TS転生見習い浄化師は過保護に愛される――――なお、仲間は曇る模様――――   作:カヨウ

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第47話 名簿と、小さな灯

 

 翌朝。

 

 ルシェルは食堂で、雨雫を前に置いていた。

 

 食卓に石。

 

 パン。

 

 茶。

 

 乳酪。

 

 そして、昨日の報告写し。

 

 セレスがそれを見て、少し首を傾げる。

 

「今日は雨雫も朝食?」

 

「労働者なので福利厚生が必要」

 

「石は食べないわ」

 

「心の乳酪」

 

 ガルドが頷いた。

 

「必要だ」

 

「本家、石にも優しい」

 

 レオンは窓際にいる。

 

 昨日より少し近い。

 

 だが、昨日ほどではない。

 

 微調整が入っている。

 

「レオン、距離が絶妙」

 

「注文通りにした」

 

「近すぎず遠すぎず」

 

「ああ」

 

「本味方、位置調整が上手くなってる」

 

 レオンは少しだけ困った顔をした。

 

「褒めか」

 

「半分」

 

「受け取る」

 

「受け取った」

 

 クラウスが書類を広げた。

 

「旧児童保護院の名簿が見つかった」

 

 ルシェルの軽口が、一瞬だけ止まる。

 

 すぐに茶杯を持った。

 

「来た。名前部署、本日も営業」

 

 セレスが隣に座る。

 

「聞けそう?」

 

「聞く。パンが無罪なので」

 

 ガルドが皿を押す。

 

「食いながら聞け」

 

「本家の安定運用」

 

     ◇

 

 名簿は、完全ではなかった。

 

 破れ。

 墨抜け。

 水染み。

 途中で途切れたページ。

 

 それでも、いくつかの名前は読めた。

 

 エナ。

 ロイ。

 ミシェ。

 タル。

 ユーノ。

 リタ。

 

 その横に、年齢らしき数字。

 

 さらに、短い記号。

 

 青。

 灰。

 水。

 北。

 

 ルシェルは眉を寄せる。

 

「名前の横に属性ガチャみたいなのがある」

 

 クラウスが渋い顔をする。

 

「そういう表現はやめろ」

 

「でも、何これ」

 

 セレスが名簿を覗き込む。

 

「保護区分かしら」

 

 クラウスが頷く。

 

「おそらく。出身地、保護時の状態、あるいは管理区分」

 

「管理区分、嫌ワード」

 

 レオンが静かに言う。

 

「子どもに付けるには嫌な言葉だ」

 

「本味方、今日は怒り寄り」

 

「そうだな」

 

 ガルドが短く言う。

 

「よくない」

 

「本家の倫理、今日も直線」

 

 クラウスは続けた。

 

「エナの横には『水』。そして、備考に『名札なし』」

 

 雨雫が、ぽたん、と鳴った。

 

 食堂の空気が止まる。

 

 ルシェルは雨雫を見る。

 

「……朝から出勤した」

 

 セレスの表情が引き締まる。

 

「エナに反応したのね」

 

 ルシェルは小さく頷く。

 

「名札は出た。でも名簿では名札なし」

 

 クラウスが紙を押さえる。

 

「つまり、昨日戻ってきた名札は、失われた後のものかもしれない」

 

「後から作った?」

 

「あるいは、水路側に保存されていた」

 

 ガルドが言う。

 

「水路、物持ちがいい」

 

「言い方」

 

     ◇

 

 白環記録庫へ向かう前に、ルシェルは条件を書いた。

 

『名簿読み上げ:一名ずつ。

 雨雫反応:短時間。

 蒼銀使用:小灯のみ可。

 用途:照明、照合。浄化しない。

 疲れたら水路退勤。

 泣いたら休憩。』

 

 書いてから、ルシェルは最後の一行を睨んだ。

 

「……消す?」

 

 セレスが静かに言う。

 

「残してもいいと思うわ」

 

「泣く前提みたいで嫌」

 

「泣いても続けさせないための線に見えるわ」

 

 ルシェルは少し黙った。

 

「じゃあ残す」

 

 レオンが頷く。

 

「いい条件だ」

 

「真面目褒め、朝二回目なので課税」

 

「何を払う」

 

「声の質量を下げる」

 

「難しい」

 

「では保留」

 

 ガルドが干し肉を袋に入れる。

 

「泣いたら食え」

 

「そこは布とか茶では?」

 

「全部だ」

 

「本家、支援が物量」

 

     ◇

 

 白環記録庫の閲覧室には、名簿が置かれていた。

 

 今日は水路跡ではない。

 

 保護院跡でもない。

 

 室内。

 

 扉は開いている。

 

 窓も開いている。

 

 机の上には水を入れた浅い器が置かれていた。

 

 ルシェルはそれを見て固まった。

 

「水」

 

 ミーナがすぐ説明する。

 

「水路の水ではありません。通常の清水です。雨雫と名札反応の照合補助に使います。不要なら下げます」

 

 ルシェルは器を見る。

 

 水面は静か。

 

 嫌な感じはない。

 

「置いておく。水路ではなく、ただの水勤務」

 

 若い書記が書く。

 

『清水器、本人許可により設置』

 

 ルシェルは半目になる。

 

「水にも許可がいる時代」

 

 エルヴィンが机の端で言う。

 

「必要なら取る」

 

「形式の鬼、水にも厳格」

 

「水が問題だったのだろう」

 

「正論」

 

     ◇

 

 照合は、エナから始まった。

 

 ミーナが名簿を読む。

 

「エナ。年齢欄、七。区分、水。備考、名札なし」

 

 昨日の名札が、保護箱から出される。

 

 小さな金属札。

 

『エナ』

 

 雨雫を置く。

 

 ルシェルは椅子一つ分離れて座る。

 

 そして、指先にほんの少しだけ蒼銀を灯した。

 

 昨日より早い。

 

 昨日より怖くない。

 

 それに自分で驚く。

 

「……出勤がスムーズ」

 

 セレスが微笑む。

 

「小さく出せているわ」

 

「褒め課税」

 

「後日回答にしておくわ」

 

 蒼銀の小灯が、雨雫を照らす。

 

 雨雫の光が、名札へ移る。

 

 清水の水面に、小さな文字が浮かんだ。

 

『エナ 水場当番』

 

 ルシェルは目を細める。

 

「水場当番」

 

 ミーナが記録する。

 

 若い書記も写す。

 

 エルヴィンは名簿と照合する。

 

「備考にない」

 

 クラウスが頷く。

 

「消えている」

 

 水面に、もう一行。

 

『先生に返す』

 

 ルシェルは息を止めた。

 

「レイン先生に?」

 

 水面は揺れる。

 

 ぽたん。

 

 雨雫が鳴る。

 

 声はない。

 

 でも、意味だけが残る。

 

 エナは、名札を先生に返すはずだった。

 

 返せなかった。

 

 水場当番。

 

 名札なし。

 

 水路。

 

 レイン先生。

 

 ルシェルは蒼銀が少し強くなりかけたのに気づいた。

 

 胸の奥が、勝手に痛みに引っ張られる。

 

 レオンが静かに言う。

 

「小さく」

 

「うん。小さく勤務」

 

 光を抑える。

 

 できた。

 

 水面の文字が静かに消える。

 

 ルシェルは息を吐いた。

 

「一件目、終了成功」

 

 ガルドが即座に言う。

 

「よし」

 

「よし許可」

 

     ◇

 

 二人目。

 

「ロイ。年齢八。区分、北。備考、門」

 

 蒼銀を少し灯す。

 

 昨日よりも、さらに扱いが分かる。

 

 力を出すというより、蓋を少しだけ開ける感じ。

 

 開けすぎない。

 

 閉じる手も、ちゃんと添えておく。

 

 水面に文字が出る。

 

『ロイ 門の音を聞いた』

 

 次。

 

『夜、北で鐘』

 

 クラウスが地図を見る。

 

「北門警鐘か」

 

 エルヴィンが頷く。

 

「閉鎖当日に警鐘記録はない」

 

「また記録なし?」

 

 ルシェルの声が少し尖る。

 

 エルヴィンは否定しない。

 

「照合する」

 

「お願いします」

 

 短く言えた。

 

 怒鳴らずに。

 

 保留せずに。

 

 お願いできた。

 

 ルシェルは少しだけ自分で驚いた。

 

 エルヴィンは一拍置いて頷く。

 

「承知した」

 

     ◇

 

 三人目。

 

「ミシェ。年齢六。区分、灰。備考、歌」

 

 ルシェルは思わず言う。

 

「歌」

 

 セレスが柔らかく見る。

 

「休む?」

 

「まだ」

 

 蒼銀を灯す。

 

 小さく。

 

 水面が震えた。

 

 文字ではなく、音がした。

 

 細い鼻歌。

 

 言葉にならない旋律。

 

 水の上で、誰かが小さく歌っている。

 

 ルシェルの喉が詰まる。

 

「これは、だめ寄り」

 

 すぐに言えた。

 

 セレスが頷く。

 

「休憩」

 

 レオンが動く。

 

 ガルドが干し肉ではなく、温かい茶を出した。

 

 ルシェルは半目で見る。

 

「本家が茶」

 

「セレスから預かった」

 

「連携してる」

 

 蒼銀を消す。

 

 消えた。

 

 ちゃんと消えた。

 

 ルシェルは両手を膝に置き、息を整える。

 

「今の、止められた」

 

 レオンが言う。

 

「止められた」

 

 セレスが小さく微笑む。

 

「とても大事」

 

「真面目褒めは、休憩後に課税」

 

 ミーナが静かに記録した。

 

『本人、自己申告により休憩。蒼銀停止成功』

 

 ルシェルはそれを見て、少しだけ笑った。

 

「停止成功も増えた」

 

 クラウスが言う。

 

「必要な概念だ」

 

「王都書類、親戚大家族」

 

     ◇

 

 休憩後。

 

 ミシェの照合は、後日回答になった。

 

 無理に続けない。

 

 紙に書く。

 

『ミシェ:後日回答。理由、歌が心臓に近い』

 

 若い書記が読み、少しだけ目を伏せる。

 

 エルヴィンはその紙を見て言った。

 

「後日回答として受理する」

 

 ルシェルは頷く。

 

「お願いします」

 

 また言えた。

 

 怖い相手に、お願い。

 

 しかも、燃やした人に。

 

 でも、今は紙を守る人でもある。

 

 不思議な感じがした。

 

     ◇

 

 四人目。

 

「タル。年齢九。区分、水。備考、洗濯棟」

 

 蒼銀を灯す。

 

 今度は指先だけではなく、手のひらに薄く広げる。

 

 セレスがそっと見守る。

 

「広げられそう?」

 

「少し。面積勤務」

 

 レオンが短く言う。

 

「無理なら閉じる」

 

「うん」

 

 水面に文字。

 

『タル 洗濯棟地下の扉を見た』

 

 次。

 

『先生は入るなと言った』

 

 次。

 

『でも、水が呼んだ』

 

 ルシェルの手が強張る。

 

 蒼銀が揺れる。

 

 リーネはいない。

 

 でも、セレスが落ち着いた声で言う。

 

「光を小さく畳んで」

 

「畳む」

 

 手のひらの蒼銀を、指先へ戻す。

 

 できた。

 

 水面が静かになる。

 

「畳めた」

 

 セレスが頷く。

 

「畳めたわ」

 

 ルシェルは小さく息を吐く。

 

「蒼銀、布団みたいに畳める日が来るとは」

 

 ガルドが言う。

 

「片付けは大事だ」

 

「本家、生活指導」

 

     ◇

 

 五人目に入る前に、エルヴィンが止めた。

 

「ここまでだ」

 

 ルシェルは顔を上げる。

 

「そっちから?」

 

「ああ」

 

「まだ行ける、って言ったら?」

 

「今日は止める」

 

 エルヴィンの声は硬い。

 

 だが、押しつけではない。

 

 紙を見ている。

 

 記録を見ている。

 

 ルシェルの手の震えも、たぶん見ている。

 

「理由は?」

 

「十分な情報を得た。続ける理由より、負担の方が大きい」

 

 ルシェルは黙った。

 

 その言葉は、少し刺さる。

 

 昔なら、もっと出せと言われると思った。

 

 でも今は、止められる。

 

 しかも、貴族院側から。

 

「……形式の鬼、休憩を覚えた」

 

「終了だ」

 

「水路退勤?」

 

「水路退勤」

 

 エルヴィンが普通に言った。

 

 室内が一瞬止まった。

 

 ルシェルは目を見開く。

 

「言った」

 

 ミーナが口元を押さえる。

 

 若い書記が下を向く。

 

 クラウスが咳払いする。

 

 セレスは肩を震わせている。

 

 エルヴィンは顔色ひとつ変えない。

 

「君の終了合図だろう」

 

「そうですけど」

 

「使用した」

 

「形式の鬼が水路退勤を使用した」

 

 ガルドが低く笑った。

 

「よし」

 

     ◇

 

 まとめられた記録は、思ったより厚くなった。

 

 エナ。

 ロイ。

 ミシェ。

 タル。

 

 まだ三人分残っている。

 

 ユーノ。

 リタ。

 そして、名簿の最後に、墨で塗られた一行。

 

 そこは、今日は触れない。

 

 後日回答。

 

 ルシェルは自分の蒼銀が完全に消えていることを確認した。

 

 手のひら。

 

 指先。

 

 胸の奥。

 

 静か。

 

 怖いくらい静かではない。

 

 ちゃんと閉じた静けさ。

 

「……使って、止めて、畳んで、閉じた」

 

 セレスが微笑む。

 

「うん」

 

 レオンが言う。

 

「以前より、戻し方が増えた」

 

 ルシェルはレオンを見る。

 

「以前より?」

 

「ただ出すだけではなく、戻せている」

 

 その言葉に、ルシェルは少しだけ目を伏せた。

 

 以前のように使えるようになる。

 

 ただ、元に戻るのではなく。

 

 出して、照らして、畳んで、止める。

 

 怖さごと扱えるようになる。

 

「ボクver2、操作方法が増えた」

 

 ガルドが頷く。

 

「よし」

 

「そのよしは許可」

 

     ◇

 

 王都館へ戻る馬車で、ルシェルは疲れていた。

 

 でも、沈んではいなかった。

 

「今日の成果。エナさん水場当番。ロイさん門の音。ミシェさん歌は後日回答。タルさん地下の扉。蒼銀は小灯、面積勤務、畳み勤務。水路退勤をエルヴィン補佐官が正式使用」

 

 セレスが笑った。

 

「最後が強いわね」

 

「強かった」

 

 レオンが静かに言う。

 

「蒼銀、安定していた」

 

「本味方、今日もそこ」

 

「大事だ」

 

「うん」

 

 ルシェルは小袋を握る。

 

「怖いけど、前より少し使える。前と同じじゃないけど」

 

 レオンが頷く。

 

「同じでなくていい」

 

 ガルドが干し肉を差し出す。

 

「進んだなら食え」

 

「進捗報酬」

 

「そうだ」

 

「本家の制度設計」

 

 クラウスが資料を閉じる。

 

「残り三名と墨塗り一名は後日だ」

 

「次回予告を控えめにしてください」

 

「控えめにした」

 

「どこが?」

 

     ◇

 

 夜。

 

 ルシェルは小箱の前に座った。

 

 雨雫は静か。

 

 今日はよく働いた。

 

 保留猫の横に、後日回答の栞を置く。

 

「今日の報告」

 

 保留猫は無反応。

 

「名簿照合をしました」

 

 無反応。

 

「蒼銀を使いました。小灯。面積。畳む。停止」

 

 ルシェルは自分の指を見た。

 

「停止成功」

 

 雨雫は光らない。

 

「怖かったけど、少しできた」

 

 廊下の少し先から、レオンの声がする。

 

「聞こえている」

 

「今日は許可」

 

「ああ」

 

「前と同じに戻るんじゃなくて、違う使い方が増えた気がする」

 

「そうだな」

 

「それでも、戻ってるって言っていい?」

 

 少しの沈黙。

 

 レオンは静かに言った。

 

「いい」

 

 その一言が、床みたいに重かった。

 

 落ちないための重さ。

 

 ルシェルは保留猫を抱きしめる。

 

「真面目褒めじゃないのに重い」

 

「すまない」

 

「謝らないで」

 

「ああ」

 

 ルシェルは小箱を見る。

 

「ミシェさんは後日回答。残りも後日。墨塗りの一人は……怖い」

 

「怖いなら、怖いままでいい」

 

「うん」

 

 布団に潜る。

 

 今日は一人で眠れそうだ。

 

 たぶん。

 

「明日は控えめで」

 

「努力する」

 

「信用は薄いけど、少し上がった」

 

 廊下の向こうで、レオンが少しだけ笑った気配がした。

 

 小箱の中で、雨雫は静かだった。

 

 蒼銀も静かだった。

 

 でも、それは消えたのではない。

 

 ちゃんと戻って、眠っている静けさだった。

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