TS転生見習い浄化師は過保護に愛される――――なお、仲間は曇る模様――――   作:カヨウ

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第32話 山羊便と、貴族院の書簡

 

 翌朝。

 

 ルシェルは食堂で茶を飲んでいた。

 

 昨日の反省により、周囲ver2は控えめ運用中である。

 

 セレスは隣より少し遠い。

 レオンは半歩ではなく一歩後ろ。

 ガルドの保存食は机上ではなく鞄の中。

 リーネは視線を穏やかに外している。

 

「……控えめ、できてる」

 

 全員が少し嬉しそうにした。

 

「今、控えめ成功に反応した」

 

 セレスが目を逸らす。

 

「控えめに反応したわ」

 

「そこは認めるんだ」

 

 ガルドが鞄を押さえた。

 

「食料は出していない」

 

「鞄の中で待機してる時点で圧」

 

 レオンが言う。

 

「距離は守っている」

 

「レオンはできてる。声が重いだけ」

 

「声は調整が難しい」

 

「自覚があるの、進歩」

 

 その時だった。

 

 廊下の向こうから、職員が慌ただしく近づいてきた。

 

「ルシェルさん宛に、丘の村から荷が届いています」

 

 ルシェルは瞬きをした。

 

「丘の村?」

 

「はい。村長からです」

 

 ガルドが立つ。

 

「確認する」

 

「荷物に本気」

 

 レオンも動く。

 

「俺も見る」

 

「護衛が荷物に本気」

 

 セレスが苦笑した。

 

「一応、中身を見ましょう」

 

 ルシェルは茶杯を持ったまま、首を傾げた。

 

「山羊から?」

 

「山羊は手紙を書かないわ」

 

「ミルなら、柵をかじって署名くらいは」

 

「署名とは」

 

     ◇

 

 届いた荷は、小さな木箱だった。

 

 乳酪。

 焼き菓子。

 村長の手紙。

 

 そして、灰白色の毛を編み込んだ小さな紐飾り。

 

 紙片も入っている。

 

『ルシェルさんへ。ミルはきょうもげんきです。これをもっていると、ミルくらいつよくなれるかもしれません』

 

 ルシェルは紐飾りを見つめた。

 

「ミルくらい強い」

 

 ガルドが頷く。

 

「柵をかじれる」

 

「かじらない」

 

 レオンが真面目に言う。

 

「頭突きもできる」

 

「しない」

 

 セレスが笑う。

 

「でも、強そうね」

 

 ルシェルは、紐飾りをそっと持った。

 

「山羊部門から支援物資が来た」

 

 全員が耐えた。

 

 ルシェルは即座に顔を上げる。

 

「今、耐えた!」

 

 リーネが正直に言う。

 

「はい」

 

「正直」

 

 その時、ルシェルの指先で、紐飾りがかすかに揺れた。

 

 風はない。

 

 誰も動かしていない。

 

 灰白の毛の中に、ほんの一瞬だけ、青白い糸のような光が混じった。

 

 ルシェルは瞬きをする。

 

「……今、光った?」

 

 空気が変わった。

 

 レオンの目が鋭くなる。

 

 ガルドが一歩前へ出る。

 

 セレスが手を伸ばしかけ、止める。

 

 リーネが紐飾りを見た。

 

「触れた時だけ、反応しましたね」

 

「山羊力では?」

 

「山羊力ではないと思います」

 

「王都浄化師団、山羊力に厳しい」

 

     ◇

 

 木箱の底から、もう一枚紙が出てきた。

 

 村長からの追伸だった。

 

『昨夜、境界石の近くで淡い光が一度だけ揺れました。危険な濁りではないと思いますが、念のためお知らせします。ミルは、その時だけ石の方を見ていました』

 

 ルシェルは紙を見た。

 

「ミルが見た」

 

 セレスが頷く。

 

「山羊の反応が出たわね」

 

「山羊、正式参戦」

 

 リーネは静かに考え込む。

 

「昨日の確認では、石は安定していました。急変ではないと思います」

 

 レオンが言う。

 

「だが、反応はあった」

 

「うん」

 

 ルシェルは紐飾りを見た。

 

「昨日、何もしない成功だった」

 

 リーネがすぐ言う。

 

「それは失敗ではありません」

 

「先に言われた」

 

「先に言います」

 

 セレスも続ける。

 

「昨日の判断は正しかったわ」

 

「自己否定入口に門番がいる」

 

 ガルドが低く言う。

 

「通さない」

 

「門番が多い」

 

 ルシェルは、もう一度紐飾りを見る。

 

 今は光っていない。

 

 ただの山羊毛の護符に見える。

 

 けれど、触れた瞬間の光は確かにあった。

 

「……これ、ただの護符じゃない?」

 

 リーネが頷く。

 

「おそらく、境界石の残響を含んでいます」

 

「残響」

 

「昨日、石の周囲で拾った毛かもしれません。境界石の反応を受けたものが、ルシェルに触れて微かに応えた」

 

「ミル、知らない間に重要素材を生産」

 

 ガルドが言う。

 

「強い」

 

「山羊評価が上がり続ける」

 

     ◇

 

 小応接室で確認することになった。

 

 リーネが紐飾りを机の上に置く。

 

 セレスが周囲の流れを見る。

 

 レオンは窓側。

 

 ガルドは入口。

 

 ルシェルは少し離れて座った。

 

「参加者、山羊護符」

 

 リーネが微笑む。

 

「重要参考物ですね」

 

「昇格した」

 

 セレスが紐飾りを見つめる。

 

「悪い感じはしないわ。でも、普通の残留光とも少し違う」

 

「違う?」

 

「呼んでいる、というより……返事を待っている感じ」

 

 ルシェルの背筋が少し伸びた。

 

「返事」

 

 リーネが頷く。

 

「境界石が何かを訴えている、というほど強くはありません。ただ、安定後に一度だけ光った。そして同じ場所にいた山羊の毛が反応した」

 

 ガルドが言う。

 

「石が寝返りを打ったか」

 

 ルシェルはぱっと顔を上げる。

 

「大先輩、寝返り説」

 

 セレスが笑った。

 

「かわいい説ね」

 

 リーネは少し考える。

 

「表現としては柔らかいですが、近いかもしれません。休んでいた石が、何かに気づいた」

 

「何か」

 

 その言葉だけが、少し重く残った。

 

     ◇

 

 ルシェルは手を伸ばしかけて、止めた。

 

「触っていい?」

 

 リーネは頷いた。

 

「短く。蒼銀は出さず、触れるだけです」

 

「出さない勤務」

 

「はい」

 

「得意業務」

 

 ルシェルは指先で、そっと山羊護符に触れた。

 

 また、淡い光が走った。

 

 今度は全員が見た。

 

 灰白の毛の間に、青白い筋。

 けれど、蒼銀とは少し違う。

 薄い水色に、灰が混じる。

 

 そして、一瞬だけ。

 

 ルシェルの耳に、小さな音が届いた。

 

 石が鳴るような。

 遠い水滴のような。

 それから、かすかな山羊の声。

 

「……メェ?」

 

 ルシェルが言った。

 

 全員が止まる。

 

 レオンが真面目に聞く。

 

「聞こえたのか」

 

「最後だけ山羊だった」

 

 ガルドが頷く。

 

「ミルだな」

 

「断定が早い」

 

 セレスは真面目に言う。

 

「その前は?」

 

「石みたいな音。あと、水滴みたいな」

 

 リーネの表情が少し変わる。

 

「水滴」

 

「うん。ぽたん、って」

 

 セレスも気づく。

 

「雨雫?」

 

 その名前が出た瞬間、ルシェルの指が止まった。

 

 部屋の空気が静かになる。

 

 レオンはルシェルを見たが、何も言わない。

 

 ガルドも黙った。

 

 ルシェルは、小さく息を吐いた。

 

「……雨雫は、部屋に置いてきた」

 

 セレスが頷く。

 

「ええ」

 

「でも、音は似てた」

 

 リーネは静かに言った。

 

「境界石、ミルの毛、雨雫に似た音。三つがつながっているのかもしれません」

 

「山羊、石、雨雫」

 

 ルシェルは真剣な顔になる。

 

「情報量が多い」

 

 ガルドが言う。

 

「食うか」

 

「処理落ち対策が食」

 

「効く」

 

「否定しないんだ」

 

     ◇

 

 午後。

 

 王都館に、もう一通の書簡が届いた。

 

 今度は村からではない。

 

 封蝋には、貴族院の印。

 

 クラウスが受け取り、眉を寄せた。

 

「貴族院からだ」

 

 ルシェルは椅子の上で固まった。

 

「貴族院」

 

 レオンが位置を変える。

 

 半歩。

 

 いや、一歩。

 

 ルシェルはそれを見た。

 

「今、護衛距離が変わった」

 

「書簡だ」

 

「紙に警戒する護衛」

 

 セレスが苦笑する。

 

「まず内容を見ましょう」

 

 クラウスが封を開く。

 

 文面は、丁寧だった。

 

『王都結界維持に関わる地方境界石の定期確認記録について、貴族院側でも閲覧を求める。特に、先般報告された蒼銀の見習い浄化師ルシェル・ノア氏の実地業務記録につき、詳細確認を希望する』

 

 室内が静かになった。

 

 ルシェルは、しばらく黙ってから言った。

 

「……ボク、出してないのに?」

 

 クラウスが文面を見る。

 

「そうだな。昨日の業務は追加浄化不要。つまり、力の行使ではなく判断と観察が中心だった」

 

「なのに確認希望」

 

 リーネが静かに言う。

 

「貴族院は、蒼銀そのものだけでなく、運用記録を見たいのでしょう」

 

 セレスがルシェルを見る。

 

「不安?」

 

「少し」

 

 即答だった。

 

 その素直さに、全員が反応しかけて耐えた。

 

 ルシェルは半目になる。

 

「今、耐えた」

 

 ガルドが言う。

 

「耐えた」

 

「正直」

 

 レオンが静かに言う。

 

「触れさせない」

 

「まだ紙」

 

「人が来てもだ」

 

 ルシェルはレオンを見る。

 

 重い。

 

 だが、助かる。

 

 助かるが、重い。

 

「静音型激重護衛、発動」

 

 レオンは少し困った。

 

「発動していたか」

 

「してる」

 

     ◇

 

 クラウスは書簡を机に置いた。

 

「今の段階では、記録閲覧の希望だ。面会要求ではない」

 

 ルシェルは少し息を吐く。

 

「紙で済む?」

 

「こちらの返答次第だ」

 

「紙、防衛線」

 

「そうだ」

 

 リーネが続ける。

 

「ただ、今後は貴族院との接触が必要になります」

 

 ルシェルの背筋が伸びる。

 

「必要」

 

「王都の結界維持には、予算、記録、貴族院承認が絡みます。ルシェルの存在を、彼らが無視できなくなるのは自然です」

 

「存在」

 

 セレスが優しく言う。

 

「でも、いきなり一人で会う必要はないわ」

 

 ガルドが低く言う。

 

「会わせん」

 

「会う前提で鬼が出た」

 

 レオンも言う。

 

「同席する」

 

「こっちも鬼」

 

 クラウスが淡々とした顔で言った。

 

「返答には条件を付ける。本人同意なしの面会不可。聴取不可。接触不可。記録閲覧は必要範囲のみ。山羊別紙は――」

 

「山羊別紙も?」

 

「……提出範囲外だ」

 

「山羊、貴族院非公開」

 

 ルシェルはなぜか少し残念そうだった。

 

 セレスが笑う。

 

「見せたいの?」

 

「見せたいわけじゃないけど、ミルが公文書に負けた気がする」

 

「山羊と公文書を戦わせないで」

 

     ◇

 

 返答文の作成が始まった。

 

 クラウスが筆を取る。

 

「貴族院宛。地方境界石確認記録について、必要範囲で閲覧を許可する。ただし――」

 

 ルシェルが手を上げる。

 

「ただし、が多い予感」

 

「多くする」

 

「強い」

 

 クラウスは続ける。

 

「本人への直接接触は、王都館、浄化師団、護衛同席のもと、本人同意がある場合に限る」

 

 レオンが頷く。

 

「よし」

 

 ガルドも頷く。

 

「よし」

 

 ルシェルは二人を見る。

 

「護衛二人が同時によし」

 

 セレスが言う。

 

「今回はいいと思うわ」

 

「セレスまで」

 

 リーネも頷く。

 

「必要な線引きです」

 

「全員、境界石より境界線に厳しい」

 

 クラウスは筆を進める。

 

「なお、当該実地業務では、ルシェル・ノア氏による追加浄化は行われていない。観察、判断、待機をもって安定確認とした」

 

 ルシェルは少し目を見開いた。

 

「何もしない成功、入った?」

 

「表現を整えた」

 

「勝った」

 

「勝敗ではない」

 

 セレスが微笑む。

 

「でも、良い書き方ね」

 

「うん」

 

 ルシェルは小さく頷いた。

 

「出さなかったことが、ちゃんと仕事になる」

 

 その一言に、室内の空気が静かに柔らかくなった。

 

 ルシェルはすぐに顔を上げる。

 

「今の反応は禁止」

 

 レオンが答える。

 

「難しい」

 

「努力して」

 

「努力する」

 

     ◇

 

 だが、貴族院の書簡には、もう一つ文があった。

 

 クラウスはそこを読み、少しだけ表情を曇らせる。

 

「追記。蒼銀の見習い浄化師が地方境界石へ関わった後、該当地域で未知の発光報告があった場合、関連性の有無を確認したい、とある」

 

 ルシェルは静かになった。

 

「未知の発光」

 

 リーネが眉を寄せる。

 

「村長の報告が、別経路で先に届いたのかもしれません」

 

 セレスが言う。

 

「貴族院は情報が早いわね」

 

 ガルドが低く言う。

 

「面倒だ」

 

「ガルド、直球」

 

 レオンが言う。

 

「利用される可能性はある」

 

「レオンも直球」

 

 ルシェルは山羊護符を見た。

 

「つまり、ミル毛も、境界石の光も、貴族院が気にする案件」

 

 クラウスが頷く。

 

「そうなる」

 

「山羊、政治に巻き込まれる」

 

「山羊は巻き込まない」

 

「でも反応した」

 

「記録には慎重に扱う」

 

 リーネがルシェルを見た。

 

「ここから先は、王都側の視線が増えます」

 

「うん」

 

「怖ければ、怖いと言ってください」

 

 ルシェルは少し考える。

 

 貴族院。

 

 書簡。

 

 未知の発光。

 

 蒼銀。

 

 境界石。

 

 山羊。

 

 雨雫。

 

 王都全体。

 

 情報量が多い。

 

 怖い。

 

 でも。

 

「……怖いけど、全部が敵とは決まってない」

 

 セレスの目が少し開かれる。

 

 レオンの表情が静かに変わる。

 

 ガルドが頷く。

 

 リーネが微笑む。

 

 クラウスは筆を止めた。

 

 ルシェルは半目で全員を見る。

 

「今、何かすごく喜んだ」

 

 セレスが正直に言う。

 

「喜んだわ」

 

 レオンも。

 

「喜んだ」

 

 ガルドも。

 

「よし」

 

「そのよしは、今回は許可」

 

     ◇

 

 その夜。

 

 部屋にいるのは、パーティの四人だけだった。

 

 小箱の前に、今日届いた焼き菓子が一つだけ置かれている。

 

 ミル毛はリーネに預けた。

 

 だから、場所だけ空いている。

 

「今日の報告」

 

 ルシェルは保留猫に向かって言った。

 

「山羊便が来ました。ミル毛、光りました」

 

 木彫り猫は無反応。

 

「境界石も夜に光りました」

 

 無反応。

 

「音がしました。石と水滴と、最後に山羊」

 

 セレスが横で笑いをこらえる。

 

「最後が山羊なのね」

 

「重要」

 

 ガルドが頷く。

 

「重要だ」

 

 レオンが静かに言う。

 

「貴族院からも書簡が来た」

 

 ルシェルは少し黙った。

 

「うん」

 

 迷い石を指先で撫でる。

 

「怖い」

 

 セレスが答える。

 

「うん」

 

「でも、まだ敵って決まってない」

 

 レオンが頷く。

 

「そうだ」

 

「味方になる可能性も、ゼロではない」

 

 ガルドが言う。

 

「ゼロではない」

 

「ガルド、信頼は薄め」

 

「まだ見ていない」

 

「正しい」

 

 ルシェルは焼き菓子を半分に割った。

 

 片方を食べる。

 

「味、敵ではない」

 

 セレスが微笑む。

 

 レオンの目元が少し緩む。

 

 ガルドが満足そうに頷く。

 

 ルシェルは半目で見る。

 

「今、三人とも貴族院より焼き菓子を信頼した顔をした」

 

 セレスが言う。

 

「したわ」

 

 レオンも。

 

「した」

 

 ガルドも。

 

「した」

 

「素直」

 

 ルシェルは布団に入った。

 

 今日は新しいものが来た。

 

 山羊便。

 

 ミル毛。

 

 境界石の光。

 

 雨雫に似た音。

 

 そして、貴族院の書簡。

 

 次に何が起こるのかは、まだ分からない。

 

 でも、全部が敵とは決まっていない。

 

 それは、少しだけ新しい考えだった。

 

「……明日、ミル毛が戻ったら、小箱に席を作る」

 

 セレスが笑う。

 

「席が必要ね」

 

「保留猫の隣は揉める」

 

 レオンが言う。

 

「揉めるのか」

 

「たぶん。新入りだから」

 

 ガルドが言う。

 

「強い場所に置け」

 

「小箱にも序列を作らないで」

 

 ルシェルは少し笑った。

 

「おやすみ、周囲ver2。明日は控えめで」

 

 三人は揃って答えた。

 

「努力する」

 

「信用が薄い」

 

 でも、その声は軽かった。

 

 そして小箱の中で、雨雫の欠片が、誰にも気づかれないほど微かに淡く光った。

 

 同じ頃。

 

 貴族院の一室で、ひとりの若い書記官が、届いた報告書の写しを見て首を傾げていた。

 

「追加浄化不要。観察と待機をもって安定確認……」

 

 彼女は、余白に小さく書き込む。

 

『蒼銀は、使わない判断もできるのか』

 

 その一行は、まだ誰にも共有されていない。

 

 だが、のちに王都の見方を少しだけ変える、最初の線になった。

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