TS転生見習い浄化師は過保護に愛される――――なお、仲間は曇る模様――――   作:カヨウ

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間話 収束報告と、食料欄

 

 翌朝。

 

 ルシェルは食堂で、収束報告の写しを見ていた。

 

 何度読んでも、最後の方に書かれている。

 

『出力制御、終了成功』

 

 見習い浄化師ルシェル・ノア氏。

 本人同意のもと蒼銀を小灯として使用。

 浄化行使ではなく照明・照合・切り離し補助。

 出力制御、終了成功。

 

 ルシェルは紙を見つめたまま、半目になった。

 

「……ボク、書類上かなり有能では?」

 

 セレスが茶を置いた。

 

「有能よ」

 

「即答されると逃げ場がない」

 

「逃がさないわ」

 

「セレス、今日ちょっと強い」

 

 レオンは窓際にいた。

 

 いつもより、少し緩んだ顔をしている。

 

 緩んだ、というより。

 

 硬い顔のまま、空気だけが緩んでいる。

 

「レオン、顔は通常なのに、周囲の湿度が優しい」

 

「湿度?」

 

「本味方湿度」

 

「分からない」

 

「分からないままでいいです」

 

 ガルドが皿を置いた。

 

 パン。

 スープ。

 焼き菓子。

 干し肉。

 果物。

 なぜか二皿。

 

 ルシェルは皿を見た。

 

「本家、事件が終わったからって盛りすぎ」

 

「勝利飯だ」

 

「勝利飯」

 

「食え」

 

「昨日も食べた」

 

「今日も食え」

 

「収束後の継続支援」

 

 クラウスが書類を持って入ってきた。

 

「その言い方は記録に使える」

 

「使わないで」

 

     ◇

 

 白環記録庫から、正式な礼状が届いた。

 

 差出人は、ミーナ。

 

 ただし、末尾にエルヴィン補佐官の確認印がある。

 

 クラウスが読み上げる。

 

「旧北門水路・旧児童保護院・北門第三石関連未了事件について、王都館および見習い浄化師ルシェル・ノア氏の協力に感謝する」

 

 ルシェルは少し身構える。

 

「感謝、来た」

 

 セレスが微笑む。

 

「受け取れる?」

 

「半分」

 

「半分でいいわ」

 

 クラウスは続ける。

 

「特に、本人同意のもと行われた蒼銀小灯による照明・照合補助は、浄化師本人を消耗品として扱わない運用例として、今後の参考とする」

 

 ルシェルは目を丸くした。

 

「運用例」

 

 レオンが静かに言う。

 

「よいことだ」

 

「ボク、例になった」

 

 クラウスが頷く。

 

「悪い意味ではない」

 

「でも、例」

 

 ガルドが言う。

 

「よい例ならよい」

 

「本家、単純」

 

「単純は強い」

 

 クラウスは少しだけ口元を緩めた。

 

「それと、別紙がある」

 

 ルシェルは嫌な予感で紙を見る。

 

「別紙」

 

「収束後の支援体制案」

 

「真面目」

 

「および、食事欄」

 

 ルシェルは固まった。

 

「食事欄」

 

 ガルドが頷いた。

 

「必要だ」

 

「本家、関与した?」

 

「意見は出した」

 

「出したんだ」

 

 クラウスは別紙を広げる。

 

『収束後観察項目

 一、睡眠

 二、蒼銀出力後の疲労

 三、雨雫反応

 四、食事摂取

 五、本人軽口頻度』

 

 ルシェルは最後を指さした。

 

「何これ」

 

 セレスが口元を押さえる。

 

「本人軽口頻度」

 

「なぜ観察項目に」

 

 クラウスが真面目に言う。

 

「君の状態把握に有用と判断された」

 

「ボクの軽口、体温計扱い?」

 

「近い」

 

 レオンが頷く。

 

「減ると心配になる」

 

「本味方まで」

 

 ガルドも言う。

 

「食わない時も減る」

 

「本家、軽口と食料を関連づけた?」

 

「ある」

 

「分析されてる」

 

     ◇

 

 ルシェルは別紙を奪うように見た。

 

 そこには、本当に書いてある。

 

『軽口頻度:

 通常時、本人は事象を部署・勤務・書類・食料・保留等に例える傾向あり。

 著しい減少時、疲労・恐怖・自己責任化が進んでいる可能性。

 ただし、無理に軽口を促さないこと。』

 

 ルシェルは沈黙した。

 

 そして、ゆっくり顔を上げた。

 

「……ボクの比喩、医学的扱いを受けてる」

 

 セレスがとうとう笑った。

 

「でも、すごく正確ね」

 

「正確なのが嫌」

 

 クラウスが頷く。

 

「ミーナ書記官の案だ」

 

「ミーナさん、優しい顔でボクを分析してる」

 

「追記がある」

 

「まだ?」

 

 クラウスは咳払いした。

 

『補佐官追記:軽口の有無を本人価値評価に用いないこと。軽口が出ない場合も、沈黙を回答として扱う。』

 

 ルシェルは紙を見つめた。

 

「……形式の鬼」

 

 セレスが静かに言う。

 

「守っているわね」

 

「守ってる」

 

 少し胸が温かくなる。

 

 だが、その下にさらに一文があった。

 

『ただし、山羊・食料・水路退勤等の独自語彙は、必要に応じて欄外注記可。』

 

 ルシェルは真顔で言った。

 

「やっぱり少しおかしい」

 

 レオンが言う。

 

「正確ではある」

 

「本味方、欄外注記に賛成しないで」

 

     ◇

 

 その日の午後。

 

 白環記録庫から、もう一つ荷物が届いた。

 

 小さな木箱。

 

 宛先は王都館。

 

 中には、名札七枚の正式写しと、第三石の水を清めた小瓶。

 

 そして、手紙。

 

 ミーナの字だった。

 

『先生の机、仮設置完了。

 イリス・レイン氏関連記録欄に、児童七名の名札写しを並べました。

 欄外通称については、補佐官が削除しませんでした。』

 

 ルシェルは吹き出した。

 

「先生の机、残った!」

 

 セレスが笑う。

 

「よかったわね」

 

 クラウスが少し困った顔をする。

 

「欄外通称が正式保存されるとは」

 

「書類の人、納得してない?」

 

「しているが、複雑だ」

 

 ガルドが低く言う。

 

「机は必要だ」

 

「本家、先生の机派」

 

 レオンが静かに言った。

 

「戻る場所があるのはいい」

 

 ルシェルは一瞬だけ黙った。

 

 それは不意打ちだった。

 

 普通の言葉なのに、重い。

 

 でも今日は、重さで潰れなかった。

 

「……本味方、今日も一撃」

 

「すまない」

 

「謝ると追撃」

 

「後日回答か」

 

「後日回答です」

 

     ◇

 

 さらに木箱の底には、別の紙があった。

 

 エルヴィンの字。

 

『収束後、旧児童保護院跡の外周において、動物反応欄を使用する予定はない。

 なお、丘の村より山羊ミルの反応記録が別途届いた場合は、補助資料として受理する。

 ただし、個体名の過剰記載は避けること。』

 

 ルシェルは紙を持ったまま固まった。

 

「ミル、まだ警戒されてる」

 

 ガルドが誇らしげに頷く。

 

「強い」

 

 セレスが笑いすぎて茶杯を置いた。

 

「補佐官、ミルのことを忘れてないのね」

 

「忘れられない存在になってる」

 

 レオンが真面目に言う。

 

「最初に北を見たのはミルだ」

 

「そうだけど」

 

 クラウスが追加の小紙を見つけた。

 

「丘の村からも手紙が来ている」

 

「噂をすれば山羊」

 

 クラウスは読み上げる。

 

『ミルは本日、北を見ず、草を食べ、柵を少しかじりました。

 子どもたちは、王都の水路がよくなったならよかったと言っています。

 ミルはたぶん分かっていません。』

 

 ルシェルは机に突っ伏した。

 

「ミル、通常運転」

 

 ガルドが満足そうに言う。

 

「平和だ」

 

「柵かじってるけど」

 

「平和だ」

 

 セレスが涙目で笑う。

 

「でも、いい報告ね」

 

 ルシェルは顔を上げた。

 

「うん。すごくいい。事件後の最初の山羊報告が、柵かじり」

 

 レオンが言う。

 

「日常に戻った」

 

「本味方、山羊で締めないで」

 

     ◇

 

 夕方。

 

 ルシェルは小箱の前に、新しい写しを並べようとしていた。

 

 保留猫。

 

 雨雫。

 

 後日回答の栞。

 

 ミルの絵。

 

 先生の机の写し。

 

 収束報告。

 

 第三石の清め水の小瓶。

 

 名札七枚の写し。

 

 並ばない。

 

 完全に並ばない。

 

「小箱、限界」

 

 セレスが部屋の入口で見ている。

 

「本当に増築が必要ね」

 

「小箱の概念が崩壊する」

 

「少し大きな箱にする?」

 

 ルシェルは真剣に考えた。

 

「それはもう保留箱では?」

 

「いいんじゃない?」

 

「保留猫の家が広くなる」

 

 廊下からレオンの声がした。

 

「必要なら作る」

 

 ルシェルは扉を見る。

 

「今、レオンが大工部門に入った」

 

「簡単な箱なら」

 

「本味方、能力範囲が広い」

 

 ガルドの声も廊下の向こうからする。

 

「頑丈にしろ」

 

「本家、箱の耐久を求める」

 

 クラウスまで通りがかりに言った。

 

「仕切りがあると分類しやすい」

 

「書類の人、収納設計に参加しないで」

 

 セレスが笑う。

 

「みんなで作る?」

 

 ルシェルは小箱を見た。

 

 大事なものが増えた。

 

 保留だけではない。

 

 後日回答。

 収束報告。

 戻った名前。

 怖くない水の音。

 蒼銀の終了成功。

 

「……保留箱ver2」

 

 レオンが廊下から言う。

 

「いい名前だ」

 

「本味方、即承認」

 

 クラウスが言う。

 

「名称としては悪くない」

 

「書類の人まで」

 

 ガルドが言う。

 

「大きくしろ」

 

「本家はサイズ派」

 

     ◇

 

 その夜。

 

 ルシェルは、まだ小さいままの箱の前に座った。

 

 中身はあふれている。

 

 あふれているけれど、嫌ではない。

 

「今日の報告」

 

 保留猫は無反応。

 

「収束後支援体制案に、軽口頻度が入りました」

 

 雨雫は静か。

 

「ボクの軽口、観察項目です」

 

 後日回答の栞を置く。

 

「納得いきません」

 

 廊下からレオンの声。

 

「減ると心配だ」

 

「本味方、観察側」

 

「無理に言わせない」

 

「それは助かる」

 

 ルシェルはミルの絵を見た。

 

「ミルは今日、北を見ず、草を食べ、柵を少しかじりました」

 

 廊下の奥からガルド。

 

「よし」

 

「柵かじりによしを出さないで」

 

「平和だ」

 

「それはそう」

 

 セレスが部屋の入口で笑っている。

 

 クラウスは小箱の横に、仮の仕切り紙を置いた。

 

「分類だけしておく」

 

「書類の人、保留箱を侵食」

 

「仮だ」

 

「仮なら許可」

 

 ルシェルは小瓶を見た。

 

 第三石の清め水。

 

 怖くない水。

 

「水が怖くないように、って、すごい言葉だったね」

 

 セレスが静かに頷く。

 

「ええ」

 

「水路退勤とか言ってたボクが、最終的に水の小瓶を箱に入れてる」

 

 レオンが言う。

 

「戻ったからだ」

 

「水が?」

 

「君も」

 

 ルシェルは保留猫を抱いた。

 

「本味方、今日も重い」

 

「すまない」

 

「今日は軽口頻度維持のため、受け流します」

 

「分かった」

 

 少し沈黙。

 

 ルシェルは、小箱からあふれた紙を見て、小さく笑った。

 

「事件は終わり寄り。箱は増築寄り。ミルは通常寄り。ボクは……まあ、大丈夫寄り」

 

 セレスが優しく言う。

 

「大丈夫寄りね」

 

 ガルドが言う。

 

「食ったからな」

 

「本家基準」

 

 クラウスが言う。

 

「記録上も、昨日より安定」

 

「書類基準」

 

 レオンが言う。

 

「ここにいる」

 

「本味方基準」

 

 ルシェルは布団に入る。

 

「周囲ver2、基準が多い」

 

 でも、悪くなかった。

 

 小箱は少し狭い。

 

 でも、狭いほど詰まっている。

 

 怖かったもの。

 

 戻ったもの。

 

 保留したもの。

 

 後日回答にしたもの。

 

 勝利寄りだったもの。

 

 全部が、少しずつ場所を取り始めている。

 

 ルシェルは目を閉じる前に呟いた。

 

「保留箱ver2、近日実装」

 

 廊下から、レオンが真面目に答えた。

 

「作る」

 

「本当に作るんだ」

 

「必要だ」

 

 ルシェルは笑った。

 

「必要、多用」

 

 そして、眠りに落ちた。

 

 小箱の横で、雨雫が一度だけ鳴る。

 

 ぽたん。

 

 それは、もう水路の呼び声ではない。

 

 ただ、日常に戻った小さな音だった。

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