、過保護」

 

「味がですか?」

 

「もうそれでいいです」

 

 何か負けたような顔で、ルシェルはスープを飲み続けた。

 

 その様子を見て、エマは嬉しくなった。

 

 抗議しながら食べている。

 

 それは、かなり元気な証拠だと思った。

 

     ◇

 

 リーネは、ルシェルの「過保護では?」という抗議を、かなり重要な変化として見ていた。

 

 以前のルシェルは、何をされても受け取るしかなかった。

 

 嫌だと言っても進められた。

 

 拒否しても記録された。

 

 その後しばらくは、周囲が何かをしてくれることに対して、自分の希望を言う余裕もなかった。

 

 だが今は違う。

 

「これは過保護です」

 

 そう言える。

 

 嫌ではない。

 でも言いたい。

 ありがたいけれど、過剰だと思う。

 

 その微妙な感情を、軽口にできている。

 

 これは大きい。

 

 リーネはそう考えていた。

 

 だから、ルシェルが浄化訓練前に言った時も、真面目に受け止めた。

 

「今日の机、遠くない?」

 

「距離を取っています」

 

「過保護」

 

「安全距離です」

 

「言い方」

 

「では、安心距離」

 

「もっと過保護っぽくなった」

 

 リーネは少し笑った。

 

「近づけますか?」

 

 ルシェルは机の上の結界石片を見る。

 

 少し考える。

 

「今日は、この距離で」

 

「はい」

 

「でも、抗議はします」

 

「受け取りました」

 

「受け取られた」

 

 リーネは記録板を閉じたまま、口頭で言う。

 

「抗議できるのは、良いことです」

 

 ルシェルは微妙な顔をした。

 

「褒められると抗議しづらい」

 

「それは困りますね」

 

「リーネさん、天然で強い」

 

 その日の訓練は、何もしない訓練だった。

 

 ルシェルは距離を保ったまま、石片を見て、何もしなかった。

 

 それで十分だった。

 

     ◇

 

 市場の木彫り屋の老人も、変化に気づいていた。

 

 少女は前よりよく喋るようになった。

 

 髪は短くなり、そこに不思議な光が混じっている。

 

 目にも、以前とは違う光がある。

 

 そして、周囲の者たちは明らかに彼女を囲っている。

 

 剣士は壁になり、戦士は後ろを塞ぎ、魔術師の女は距離を見ている。

 

 老人から見れば、それは過保護に近い。

 

 だが、悪いものではない。

 

 過保護とは、外から見ると少し滑稽なくらいでちょうどいい時がある。

 

 深く傷ついた者の周囲では、少し滑稽なくらいの優しさが、ようやく日常になることもある。

 

「大事にされてるねえ」

 

 老人が言うと、ルシェルはすぐに言い返した。

 

「大事というか、過剰です」

 

「いいじゃないか」

 

「市場側まで過保護容認」

 

「うちは木彫り屋だからね」

 

「関係ある?」

 

「細かいところを削りすぎると折れる」

 

 ルシェルは黙った。

 

 老人は、しまったかと思った。

 

 削る、という言葉は良くなかったかもしれない。

 

 しかしルシェルは、少しだけ考えたあと言った。

 

「じゃあ、削らない方向で」

 

「そうだね」

 

「でも、保留猫は削って作ったのでは」

 

「そこは職人技だ」

 

「都合がいい」

 

 老人は笑った。

 

 レオンが少しだけ安堵したように息を吐いたのを、老人は見逃さなかった。

 

     ◇

 

 セレスは、夜にルシェルから改めて聞かれた。

 

「セレス」

 

「何?」

 

「みんな、前より変だよね」

 

 灯りを落とした部屋。

 

 小箱には、保留猫、ミルの歯形、雨雫、迷い石。

 

 ルシェルは寝台の上で膝を抱えている。

 

 笑っているが、少し真面目だった。

 

「変というか、過保護というか、周囲ver2というか」

 

「そうね」

 

「否定しない」

 

「前とは違うと思うわ」

 

「だよね」

 

「でも、ルシェルも前とは違う」

 

「ボクver2なので」

 

「ええ」

 

 セレスは椅子に座ったまま、静かに続けた。

 

「たぶん、みんなまだ怖いの」

 

 ルシェルは瞬きをした。

 

「みんなが?」

 

「そう。あなたがいなくなった時のことを、まだ覚えているから」

 

 ルシェルは視線を落とした。

 

「ボクだけじゃないのか」

 

「そうよ」

 

「そっか」

 

「だから、少し変になっているのかもしれない」

 

「少し?」

 

「少し、ということにしておきましょう」

 

 ルシェルは小さく笑った。

 

「愛されてるのは、分かる」

 

「うん」

 

「分かるけど、皿くらい持ちたい」

 

「それは明日、ガルドに交渉しましょう」

 

「交渉制になってる」

 

「皿返却権」

 

「権利名が大げさ」

 

 セレスは笑った。

 

 ルシェルも笑った。

 

 軽い笑いだった。

 

 けれど、その中に少しだけ本音がある。

 

「嫌ではないんだ」

 

 ルシェルは言った。

 

「うん」

 

「嫌ではないけど、たまに、ボクがすごく壊れ物扱いされている気がする」

 

 セレスはすぐに否定しなかった。

 

「そう感じるのね」

 

「うん」

 

「じゃあ、少しずつ変えていこう」

 

「変えられる?」

 

「変えられるわ。ボクver2に合わせて、周囲ver2も調整が必要ね」

 

「アップデート」

 

「そう」

 

「不具合修正」

 

「ええ」

 

 ルシェルは布団に潜りながら言った。

 

「まず皿返却権から」

 

「明日の議題ね」

 

「重要議題」

 

     ◇

 

 翌朝。

 

 食堂。

 

 ルシェルは食後、皿に手を伸ばした。

 

 ガルドも同時に手を伸ばした。

 

 両者、停止。

 

 空気が止まる。

 

 ルシェルは真剣な顔で言った。

 

「本日、皿返却権の試験運用を申請します」

 

 ガルドは皿を見る。

 

 ルシェルを見る。

 

 皿を見る。

 

「条件は」

 

「ゆっくり持つ。走らない。混んでたら中止。危なくなったら渡す」

 

 ガルドは考えた。

 

 レオンも考えた。

 

 セレスは笑いをこらえている。

 

 エマは返却台の前で、固唾を飲んで見守っている。

 

「許可」

 

 ガルドが言った。

 

 ルシェルの顔が明るくなる。

 

「勝った」

 

「試験運用だ」

 

「ボクver2、皿返却機能復活」

 

 ルシェルは両手で皿を持ち、ゆっくり歩いた。

 

 レオンが半歩後ろにつく。

 

「レオン」

 

「何だ」

 

「近い」

 

「護衛だ」

 

「皿の?」

 

「君の」

 

「なるほど」

 

 文句を言いながらも、ルシェルは皿を返却台まで運んだ。

 

 エマが受け取る。

 

「ありがとうございます」

 

「達成」

 

 ガルドが遠くから頷いた。

 

「よし」

 

 ルシェルは戻ってきて、椅子に座った。

 

 少し得意げだった。

 

「どうですか、周囲ver2」

 

 レオンが真面目に言う。

 

「問題なかった」

 

 ガルドも頷く。

 

「明日も可」

 

 セレスが微笑む。

 

「よかったわね」

 

 ルシェルは胸を張った。

 

「皿返却権、奪還」

 

 その言葉に、全員が一瞬だけ静かになった。

 

 奪還。

 

 軽口の中に混ざったその言葉。

 

 だが、ルシェルは気づいているのかいないのか、すぐに蜂蜜菓子へ手を伸ばした。

 

「次は菓子選択権の拡張を求めます」

 

 ガルドが言う。

 

「食いすぎは不可」

 

「急に厳しい」

 

「菓子は別問題だ」

 

 食堂に小さな笑いが広がった。

 

     ◇

 

 その様子を見ていたクラウスは、廊下で立ち止まった。

 

 皿返却権。

 

 試験運用。

 

 周囲ver2。

 

 書類にするには馬鹿馬鹿しい。

 

 だが、重要だった。

 

 ルシェルが自分で抗議し、条件を出し、周囲が調整し、できることが一つ戻った。

 

 それは、立派な回復の一場面だった。

 

 クラウスは執務室へ戻ると、短く記録した。

 

『本日、本人の希望により食後の食器返却を試験的に実施。本人、条件を理解し安全に遂行。周囲は過度な介入を控え、必要時のみ見守り。本人、「皿返却権、奪還」と発言』

 

 そこで筆を止める。

 

 少し考え、追記した。

 

『小さな自立行為の回復。今後、同様に本人が希望する日常動作について、条件付きで段階的に本人へ返すこと』

 

 そして、最後にもう一行。

 

『周囲ver2、調整開始』

 

     ◇

 

 食堂では、ルシェルが蜂蜜菓子を半分食べていた。

 

 レオンはいつもの位置にいる。

 

 セレスは隣で笑っている。

 

 ガルドは追加分を出すか迷っている。

 

 エマは次のスープの味を考えている。

 

 全員、以前とは少し違う。

 

 過保護で、心配性で、時々やりすぎる。

 

 ルシェルはそれに抗議する。

 

 抗議しても、何のことだか分からないという顔をされる。

 

 それでも、少しずつ調整されていく。

 

 愛されているから。

 

 そして、愛されているだけではなく、彼女自身がまた自分の場所を取り戻そうとしているから。

 

 ルシェルは蜂蜜菓子を食べ終え、満足そうに言った。

 

「人類側、今日かなり優勢」

 

 ガルドが頷く。

 

「よし」

 

「そのよし、今日は有効」

 

 レオンが静かに笑う。

 

 セレスも笑う。

 

 エマも厨房の入口で笑う。

 

 その日、食堂の通常運転は、少しだけ更新された。

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