TS転生見習い浄化師は過保護に愛される――――なお、仲間は曇る模様――――   作:カヨウ

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第5話 王都の影

 

 水鏡の祠を離れてから、ボクはしばらく寝ていた。

 

 馬車の揺れは相変わらずだったが、疲れの方が勝ったらしい。

 途中で一度、車輪が石を踏んで大きく跳ねた気がする。

 その時、頭を窓枠にぶつけたような気もする。

 

 ただ、眠気が強すぎて抗議する余裕はなかった。

 

 次に目を開けた時、窓の外は夕方だった。

 

 空は薄い橙色。

 遠くの丘の向こうに、大きな影が見える。

 

 城壁。

 

「……でか」

 

 寝起きの第一声がそれだった。

 

 向かいのセレスが本を閉じる。

 

「起きた?」

 

「起きた。たぶん。あれ王都?」

 

「ええ。外郭の城壁よ」

 

「遠近感がバグる」

 

「ばぐ?」

 

「大きすぎて距離が分からないって意味」

 

「なるほど」

 

 王都。

 

 ルシェルの記憶にもある場所だ。

 

 地図で見たことはある。

 話にも聞いた。

 浄化院へ届く書簡には、王都の結界局や浄化師団の印が押されていた。

 

 でも、実際に見るのは初めてだった。

 

 巨大な城壁が、夕暮れの光を受けて鈍く輝いている。

 壁の上には見張り台。

 門の前には長い列。

 商人の荷馬車、旅人、兵士、家畜を連れた村人。

 

 そして、城壁のさらに奥。

 

 薄い青白い膜のようなものが、空を覆っていた。

 

「結界?」

 

 ボクが聞くと、セレスが頷いた。

 

「王都外郭結界。瘴気を弾き、内部の空気を保つためのものよ」

 

「すごい」

 

 素直にそう思った。

 

 蒼銀とは違う。

 もっと大きく、組み上げられた力。

 

 空全体に薄く張られた、巨大な術式。

 

 前の記憶で言うなら、都市全体を覆う防護フィールド。

 言ったら通じないので、口には出さない。

 

「ルシェルの蒼銀も、結界と相性がいいと言われているわ」

 

「言われている」

 

「詳しいことは王都で調べることになると思う」

 

「調べる」

 

 胸元の雨雫に触れる。

 

 ころん、と小さく鳴った。

 

 昨日までは、王都に行くという事実をあまり考えていなかった。

 

 馬車、宿場、市、水鏡。

 

 目の前の出来事で手一杯だったからだ。

 

 けれど、城壁を見た瞬間、急に現実味が増した。

 

 ボクは王都へ行く。

 

 蒼銀を見られる。

 

 登録される。

 

 たぶん、誰かがボクの力を測る。

 

「……見習いなのに、いきなり本社面談みたいな感じがする」

 

「ほんしゃ?」

 

「大きいところに呼ばれるやつ」

 

「緊張してる?」

 

「してる。ちょっとだけ」

 

「ちょっと?」

 

「だいぶ」

 

 言い直すと、セレスが少し安心したように笑った。

 

「言い直せるなら大丈夫」

 

「判定基準が独特」

 

「あなたには合っている気がするわ」

 

「観察が早い」

 

「魔術師なので」

 

 便利な職業だ。

 

     ◇

 

 門に着くと、想像以上に時間がかかった。

 

 王都へ入る人々は一列に並び、荷を調べられ、通行証を見せている。

 

 レオンが王都の紋章つきの書状を出すと、兵士の態度が少し変わった。

 

 さらに、ボクの見習い浄化師の印を見ると、表情がきりっとした。

 

「浄化師殿ですか」

 

「見習いです」

 

 すかさず言う。

 

 兵士は少し戸惑った。

 

「失礼しました。見習い浄化師殿」

 

「殿が増えた」

 

 セレスが横で笑いをこらえている。

 

 レオンは真面目な顔で手続きを進めた。

 

「王都浄化師団への登録予定者だ。護衛任務で入都する」

 

「確認します」

 

 兵士が書状を読み、別の兵士へ渡す。

 

 その間、ボクは門の内側を眺めた。

 

 人が多い。

 

 当たり前だが、人が多い。

 

 宿場の市とは比べものにならない。

 声が重なり、靴音が重なり、馬の鼻息と車輪の音が混ざっている。

 

 城壁の下を通る風には、石と油と香辛料の匂いがあった。

 

 ボクの胸元で雨雫が揺れる。

 

 無意識に握った。

 

「大丈夫か」

 

 レオンが小さく聞く。

 

「人が多い」

 

「先に宿へ向かう」

 

「登録は?」

 

「今日はしない」

 

「いいの?」

 

「到着したばかりだ」

 

「王都、意外と人間的」

 

「担当者次第だ」

 

 その言い方に、少しだけ不穏なものを感じた。

 

「担当者ガチャ?」

 

「何だそれは」

 

「当たり外れがあるって意味」

 

「……否定はしない」

 

「否定してほしかった」

 

 レオンは少し気まずそうな顔をした。

 

 正直なのはいいことだ。

 

 でも、たまに聞きたくない正直さもある。

 

 兵士が書状を返してきた。

 

「確認しました。ようこそ王都へ」

 

 門が開く。

 

 馬車がゆっくり進む。

 

 城壁の影を抜けると、王都の街並みが広がった。

 

     ◇

 

 王都は、想像していたより整っていて、想像していたより混沌としていた。

 

 広い通りには石が敷かれ、両側に店が並ぶ。

 高い建物。

 看板。

 露店。

 井戸。

 水路。

 荷馬車。

 巡回する兵士。

 屋根の上を走る猫。

 

「猫」

 

 思わず言った。

 

 セレスが窓の外を見る。

 

「猫ね」

 

「王都にも猫はいる」

 

「いるわよ」

 

「都市生態系」

 

「何?」

 

「猫がいる街はだいたい強い」

 

「そうなの?」

 

「たぶん」

 

 猫は屋根の上からこちらを見下ろし、すぐに尻尾を立てて消えた。

 

 自由だ。

 

 とても自由。

 

 少し羨ましい。

 

 馬車は大通りを外れ、やがて静かな区域へ入った。

 

 宿、というより迎賓用の小さな館だった。

 

 王都浄化師団が関係者の滞在に使う場所らしい。

 

「宿じゃない」

 

 門を見上げながら言うと、レオンが答えた。

 

「浄化師団の管理施設だ」

 

「管理施設」

 

「客室がある」

 

「言い方が急に硬い」

 

「安全ではある」

 

「そこはありがたい」

 

 門番がレオンたちに礼をし、内側へ通す。

 

 庭は整えられていて、小さな噴水があった。

 

 水が落ちる音がする。

 

 さっきの水鏡を思い出して、少しだけ足が止まった。

 

 セレスが気づく。

 

「水音、気になる?」

 

「ちょっと」

 

「部屋は噴水から離れた側にしてもらいましょう」

 

「そこまでしなくても」

 

「できることはしていいの」

 

「優しさ調整」

 

「少しだけね」

 

 少しだけ、と言いつつかなり見ている。

 

 でも、今は助かった。

 

     ◇

 

 客室は二階だった。

 

 窓からは庭ではなく、裏通りの屋根が見える。

 遠くに王都の塔がいくつか見えた。

 

 荷物を置くと、ボクは真っ先に寝台へ座った。

 

「王都、強い」

 

「まだ入っただけよ」

 

 セレスが苦笑する。

 

「入城ダメージ」

 

「今日はもう外には出ない方がいいわね」

 

「同意」

 

 素直に同意できるくらいには疲れていた。

 

 雨雫を外し、机の上に置く。

 

 ころん、と小さな音。

 

 見えるところにあると、少し落ち着く。

 

 セレスはそれを見て、何も言わなかった。

 

 しばらくして、扉が叩かれた。

 

 レオンの声。

 

「入っていいか」

 

 セレスがこちらを見る。

 

 ボクは頷いた。

 

「いいよ」

 

 扉が開く。

 

 レオンとガルドが入ってきた。

 

 ガルドは部屋の中へ入りきると、やはり部屋が少し狭く見える。

 

「明日の予定を確認する」

 

 レオンが言った。

 

「出た、予定」

 

「朝、浄化師団の担当者と面会。その後、蒼銀の確認。長くはしない」

 

「確認って、どの程度?」

 

「手のひらに光を出す程度、と聞いている」

 

「聞いている」

 

「実際にどうなるかは、俺が確認する」

 

 レオンの声が少し硬い。

 

「レオンも来るの?」

 

「護衛だからな」

 

「セレスは?」

 

「もちろん」

 

「ガルドも?」

 

「行く」

 

「部屋が狭くならない?」

 

「ならん」

 

「検査室が大きいことを祈る」

 

 ガルドは特に気にしていない顔だった。

 

 レオンは少しだけ肩の力を抜いたように見えた。

 

「体調が悪ければ延期する」

 

「王都まで来て延期できるの?」

 

「できる」

 

「担当者ガチャに外れても?」

 

「そこは俺が言う」

 

「真面目剣士の圧」

 

「必要なら使う」

 

 少し頼もしい。

 

 ただ、頼りきるのはまだ早い。

 

 この人たちは同行者で、護衛で、たぶん今のところ味方寄り。

 

 でも、ボクはまだこの王都も、この制度も知らない。

 

 知らないものに全部預けるのは怖い。

 

「明日は、光るだけ?」

 

 確認する。

 

「ああ」

 

「浄化は?」

 

「予定にない」

 

「血とか髪とか声とか、そういうのは?」

 

 言ってから、部屋の空気が止まったことに気づいた。

 

 なぜそんなことを聞いたのか、自分でも分からなかった。

 

 ただ、水鏡の名前の件がまだ残っていたのかもしれない。

 

 蒼銀がどこにあるのか。

 手のひらの光だけでいいのか。

 それとも、もっと細かく見られるのか。

 

 知らない不安が、言葉になって出た。

 

 セレスの表情が少し硬くなる。

 

 レオンはすぐ答えた。

 

「ない」

 

「ほんと?」

 

「少なくとも、明日の予定にはない。あれば断る」

 

「断れる?」

 

「断る」

 

 短い返事だった。

 

 ガルドも言う。

 

「必要なら俺が立つ」

 

「どこに?」

 

「前に」

 

「分かりやすい」

 

 少し笑ってしまった。

 

 部屋の空気が少しだけ緩む。

 

「じゃあ、明日は手のひらだけ」

 

「そうだ」

 

「手のひら営業」

 

「営業ではない」

 

「光量確認業務」

 

「それも違う」

 

「じゃあ何?」

 

 レオンは少し考えた。

 

「挨拶のようなものだ」

 

「蒼銀の?」

 

「王都への」

 

「だいぶ大げさな挨拶」

 

「そうだな」

 

 レオンが認めたので、少し驚いた。

 

 この人、たまに真面目に変なことを言う。

 

「明日、怖くなったら?」

 

 セレスが聞いた。

 

 ボクは少しだけ考える。

 

「怖いって言う」

 

「言えそう?」

 

「分からない」

 

「なら、顔を見て止めるわ」

 

「顔色プライバシー」

 

「明日は諦めて」

 

「限定公開」

 

「そうね」

 

 こういうやり取りができるのは、少し楽だ。

 

 怖さを真正面から話すと重くなる。

 でも、軽口に混ぜると少し扱える。

 

 たぶん、ボクはそういう生き物なのだろう。

 

     ◇

 

 夕食は館の食堂で取った。

 

 他にも何人か滞在者がいた。

 

 浄化師らしい人。

 王都の役人らしい人。

 護衛兵。

 誰もこちらへ直接話しかけてはこなかったが、視線は何度か感じた。

 

 銀髪。

 見習い浄化師の印。

 王都に呼ばれた蒼銀。

 

 見られている。

 

 そう思うと、食事の味が少し遠くなった。

 

 スープは温かい。

 パンも柔らかい。

 焼いた鶏肉には香草が効いている。

 

 でも、視線が気になる。

 

 ボクは雨雫を持ってくればよかったと思った。

 

 机の上に置いてきた。

 見えるところにはあるが、ここにはない。

 

 胸元が少し心もとない。

 

 すると、向かいのレオンが自分の水杯を少し動かした。

 

 銀の杯が、灯りを反射する。

 

 その動きで、視線が少し遮られた。

 

「食べられるか」

 

「食べてる」

 

「量が減っていない」

 

「観察が細かい」

 

「目の前だからな」

 

「逃げ場がない」

 

「食べられないなら、部屋へ戻るか」

 

 すぐに提案してくる。

 

 ありがたいが、少し悔しい。

 

「食べる」

 

「無理にではなく」

 

「無理にじゃない。視線が多くて味が迷子になってるだけ」

 

「味は迷子にならないだろう」

 

「なる」

 

 セレスが小さく笑った。

 

「じゃあ、少しだけ食べて、残りは部屋へ持っていきましょう」

 

「持っていけるの?」

 

「頼めば包んでくれるわ」

 

「王都、意外と柔軟」

 

「食堂の人が優しいのよ」

 

 ボクはパンを小さくちぎって食べた。

 

 視線はまだある。

 

 けれど、レオンとセレスとガルドが近くにいると、完全にさらされている感じではなかった。

 

 ガルドは黙々と食べている。

 存在そのものが壁だ。

 

 実際、近くの席の役人らしき人が一度こちらへ来かけて、ガルドを見て戻っていった。

 

「ガルド、いるだけで効果ある」

 

「何がだ」

 

「人避け」

 

「そうか」

 

「褒めてる」

 

「そうか」

 

 本当にそれでいいらしい。

 

     ◇

 

 夜。

 

 部屋に戻ると、雨雫は机の上にあった。

 

 当たり前だ。

 

 勝手に歩く石ではない。

 

 でも、少しほっとした。

 

「ただいま」

 

 小さく言ってから、また恥ずかしくなる。

 

 セレスは荷物を整理していて、聞こえないふりをしてくれた。

 

 この人、本当に聞こえないふりがうまい。

 

 雨雫を手に取り、寝台に座る。

 

 王都の夜は、静かではなかった。

 

 窓の外から遠くの人声が聞こえる。

 馬車の音。

 鐘の音。

 巡回兵の靴音。

 

 浄化院の夜とは違う。

 

 宿場の夜とも違う。

 

 大きな生き物の中にいるみたいだった。

 

「眠れそう?」

 

 セレスが聞く。

 

「微妙」

 

「灯りは?」

 

「少し残して」

 

「分かった」

 

 灯りが落とされ、部屋は薄暗くなる。

 

 雨雫を枕元に置く。

 

 灰青色の石が、弱い光を受けている。

 

 水鏡のことを思い出す。

 

 名前を呼ぶ声。

 返事をしそうになった感覚。

 

 明日、王都の担当者はボクの名前を呼ぶだろう。

 ルシェル・ノア、と。

 

 その声は安全だろうか。

 

 いや、普通の声だ。

 

 水鏡とは違う。

 

 違うはずだ。

 

「セレス」

 

「なに?」

 

「明日、変な呼び方されたら教えて」

 

「変な呼び方?」

 

「名前が紐みたいになる感じ」

 

 セレスはすぐに意味を察したようだった。

 

「分かった。私も気をつけるわ」

 

「あと、ボクが返事しなかったら?」

 

「急かさない」

 

「返事が遅くても?」

 

「待つ」

 

「便利」

 

「便利でいいわ」

 

 ボクは布団を引き寄せた。

 

「レオンにも言っておいて」

 

「自分で言う?」

 

「明日言う。忘れてたら言って」

 

「分かった」

 

 少し沈黙。

 

 それから、セレスが静かに言った。

 

「ルシェル」

 

「何?」

 

「今の呼び方は大丈夫?」

 

 ボクは少し考えた。

 

 水鏡の声ではない。

 

 こちらを引っ張る声ではない。

 

 ただ、部屋の中にいる人が、こちらを気にして呼ぶ声。

 

「大丈夫」

 

「そう」

 

「大丈夫だけど、寝る前に確認されると、ちょっとくすぐったい」

 

「ごめんなさい」

 

「怒ってない」

 

「ならよかった」

 

 ボクは目を閉じた。

 

 雨雫が枕元にある。

 

 明日は王都の担当者に会う。

 

 蒼銀を見せる。

 

 たぶん、名前を呼ばれる。

 

 緊張している。

 

 だいぶ。

 

 でも、緊張していると言えた。

 

 それは少し、悪くない。

 

     ◇

 

 翌朝。

 

 王都の鐘で目が覚めた。

 

 重い音が、空気を震わせる。

 

「……目覚ましの圧が強い」

 

 寝台の上で呟く。

 

 セレスがもう起きていた。

 

「おはよう」

 

「おはよう。王都、朝から主張が強い」

 

「慣れるわ」

 

「慣れるかな」

 

「たぶん」

 

「みんな、たぶんを使い始めてる」

 

 顔を洗い、髪を整え、見習い浄化師の外套を着る。

 

 雨雫は首にかけた。

 

 外套の内側へ入れる。

 

 胸元に小さな重みが戻る。

 

 それだけで、昨日より少し呼吸がしやすくなった。

 

 廊下へ出ると、レオンとガルドが待っていた。

 

「体調は」

 

 レオンが聞く。

 

「緊張してる」

 

「それは体調か?」

 

「精神的体調」

 

「悪いのか」

 

「悪くはない。良くもない」

 

「分かった」

 

 レオンは頷いた。

 

「今日は、手のひらだけだ」

 

「うん」

 

「名前を呼ばれて返事が遅くても、急かさない」

 

 ボクは少し驚いた。

 

「セレスから聞いた?」

 

「ああ」

 

「情報共有が早い」

 

「必要なことだ」

 

「じゃあ、変な呼ばれ方だったら?」

 

「止める」

 

「判断できる?」

 

「分からない」

 

「正直」

 

「だから、様子を見る」

 

 レオンは少しだけ表情を引き締めた。

 

「水鏡の件があった。名前の扱いには気をつける」

 

 それを聞いて、胸の奥が少し緩んだ。

 

 ちゃんと覚えている。

 

 昨日のことを、ただの小さな事件として流していない。

 

「レオン」

 

「何だ」

 

「今日、真面目剣士としては高評価」

 

「いつもは低いのか」

 

「仮評価」

 

「まだ仮か」

 

「本採用は長期審査」

 

 セレスが笑い、ガルドが低く言う。

 

「行くぞ」

 

「はいはい」

 

「はいは一回」

 

「王都初はい指導」

 

 階段を降りる。

 

 館の廊下を進む。

 

 窓の外では、朝の光を受けた王都の結界が薄く輝いていた。

 

 その光を見た瞬間、手のひらの奥が少し熱くなる。

 

 蒼銀が反応している。

 

 王都の結界に。

 

 空を覆う大きな膜に。

 

 ボクは胸元の雨雫を握った。

 

「営業開始はまだ」

 

 小さく呟くと、熱はほんの少しだけ落ち着いた。

 

 レオンがこちらを見る。

 

「何か言ったか」

 

「蒼銀に開店時間を教えてた」

 

「そうか」

 

「納得するんだ」

 

「止まるなら何でもいい」

 

「柔軟」

 

 レオンは真面目な顔で扉の前に立った。

 

 この先に、王都浄化師団の担当者がいるらしい。

 

 扉の向こうから、人の気配がする。

 

 知らない人。

 

 知らない場所。

 

 ボクの蒼銀を見たい人たち。

 

 胸元の雨雫を、もう一度だけ指で押さえた。

 

 ころん、と小さく鳴る。

 

 大丈夫。

 

 たぶん。

 

 レオンが扉を叩いた。

 

「入るぞ」

 

 王都での最初の確認が、始まろうとしていた。

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