TS転生見習い浄化師は過保護に愛される――――なお、仲間は曇る模様――――   作:カヨウ

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第49話 十五の名

 

 翌朝。

 

 ルシェルは、食堂に来た。

 

 来た、というだけで、セレスが少し目を細めた。

 

 レオンが一瞬だけ息を吐いた。

 

 ガルドが無言でパンを置いた。

 

 クラウスは、何も言わずに書類を閉じた。

 

 全員、慎重に喜んでいる。

 

 ルシェルは椅子に座り、半目で周囲を見た。

 

「……全員、慎重喜びが漏れてる」

 

 セレスが微笑む。

 

「漏れたわね」

 

「認めるのが早い」

 

 ガルドが皿を押す。

 

「食え」

 

「本家は漏れてない。通常放流」

 

「食え」

 

「通常放流」

 

 レオンは少し離れた位置に立っていた。

 

 昨日より、ほんの少し遠い。

 

 近すぎない。

 

 遠すぎない。

 

「レオン、距離が優しい」

 

 言ってから、ルシェルは固まった。

 

 レオンも少し固まった。

 

 セレスが口元を押さえる。

 

 ルシェルはパンを持ち上げた。

 

「今のはパンのせい」

 

 ガルドが言う。

 

「パンは悪くない」

 

「パンを擁護しないで」

 

 クラウスが咳払いした。

 

「昨日の名簿について、白環記録庫から修正確認が来ている」

 

 空気が少しだけ引き締まる。

 

 ルシェルはパンを置いた。

 

「聞く」

 

 クラウスは、ゆっくり紙を開いた。

 

「墨塗りの最終行。年齢欄は、十五」

 

 ルシェルの指が止まる。

 

 十五。

 

 自分と同じ。

 

 その数字が、静かに机の上へ落ちた。

 

 だが、クラウスは続ける。

 

「氏名は、依然として一部のみ判読。末尾は『――シェル』。区分は『蒼』」

 

 セレスがすぐに言った。

 

「ルシェル本人と決まったわけではない」

 

 レオンも、間を空けずに言う。

 

「君はここにいる」

 

 ガルドが低く言う。

 

「別の紙だ」

 

 ルシェルは、三人を見た。

 

 早い。

 

 自己否定入口どころか、誤認入口にも門番が立っている。

 

「……門番、多い」

 

 セレスが頷く。

 

「今日は多めよ」

 

「助かるけど、渋滞」

 

 クラウスは紙を置いた。

 

「白環記録庫側も同じ判断だ。本人負担大につき、断定禁止。以後、最終行は『十五の蒼記録』として扱う」

 

 ルシェルは眉を寄せた。

 

「十五の蒼記録」

 

「仮称だ」

 

「かっこよくしないでほしい」

 

「記録上の識別だ」

 

「王都書類、たまに命名が重い」

 

     ◇

 

 白環記録庫へ向かう馬車の中で、ルシェルは雨雫を膝に置いていた。

 

 今日は、少し冷たい。

 

 昨日とは違う。

 

 働きすぎの石が、休暇明けで様子を見ている感じ。

 

「雨雫、今日は様子見勤務」

 

 セレスが隣で微笑む。

 

「無理に使わないわ」

 

「うん」

 

 レオンが向かいで言う。

 

「今日は、蒼銀を使うかどうかも現地で決めればいい」

 

「最初から不可設定?」

 

「不可から始める」

 

「契約が優しい」

 

 ガルドは腕を組んでいる。

 

「無理なら戻る」

 

「本家、単純明快」

 

「戻って食う」

 

「いつもの帰結」

 

 クラウスは資料を見ながら言った。

 

「今日の目的は、十五の蒼記録を開くことではない」

 

 ルシェルは顔を上げる。

 

「違うの?」

 

「違う。事件を収束させるために必要なのは、イリス・レイン氏と保護院の子どもたちの名札を戻すことだ。十五の蒼記録は、その過程で関係する可能性があるだけだ」

 

「主役ではない」

 

「少なくとも、今は」

 

 ルシェルは少し息を吐いた。

 

「主役回避、助かる」

 

     ◇

 

 白環記録庫の閲覧室には、いつもの面々が揃っていた。

 

 ミーナ。

 

 若い書記。

 

 エルヴィン。

 

 ただし、今日は机の上に封鎖箱が二つあった。

 

 一つは、昨日の墨塗り名簿。

 

 もう一つは、旧児童保護院から回収された名札。

 

 『エナ』。

 

 小さな金属の札。

 

 ルシェルはそれを見て、喉を鳴らした。

 

「今日は、名札返却勤務?」

 

 ミーナが頷く。

 

「はい。名簿照合で判明した子どもたちの名札が、水路側に残っている可能性があります」

 

 エルヴィンが紙を差し出す。

 

 直接ではなく、クラウスへ。

 

「本日の条件案だ」

 

 ルシェルは受け取る前に言う。

 

「読むかどうかは?」

 

 エルヴィンは淡々と返す。

 

「君が決める」

 

「よし」

 

 ガルドが頷く。

 

「よし」

 

「本家のよしが先に出た」

 

 条件案には、短く書かれていた。

 

 名簿照合は一名ずつ。

 名札反応が強い場合は即時中断。

 蒼銀使用は小灯のみ。

 浄化行使は禁止。

 水路または保護院跡への移動は本日なし。

 十五の蒼記録は、本人同意なく開かない。

 水路退勤可。

 

 ルシェルは最後から二つ目をじっと見た。

 

「本人同意なく開かない」

 

 エルヴィンが言う。

 

「必要条件だ」

 

「形式の鬼、今日はだいぶ味方」

 

「形式上だ」

 

「形式上でも、助かります」

 

 エルヴィンは一拍置いて、頷いた。

 

「そうか」

 

     ◇

 

 まず、エナの名札を清水の前に置いた。

 

 雨雫。

 

 名簿。

 

 名札。

 

 清水。

 

 ルシェルは椅子一つ分離れた位置に座る。

 

「椅子一個制度、継続」

 

 若い書記が書く。

 

『本人指定距離:椅子一個分』

 

 クラウスはもう止めなかった。

 

 諦めたとも言う。

 

 ルシェルは指先に蒼銀を灯した。

 

 小さく。

 

 小さく。

 

 昨日より、出る。

 

 怖さはある。

 

 でも、暴れない。

 

 雨雫が淡く光る。

 

 清水の水面に文字が浮かぶ。

 

『エナ 水場当番』

 

 次に。

 

『先生に返す』

 

 エナの名札が、かすかに震えた。

 

 セレスが息を止める。

 

 ミーナが記録する。

 

 エルヴィンが言う。

 

「イリス・レイン氏への返却記録が必要だ」

 

 ルシェルは蒼銀を小さく保つ。

 

「レイン先生は、まだ戻ってない」

 

「だから、仮返却先を作る」

 

 エルヴィンは、すでに紙を用意していた。

 

『イリス・レイン氏関連名札保管欄』

 

 ルシェルは半目になる。

 

「先生の机みたい」

 

 ミーナが小さく笑う。

 

「悪くありません」

 

 エルヴィンは真面目に言う。

 

「仮保管欄だ」

 

「形式の鬼、先生の机を否定」

 

「違うものは違う」

 

 エナの名札が、もう一度震えた。

 

 水面に、短い文字。

 

『せんせい』

 

 ルシェルの蒼銀が揺れかける。

 

 胸が痛い。

 

 でも。

 

「小さく」

 

 自分で言う。

 

 灯を畳む。

 

 できた。

 

「エナさん、仮返却。先生の机へ」

 

 エルヴィンは言い直さなかった。

 

 ただ、紙に書いた。

 

『エナ名札、イリス・レイン氏関連保管欄へ仮返却』

 

 そして、欄外に小さく。

 

『通称:先生の机』

 

 ルシェルは目を見開いた。

 

「書いた!」

 

 ミーナが驚き、若い書記が息を呑む。

 

 エルヴィンは無表情だった。

 

「欄外だ」

 

「形式の鬼が欄外を使った!」

 

 クラウスが頭を抱えた。

 

「王都書類が柔らかくなりすぎている」

 

     ◇

 

 次に、ユーノの記録。

 

 名札はまだ見つかっていない。

 

 だが、清水に紙片が浮いた。

 

 水に濡れない白い小紙。

 

『ユーノ』

 

 その下に、小さな文字。

 

『包んだ』

 

 ミーナが紙片を保護箱へ入れる。

 

 若い書記が言う。

 

「ユーノ氏の名札包みの一部かもしれません」

 

 ルシェルは蒼銀を保ちながら言った。

 

「水路便、今日も物流が独特」

 

 ガルドが低く言う。

 

「食えない便だ」

 

「本家、便を食べないで」

 

 水面に次の文字。

 

『歌の下』

 

 ルシェルは息を吸った。

 

 ミシェ。

 

 歌。

 

 後日回答にしていた子。

 

 鍵は歌の下。

 

 名札も、歌の下。

 

「やっぱりミシェさんに戻る」

 

 セレスが静かに頷く。

 

「次の要ですね」

 

「歌部署、怖い」

 

 レオンが言う。

 

「今日はそこまでにするか」

 

 ルシェルは少し迷った。

 

 指先の蒼銀は、まだ安定している。

 

 怖い。

 

 でも、逃げたい怖さだけではない。

 

「ミシェさん、短く」

 

 セレスが確認する。

 

「本当に?」

 

「短く。だめなら水路退勤」

 

 エルヴィンが即座に言う。

 

「条件確認。ミシェ氏照合は一分以内。反応強化時、即時終了」

 

 ルシェルは少し笑った。

 

「形式の鬼、タイマー」

 

「必要だ」

 

     ◇

 

 ミシェ。

 

 年齢六。

 区分、灰。

 備考、歌。

 

 ルシェルは蒼銀を小灯に戻した。

 

 清水が静かに揺れる。

 

 今度は、鼻歌が聞こえた。

 

 昨日と同じ。

 

 細くて、少し寂しい旋律。

 

 でも、今日は逃げなかった。

 

 ルシェルは指先の蒼銀を、ほんの少しだけ広げる。

 

 面積勤務。

 

 水面に、音が文字へ変わっていく。

 

『ミシェ 歌を覚えていた』

 

 次。

 

『鍵を隠した』

 

 次。

 

『先生が戻れるように』

 

 ルシェルの目が熱くなる。

 

 セレスが隣で見ている。

 

 レオンが一歩だけ近い。

 

 ガルドが退路を塞がず、開けている。

 

 エルヴィンが時計を見ている。

 

 ミーナが筆を走らせている。

 

 ルシェルは、蒼銀を保った。

 

 まだいける。

 

「鍵は、どこ」

 

 水面が震えた。

 

 歌が、少しだけはっきりする。

 

 子どもの声。

 

 言葉ではなく、旋律。

 

 その旋律に合わせて、水面に文字が出る。

 

『洗濯棟 床下 歌の石』

 

 クラウスが地図を引き寄せる。

 

「洗濯棟床下」

 

 ミーナが息を吸う。

 

「保護院跡です」

 

 エルヴィンが即座に決めた。

 

「現地調査は別班。ルシェル・ノア氏は同行不要」

 

 ルシェルは、まだ水面を見ている。

 

 歌が続く。

 

 胸が痛い。

 

 でも、蒼銀は暴れない。

 

 ルシェルは小さく言った。

 

「ミシェさん、後日回答、戻りました」

 

 水面の歌が、ふっと柔らかくなる。

 

 雨雫が鳴る。

 

 ぽたん。

 

 ルシェルは蒼銀を畳んだ。

 

 指先へ。

 

 そして閉じる。

 

 消えた。

 

「終了成功」

 

 ミーナが記録する。

 

 エルヴィンが時計を見る。

 

「五十六秒」

 

 ルシェルは半目になる。

 

「ギリギリ」

 

「一分以内だ」

 

「形式の鬼、秒に厳しい」

 

     ◇

 

 調査班は、その日のうちに旧児童保護院跡へ向かった。

 

 ルシェルは行かない。

 

 王都館へ戻る。

 

 待つ勤務。

 

 ただし、今回は何もしない待ちではない。

 

 鍵の場所を見つけた。

 

 ミシェの歌を、後日回答から戻した。

 

 エナの名札を、先生の机へ仮返却した。

 

 蒼銀を出して、保って、畳んで、閉じた。

 

 馬車の中で、ルシェルは疲れていたが、少しだけ顔を上げていた。

 

「今日の成果。エナさんの名札、先生の机へ。ユーノさん紙片。ミシェさん後日回答回収。鍵は洗濯棟床下、歌の石。エルヴィン補佐官、欄外デビュー」

 

 セレスが笑う。

 

「最後、重大ね」

 

「重大です」

 

 レオンが静かに言う。

 

「蒼銀、昨日より長く保てた」

 

「本味方、そこ」

 

「大事だ」

 

「うん」

 

 ルシェルは指先を見る。

 

「前より、少し戻ってる」

 

 ガルドが干し肉を差し出す。

 

「戻ったなら食え」

 

「本家、戻り祝い」

 

「そうだ」

 

 クラウスは資料を閉じながら言う。

 

「調査班の結果次第で、事件は大きく動く」

 

「次回予告が重い」

 

「事実だ」

 

「でも今日は、待つ」

 

「そうだ」

 

     ◇

 

 夕方。

 

 調査班から速報が届いた。

 

 クラウスが封を開ける。

 

 ルシェルは小応接室で、セレスと一緒に待っていた。

 

 レオンは扉近く。

 

 ガルドは廊下。

 

 クラウスが読み上げる。

 

「旧児童保護院跡、洗濯棟床下より石箱を発見」

 

 ルシェルは息を止める。

 

「石箱」

 

「表面に歌譜らしき刻印。内部に鍵束。名札複数。封印札一枚」

 

 セレスが目を見開く。

 

「名札複数」

 

 クラウスは続ける。

 

「鍵束の一つに、北門第三石室の印」

 

 部屋の空気が変わった。

 

 レオンが静かに言う。

 

「第三石室へ行ける」

 

 ガルドが低く言う。

 

「だが、まだ行くな」

 

 ルシェルは頷いた。

 

「うん。今日は行かない」

 

 クラウスが最後の一文を読む。

 

「封印札に記載。『先生を戻すまで、開けない』」

 

 ルシェルは、保留猫を抱く手に力を込めた。

 

 ミシェ。

 

 カナ。

 

 エナ。

 

 ユーノ。

 

 子どもたちは、先生を戻すために鍵を隠した。

 

 水路が止まって。

 

 名前が沈んで。

 

 記録が消されて。

 

 それでも、開けないで守っていた。

 

「……子どもたち、強い」

 

 セレスが静かに頷く。

 

「強いわね」

 

 ガルドも言う。

 

「強い」

 

 レオンが短く言う。

 

「守っていた」

 

 ルシェルは息を吐いた。

 

「じゃあ、次はこっちが戻す番」

 

 言ってから、自分で驚いた。

 

 部屋が静かになる。

 

 セレスが、泣きそうに微笑む。

 

 レオンの目が静かに揺れる。

 

 ガルドが深く頷く。

 

 クラウスが、筆を取らずにその言葉を覚えた。

 

 ルシェルは赤くなった。

 

「今の、重い。なし」

 

 レオンが言う。

 

「なしにしない」

 

「本味方!」

 

 ガルドも言う。

 

「なしにしない」

 

「本家まで!」

 

 セレスが笑う。

 

「私も、なしにしないわ」

 

「周囲ver2、包囲網!」

 

     ◇

 

 夜。

 

 ルシェルは小箱の前に座った。

 

 今日は報告できる。

 

 疲れているけど、できる。

 

「今日の報告」

 

 保留猫は無反応。

 

「ミシェさんの後日回答が戻りました」

 

 雨雫は静か。

 

「鍵が見つかりました」

 

 後日回答の栞を置く。

 

「先生を戻すまで、開けない、って書いてありました」

 

 少しだけ、胸が痛む。

 

「子どもたちは、強かったです」

 

 廊下からレオンの声。

 

「聞こえている」

 

「今日は許可」

 

「ああ」

 

「次は、第三石室?」

 

「そうなるだろう」

 

「怖い」

 

「ああ」

 

「でも、少し行きたい」

 

「分かった」

 

「止めないの?」

 

「止める理由があれば止める。行く理由があるなら、守る」

 

 ルシェルは保留猫を抱きしめた。

 

「本味方、今日も重い」

 

「軽くしない」

 

「今日はそれでいい」

 

 少し黙る。

 

 ルシェルは自分の指先を見る。

 

 蒼銀はない。

 

 ちゃんと閉じている。

 

 でも、必要なら小さく灯せる気がする。

 

 前のように。

 

 いや、前とは違う形で。

 

 もっと自分の手に近い形で。

 

「蒼銀、少し帰ってきた」

 

 レオンが答える。

 

「ああ」

 

「でも、昔と同じではない」

 

「ああ」

 

「それでも、いい?」

 

「いい」

 

 ルシェルは目を閉じた。

 

「じゃあ、今日は勝利寄り」

 

 廊下の向こうで、レオンが静かに言う。

 

「勝利だ」

 

 その声を聞いて、ルシェルは少しだけ笑った。

 

 小箱の中で、雨雫は静かに眠っている。

 

 その眠りは、次に開く扉の前の、短い休息だった。

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